【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第103話 崩れる、日常

 その浴室はヨシノリからすれば見慣れたものだった。

 が、目の前にある物は違う。

 

「…………でっか」

 

 それは壁であり山であり大地であった。

 そう見まがうほどに巨大な背中であった。

 父よりもずっと大きな背中であった。

 

 まさかそれが幼馴染である女子高校生の背中だとは思うまい。

 大きく背中で交差する傷跡や肩を鋭利な爪のようなもので引き裂かれた痕など、まだヒグマの擬人化だと言われた方が納得できる。

 

「では、頼む」

「アッハイ」

 

(なんで? なんで普通の女子高校生にこんな歴戦の猛者みたいな傷あるの?)

 

 脱衣がピークであった、と後にヨシノリは語る。

 それ以降は、機嫌を損ねれば自分の首が飛ぶと思ってしまい気が気ではなかったのだ。

 

「ど、どう?」

「良いぞ」

「うっす」

 

 幼馴染の筈が、いつの間にか彼は舎弟のようになっていた。

 完全に背中のみでパワーバランスをわからされたヨシノリは、目の前の一糸まとわぬ幼馴染を相手にしているとは思えない一生懸命な表情で背中を擦っている。

 

「……ヨシノリ」

「あ、痛かったっすか!?」

「なぜ敬語になっている。……いや、そうではない。無理を言って付いてきて貰ってすまなかったな」

「え? まあ、別に良いけど」

 

 背中を擦りながら、ヨシノリは首を傾げる。

 ネネの行動が突拍子もないのはいつもの事だ。

 

「実は、少しだけあの二人だけの時間を作ってやりたかったんだ」

「……何かあったのか」

「ああ、どうやら喧嘩をしたらしい」

 

 三姉妹故に行動を共にする機会が多いのだろう。

 ヨシノリは気が付かなかったが、ネネはその異変に気が付いていたようだった。

 

「あいつらは仲が良い。だから時が解決するとは思っているのだが、それでも早い方が良いだろう。少し荒療治だが、腹を割って話す時間が必要だと思ったんだ」

「だから俺を風呂に誘ったのか?」

「ああ」

「極端だなオイ」

「そうか。そうかもしれないな。だが、別にお前を相手に遠慮することもないだろう」

 

 ネネはシャワーを手に取り、自ら背中を流す。

 そしてスッと立ち上がると、何の遠慮も無しにヨシノリへと振り返った。

 

「うぅううぅっわ、でっかぁ……!?」

 

 健全な男子高校生では耐えられない視覚情報に脳が少しばかりスパークを起こす。

 何とか本能で後ろを向くと、すぐにネネがヨシノリの背中を擦り始めた。

 あの巨体からは考えられない程に気遣った優しい手つきだ。

 

「どうだ」

「あぁ、たまにはこういうのも良いなぁ」

「そうか、よかった」

 

 それからしばらく、ネネが背中を洗う音だけが浴室に響く。

 妙にそれが心地よく、ヨシノリはいつの間にか目を瞑っていた。

 

「……仲直り出来ると良いな」

「ああ」

 

 優しい声は、ネネの心をよく表している。

 昔から彼女はこうだった、とヨシノリはふと過去の事を思い出していた。

 不器用だが誰よりも姉妹の事を思って行動をするネネの純粋さは素晴らしい。

 少なくともヨシノリはそう思っていた。

 

(仲直り、俺も手伝ってやるか)

 

 初めは随分と情緒が乱高下したが、存外悪くはない時間だった。

 

 

 

 

 

 

 よく考えれば、セナノちゃんと二人じゃあないっすか。

 え、これどうなんの?

 師匠いないだけで空気が終わったんだけど。

 

「あ、あの……セナノさんも何か飲みますか」

「別にいいわ」

「あぅ……」

 

 俺はしどろもどろになりながら、下を向くしかない。

 と、下にはソラが寝そべってこちらを見ていた。

 

「っ!?」

『驚いて声を出さなかったのは偉いですよ』

『なんでここに?』

『サプライズです!』

『いらないですねぇ』

『もう一度だけチャンスを上げます。――サプライズです!』

『わぁ! びっくりしたぁ! もお~!』

『キャッキャッ』

 

 ソラは何が面白いのか手を叩いて喜んでいる。

 まあ、十中八九人間を掌で転がしているのが楽しいのだろう。

 いいなぁ、上位存在。

 俺もそっち側に行きたいよぉ。

 

『ねえ、気まずいんだけど。自分、そろそろ仲直りいいっすか』

『まだ駄目です。この後、それ用のイベントがあるのでその時にしっかりと仲直りしましょう!』

『まだ先なんだね』

 

 もうイベントが用意されている事には疑問を抱かなくなってきたな。

 

『今のエイに出来ることは、人間に話しかけそして適当にあしらわれてしゅんとする事だけです! エイが可哀そうな目に遭うのも良いコンテンツなので、まだ旬ではないですがここで摘んでいきましょう!』

『人の事を山菜だと思ってる?』

『灰を熱湯に加えて一緒に煮込むと良いですよ』

『しかもアクがあるタイプなんだ』

 

 ここでかっこよく言い返すことが出来ればよかったのだが――。

 

「セナノさんセナノさん、見てください! 旅行特集だそうですよ!」

「ああ、そう」

「うぅ」

『キャッキャッ』

 

 こうして上位存在を楽しませることしか出来ない。

 俺は権力と圧倒的な力にはめっぽう弱いのである。

 くそっ、タイプ相性が悪い!

