【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第108話 打ち明ける、心

 夜神楽は終わりを向かえた。

 これからようやく本当の夜が始まり、セナノ達は体を休めることが出来る。

 だが、夜が明けるまで必ずしも安全とは限らない。

 

「夜明けまであと8時間。万が一にでもうち漏らした異縁存在がいるかもしれん。交代で待機するぞ」

 

 ネネの言葉によりその場で即席でチーム分けが為された。

 一つはネネ単体、そして二つ目はセナノとエイである。

 

「ヨシノリは私と寝るぞ。お前みたいな一般人が一番危ないからな」

「わ、わかった」

 

 そうしてヨシノリとネネは家の奥へと消えて行く。

 誰も異を唱えることが無かったのは、明確に戦力を分散させるチーム分けだったからだ。

 ネネという単体で機能する切り札を他二人と組ませるわけにはいかない。

 そう頭で理解していたからこそ、セナノは自分の感情を押し殺して口を閉ざしていたのである。

 

(こんなに時間って流れるのが遅かったかしら)

 

 4時間後の交代まで、セナノとエイは二人で過ごさなければならない。

 いつもなら適当な会話をしていれば時間はあっという間に過ぎるのだが、今日だけは無情にも時計の針が丁寧に時を刻んでいるようだ。

 部屋に響く秒針の音と換気扇の低音だけが部屋に響いている。

 

「……あ、あの」

「何かしら」

「お茶、飲みますか?」

「別に今はいらないわ」

「……そうですか」

 

 セナノとエイは今、隣り合ってソファに座っていた。

 エイが精いっぱいにこちら側に寄り添っているが、セナノがそれを拒否しているため彼女達の間には一人分の空白があった。

 

(エイ、きっと私と話がしたいんだ)

 

 それを頭ではよく理解しているセナノだったが、感情が整理できない。

 今まで一人で多くの時間を過ごしてきた彼女にとって、相棒と呼べる立場の人間とのやり取りは非常に難しいものであった。

 今までのエイは、セナノにとっては庇護の対象の側面が強かったのだろう。

 しかしそれは変わり始めていた。

 封縁五家の策略に巻き込まれたあの日、確かにエイはセナノを助け出したのだ。

 唯一無二、セナノの相棒として。

 

「――セナノさん、今さらですけど怪我はないですか」

「……ええ」

「そうですか。それは良かったです。流石はエリートですね」

 

 エイは笑う。

 無邪気であることが唯一の取り柄だとでも言わんばかりに彼女は必死に無垢を取り繕っていた。

 それが痛々して、そうさせてしまっている自分が許せなくて。

 セナノの感情は何度も激しく掻き立てられる。

 

「……廊下でのお話って、聞こえていましたか」

 

 少しばかりの沈黙の後、エイは唐突にそう問いかけた。

 顔を見ることはできないが、その声が震えている事はわかる。

 

「ええ。偶然聞こえてしまったわ」

 

 嘘をつくかどうか迷って、セナノは正直に答えた。

 ここで嘘をついてしまっては、ますますエイに顔向けできないと考えたからだ。

 

「そうですか……」

 

 再び秒針の音が場を支配する。

 夜の街は深い眠りについたように静かで、自分の呼吸一つとっても大きく響いているような気がした。

 

「すみませんでした」

「え?」

 

 唐突に放たれた言葉は素直な謝罪であった。

 思わず顔を上げれば、そこでは相変わらずエイが笑っている。

 真っ赤に目を腫らして、目元に溢れんばかりの涙を溜めて。

 しかし彼女は笑っていたのだ。

 

「私なんかが、セナノさんと対等になろうだなんて……恥ずかしい願望を聞かれてしまいました」

「っ」

 

 その時、セナノの中にあった何かが弾けた。

 気が付いた時には彼女は一人分の距離を詰め、エイを強く抱きしめていたのである。

 

「ぁ……」

「恥ずかしい願望なんかじゃないわ!」

 

 自分の存在を刻みつけるように彼女はより強く抱きしめる。

 その間も、胸中には激しい後悔が渦巻いていた。

 

(私は何をしているのよ。エイを泣かせて、無理をさせて……!)

