【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
異変はセナノ達の知らないところで今もなお現実を歪ませ続けている。
しかしその始まり、大元の原因であるそれは既に生を終えていると言われて誰が信じるだろうか。
少なくとも笛吹にとって今回の事件はイレギュラーであった。
「うーん、
対峙する焔の人型。
それが元はなんであったのかを理解している笛吹は、呆れたようにそう言った。
彼女はまるで人型が言葉を返してくれるのを望んでいるように見える。
「ねえ実は生きてたりしない? するなら助けるけどー」
焔の人型は答えない。
それを見て笛吹は何度目かのため息をついた。
――このZONEを取り巻く事件の黒幕は既に死んでいる。
正確には、黒幕の座を奪われていた。
悲劇へと至る前に、騒動が巻き起こるよりも先に、それはより強大な超常により塗り潰されている。
「迷宮内に閉じ込めて時間を繰り返し衰弱死……案は良かったよ。夜神楽に向けてS階位を減らそうって提案したのは私だし。でもさー」
人差し指をスライドさせるように下へと向ける。
すると、焔の人型はまるで押しつぶされるように地面に倒れた。
「反撃にあって即敗北は情けなさすぎるでしょ。貴方のせいで、大変な事になったんだからね? もうっ、私にとってはアンラッキーデイだよ。……ねー、何とか言ってよー。私、お喋りは人とするのが好きなんだよぉ」
間もなく、焔の人型がよりその体を激しく燃やす。
辺りを覆うように熱波が広がり、それはゆっくりと立ち上がった。
「あ、私の構文を燃やしやがったなぁ! 素直にセナノちゃんの所に帰っていれば良いのに。強情な災主級ちゃんめ!」
先ほどの行動で笛吹を敵と認定したのだろう。
人型は背中から焔を噴射すると、背後にある全てを灰塵へと変えロケットのように射出する。
まるで夜闇に打ちあがった花火のように焔の尾を引いてまっすぐに向かっていた人型だったが、それは唐突に動きを止めた。
なんてことはない。
笛吹が指をさしたのだ。
「はしゃぐのは良いけどさ、マジで空気読んでよ。後でセナノちゃんと一緒に歓迎してあげるし」
そう言って再び笛吹は指を払う。
右へとスワイプするような動作に合わせて人型はフロアを真横に吹き飛び壁に大きくぶつかった。
もがき壁から起き上がろうとするが、その体は何かに押し付けられているようにうまく動かせないようだ。
「さ、お帰り。今日のお祭りはここまで――」
優しく諭す様な言葉へと返されたのは、より大きく身を焼くような熱波であった。
僅かに髪の端が焼け焦げ、床がゆっくりと赤熱していく。
到底、大人しく帰る者の行動ではない。
「ふぅん」
笛吹はそれを見て目を細めると、今までとは違う笑みを浮かべた。
より蠱惑的に、より凶悪に。
友人というよりは玩具を前にした無邪気な子供のような笑みだ。
「じゃ、ちょっとお仕置きしちゃおうかなー」
笛吹はそう言って両手を前に突き出す。
作られたのは窓であった。
まるで画家が描くべき景色を切り取る様に、両手の人差し指と親指を組み合わせたフレームで作り出す限定的な世界。
「一名様、ご案内ー」
そうしてフレームに人型を捉えようと移動させたその瞬間――そこには、夏があった。
「……わあ」
フレームの向こうには小川と青々とした峰。
それを見下ろす青空には、雲一つなく
煌々と辺りを照らす太陽により世界が僅かに白んでおり、無意識の内についめを細めてしまう。
真暗なフロアの中、笛吹の手が作り出すフレームの中にだけ現れたその夏模様の中心には、一人の少女が立っていた。
青い髪を風に揺らした白いワンピースの少女は、何も言わずに佇んでいる。
その目は確かに笛吹を見つめていた。
「助言は良いけど、直接手を下すのは駄目って感じ? んー、わかんないなぁ。そんなにこの遊び場が気に入ったの?」
フレームの向こうへと笛吹は問いかける。
しかし向こう側の夏にいる彼女は何も言わない。
代わりに聞こえてくるのは、まるで土砂降りの雨のように、あるいは万雷の拍手のように響き渡る蝉の声だけだ。
