【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
授業中に夢想する非日常とは違う恐怖の象徴の様な異変。
目の前にあるそれをヨシノリが疑う筈もなかった。
「どうなってんだこれ……!」
「説明は後だ。まずは部屋の明かりを全て落とすぞ。姉さん」
「わかってるわ」
言い終わる頃にはセナノが部屋の明かりを落とした。
まだ夕方である筈の空は真っ黒に染まり、夜を煮詰めたような色をしている。
部屋の明かりを消しただけで辺りは闇に飲まれていった。
「あまり外を見るのも良くはないな。カーテンを閉めるぞ」
「はい!」
エイがカーテンを閉めることで、いよいよ部屋には何も光源がなくなる。
と、その時ヨシノリの傍で何かが灯った。
どうやらネネが小型のライトを持っていたらしい。
「さて」
「おい、ネネ。これってどういうことだ? 月は赤いし、さっきから聞こえるこの変な声は……」
喉を潰された人間が無理やり声を出しているような、あるいは錆びた鉄同士をゆっくりとこすり合わせるように歪な音がそこかしこから響いている。
それは絶え間なく移動を続けており、何かを探して徘徊しているようだ。
「この声は異縁存在と呼ばれる怪物達の物だ。赤い月も奴らが現れた証拠だな」
「怪物!?」
「驚くのも無理はない。だが安心しろ。私達はそれらを殺す事を生業としている」
「……え?」
小さな明かり一つに頼った薄暗い室内でエイとセナノの表情を確認する。
確かに誰も慌てておらず、先ほども冷静に行動をしていた。
「私達にとっては日常茶飯事だ。落ち着け」
「そ、そうなのか……」
それは、ヨシノリが知らない幼馴染達の別の顔であった。
彼女達は風呂を借りに来た時とは別人のように無駄なく動いている。
「ネネ、封縁杭はここに打つ?」
「ああ。今日を凌ぐ程度ならここでも問題ないだろう」
「封縁杭……?」
「ここを守るバリアみたいなやつです!」
疑問を浮かべたヨシノリに、エイがそっと返した。
その傍ではセナノがお風呂セットの中から大きな杭を数本取り出している。
「こんな事もあろうかと持ってきておいて良かったわ」
「姉さんは準備が良いな。私はこの肉体で解決させて貰おう」
(もしかして体中にあったあの傷って……)
風呂場で見た傷だらけの背中が、ネネが戦い抜いてきたことを証明していた。
これからまた、彼女は大きく傷を作ることになるのだろう。
「あ、あの俺に出来ることは」
「ない。大人しくしてろ。それが一番助かる」
「そ、そうか」
「普通の人間が異縁存在と出会えばひとたまりもない。大半が無残に殺されることになる」
「そ、そんなに……。待ってくれ」
ヨシノリはふと思い出す。
買い出しにいったまま帰ってこない母。
それが何を意味するのか、この状況では一つしかなかった。
「母さんは? なあ、母さんはどうなったんだよ!」
「……落ち着きなさい」
「セナノさん、でも……!」
「私たち以外にも異縁存在を狩る者はいるわ。運良く助けて貰っている可能性も高い。だから、こういう時は焦らな――」
その時、家のインターホンが一度鳴った。
暗い廊下に響き渡る日常の音に、ヨシノリは反射的に顔を上げる。
「……母さん?」
「そんな訳ないじゃない。この中を帰ることが出来るなんて、あり得ないわ」
「そうです、ヨシノリさん!」
「で、でも」
ヨシノリ達は廊下をそっと覗く。
外は暗く、扉越しの気配は人のようにもそれ以外のようにも思えた。
ただ一つ確実なのは、そこで何かが息を殺して待ち構えているという事だ。
「返事をするな。いると悟られるな。興味を持つな。わかったな」
「……ああ」
ヨシノリは頷き、沈黙を保つ。
自分の心臓の音や、エイ達の呼吸音だけが静かに響く。
それ以外は外から聞こえてくる異形共の騒ぎ声だった。
まるで犬の遠吠えのように街へと響き渡る本能的に不愉快なその声に紛れて、再びインターホンが鳴る。
『ヨシノリ、開けて。早く。母さん、ここまで何とか逃げてきたの』
「偽者だ」
「……っ、わかってる」
声は完全に母親であった。
しかしヨシノリも愚かではない。
それが母ではないと、頭で理解していた。
『気が付いたら外に変な化け物がいて、私の前で沢山の人が殺された。母さんもこのままだと死んじゃう! ヨシノリ、いるんでしょ? お願いだから、開けて』
インターホンが激しくなり、扉が叩かれる。
と同時に今まで聞こえてきた声とは違う何かがより遠くから地鳴りのように響いてきた。
『ああっ、アレが来てしまった……! ヨシノリお願いっ! 私はまだ死にたくないの! 早くここを――い、いやぁっ!』
「っ」
それは母でない。
そもそも人間ではない。
頭ではよく理解している。
しかし、それでも限りなく低い可能性が、脳裏によぎって仕方が無いのだ。
本当にアレが母だとしたら。
奇跡的に家まで逃げ帰って来たのだとしたら。
あり得ないという理性と、もしかするとという疑念が次第に混ざり合い正常な思考の能力が失われていく。
(もしも本当に母さんだったらどうしよう……! 今すぐ助けてあげないと!)
