【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第121話 巻き付く、嘘

 焼ける空が戦いの終わりを知らせている。

 

「……む、終わりか」

 

 街の端で異縁存在の死骸を山のように積み上げながら、ネネは大層つまらなそうにつぶやいた。

 その腕は荒鍔を貫き電柱へと突き刺さっている。

 

「雰囲気は封縁五家だが、軽いな。魂を分けたか?」

 

 荒鍔とネネが遭遇したその瞬間に結果は決まっていた。

 大量の異縁存在を処理し終え、荒鍔を複数処理し、なおも彼女はこの戦いで一度もNARROWを使っていない。

 いや、正確にはこれは彼女にとって戦いではなく鍛錬の範疇でしかなかった。

 

「うぅむ、この程度ではカミキリも腹は膨れまい。セナノ達もこの程度で鍛錬になるかどうか」

 

 このまま終わるのは弟子に申し訳ないと、ここから急遽模擬戦をすることを真剣に考え始めたその時である。

 

「……む」

 

 闇に溶け込んだ路地裏に何かの気配を感じた。

 経験から異縁存在であることはわかる。

 それも、鍛えるという点においては極上の個体だ。

 

「どうやら多少は楽しめそうだ」

 

 影より現れたのは、人の体を逆さにしてそのまま顔だけを上下に百八十度回転させたかのような異形。

 顔は笑顔で固定されており、手足は赤黒く変色している。

 笑い声のつもりなのか、回転しねじれた喉奥からは空気が漏れ出す音だけが規則的に聞こえる。

 そして思わず顔を顰めたくなるような、鼻を突く錆びた臭いと不愉快な生臭さが、この異縁存在の凶悪さを物語っていた。

 

「ZONEの異縁存在ではないな?」

 

 ネネはそれを一目見て看破する。

 これは明らかに外よりもたらされたA級以上の異縁存在であった。

 

「荒鍔の使役していた異縁存在だったのか、それともまた別の何かか」

 

 ネネは拳を電柱の中で広げ、中身を掴むようにして一気に電柱を引き抜く。

 火花と電光を散らしながらコンクリートの塊を引き抜いた彼女は、それを得物のように構えて異縁存在へと向きなおった。

 

「先手は譲ってやる。来い」

 

 言葉を理解しているわけではないのだろうが、異縁存在は首を更に一度捩じりながらネネへと迫る。

 ネネがセナノ達の元に戻るまで、まだ少しかかりそうであった。

 

 

 

 

 

 

 戦いを終えた後の深紅の空を二人は静かに見上げていた。

 勝利の余韻に浸り、自分たちが封縁五家を倒せたのだと実感するようにこぶしを握る。

 

 二人で初めて成し遂げた大きな事であった。

 

「やりましたね」

「……ええ、そうね」

 

 力強くそして湧き上がる感情を抑えて冷静を装おうとしているのだろうか。

 エイの声は震え、肩にも力が入っているようだった。

 そんな彼を見て、肯定するセナノは至って落ち着いている。

 胸の中で溢れる罪悪感は、こうしている今もなお増え続けていた。

 

「二人揃えばもう封縁五家にも負けません!」

「ええ」

 

 その言葉を肯定していく度、セナノはエイに嘘をつくことになる。

 けれどエイの為を思えばこの嘘は必須である。少なくともセナノはそう思い込んでいた。

 

「きっとこれからもそうですよね」

「ええ」

「絶対に負けませんよね」

「ええ」

「だから結婚しましょうセナノさん!」

「ええ……えぇっ!?」

 

 聞き間違いか、と自己嫌悪の思考に陥っていた意識が強制的に引き上げられる。

 弾かれるようにエイを見る。

 彼は可愛らしいウェディングドレスで、真っ直ぐにこちらを見上げながらもう一度こう言った。

 

「結婚しましょう!」

「えぇ……急にどうしたのよ」

「急にセナノさんと結婚したくなりました。セナノさん、不束者ですが――」

「待て待て待て待て! 急に何よ」

 

 今までも唐突な言動でセナノを驚かせることはあったが、これはあまりにも突拍子が無い。

 嘘をついている様子が無い事も質が悪かった。

 

「理由を教えて頂戴」

「何故か結婚したいんです」

「答えになってないわよ……あれ、もしかして」

 

 今のエイの姿からセナノはある仮説を立てる。

 それは非常に馬鹿馬鹿しい物だった。

 

「その姿になると結婚をしたくなる……?」

「……あぁ! 確かにそうかもしれません!」

「どういう理屈なのよそれ……いや、伽骸ノ嫁の力を直接使う事で思考が汚染された……? エイ、貴方大丈夫なの!?」

 

 異常な言動から推測されるものは当然、異縁存在による汚染である。

 

(異縁存在を扱うなんてデメリット無しな訳がない。私……またエイを……!)

