戦鎚とったからパラディ島行くわ   作:匿名

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お待たせ、待った?

遅くなってごめんよ。うまく話がまとまらなかったんだ。


訓練兵団の日常③

 

 「迷った」

 

 夜だというのに月光を纏い咲き乱れる雪の嵐が周囲を明るく照らし出す。

 

 本日行われたのは雪山訓練。

 昼前から出発し、現在は夜中といってもいい時間帯。訓練中に天候が荒れ始め、豪雪が吹き荒れた。

 それだけなら、キツイだけで何も問題なかっただろう。しかし、現にノルドたちは行軍に置いていかれ、吹雪が蠢く夜の森を進む羽目になってしまっていた。

 

 「体調管理ぐらいしっかりしろよな〜、ホントに」

 

 「ユミル、あんまり虐めたら可哀想だよ」

 

 最初に気づいたのはクリスタだった。

 雪山を登っている時に、最後列にいたダズの動きが怪しかったという。そのまま意識を向けていたらフラフラとしだしたので身体を支え、ダズのペースでゆっくりと歩いていたら他の皆と逸れ…………迷った。

 

 現在は三人の持ち回りで、動けなくなったダズを引っ張っている。今担当しているのはノルド。その近くを一緒に歩き、ダズにちょっかいを掛けているのはユミルで、窘めているのはクリスタだ。

 

 「でも、これからどうするの?」

 

 クリスタは現状を不安視しているが、ノルドやユミルはあまり気にしていなかった。最悪、クリスタになら巨人の力を見せても問題ないし、ダズは悪夢を見たと誤魔化せば何とかなるからだ。

 

 (雪山訓練ってどっかで見たような気がするんだよな)

 

 クリスタの言葉に答えず、ここ最近は朧げになってきた原作を思い出すように思考を内側へと向けていた。

 

 そんなノルドの状況を察したユミルがフォローに動く。

 

 「まぁ、そこまで不安にならなくていい。私とノルドが居るんだ、問題ねぇよ」

 

 「…………それもそうだね」

 

 クリスタから発せられるのは絶対の信頼。

 言われて気づいたが、二人がいれば何があろうと関係ない。そう思わされるほどに、彼らと共に過ごしたあの一年間は刺激的で、魅力的で、圧倒的だった。

 

 「取り敢えず、ダズ含めて休めるポイントを探すしかないな」

 

 よいしょとダズを引っ張るロープを背負い直し、雪の上を踏破していく。

 

 「でも、どうしてダズは体調が良くないのに来たの? 参加は任意だったよね」

 

 「あぁ、評価欲しさだろ。雪山訓練は厳しい、それこそ死者が出るほどにな。だからこそ、乗り越えた先の評価点はかなり高い。成績上位に入らないと憲兵には志願できないしな」

 

 あいも変わらず、ノルドが運びクリスタが質問しユミルが答える。いかんせんノルドは体力があるだけに、交代までの時間が長い。残った二人は必然的に彼についていくことになるが、暇な時間も多いということでもある。

 

 「でも無理だと思うけどなぁ。『104期は例年より優秀な奴が遥かに多い』って教官が言ってた」

 

 実際そうだろうなとノルドは声に出すことなく、肯定していた。アッカーマンに巨人六人組、ジャンやマルコとおバカ組。そして、原作ではクリスタの為にと、ユミルが蹴落として評価を下げられていた面々もこの世界線では上位に喰い込めるだろう。

 

 そんな絶対強者たちを相手に、掻い潜って十位入りを果たすのは至難なんて比じゃない。

 同期たちの大半も諦めムードが見え隠れしている。

 

 だからこそ、少しでも評価を上げたくて参加するのは分かる。

 しかし、死んでしまっては元も子もないとユミルたちが考えてしまうのは、当然の帰結だろう。

 

 それに結果としては、人を巻き込んでいるというのも減点だ。

 彼らだからこそ、余裕をもって焦ることなく運ぶことができていたが、普通なら絶望ものだ。

 真っ暗で頼りになるのはランプだけ。いまだ強く、防寒具を貫通して身体を凍てつかせる極寒の吹雪。悪路や視界不良な森の中。

 欲張り三点セット。

 

 体験しなくとも分かる。

 

 そんな状況に居ながらも、ノルドたちは大丈夫だった。場所こそ迷っているが、それでもしっかりとした足取りは、不安を感じさせない。

 

