戦鎚とったからパラディ島行くわ 作:匿名
このお盆休みで『進撃の巨人』を一気見したせいで創作意欲が駆られて勢いで書いた駄文。
運が良ければ続く
2025/08/30(前半部分を改訂)
彼は転生者だ。
この世界に生まれ落ちてより、赤子の頃から自我を獲得していた。
残念なことに前世における思い出の記憶は抜け落ちてしまっていたが、それでも残っていたものはある。そのうちの一つが、
壁の中の人類が、外の脅威である巨人や世界を相手に立ち回り自由を求める物語。
彼は絶望した。
それは、彼が生まれた世界がまさしくそうだったからだ。物語の世界、そこに彼は転生した。
――――物語に描かれる敵国の人種として。
この世界の名は『進撃の巨人』
多くの主要人物が容赦なく散っていくダークファンタジー作品。味方であろうと死ぬ時は呆気なく消えていく。そんな世界にしかも、敵国の人間として生まれたのだ。
彼は別に自身が死ぬことを問題視しているわけではない。第二の生。言ってしまえば死後のボーナスステージのようなもの。大半の記憶が零れ落ちたが、その魂の性質は変わっていない。いわゆる享楽主義。楽しければそれでいい、前世はそういう人間だったのだろう。
だから、物語に関わることのできない立ち位置にいる。これが酷く苦痛だった。これから退屈な日々を送り、いつの間にか主人公に踏みつぶされるまで無為に過ごすのだろうと。お先が真っ暗な人生に諦観していた。
結果として、彼は無気力で誰に対しても従順な奴隷のような人間に成り下がっていた。
しかし、そんな人生を過ごしている中で、とある転機が訪れる。
話を進める前に彼の今生を知っていただこう。
彼は、『進撃の巨人』でも重要な国であるマーレ帝国に生まれた。
両親ともにエルディア人収容区であるレベリオではなく、とある貴族屋敷の使用人として働いており、彼は一人息子として生を授かった。
そして両親が仕えている貴族の名前は、タイバー家。
そう、マーレ帝国が保有する“戦鎚の巨人”を巨人大戦以降から代々、継承を続けてきた家系である。マーレ帝国の裏の管理者、各国上層部よりそう認識されている高貴な血筋。
そんな貴族の使用人の息子として生まれた彼は、当然のように使用人として育てられてきた。しかも、ただの使用人ではなく徹底的に身体を鍛えられ、主人を守れるような戦闘使用人とでも呼称すべきか。
もちろん、彼――――ノルド・スカーレッドは原作知識としてタイバー家を知っていたし、何なら生まれた当初は巨人の力をどうにか奪えないものかと考えていた。
だが、考えてみてほしい。代々巨人の力を継承する家系が、簒奪してくる可能性がある他エルディア人を手元に置いておくのか?
