【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
その再会に感動など無い。
互いに必要以上の言葉を交わすことなく、セナノは廊下の奥へと駆けだしていた。
向かうのはリビング――立てかけられたギターケースだ。
(なんだってこんなタイミングで……!)
ネネがいないタイミングを狙ったのか、そして自分が目当てなのか、様々考える事はあるがそれらは全て後回し。
今するべきことは、たった一つである。
(ZONEに縁者以外の部外者がいる。この時点で鎮圧の大義名分は出来ているわ。後は派手に暴れて師匠に気が付いてもらえれば良い!)
ヒバリを使って、ネネが到着するまでの時間稼ぎをする。
それがこの場における最適解であるとセナノは導き出していた。
自分だけでは鎮圧することは不可能に近い。
故に彼女はギターケースへと手を伸ばす。
「ヒバリ、さっさと起き――」
「ムキムキちゃんに似て気が短いなぁ」
「っ!?」
ギターケースへと伸ばされた手に合わせて這うように上から白い手が被せられる。
声と手の主は考えるまでもなく笛吹であった。
「笛吹っ!」
「私を相手にステゴロで挑まなかった判断は良し! 花丸をあげよう! でも流石に私に背中向けちゃ駄目だよ? 一応、災主級だよ?」
(笛吹が災主級……!? 要注意人物の一人ではあるとは知っていたけれどそんな話は聞いたことがない)
驚き固まったセナノを見て、笛吹はハッとした様子で天井を仰ぐ。
そして両手で顔を覆った。
「あっ、言っちゃった……。ごめん! やっぱ今の無しでいいかな!? もう少し格好いいタイミングで発表したかったんだ……! 私ってば月が映える美少女じゃん? だからできればその時に災主級だって発表して、ドヤァって感じで!」
「っ、なんなのよ貴女」
友達と話すような気軽さで言葉を紡ぐ笛吹。
その手は既にセナノから離れ、ギターケースに視線を向けているわけでもない。
隙を見逃さず、セナノは再びギターケースを開けようと――。
「だから、駄目だって(笑)」
軽い調子で、危機感などまったく持っていない声色で、笛吹はいつの間にかセナノの頬に両手を添え目を覗き込んでいた。
まるで子供を叱るようにじっと目を見つめ、言葉を刻み込んでいく。
「セナノちゃんは判断が早いなぁ。早すぎてちょっと引くよ。S階位の中でもトップクラスだね。……あ、一番はムキムキちゃんね。あれはもう早いと言うか私という存在と殺すという行動が直結してるわ。アレは怖いよぉ。セナノちゃんはあんな風にならないでね? 仲良しでいようねー。そうすればお互いハッピーじゃん」
「離しなさい!」
「はいはい離すよ。もうそんなに怒っちゃって。アイス食べる? あ、いらない? そう、じゃあ私だけで食べちゃお」
一方的に会話をしながら、笛吹はソファへと移動する。
そしてアイスを取り出すと、セナノに見せびらかすようにして食べ始めた。
「ん、これは当たりだ。包装を見て今まで敬遠してたけど食べてみるもんだね」
「……貴女何が目的なの」
ヒバリを使えない事は十分に理解させられた。
今の自分に出来る事はもはや会話だけであると知ったセナノは不服そうにテーブルを挟んだ位置に移動する。
その顔は未だに警戒心を露わにしているが、会話をする姿勢が気に入ったのか笛吹はレジ袋からアイスキャンディーを一つ取り出してテーブルへと転がした。
赤色のアイスキャンディーはゆっくりと転がりセナノの前で丁度停止する。
「私、いらないって言ったのだけれど」
「いいから喰えってー。それともアイスキャンディーすら喉を通らない程にビビってんの?」
「……チッ」
笛吹に聞かせるためにわざと大きく舌打ちをしてからセナノは包装を破り去り、アイスキャンディーを口に放り込む。
そして思い切りかみ砕いた。
「おっ、ワイルドだねー」
「さっさと何が目的か教えなさい」
「もーせっかちさんめ。今回はムキムキちゃんがいないからゆっくりお話しできるってのに」
「……まさか、師匠にあれをけしかけたのも貴女?」
「正解! はい、花丸追加ねー」
笛吹はアイスキャンディーをもう一つ転がす。
今度は空の様な青色だった。
「いやぁ、まいったまいった。基本的にムキムキちゃんってセナノちゃんの近くにいるんだもん。よっぽど大事にされているし、警戒されているんだねぇ」
「どういう意味よ」
「そのまんまだよ。君の中にあるソレ、かなりの代物だよ?」
自身の胸を小突く動作と共に笛吹は告げる。
ソレの意味する所はセナノにはすぐに分かった。
「……私の中に在る災主級が狙いか」
「もー、勘違いするなって。災主級じゃなくて、セナノちゃんとお友達になりたいの。それに助言もしてあげたいしね」
「ハッ、誰がアンタの助言なんか」