 

 守る為、傷つけない為の行動だった。

 しかしそれが何よりもエイを傷つけていたのだとしたら、これほどの道化がいるだろうか。

 

「……貴女はもう充分に頼りになる縁者よ。対等なんて言葉じゃ足りない。私なんかじゃ、きっと……」

「セナノさん……?」

 

 偶然とはいえ、エイはその胸中を、願望を吐露した。

 ならば自分も正直に胸の内を明けるのが誠意というものだ。

 

「私ね、怖いの。貴女と対等になれない事が」

「セナノさんが……?」

「あの時、私を助けてくれたわよね。焔の中でずっと貴女の声が聞こえていた」

「はい。あの時は助けるのに必死でしたね」

 

 涙を拭い恥ずかしそうに抱きしめ返すエイに、セナノは子供のように自分勝手に言葉を紡ぐしかなかった。

 

「でも、それじゃあ貴女の傍にはいられない。弱い三鎌セナノには貴女の隣は相応しくないから」

「そんなことありません!」

「私自身が認められないのよ」

 

 最初はただの保護対象だった。

 災主級の疑似媒介という特殊な肩書からその一挙手一投足に注視して共に暮らしてきたセナノだからこそわかる。

 エイという少女はよく笑い、食事が好きで、人を無条件に信じることが出来る。

 掛け値なしに素晴らしい人間だ。

 そんな少女を守り、導くことが出来ることが何よりも誇らしかった。

 

 かつて、自分が憧れた師匠達の立場になれた気がした。

 ようやく、三鎌セナノとして成長できた気がしたのだ。

 

「貴女は呑み込みが早いわ。優秀で人当たりも良くて、勘も冴えている。あと数年もすればS階位になれるかもしれないわね」

「私がですか……?」

「ええ、そうよ。師匠みたいな、本物のS階位に」

 

 人間の理の外に立ち、異縁存在を狩り続ける最強の称号。

 果たしてそれが自分に相応しいかと問われた時、セナノは胸を張ってそうだと答えるだろう。

 しかし、それは自分への鼓舞の理由が大きい。

 足りない物をよく理解し、届かない領域を目にしたが故に、彼女は無意識の内に本物に対して一線を引いてしまうのである。

 そしてエイは、その線の向こう側に行ってしまった。

 

「そうしたら、ただ成績が良いだけの私なんて足を引っ張るだけよ。……それが許せない」

「そんな事はありません! セナノさんは私の相棒です。ずっと私を助けてくれました。だから今度は私も助けたいんです」

「そう思ってくれるのは嬉しいわ。……でも、貴女に願望がある様に私にもあるのよ」

 

 そう言って、セナノはエイの顔を改めて見る。

 潤んだ二つの黒い目が、彼女を捉えていた。

 

(いつまでも逃げるなんて駄目。今ここで全てを告げて隠し事を無しにする事がエイへの最大の誠意よ)

 

 それが自分の醜い心だとしても、薄暗い願望だとしても。

 セナノは、自分の心の中で肥大化していたその感情をエイへと告げた。

 

「私が、私だけが貴女を助けたい。そうして理由と役割を貰って、ずっと貴女の傍で――」

 

 

 

 

 

 

 「――あー、やっぱ駄目だったかぁ。マジで人の忠告聞かないなぁ」

 

 暗夜の中心、この街を管理する不可視のビルの最上階で笛吹は何かを察知したようにそう呟いた。

 声には失望や呆れの他に、確かな愉しみの色も見える。

 少なくとも、彼女にとってそれは全てが最悪の出来事という訳ではなさそうだ。

 

「いやぁ、仲が良いのは結構な事だけど時と場所が悪いよねぇ」

 

 明かりという概念が存在しないそのフロアで、笛吹はとある存在と相対する。

 暗闇の中で煌々と燃え盛る一体の人型の焔。

 

「本当はこういう時、直接手を出さないのが良いんだろうけど」

 

 笛吹はその焔を指さして楽し気に口元を吊り上げる。

 

「そろそろお節介が発動しちゃうよねぇ」

 

 戦いは静かに始まろうとしていた。

 

 

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