答えはNOだ。彼やその両親もエルディア人ではないからこそ、使用人として存在することが許されているのだろう。故にノルドに打てる手はなくなり、人生を諦観して生きてきたのである。
そこに訪れた転機とは。
それは、父親が持ってきた二枚の血液証明書だった。
一枚はよくあるマーレ人の血液構造が記録されている証明書。だがもう一枚が問題だった。歪にねじれ切ったグラフで描かれ異様な形をしている血液構造が記載された証明書。
ノルドの父は言った。
『私はエルディア人だ。この血液証明書は医者に金を定期的に貢ぐことで偽装してもらっている』
『つまり、息子であるお前もエルディア人なのだ』
彼は歓喜した。
言ってしまえば、巨人になれるチケットが降って湧いたのだ。
父親がこれを息子に伝えたのは、ある程度成長し従順に物事に取り組む姿をみて、教えても問題ないと判断したから。
そして手渡されたのは、偽の血液証明書とその血液と同じ構造をしている人工血液が入った輸血袋だった。うまく使って主人を騙しきれ、暗にそう伝えていた。
その日からノルドは、表では平常運転の無気力従順少年として過ごし、裏では“戦鎚の巨人”を奪う準備を進めていた。
使用人でありながらも年齢が近いという理由で接触が許されたタイバー家の娘、ラーラ・タイバー。巨人を継承するのはかなり先であると、存在を重要視されなかったが為に傍にいることを許された。
もちろん、先を読んでのことだ。使用人としては無気力を装っている為か、しばしば秘密を教えてくれる人が何人かいる。決して口に出すことは無いと思われており、そういった誰かに吐き出したい出来事を喋るのにちょうどいい相手として認識されているのだろう。
その影響もあり、この屋敷の出来事は大半を知っている。
その中でも一番重要だったのは、現在のヴィリー様は巨人継承に積極的であるという内容だった。
原作ではラーラがヴィリーの代わりを務めていたはず、つまり巨人継承前に巨人になることを拒否しラーラに変わってもらうのだろう。なら、今のうちにラーラの懐に潜入しておくのが吉。
実際ノルドの年齢が10となり、ヴィリーが継承するとなった時、
『私は果たさなければいけない務めがある』
として、継承を放棄した。結果としてお鉢が回ってきたのは原作通りラーラだった。まさしく計画通り。
ほぼ専属使用人のように振舞っていたノルドはラーラが継承するときの傍にいることを許されたのである。
◆ ◇ ◆
「これより、継承の儀を執り行うっ!!!」
そう高らかに宣言するのはタイバー家当主にして“戦鎚の巨人”の現継承者であるコルネリウス・タイバー。
自ら両手足を鎖に繋がれ、身動き一つできない状態でありながらも決して震えることの無い声音は次代への期待に溢れていた。
「ラーラ、“戦鎚”はお前に任せる。ヴィリーを頼んだぞ」
「お任せください、お父様。必ずやお守りいたします」
儀式の都合上、高い位置に居るコルネリウスは受け継ぐであろうラーラを見下ろす形で、託す。ラーラも自身の父親を見上げ、それに答える。
「うむ…………では巨人化薬を」
しっかりと返された強い眼差しと言葉に一安心といった様子を見せた当主は、手早く済ませる為に巨人になるよう催促する。
その言葉に応え、取り出した箱から巨人化薬が入った瓶と注射器を持ち瓶の中から薬を抽出し、針を腕に当てるラーラ。
その場にいる使用人やメイド計20人は、巨人が継承される瞬間を目に焼き付けることで、ラーラが継承者であることの証人となる。そう
ただ一人、巨人の力を奪おうとしてる彼を除いて。
ラーラが薬を取り込み巨人化する。その際に発生した雷鳴に似た轟音。それを利用して消音器が取り付けられた銃を発砲する。パシュッと漏れでた音は想像通り、遮られ誰にも聞こえることはない。
何度も撃ち、ノルドの周囲にいた使用人の大半が死んだ。
まだ、誰も気づいていない。
――――いや、一人。もう頭を齧られる間際のコルネリウスは見えていた。しかし、継承に際し恐怖心から逃げに進まないよう、幾分か前に何度か巨人化しその後に四肢を切り落とすことで自ら退路を断っていた彼には何もできるはずはなく。
また一人、また一人と彼に撃ち殺され死んだ。
“戦鎚”の継承が済んだ時には、もう誰ひとりとしてその地に残っていなかった。
これもまた、彼が仕組んだことだ。戦闘力のある人材を儀式に呼ばない。