 

 

 

 「────うだけで本t…………ん?」

 

 それからしばらく歩いただろうか。

 話題は尽きることなく、三人は和気あいあいと遭難を体験していた。

 

 現在ユミルがダズを担当しており、周囲に目を向けていたノルドは何かに気づいた。

 

 「どうしたの?」

 

 隣を歩くクリスタは、急に会話が止まったのを訝しみノルドに聞いた。

 

 「いや、こっちのほうに…………」

 

 いままで進んでいた方向を逸れて、横に進んでいく。残された二人もそのあとについていく。

 すると、無限に続くと思われた森を抜けだすことができた。

 

 だがそれは、遭難が終わったというわけではない。

 

 崖。

 

 その先に地面はなく、遥か下方その先に文明の明かりである灯がポツンとあった。あの明かりが目的地だろう。そして、崖から飛び降りるなんて選択肢をしないなら、大きく迂回していく必要がありそうだ。

 三人(+病人)は、目の前に広がる断絶した世界を眺めていた。

 

 「この高さは、流石に人の身だと無理があるな」

 

 雪を慎重に払い崖下を覗き、降りれるかどうか判断している。雪がクッションとなり、もしかしたら怪我で済むかもしれないがダズを抱えている以上、それも難しい。

 全員で行くなら、人のままでは無理だろう。

 

 「どうすんだ、ノルド」

 

 「迂回して行けたら良かったんだけど、ダズの調子が悪化してそうでね。これ以上時間は掛けれそうにないかな」

 

 ダズのためにここまで頑張っているというのに、張本人がこれ以上は限界だという。全くはた迷惑な話。

 

 「ユミル、()()を使って先に行ってて。ダズも連れてね」

 

 「えええ、私かよ。いいけど別に、んじゃまた後で」

 

 「助かるよ、また後で…………俺たちも行くよ、クリスタ」

 

 「えっ!? う、うん。またねユミル」

 

 ノルドとユミルがテキパキと決めて、行動に移される。

 巨人の秘密を知らないクリスタだけが、今の状況にいまいち理解を示せず、ノルドに手を引かれる形で連れられている。

 

 ほんの数秒後、嵐というわけでもないのに背中から眩い雷光が迸ったのを感じたクリスタは後ろを振り向いた────いや、正確には振り向こうとしたが、隣にいるノルドの手が頬に添えられ首を動かすことができなかった。

 

 「…………ノルド?」

 

 「前に話した秘密って奴さ」

 

 「そっか、なら聞かないっ」

 

 そうは言ったがクリスタの顔には、聞きたいっ! と表情に出ており、頑張って我慢しているようだった。

 

 昔に交わした約束を律儀に守ろうとしているクリスタを愛おしく思い、抱き寄せる。

 

 「わわわ」

 

 急に抱き寄せられたクリスタは、体勢を崩し全体重を彼に乗せるような状態となった。

 

 雪か緊張か強張っていた身体が温められ徐々に弛緩していく。

 前に回された腕を掻き抱くように両手で抑える。

 

 「……っ……えへへ」

 

 

 身長差ゆえか、クリスタが上を見上げるとちょうど後ろから抱きしめているノルドの顔がよく見える。気づいてもらおうと、つむじを彼の胸板に接触するほどに顎を上げる。

 胸の違和感に気づいたノルドが、顔を下げると下から見上げるようにして見つめてきているクリスタに気づいた。

 

 「どうかした?」

 

 「っううん。何でもないよ」

 

 いざ目が合うと気恥ずかしくなって、すぐに目を逸らしてしまった。

 ノルドとしても見つめられ続けるのは、あれだったので追及はしなかった。

 

 「少し歩きづらいけど、このまま行こうか」

 

 「っうん!」

 

 体を預けたままだと、足元が思うように動かず絡まりやすいためスローペースでの移動となる。

 お互いに体温を交換しながら、二人っきりの銀世界を存分に満喫し続けた。

 

 

 

 

 

 「遅いっ!!!」

 

 一方、ダズを雪山訓練のゴールであるコテージまで運び終えたユミルの堪忍袋の緒は切れていた。

 あっちが二人っきりになるのは分かっていた。

 

 (私のクリスタが、私のノルドが、私が居ない状況でいちゃついてるっ!!)