怪物をまだこの目で見ていない事。
紛い物であるとはいえ、家族の悲鳴を無視できない事。
つまり、一般人であったことがその行動の決め手となった。
「母さん!」
正常な判断もできないままに彼は扉に向かって気が付けば叫んでいた。
慌ててセナノが口を覆うが既に遅い。
『ヨシノリ』
先程まで聞こえていたインターホンや地鳴りがぴたりと止む。
遠吠えや騒ぎ立てる声すらもどこかへ消え去り、静寂が辺りを覆い始めた頃それは再び名を呼んだ。
『ヨシノリ、母さん入るね』
どこまでも母の声で、しかし冷たく淡々と言葉だけが紡がれていく。
しまったと思った時には既に遅かった。
その者の名を呼ぶ行為自体が、家に招き入れるためのトリガーなのだから。
『たダiま』
まるで何かが泡立つ音に混じってくぐもった声が響き、ゆっくりと扉が開かれる。
きい、と金属が軋むと共に開かれた先には――何もなかった。
「……え?」
ぽっかりと空いた暗闇だけが扉の向こうにある。
ひとりでに空いた扉だけが、僅かに動いていた。
何もそこには立っておらず、存在していない。
が、ネネ達の反応は違った。
「入って来たな」
「そうね。お願いできるかしら」
「ああ」
短いやり取りの後にネネが廊下の中央へと陣取る。
それと同時に水っぽい足音が突如として聞こえてきた。
右側面、壁に叩きつけるように三本指の何かの足跡が次々と現れる。
それはネネに迫り――。
「くだらん」
虚空に向かってこぶしを振った次の瞬間、何かが弾けた。
水風船をぶつけたときの様な音が短く響く。
「な、何かいたのか?」
「たぶんな。見えていないから知らない。まあ、殺せたし問題はないだろう。姿を消す異縁存在は基本は雑魚。力がない故に、招かれなければ入ってくることもできない。問題は、これからだ」
ネネに続くようにセナノとエイも廊下に立つ。
片や首を鳴らし、片や深呼吸をしていた。
まるでこれから始まる何かに向けて最後に準備をしているかのように。
「例え雑魚でも入り口が作られた。ならば異縁存在は必ず入ってくる。この家はもう駄目だ。ヨシノリ、すまない」
「え?」
「こうなると封縁杭は機能しない」
「それって――」
次に来たものははっきりと見えた。
影のように黒く這い寄る手。
右手でも左手でもない、両端に親指がある歪なそれがまるで蟲のように湧き出し、床や壁を問わず中へと入ってきたのだ。
「ひ、ひぃ!?」
「姉さん、こうなったら作戦Bだ」
「作戦B?」
「外で戦う。そっちの方がやり易い」
ネネは返事を待つ暇など与えなかった。
懐中電灯を的確に振り回しながら、次々と手を落としあっという間に玄関まで到達する。
そして丁度こちら側を覗き込んでいた巨大な能面の様な顔に振りかぶった拳を放った。
「舐めるな」
拳が当たった瞬間にまるで熟れたトマトのように顔が粉砕する。
辺りには先ほどよりも雑多で不愉快な叫び声が響き渡っていた。
「さっすがネネお姉ちゃん!」
「私はヨシノリの母さんを探す。姉さん達はNARROWを取ってきてくれ」
「わかったわ。ヨシノリ、行きましょう」
「こっちですよ!」
二人に誘導され、ヨシノリも玄関から一歩外に踏み出す。
そこに広がっていた光景に、彼は理解を意識的に拒んだ。
「は、はは……なんだよ、これ」
異常に伸びた手足が、近くの民家の窓ガラスを割って中を探っている。
電柱に巻き付いた青白い何かが赤黒い物を牙の生えそろった口の様な穴で齧りつき啜っている。
牛の様な異形の角に刺さるアレは、何かの臓物だろうか。
カラカラと音の鳴る頭を回し続けるアレは、首のない熊の様なアレは、アレは、アレは、アレは――全てが異形である。
地獄は、悲鳴と何かを啜り砕く音と共にヨシノリの目の前に訪れた。
『うわぁ、遊園地みたいですね!』
『俺の知ってる遊園地と違う』
『おや、貴女は行ったことが無いのに知っているんですね』
『前に動画で見たからね(回避判定)』
『ふうん^^ じゃ、早速コンテンツを始めましょうか』