故に、簡単に掃除を済ませることが出来た。
儀式場の周辺にいるのはこれでノルドとラーラだけとなった。
タイバー家はエルディア人に少なくない憎悪を抱かれている。だからこそ、継承は慎重に執り行う必要がある為、場所を秘匿し供を最小限にする。今回はそれが仇となった。
「さて、ようやくここまで来ましたね」
ノルドは独り言ちるように呟く。
懐から取り出すは、先ほどラーラが取り出した箱と酷似している。
開くとそこにはラーラ同様に巨人化薬が含まれた瓶と注射器、それとカプセル状の薬であった。
「申し訳ありません、ラーラお嬢。恩を仇で返す形となりました」
巨人用の覚醒薬。夜に敵国へ巨人兵器を投下した時でも、眠ることなく動いてくれるようになる代物。少々賭けに近いが、継承を済ませた後、体が動けなくなるのを阻止してくれる可能性があるため、用意した。
それを呑み、“鎧”と書かれた瓶から注射器を用い薬を抽出する。
「ですが、そんなものより私は見たいものがあった。ただそれだけです」
いまだ継承の余韻が抜けきらないのか、茫然とした状態のラーラを前に自らの意志を述べる。
覚悟を決めたノルドは注射器の針を腕に刺し、一息に薬を取り込んだ。
◇ ◆ ◇
次期当主としてこれまで励み、今日は父から妹のラーラが“戦鎚”を継承する日。
ヴィリーは妹に呪いを押し付けたようなもの。同伴しようとしたが、危ないからと継承の儀式場に行くことは許されず、継承を済ませた妹が帰ってくるのを屋敷にて待ち続けた。
予定していた時刻から既に半刻も経過している。使用人たちが慌ただしく行動しているのが部屋の中からでも伝わってくる。
扉を開け、一人の使用人を捕まえた彼は何事かと尋ねた。
「ヴィ、ヴィリー様!?」
「おい、これは一体何事だ!」
「は、はい。まだ詳細は不明ですが、どうやら儀式場が襲撃を受けたらしく…………」
「なに!? どういうことだ!!!」
「こちらとしましても、現在詳細を把握している途中です! 継承含め内容が分かり次第改めてお伝えさせていただきます」
矢継ぎ早に伝えられ、部屋に押し込まれたヴィリー。
本来、使用人がこのような対応を主人である彼に行うことは無い。とっさの出来事とは言え、ここまで雑な対応をされれば聡明なヴィリーは今がどれほど緊急事態なのかしっかりと把握できた。
皆に迷惑をかけないために、ベッドに腰かけ一人思案する。
「頼む…………ラーラ。生きていてくれ」
頭によぎる最悪の可能性を振り払う。
願い、祈り。されど、それが神に届くことは無かった。
翌日、ラーラ含めその場にいた
◇ ◆ ◇
継承後、きつけ薬を呑んでいたことが幸いしたのか、比較的早く復帰することが出来たノルドは偽装工作の一環として現代兵器を用いて儀式場を破壊し尽くした。死体は銃創ごと爆発させ、死因を分からなくさせる。ノルドも持参していた人工血液の輸血袋を撒き散らすことで、死んだように見せる。
(これでよし。最悪、俺だとバレてもその時には遥か彼方。タイバー家が何かをすることなんて出来ない)
ある程度、工作を終えた彼は地下にある儀式場から脱出する。
そこはタイバー家の屋敷からはるか遠くに位置するマーレ帝国の中央にある無人の荒野。継承者を把握させないための措置だったが、それが仇となりノルドに逃げる時間を与えてしまった。周囲を調べ誰も監視者がいないのを確認し、その場から離れる。
まず最初に向かったのは東。
ノルドの目的はパラディ島に行き、物語をその身で体感することにある。その果てに自らが死ぬのであれば、それもまたよし。そんな転生者ゆえの狂った価値観を持っているが為、余命宣告13年となってもあまり気にしていない。
マーレより東に位置するパラディ島。そこへ行くには海を渡る必要があった。当然小舟なんかでは簡単に転覆する。もしくは、マーレ軍に見つかる。
そうならない為に、隠れて向かう必要がある。
どうするか、方法自体は簡単だ。
(“戦鎚の巨人”の力で潜水艦を造る)
硬質化物質の生成と操作を得意としてるこの巨人なら、それも可能だろう。問題はそれを造れるようになるまで、どれほどの時間を有するか。
知識は持っていようと、実際に造るとなると勝手は違ってくる。いかに早く順応できるかが勝負だった。