 

 二人のことが好きだからこそ分かってしまう。絶対にイチャイチャしてる。自分もそこに混ざりたかったな、なんて思考が彼らの下を離れてからずっと巡り続けている。

 

 ユミルがダズを引っ張りながらコテージに到着した時、ちょうどエレンたちが教官の命令を喰い破って、探索に行こうとしたタイミングだった。

 ノルドたちは迂回してるから、もう少し経ったら到着すると伝え、何とか探索に行かせないように苦心した。

 

 その後、ダズはコテージの中で毛布に包まり暖を取っている。巨人に握られる悪夢を見ていたとか何とか。

 ユミルは遅れてくる彼らを待つと外で待機していた。

 

 この寒い中、待ってるのに中々やって来ない二人に対してとうとうキレた。それが先程のアレ。

 

 エレン含め何人かも心配のあまり外で待っている。

 だから、ユミルの叫び声を聞いて面食らっていた。

 その中でも比較的復帰の早かったライナーがユミルに近づき窘めようとする。

 

 「落ち着けユミル、ノルドなら大丈夫だ。アイツがこんな所で落ちる奴じゃないのは知ってるだろう?」

 

 「んなこた分かってるって。私が言いたいのは、あいつら絶対イチャついてるってことっ!」

 

 「っ!?!?!っ!?!?」

 

 「っ! ライナーッ!!! しっかりしろ!」

 

 特に理由のない流れ弾がライナーを襲うっ!!!

 

 クリスタが…………ノルドと…………

 

 ブツブツと呟きながら蹲っていくライナーに心配して駆け寄るベルトルトの構図。

 

 「おいっ! 何アホなことやってんだよっ! 見ろ、誰か来たぞっ!」

 

 エレンがある方向に指をさし、それに全員が反応する。薄っすらとランプの輝きが灯っているのが分かる。

 ちゃんと二人分ある。

 

 「ようやく来たか」

 

 「ったくヒヤヒヤしたぜ。心配かけんなよな」

 

 それぞれが思い思いに心境を吐露する。

 その間にも徐々に、先ほどの明かりが近づいてくる。ここまでくれば誰かも分かるだろう。

 

 十中八九、その姿はノルドとクリスタであった。

 ある程度の後、合流を果たした。

 

 皆から心配の声を掛けられ、二人っきりを楽しんでたか茶化され、怒られ、ようやく不貞腐れているユミルの下まで辿り着いた二人。

 考えるまでもなく見ただけで拗ねてると分かるオーラを漂わせている。

 

 二人は顔を見合わせ笑う。

 慰めタイムが始まった。

 

 

 

 

 翌日の夜、皆が寝静まった時間。

 

 昨日の遭難の一件、皆が落ち着き終わった時にはもう朝日が昇る直前だった。他の兵士の健康面や安全面を考慮して、一日をここで待機・休息を挟んでいつもの兵舎がある訓練地に戻る手筈となった。

 

 その日は休みということもあり、雪で遊んだ。

 特にサシャとコニーは如何に大きな雪だるまを作れるか勝負しており、何人かが彼らの助けをしていたらいつの間にかチーム戦で雪だるま作りとなっていた。

 結果は身長のデカい二人組ライナーとベルトルトが作った超大型巨人雪だるまが勝利となった。

 

 その他にも、ガチめの雪合戦をしたりもした。

 これはミカサが無双。野球という概念が無いはずなのにカーブやナックルを巧みに利用し、敵味方区別なく全てを討ち取っていた。 

 

 疲労からか全員が眠りに就いていたが、ノルドは暖炉の火を絶やさないように一人、火守を担当していた。する必要はなかったが中々寝付けなく、無為に過ごすよりこの時間に意味を与えたほうがマシと考えたようだ。

 そこに一つの影が近寄ってくる。

 

 「まだ起きてたのか? ノルド」

 

 「俺に言えたことではないでしょ。ユミル」

 

 先日の雪山訓練で遭難者になった内の二人。

 ユミルはソファに座るノルドの隣に、ピタリとくっつくように腰を下ろした。何か意図があってこの時間に起きたわけでは無いので、特に話すことはなく無言で、だが不思議と居心地は悪くない、そんな空間。

 

 お互いにとってベストな距離感を完璧に把握している。

 

 「…………私、頑張ったじゃん?」

 