 

『ちなみに間もなく戦いになるのですが、ガラスの破片で腕を切ってくださいね。人間の前で』

『え、戦い?』

『白い制服が赤く染まる……!』

『待って、興奮して先に行かないで。俺を置いて行かないで!』

『でも、怪我を切っ掛けにあの人間と仲直り出来て良かったですね^^ 』

『ああっ、ネタバレが止まらない!』

 

 あっ、足元にいた御空様がどんどんと薄くなっていくっぺ!

 そろそろ満足したから遠くからの観測に切り替えるつもりっぺよ! こうなるともう御空様は止められないっぺ! でも近くにいても別に止められる訳じゃないっぺよ、無力だっぺ。

 

「セナノさん……その、えっと」

「別に無理して会話しようとしなくて良いわよ。疲れているでしょうから、仮眠でも取っておきなさい」

「……はい」

 

 しょんぼりする俺をチラリと見て、セナノちゃんは複雑そうな顔をする。

 S階位故に早く卒業できたけれど、本当はまだ高校二年生。多感な時期だ。

 守りたいという気持ちがから回ってしまうことだってあるだろう。俺はそれを優しく見守るよ。

 

『^^』

 

 だが御空様が黙って見守るかな?

 

『楽しみだなぁ』

 

 そっすね。

 

 

 

 

 

 ほんのりと赤くなったその横顔にヨシノリは思わず見とれる。

 数本の髪が頬に張り付き下へと流れていく雫の一つすら妙にはっきりと網膜に焼き付く。

 

(……俺、相当すごい時間を過ごしたのでは?)

 

 幼馴染と風呂に入るなんて、小学校低学年以来である。

 相手は男女問わずに告白される人気者のネネ。

 その混浴は値千金であろう。

 

(狭いって言ってるのに一緒に浴槽に入ってきたのもやばかった。もう殆ど記憶は残っていないけど)

 

 浴槽から馬鹿みたいに流れ出たお湯を呆然と眺めている無心の時間が彼の中に生まれていた。

 おかげで彼はその時の事を大して覚えていない。

 強いて言うなら、がっちりとした中にも確かにしなやかさと柔らかさがあったのだ。

 柔と剛。武道の神髄を彼はそこに見た気がした。が、おそらくは気のせいである。

 

「ヨシノリ、ドライヤーはどこだ」

「あ、棚の上。……壊すなよ?」

「大丈夫だ。私は物持ちが良い」

「ドアノブ忘れたのかよ」

 

 いつものような軽口を言い合っていたその時だった。

 ふとネネが何かに気が付いたように顔を上げる。

 

「ネネ?」

「……少し早いが、時間か」

「え?」

「来い」

 

 抵抗する権利すら与えられず、ヨシノリはひょいと小脇に抱えられる。

 薄手のTシャツ一枚越しに感じる感触は、女の子と父親の混合であり非常に混乱した。

 

「ど、どうしたんだよ! ってか降ろせって、当たってる!」

「大丈夫だ。困らん」

「俺が困るんだよぉ!」

 

 リビングまで抱えられてきたヨシノリはソファへと放り投げられる。

 抗議しようとヨシノリは口を開くが、ネネが窓の外を凝視しているのを見て止まった。

 

「……始まったか」

 

 視線を辿ってみれば、窓の外には既に月が昇っていた、

 それも、まるで血を絞り出したかのような。

 

「赤い月……!?」

 

 驚くヨシノリとは違い、セナノは準備体操をするように体を伸ばし始める。

 エイもまた、両方のこぶしを握り締めていた。

 

「成程、今回は民間人を一人守るって訳ね」

「が、頑張ります!」

「なっ何が起きているんだよ」

「すまないヨシノリ」

 

 答えたのは、ネネであった。

 彼女はいつも通りの無表情で軽く頭を下げる。

 

「どうやら巻き込んでしまったようだ」

 

 窓の外で、何かの歪な鳴き声が響き渡る。

 それも一匹ではなく、数えるのも馬鹿らしくなる程に大量に。

 

「……え?」

 

 彼の中の日常が、崩れ落ちる音がした。

 

 

 

 

 

 

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