ライナーたちは既に向かっているのか、それともまだこの地にいるのか。それを調べる前に継承の儀式が始まってしまったため、分からない。今ノルドが出来るのは、巨人の力を掌握し一刻も早くパラディ島へ向かうことだ。
ある程度月日が経ち、ようやく硬質化物質操作の水準を満たすことが出来た。
潜伏中はマーレ東部にある切り立った崖の内側から入れる洞窟にいた。ここは海側から出ないと入り口を見つけることは出来ず、場所も港や人里からかなり離れている。ここなら安全に巨人化を使用できるとして、修練に励んでいた。
造れたのは、棺桶に推進力用のスクリューと空気交換用のシュノーケルが取り付けられた簡素なもの。
しかし、誰にも悟られず海底を進むとなればこれで十分といえるだろう。
スクリューを回す動力も、能力を使えばどうとでもなる。“戦鎚の巨人”の強いメリットである巨人化しなくとも硬質化物質制御を扱えるという特異の力。
準備を整えたノルドは造った潜水艦もどきに乗り込み、海底深くを全力で潜航し酸素が足りなくなればシュノーケルを海面に出し空気の入れ替えを行う。その行程を繰り返し、パラディ島へと到着を果たした。
場面は夜。ほとんどの巨人たちが眠りについている時間帯。
常に指を怪我している状態にして、不意打ちで捕食されても即座に巨人化できるように備えておく。
島に到着した場所は、南西。ここから北東方面へ進めば壁に当たるだろう。判断したノルドは月明かりが照らす平原をただひたすらに歩く。
どれくらい歩いたかは定かではない。しかし、ここは誰も居ないはずの無人の荒野。居たとしても、それは眠りに就く巨人しかありえない。
そんな地に人影がある。地面に座っているのか、腰ほどの高さしか影は確認できない。
それは動くことなく、その場に留まっている。
見つけたノルドだったが、このままではらちが明かない。そう判断し、しっかりと装備を身に纏い、人影へと向かう。
そして――――。
一切を身に纏わない、全裸の少女。
とある小さな宗教に巨人の始祖として祀り上げられ、人生の全てをそれに費やし、その果ては『楽園送り』という終わりであったモノ。
何の因果か60年彷徨った後、人に戻れた少女――――ユミル。
二人は邂逅する。
◆ ◇ ◆
全裸の少女と旅装束を纏う少年。
互いに目が合い、逸らすタイミングが無くなった。
少女はただ眼の前のことを認識しようとして、久しぶりに稼働する脳が処理に追いついていないだけだったりする。
少年は、この娘良い体してんなと全身を舐め回すかのように――――こほんっ失礼。
顔以外を見るのは目に毒、少女に失礼だと思い頑張って目が下に向かないようにしていたりする。
見つめ合うこと数瞬。
少年は、はたと気づいた。
この娘、ユミルじゃね? と。
脳の処理が追いついた少女は、ふと思う。
コイツ、私と同じかっ!? と。
少年は思考をさらに研ぎ澄ませる。
ユミルがここに居るということは、マルセルがつい最近喰われたって事だな。
ベストタイミングで、やって来ることが出来た。
神の加護か、或いは…………。
取り敢えず。
「…………服、着なよ」
「…………見りゃ分かんだろ。持ってねぇよ」
なんとも締まらない始まりであった。
◆ ◇ ◆
暗い夜道を二人歩く。
ノルドが持つ予備の服を着たユミルは、隣を歩く彼に尋ねた。
「なぁ、お前も私と同じなのか?」
「質問が抽象的すぎる。意味は伝わるけど」
「伝わってんならいいじゃねぇか。んで、どうなんだよ」
「…………はぁ、質問に答えるならYESであり、NOだ。俺は君と同じマーレから来た。だけど、君と違って『楽園送り』にされた訳じゃない。巨人の力を奪って自らの意思でこの島に来た」
「はっ? いや、ちょっと待てよ。パラディ島の事知ってんなら分かってんだろ? この島に先なんて無いこと」
ユミルからしたら当然の疑問だろう。
巨人にされる前、聖女として崇められていた当時、何も知らないままでは皆が望む始祖ユミルになれないと、巨人の歴史やエルディア史を読み漁った過去がある。当時の彼女からしてみれば40年前の出来事だ。いくらでも知ることができた。
壁に引きこもり人々の記憶を改竄し、滅ぼされるその日まで何も知らぬまま、楽園にて終わりを享受する。
そして、自身が人間に戻ったということは知性巨人を食べた事に他ならない。継承したのだと。
何故無垢の巨人しか居ないこの地で継承された?