 ユミルは先日、巨人化を使ってまでダズを運んだ。

 十分に頑張ったと言えるだろう。

 

 「うん、ありがとね」

 

 「どういたしまして、って違う違う」

 

 危うく流されそうになった。

 そう嘯いて、彼の肩に頭を乗せる。

 

 「もっと私を労れってこと。最近、他の女に現抜かしすぎ」

 

 「…………あちゃー、やっぱダメだった?」

 

 「別にそうは言ってねぇ。今のとこ、一人だけだしな」

 

 最近、というよりも訓練兵になってから、一人の女子訓練生に執着している。

 色んな女の子同期と仲は良いが、あそこまで気を遣ったり、手を回してるのは彼女だけだ。

 

 幸いといっていいのか、周囲は気づいていない。一部の女子にはバレていたようだが。

 

 「アイツもこっちに入れるの?」

 

 「もちろん。あの娘は幸せにしてあげたいからね」

 

 「…………夕焼けのあれ、十分幸せそうだったけどね」

 

 「見てたのかい?」

 

 ユミルはあの日、クリスタやミーナを含めた同期女子の何人かで、ノルドたちと同じようにトロスト区で買い物したりして遊んでいた。

 ついでに何故彼を省いたのかというと、下着を購入したい子がいたからである。流石に男子をそこに含めるのは気まずいという理由だった。

 

 彼女らはご飯を食べ終え、昼の散策に行こうとしたタイミングで路地裏から、ノルドが出てくるのを見たのである。

 

 彼の隣にはすごくオシャレに着飾った女の子が居て、最初は誰か気づけなかった。彼らの後をコッソリと追跡してデートの様子を確認すると、女の子がするいくつかの仕草がアニそっくりとなり、気づいたのである。

 

 それはもうすごかった。声こそ小さかったが、アニが女の子になるだけで、皆わーきゃーしてた。

 乙女同盟でこの出来事は秘密となった。

 

 そのことを話すと、ノルドは困ったように頬を掻く。

 

 「誰も見てないと思っていたから恥ずかしいな」

 

 「まぁ、何が言いたいかというと」

 

 そこで言葉を切ったユミルは、抱き締めるかのように両手を隣にいるノルドの後ろに回す。

 

 「もう少し、私を見ろ…………ちょっと寂しい」

 

 「……………………」

 

 小さく耳元で囁かれた言葉に目を見開いたノルドは、襲い掛かる驚愕の波をやり過ごし、頭の中で反芻した。

 

 意味を咀嚼し、彼女が何故ここにきてその囁きをするに至ったかを察したノルドは、自身も腕を彼女に回し強く抱きしめる。

 

 「ごめんよ。アニやクリスタばっかり甘やかしてきたから、君も甘やかさないといけないね」

 

 「…………何か、目的があって色々やってるのは知ってる。前に話してくれた物語ってやつだろ? だから、あんまり言うつもりはない」

 

 肩に顔を埋め、くぐもった声で話しかける。

 

 「たまにでいい、私も見てくれ」

 

 ユミルは自身の立ち位置を理解していた。前に聞いた物語の今を生きるこの世界。周囲には物語で該当した人物に近しい人が何人もいる。

 

 エレン、ミカサ、アルミン、ジャン、コニー、サシャ、ライナー、クリスタ、ベルトルト、アニ。

 

 だけど、その物語に私はいなかった。

 いや、正確には途中からいなくなっていた。

 

 だから分かる。私は端役にすぎない、と。

 物語を見に来た彼からすれば、私は停滞した流れを乱すスパイスのような存在でしかない。それでも、彼に救われた。彼に惹かれてしまった。

 邪魔はしたくない。それ以外で、彼に見ていてほしい。そんな欲求とも言えない、小さな願い。

 

 ノルドは、肩に置かれた頭に手を乗せる。ゆっくりと、染み込ませるように優しく撫でる。

 

 「分かった。ちゃんと見るよ」

 

 重なる体温か、はたまた暖炉の灯か。

 

 二人の身体はとても熱くなっていた。

 

 

 

◆ ◇ ◆

 

 

 雪山訓練が終わり数か月が経過した。

 

 あれ以降も二人の距離感が変わることはなく、しかし確実に何かは変わった。唯一気づいたのはいつも一緒にいるクリスタぐらいか。いや、ノルド関係はものすごく敏感になってきたアニも含まれるか。