「君の災主級、また悪さしてるよ? 今度はムキムキちゃんとエイちゃんも巻き込まれてる」
「……は?」
より一層、窓の外で蝉の声が強くなった気がした。
そう感じるほどに衝撃的かつ想像もしなかった言葉が彼女の脳を激しく揺さぶる。
「どういう事よ……!」
「君はまだ災主級と繋がりが浅いんだね。だから制御が甘い」
「回りくどい事を言ってないでさっさと教え――」
言い終わる前に笛吹は身を乗り出し、テーブルへと乗り上げていた。
その両手でフレームのようなものを形作り、セナノへと掲げている。
「はいよ、これが望みかな」
次の瞬間、フレームの中で何かが明滅する。
否、それはフレームではなくセナノの脳内で起きた現象だった。
フレームを見た瞬間に彼女の脳内にあふれ出すのは数えるのも馬鹿らしくなる程の『今日』の記憶。
それはこの街にたどり着いたところから始まり、決まって仲直りで終わっていた。
過程や景色に些細な変化はある物の、全てが見覚えのある『今日』で構成されたその景色はまるで何度も同じ映像を見せつけられているかのようである。
「っ……ぁ、あ、頭がッ! 何よコレ……!」
「うん、それ本来言う権利あるの私ね。それとムキムキちゃんもエイちゃんも言う権利がある。本当に勘弁してほしいよー」
脳内に流し込まれた映像と笛吹の言葉から聡明なセナノはすぐに現象と原因を理解する。
その顔の青さの理由は既に頭痛から自己嫌悪と責任感へと変わり始めていた。
「わ、私がやったの……?」
「正確には君の中に在る災主級ね。ま、仲直りするセナノちゃんが原因と言えば原因だけどさ」
「仲直りって……だって、私はただエイと……!」
「子供って初めてのプレゼントとか、初めての友達とか特別に感じるものなんだよね。それは君も災主級も同じ。君にとってエイちゃんは大切な人。そして災主級にとってはそんな大切な人との仲直りで生まれた感情は価値のあるもの。ここが噛み合っちゃったんだよねぇ」
笛吹は友好的な笑みでセナノへと現実を突きつける。
それでもまるで彼女は談笑を楽しんでいるかのようだった。
「災主級は君が仲直りをすると喜ぶから、何度も繰り返して喜ばせようとしてる。いい子じゃん。馬鹿だけど」
「そんな……私が……」
「ショックだよねぇ、わかるよセナノちゃん」
笛吹はいつの間にかセナノの隣に座っていた。
セナノは笛吹から離れる様子もなく、ただ目の前に転がった青いアイスキャンディーを見つめている。
「だから私が助けてあげようと思ってね。いつもの異縁存在を相手にしているだけならムキムキちゃんやエイちゃんと一緒に蒐集でも処理でもすれば良いけどさ。今回は違うよねー。だって、災主級の疑似媒介体を監視している立場の縁者が暴走して大事故起こしてるんだもん」
「……っ、それは」
「事実でしょ」
肩に腕を置き、身を預け、笛吹は青いアイスキャンディーをひょいと摘まむと包装を破き始めた。
「これは上層部にエイちゃんを回収する大義名分を作ってしまうなぁ。これはまずいよ、私って縁理庁嫌いだからさ。……セナノちゃんも嫌でしょ? エイちゃんが奪われるの。あそこでの扱い、殆んど兵器だよ?」
彼女の脳内に染み込ませるように、逃げ場を無くしゆっくりと締め上げる蛇のように、笛吹は優しく囁く。
「私は、エイちゃんはセナノちゃんと一緒にいた方が幸せになれると思うなぁ」
「……」
「だからエイちゃんを救う為にも、私と少しだけね? 今回だけ、一度だけ手を組まない?」
「……私は」
「大丈夫、被害は無いし人も死なない。ただこの異変の理由と原因をちょっとだけ別の物にすり替えるだけ。結果は変わらない。むしろ真実を明らかにする方が悲惨な結果をもたらすよ?」
「っ」
「今まで頑張って来たんだから、こんな所で台無しにしたくないでしょ?」
「で、でも本当に私の災主級が暴走したなら縁理庁に報告してすぐに処置をしないと……」
既にセナノの心は大きくぐらついている。
最後まで彼女の理性を繋ぎとめていたのは、縁者としての矜持だった。
「へぇ」
笛吹はそれを容易く見抜く。
今までもそんな縁者は沢山見てきた。
だからこそ彼女は知っている。
こういう時の最後の一押しを。
「じゃあ特別に教えちゃうんだけどね、実はエイちゃんのご先祖様は一度縁理庁にボロ雑巾のように使い潰されて死んじゃったんだよ」
「……え?」
「夜神楽を一人で処理させたんだって。その結果、死んじゃった。……ああっ、そう言えば夜神楽が近いね! だからセナノちゃん達もここで特訓しているんだし!」
一人で盛り上がり笛吹は手をぱちんと叩く。
それから、もう一度青いアイスキャンディーを差し出した。
「私、誰かを守る嘘って必要だと思うなー」
「……」
セナノは何も答えられない。
答える権利がない。
しかし。
「――ははっ、じゃあよろしく」
アイスキャンディーへと伸ばされた手が彼女の答えだった。