よくよく考えれば分かることだ。始祖は引きこもり、進撃は行方知れず、残り七つはマーレが握っている。この中で最も可能性が高いのが、壁の世界に終わりが訪れたということ。マーレから知性巨人がパラディ島に襲撃を仕掛けてきたということ。
そして、その一人を私は喰ったのだろうということ。
ノルドは頷いた。
だが、それでもあの壁の世界には物語の主人公がいる。その物語をこの眼で観ないのは怠惰だろうと。
ユミルはいよいよ、頭が混乱してくるのを自覚していた。
「しゅ、主人公? 物語? お前、何いってんだよ」
「まぁ、理解されるとは思ってないけども」
彼は口を噤んだ。
それで機嫌が悪くなるのはユミルだった。
意味深に呟かれて、その真意を問うと黙秘される。
いい気分になるわけがない。
「いやいや、ここまで言って黙るのは無しだろ。教えてくれよ、旅仲間の誼だろ?」
まだ会って数時間だと言うのに何を言ってるんだろうか。
しかし、この世界に来てから一切話せなかった秘中の秘を話しても問題ない相手がいるというのは存外に新鮮だったらしく、気づいたらノルドは軽くではあるが『進撃の巨人』を話した。
壁の中にいる“進撃の巨人”の継承者は、突如壁を破壊され侵入してきた無垢の巨人に母親を食べられた。
何も知らされなかった少年が、巨人に復讐を誓い奮闘する。
その過程で敵は巨人だけではなく、壁の外の世界全てであると知り、世界に抗う。
そんな話。
実に荒唐無稽、信憑性の欠片のない物語を観るためにこの男は危険極まるこの島に来たというのかと、戦慄すら覚える。
だが、彼の眼には一切の嘘が感じられない。どこまでも、先ほどの話を信じているようだった。
「…………この島に先はあるのか?」
「間違いなく」
「そっか」
小さくそれだけを口にし彼女は口を閉じた。
静寂が場を支配し、月明かりが周囲を照らす。
お互いに無言で歩き続ける。
しかし、足取りはきっちりと揃っている。
長いか短いか分からない。
その静けさを破ったのは、ユミルから。
「…………お前、この後どうするの?」
「まずは情報収集からだな。壁内のことを知らなければ、何かしようにも出来ないだろう」
「そうじゃなくてさ、その…………物語、だっけ? それを観にいくの?」
「? もちろん、そのつもりだよ。そうじゃなければ何の為にここへ来たんだという話だ」
何を当然の事と言わんばかりに呆れが混じった声。
ユミルは、先ほどの無言の中で決めた、ある事を意を決して告げた。
「…………私も一緒に観たいって言ったらどうする?」
「むしろ、引っ張ってでも連れていくつもりだったが?」
「はぁ!? そうだったのかよ!! はぁ…………緊張して損した」
「ここまで話したんだ。是非ともその眼で確かめてほしくてね」
あっさりと返されたその発言に驚き、次第に落ち着きを取り戻し、ため息をこぼす。
ノルドからしてみれば、原作の話を初めて話した相手。逃す道理なんてあるはずもない。
「おっ、壁が見えてきたな」
未だ月が領主たる夜の庭。例え月明かりであろうと、異様なる壁はクッキリと反射してその姿を晒す。
「…………穴、空いてるな」
「空いてるね」
左右に広がる壁とは違う、突出した部分。街を形成している突起した壁の中央、門に相当する場所は巨人が通れるくらいには破壊され、開かれている。
(さて、一旦は何処を目指すべきか)
ノルドは思案する。
いずれ104期訓練兵として入団する予定ではあるが、それまでの間どこで潜伏するか。また、ユミルにただ俺についてきて訓練兵になるのではなく、教会か何処かでクリスタのことを認識させなければ、原作が崩れる可能性もある。