 

 そんな日々も過ぎ去り、卒業までもう少しとなった。

 というより、明日だ。

 

 だからか、同室であるコニーはいつも以上に煩い。もう夜だというのに緊張か元気があり余っているのか、同じ部屋の住民であるダズやサムエルと明日について話している。

 

 ノルドはその様子を横目に窓を見つめている。

 

 

 もともと偶然アニが外に出るのを、今と同じように窓を眺めていたら気づいたのが始まりだった。

 

 あの時はひどかったと思い返してる。

 

 変質者、ストーカー、変態。アニの後を追って、遭遇した時に言われた言葉の数々。罵倒のオンパレードだった。

 さらには、言葉だけでは飽き足らず蹴り技すら飛んできたのは驚愕の一言。念のため持ってきていた木剣で脚と斬り結んだのはいい思い出。

 

 あの一件はアニの中にノルドという個人が認識された日でもあった。

 

 それ以降、夜に暇な時があったら窓から外を見て、アニと目が合えば向かう、ということを繰り返してきた。

 

 懐かしいものだと心で思い起こしていると、何の偶然かアニが外にいた。いつものように簡素な私服。

 こちらを一瞥することなく、森の中に進んでいく。

 今回は話す時間はないということだ。

 

 普段だったら、ここで引き下がりまた今度となるのだが、明日は卒業式。これから起こるトロスト区襲撃や憲兵団、壁外調査で会う機会も少なくなるだろう。

 

 待ってみよう。

 

 ふと、心からこぼれた考え。

 内地への調査となると往復だけで相当な時間を有する。例え巨人の全力疾走で往復したとしても帰り着くのは朝方だろう。しかも、彼女がいつもの場所に立ち寄るかも分からない。

 だけど、これが最後の密会と思えば十分な理由になるだろう。

 

 そう考えたノルドは騒がしい同室の仲間が寝静まるのを待った後、タオルや軽食、飲み物、あと汚れた時用の着替えを持って外に出た。

 

 彼女といつも話している場所である岩場まで行くと、予想通り誰もいなかった。腰を下ろし、岩に座る。尻が痛くなる等と適当な思考を流し、これから何時間掛かるか分からない耐久勝負が始まりを告げた。

 

 

 

 

…………

 

……………………

 

…………………………………………

 

…………………パキッ

 

 

 ────っ! 

 

 どれほど経ったかは分からないが、月が既に落ち始め反対側より薄っすらと青がやってくる時間。ノルドがうとうと、微睡みに包み込まれて船を漕ぎだした時だった。

 

 小さく聞こえた環境音。今のがアニ含めた他生物による影響か、それとも自然が齎すいたずら心か。

 生物ならばもう一度くらいは音が発生するはずと考えたノルドは、地面に耳を当て振動すら感知できるようにした。

 

 ……………………ドサッ

 

 今度は、何かが倒れる音。

 これは自然ではなく、生物による音だと判断できる。

 誰何問わず、無視はできないなと音の方向へと向かうことに決めた。

 

 

 音がかなり小さかったので、少し距離はあるだろうか。

 予想以上に離れた場所まで歩いた彼は、対象が居るであろう場所に視線を向け、眼を瞠った。

 

 そこには、血だらけで倒れ伏しているアニがいたからだ。

 

「アニッ!?」

 

 ノルドは夜であることを顧みず大声でアニの名を呼び駆け寄る。

 そして状態を確認すれば、怪我はない。血だらけなのも服だけでアニ個人が外傷を負っているわけではない。

 とはいっても、巨人の再生力で治しただけで怪我自体はしたのだろう。

 

 血だらけの服ともう一点、上げるとすれば臭いである。

 下水の臭いが漂っており、非常に鼻につく。

 

 ここまでくれば、ある程度思い出せるというもの。

 ノルドは原作知識から、アニはケニーと接触したのだろうと考えた。ライナーたちがトロスト区を襲撃したのも、この一件で内地への調査が難しいとなったからだと思い出す。

 

 (今日だったのか…………確か、下水に入ることで何とか逃げ切れたんだっけ。でも、原作でこんな怪我なんてしてたか? いや、アッカーマンだしな)

 

 それよりもと、アニの状況を何とかするためにいったん移動した方がいいと思い、意識を失っている彼女を横抱きに持ち上げ、川のほとりへ向かった。

  