「人間の動向に興味を持ったから、ここで観察している感じ? うーむ、困った。そうなると私はもうアドバイスをする優しいお姉ちゃんになるしかなくなってしまう。……コンビニ弁当飽きたんだけどなぁ」
ぼやきながら、笛吹は僅かに視線を外し人型を見る。
人型はこちらを警戒しているのか焔の勢いを増すものの、飛び込んでくる様子はない。
「さて、どうするのが正解か――おっと!?」
再びフレームへと視線を戻す。
少女は確かに近づいてきていた。
相変わらず写真のように綺麗な光景ではあるが、その中心の少女は視線を外した一瞬で数メートル程こちらに接近している。
仮にずっと視線を外していたらどうなるのだろうか。
それは恐らく試すだけ無駄な行動だろう。自分もあの夏の一部になるだけなのだから。
「うひぃ、やばいやばい! わかったよぉ、ここで君とやり合う気はないから、直接手を出すのはやめるよー。降参降参」
笛吹は笑いながら首を横に振る。
それからフレームをぱっと解除した。
手の中にあった夏が霧散し、辺りには再び鬱屈とした闇が広がる。
もうあの蝉の声は聞こえてこなかった。
「じゃ、という訳で私はまたアドバイスに戻るわ。どうやら、やりすぎるとさっきみたいに威圧されるみたいだしギリギリを攻めることにするよ。チキンレースってやつだね!」
身振り手振りを加えてそう話してみるが、相変わらず人型がそれに反応する様子はない。
笛吹は反応がない事に肩を落とし、無防備に背を向けた。
「はぁ、いいよもう。独り言程寂しいものはないっての。せめてこれでご陽気さんだったらまだまだこの世界を楽しめたのになー」
ブツブツと不満を吐き出しながら小さくなっていく背中を見て、人型はそれが好機と言わんばかりに焔を巻き上げる。
狙うのは当然、無防備に向けられた背中だ。
「あー、別にやる気なのは良いけどさ」
まるで見えているかのように笛吹は唐突に人型に声を掛ける。
その手にはスマホが握られており、SNSを暇つぶしに眺めているようだった。
「そっちから仕掛けてくるなら、どうなっても知らないからね」
それが最後通告であることは、人でなくとも理解できた。
あるいは人でないからこそ、本能的に感じ取ったのかもしれない。
フロアを満たす暗闇の中でそれはいつの間にか現れていた。
ぼんやりと辺りを照らし、見る者の脳髄へと染み込んでいくような淡い光を放つ孤高の女王――確かに月が浮かんでいる。
フロアの一室、天井の遥か向こうにまるで当然のように約38万km向こうの星が、人型を見つめていたのだ。
焔が次第に鳴りを潜め、今までの威勢が嘘のように業火は蝋燭のように静かになっていく。
それを確認することもなく、笛吹はそのまま部屋を後にした。
「あー、また昨日が始まっちゃうよ」
最後に残した言葉は、ありったけのため息付きであった。
■
三人が御神楽町に到着したのは、昼を過ぎた頃であった。
これと言った特徴もないありふれた街並みは、誰しもの心の中に存在している景色と大差ない。
「着きましたね。まさか、三時間もかかるとは思いませんでした!」
「ここは通常のルートでは到着できないようになっている。ある条件下で入ることが出来る特殊な町なんだ」
「へえ……それにしてはなんだか普通ですね」
エイは辺りをきょろきょろと見渡す。
見慣れたコンビニに少しだけ年数が経っているであろうアパートや新しめの一軒家など、雑多かつ普遍的な光景は本当に特別なルートを通って来たのかと疑ってしまう程だ。
「ここが、そのゾーンの凄い所なんですか?」
「ゾーン93。夜神楽の訓練が出来る特殊な場所だ。と言っても、こちらで作動させるまでは普通の街だがな。少し遅いが、お昼にしよう。……エイ、おつかいを頼めるか」
「お昼! 私、おつかいできますよ師匠!」
「そうか。ではこのカードを持ってコンビニで好きな物を買ってくると良い」
差し出された漆黒のカードを受け取り、エイは「おぉ」と感嘆の声を上げる。
今日という日が、始まろうとしていた。