(いや、そもそも俺がユミルといる時点で崩れ始めるか? 歴史の修正力とやらに縋ってみるか)
頭が混乱し始めてきたので、一度思考を中断する。
「ひとまず、壁の中に入るか。何をするにしても、壁内の情報が足りないからね」
「そいつは良いが、お前の言う物語はいつから動き出すんだ?」
「来年か再来年か、まだ先の話だ」
そう話しながら、無造作に破壊された穴からシガンシナ区へと入る。幾体かの巨人の姿は見えたが、日光が足りないのか皆一様に動きが止まっている。
それらを横目に真っ直ぐと進み、外壁と同じように破壊されているウォール・マリア内へと続く内壁の門を潜る。
「ようやく壁の中に入れたよ。まぁ、ここは既に人類が後退しているから壁の中と言っていいのか疑問だけどね」
「壁の中なのは間違いないんじゃない? 人類が住めなくなっただけで」
両者揃ってウォール・マリアを眺める。
「それもそうだ。さて、ここに留まっても意味はないし、人類圏に行くとしますか」
「どうやって入る? 逃げ遅れました、は通じないと思うぞ?」
確かに、門が破られ各村や街には通達済みだろう。既に大半の避難は済んでいるはず。そこにかなり遅れて、しかも二人だけが危険な領域を抜けてくるのは不自然が過ぎる。
「別にわざわざ門から入る必要は無いだろ。俺たちは巨人だぜ?」
未だ遠くに見えるもう一つの壁、距離で見れば100㌔近く離れた場所へ。
ノルドは手慣れた様子で巨人化する。辺りに雷光が迸るも傍にいたユミルには一切の被害は無い。本体は原作のような地中ではなく従来通りにうなじ。
ユミルの前に手のひらを広げ、乗るよう催促する。少し逡巡した後、ひょいっと手に乗ったユミルを確認したノルドは、硬質化物質生成の力を使い、とあるモノを創造した。
それは動物だった。
硬質化物質特有のキラキラとした表面ながら、四肢は元になったそれと同様に強靭でしっかりと地に足をつけている。尻尾は一本一本、丁寧に作られており、鬣も同様だ。人が跨っても問題ないように鞍が取り付けられており、鐙もある。
巨人専用の巨大馬。
それに跨り、いつの間にか生み出した手綱と短鞭を振る。この馬は生物でない為、鞭を振るうという動作は必要無い。動いているのも、彼が硬質化物質操作でやっている。
「お前…………っ……こんな事も出来たのかよ!」
手に乗ってるユミルが何か叫んでいるが、答えない。
喋ろうと思えば、声帯を造って話すことはできるがそれを面倒と感じたノルドは何も言わなかった。
はたから見れば乗馬してる騎士に見えるだろう。遠くから見れば見た目の重厚さも相まってゆっくり動いているように見える。
しかし、その実際の速度は侮ることは出来ない。
人の脚では20時間近くは掛かってしまうだろう距離をものの20分で踏破してしまった。
時速換算300km/h
その世界の品種改良された馬の最高速度は70km/h
この時点で4倍だが、それは最高速度の話であって今回のように一定の速度で走り続けるとなると、また変わってくる。
いわゆる、巡航速度。速い馬でも30km/hを平均とするソレを巨体も相まって、10倍以上更新していた。
この人造の馬は疲れというものを知らない。本体である彼が疲れるまで、最高速度で走り続けることが出来る。
瞬く間に壁の目の前に到着した。
ノルドは壁の上に人がいないことを確認し、壁と垂直になっている出っ張りの凹角状部分をステミングの要領で登っていく。その間ユミルは彼の頭の上にいた。