 ◇ ◇ ◇

 

 少し前

 

 ウォールローゼ南に位置する訓練地、その近くまで戻ってきた彼女は巨人化を解き、歩いて兵舎まで向かっていた。その足取りは非常に重く、そこだけ重力が何倍もかかっているかのよう。

 

 (……………………ホント、最悪)

 

 心の中で吐いた言葉は非常に刺々しく、それでもどこか疲れを感じさせる。アニは今日の内地での調査、その過程で接触した一人の人物について思い起こしていた。

 

 『ガキの中にもイカれた奴はいる。俺はそいつとやり合った時から、ガキ相手だろうと容赦しないって決めてるんでな?』

 

 そう言って、尾行に失敗し逃げ出した私の背中を散弾銃で撃ち貫いた。

 治療のため蒸気を昇らせながら、走り出すアニを見た王都の傑物はニタァと笑いまた話し出した。

 

 『ほれ見ろ、やっぱりだ! 俺の眼に狂いはなかったってなあっ!』

 

 逃げて、撃たれて、逃げて、撃たれて。

 

 咄嗟に飛び込んだ場所は下水道。そこ以外にここから逃げる道はなく、傷口から汚れた水が摂取され、体調も悪くなっていく。

 シーナからローゼへ戻るため、巨人化を使ったため中の汚れも一掃されはしたが、それでもあの時受けた痛みが無くなるわけでもなく、吐き気が無かったことにもならない。

 

 ようやっと、兵舎へ続く森に辿り着いたときには既に体力が底を尽き疲労困憊、それに加えて精神的な疲労もかなりのものだった。

 

 (早く戻って、汚れを落とさないと)

 

 最初、アニは彼と話すいつもの場所まで行こうとしていたが、この汚れた状態を見せたくなかったから、そのまま帰ろうとしてそこで力尽きた。

 

◇ ◇ ◇

 

 そんなアニを自身が汚れることを気にすることなく、水辺まで運んだノルドはどうするか考えた。

 

 (この服を捨てるのは確定。肌に付着している血を流すためにも、脱がす必要がある。俺がやっていいのか?)

 

 許可得ていない美人の肌を晒すという行為は、流石にまずい。かといって、彼女をこのままにしておくのも忍びない。

 

 (えー、あとで蹴られませんように)

 

 致し方なし。諦め半分に蹴られる覚悟を決めたノルドは、なるべく見ないように服を脱がした。そして濡らしたタオルで彼女の体を拭いていく。

 丁寧にだけど迅速に、これほどまでに《素早く丁寧に》を実行できたことがあっただろうか。前世含めて、無いと彼は断言できた。

 

 

 

 しばらく経って。

 完全に汚れが落ちたかと言えば、恐らく兵士長から全然なってないとお言葉をいただくことだろうが、それでも最初よりかは断然よくなってる。特に臭いがほとんどしなくなったのはむしろ快挙だ。

 

 最後に自身が持ってた予備の服を着せて完成。

 血濡れの襤褸雑巾のような服は既に捨てた。というより、土の中に埋めた。下着も全部捨てた。

 

 今のアニは、ノーパンで男の服を着ている。

 

 やっば、鼻血出た。

 

 鼻血を拭い、改めて彼女が起きるのを待つ。

 このまま、朝日が昇るようだったら兵舎まで連れていくことも視野に入れないと。

 

 そこまで考えた時、アニが身動ぎをした。それを見て、いつでも支えられるように近づき、彼女が目覚めるのを待つ。

 

 パチリ。

 

 ゆっくりと幾度かの逡巡を挟みようやく開かれた瞼。

 どこかボーっとしており、頭が働いてないようにも思える。働かない頭で周囲を見渡した彼女は、ふと起き上がろうとする。力の入ってない腕では起き上がることも出来ず、ノルドが背中を支え押すことでようやく上半身を起こせた。

 

 ノルドに両手で縋り付き、ふらふらとしてる。

 いまだ半覚醒状態とでもいうべきか、ノルドの胸の中に居る状態で、呆然と周りを見渡し、陶酔したように顔を見つめる。

 

 普段のアニからは想像もつかないような可愛らしい表情だったが、長くは続かない。徐々にだが、その眼には意識が宿り始めているのが見て取れた。

 