壁上まで到着し、まずはユミルが降り立つ。周囲に人影はなく、壁の向こう側にも人の気配がないのを確認してノルドを呼ぶ。
ノルドは巨人形態のまま壁上に登り、ウナジから上半身のみを出す。
「こっから先は人類圏だ。巨人化したままだと、動きづらいな」
「どっかで馬を調達するか?」
「…………そうだなぁ」
壁上から内地を見渡し、ふと気づく。
(ん? アレは……古城か? ウドガルト城…………いや、ここは南東に位置する場所だ。ウドガルトは確か南西方面にあったはず。となると、違う城ってことか)
壁から壁のちょうど中間地点辺りに、ところどころ崩れている寂れた城を発見した。
ノルドは原作に登場した城跡と思ったが、場所的に違うと判断しそこへ目指すことに決めた。
「ユミル。あそこに見える城に向かう。恐らくはすでに廃棄されている場所だ。誰も居ないと思うが、居るとしたら野盗の類だろうから居たら殺して奪うぞ」
「居たときは私の巨人で?」
ユミルは野盗が居たときは、自分がやるのかと問いかける。
「いや、君は継承して間もない。上手く扱えるとは思えないから、これでやる」
そう言ってリュックから出した小さなアタッシュケース。それを受け取ったユミルは改めて中身を確認する。
「っ!? おい! これって、もしかして――」
「そ、銃だよ」
片手で持てる拳銃。
人間相手ならこれで十分だ。
「まぁ、野盗がいればの話だけどね。居ないならそれに越したことはない」
そして、馬や巨人の体を覆っていた硬質化物質を操って人一人が通れるくらいの小さなはしごを形成し、壁に掛け地面まで繋ぐ。
先ほど言った通り、巨人形態で動くのは見つかった時のリスクが大きすぎる。完全に巨人から出て、そのまま梯子を伝って内側に降りていく。
「お前の能力、何でもありだな。本当に」
「まぁ、だからこそマーレ帝国の影の管理者を務めているんだろうな」
「うん? どういうことだ?」
「また後でな、移動優先」
ノルドは話を打ち切り、先ほどと同じ様に硬質化物質操作の応用でかかっている梯子を加工する。
再造されたのは馬。
しかし、性能は巨人用ではなく従来のソレと同程度。
余った素材は地面に埋め、ノルドは鞍や鐙が付いた馬に跨った。荷物を背負ったユミルを引っ張り、後ろに乗せて城まで向かった。
◆ ◇ ◆
何事もなく古城に着いた二人。
そこには誰もおらず、見たところ長い間使われなかったことが窺えるボロさ具合。
「…………誰も居ないな」
「取り敢えずは安全だな」
ノルドはそう言い、立て掛けられた看板に目を向ける。
「トリルハイム城跡、ねぇ」
ウドガルド城と同じく、とある神話の都市がモデルとなった名前だ。
ノルドは城を見渡して、物珍しそうに周囲をウロウロしていたユミルに告げた。
「今日は一旦ここで休もう。本格的な情報収集とかは明日以降で問題ない、君も人間に戻りたてであまり体力は残ってないだろうしね」
その言葉に了承を返しユミルは城の中へと向かった。
(…………疲れた。できる確信はあったけど、動物を造って動かすのはかなり消耗したな。原作キャラの前だったから、少し張り切りすぎたね)
ユミルの前では何でもないかのように振る舞っていた彼だったが、実のところかなり限界だった。
(大変だったが、ようやくここまで来れた)
(全力で楽しませてもらうよ、『進撃の巨人』!)
こうして、彼にとって始まりの日は終わりを迎えた。
使用人の家系
彼の父親はダイバー家に仕えるメイドと結婚したエルディア人
ありがと、パッパ。貴方がエルディア人でいてくれたからノルドは本作の主人公になれそうです。