 体勢は変わらぬまま、アニの意識は完全に戻った。

 お互いに顔を見つめ合う。この状況に対する回答を残念ながら両者ともに持ち合わせていない。

 

 「…………どういう状況?」

 

 「…………ちなみに聞くけど、どこまで覚えてる?」

 

 アニは彼の腕に抱かれ、寝てしまいたくなるような居心地の良さを覚えていたが、このままではまずいと、カラカラの口から己の置かれている状況を問いた。

 

 それに対して、彼女がどこまで覚えているのかと返したのはノルド。質問を質問で返すようで悪い気がしたが、これを聞かないわけにはいかない。

 

 「私は、森に着いて、それから…………帰ろうとして、確か」

 

 一つ一つ思い出していくように、口に出していく。

 

 「そっか、あんたが世話してくれたんだ」

 

 やがて合点がいったのか、導き出した答えを口にする。

 

 「正解。明日は卒業式だったからね。記念日ということで、待ってみたんだ」

 

 「バカだね本当に。でも、ありがと。おかげで助か────っ!?」

 

 あーあ、すごく感動的なシーンでしたが皆さんお知らせです。気づいてしまいました。出かけた時と自身の服が違うことに。今、下着を身に着けていないことに。

 

 アニは、ガバっと男物のズボンの股を手で抑え愕然とする。

 理解力のある彼女は、しっかりと裏事情まで把握した。仕方ないというのもちゃんと理解できている。しかし────。

 

 「……………………見た?」

 

 納得できるわけがない。

 

 「見ないように努めました!!!」

 

 「ほら、ちゃんと私の眼を見て?」

 

 「っ……いやでありますっ!」

 

 思いっきり顔をグインと上に反らしたノルドと両手を彼の頬に当て無理矢理、下に持ってこようとするアニ。

 

 はたから見れば恋人もいいところな、やり取りがそこにはあった。

 

 

 

 幾分かの果て、ようやく解放されたノルドは大きく息を吸って呼吸を整えた。一方アニはいままでしていたことを思い出し悶絶していた。

 体育座りで顔を膝に埋めてプルプルと震えている。

 

 息を整え終えたノルドは、夜模様からあと2時間もすれば朝日が昇るだろうと予測し、そろそろ戻らないと皆に気づかれると判断した。

 

 「アニ、落ち着いたかい?」

 

 ふるふると埋めたまま首を振る。

 羞恥でいまだに顔は赤らめたままだが、彼女はふと疑問に思ったことを聞いた。

 

 「何も、聞かないんだね。どうして血だらけだったとか」

 

 当然の疑問だった。彼は明らかに異常な状態の彼女を普通に助けた。

 常人からすれば、おかしすぎる。実際は原作を知ってるから何故こうなったのかをある程度分かっているだけなのだ。

 

 「聞いてほしくないって顔してるからね。もちろん、聞いてほしいって言うなら全然聞くよ。吐き出した方が楽になる、なんてこともあるからね」

 

 けろりとして、そんなことを宣う。

 

 「アニから話してくれるまで待つよ、俺は」

 

 まったく、この女誑しめっ!

 随分と調子に乗っておられるようです。

 

 「……………………ありがと

 

 でも、彼の目の前にいるのはそんな女誑しにやられてしまった娘の一人。抵抗できるはずもなく、彼女は再び膝に顔を埋めた。

 

 

 

 少し経ち、ようやくアニが落ち着いたので帰路につく。

まだ外は暗く足元も見えづらいので手を繋いで移動している。

 

 「あんたには、いずれ話したいとは…………思ってる」

 

 それを口にするとともに繋がった手にギュッと力が込められるのが分かる。

 アニの秘密、即ち壁内人類の滅亡や巨人の力のこと。打ち明けるには相当な勇気がいるはずだ。

 

 「でも、今はちょっとダメかも」

 

 「いいよ、無理しないで」 

 

 強く握られた手、優しく握り返される。握る力の強弱をポンポンと変えることで意識を手に向けさせる。それでも繋がった手が離れることはなく、兵舎に到着するまでの短い間、ひたすらに手から伝わる異性の温かさに酔いしれていた。




今回こそはクリスタとユミルが主役だと思ったのに気が付いたらアニだったよ。
敵がコッチに来るには相応の理由が必要だから、っていう建前でいっぱい書いちゃった。

途中に書いてるケニーが癒し。

あなたにとって"あの娘"とは?

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