 

 しっかりと両肩を掴みエイの顔を見て問いただすが、彼は静かに目を閉じるだけだった。

 

「……」

「いや誓いのキスしないから」

「そんなぁ!」

「思考以外に汚染はなさそうね。成程、すぐに縁理学園に戻って思考の洗浄をして貰いましょう」

「えぇ~結婚しましょうよぉ!」

「そんなお菓子をねだるみたいに言われても。そんな軽々しく決めるものじゃないわよ」

「軽々しくないです!」

 

 エイは一層真面目に叫ぶ。

 

「セナノさんだから結婚したいと思いました! 他の方であれば我慢できたと思います! でもセナノさんは違います! 結婚しましょう!」

「そ、そう……ふーん」

「伴侶に! 番に!」

「呼び方を変えても無駄よ。いいからさっさと脱ぎなさいそれ」

「うぅ……はい……」

 

 エイはしょんぼりした様子でウェディングドレスの裾を掴む。

 が、そこでハッとした様子で顔を上げた。

 

「セナノさん、これ脱げません。たぶん、結婚して満足しないと駄目です……!」

「それ報告する私の気持ちも考えて言っている?」

「役所に報告ですか?」

「婚姻届じゃないわよ」

 

 迫るエイを軽く受け流しながらも、セナノは内心でその理屈に納得していた。

 

(仲直りを理由にループさせる神様がいるくらいだから、異縁存在を装備として扱った際のデメリットとしては無い話ではないわね)

 

 むしろその程度で済んだと言うべきだろうか。

 エイは真剣な顔で結婚を要求しているが、それを受ければこの灰色のドレスは本当に解除されるのだろう。

 

「セナノさん……」

「はぁ」

 

 セナノはため息をつく。

 そして、言い聞かせるように告げた。

 

「これは本当の結婚じゃないわ。それでも良い?」

「はい!」

 

(恐らくはエイではなく伽骸ノ嫁の方が求めている。NARROWみたいに構文で管理されていない異縁存在を道具として扱うとこうなるのね)

 

 学びになったとセナノは考えながら、エイに向き直る。

 ただそれだけの行為が、今この瞬間に何かが始まった事を告げていた。

 

「――私、折津エイはこれからもずっとセナノさんと一緒に生きていく事をここに誓います」

「……っ」

 

 穏やかな春の日差しの様に優しい声で、エイはそう告げた。

 いつもなら、笑って受け答えが出来ただろうか。

 それとも、恥ずかしくなり顔を赤く染めただろうか。

 

 今のセナノはそのどちらでもない。

 ただ自分の中に在る妙に大きくドス黒い感情を抑え込むのに精いっぱいだった。

 

「私も誓う。貴方の笑顔を守って、幸せにするわ」

 

 言葉は事実だ。

 故にこの行為は裏切りであった。

 

 守るための壮大な茶番劇。

 エイに偽りの勝利を与え、そして異縁存在により思考を汚染させ純真を汚した。

 守るために彼女はエイの心を踏みにじったのだ。

 

「じゃあ、誓いのキス……ですね」

「…………それは流石に駄目よ」

 

 自分にそんな資格はない。

 だからこそセナノはエイを再び誤魔化す道を選んだ。

 

「代わりに、これをあげる」

「……これは」

「首輪よ。今度は貴方を害さない。ただ、空澱大人の力を使用した時に信号が発信されるだけ。貴方が私の相棒である証」

「……! いいんですか!」

「…………ええ、勿論」

 

 顔に落ちた影は、幸いにも舞う火の粉が誤魔化してくれる。

 ヴェールを上げ、首元を見せて静かに目を閉じるエイはまるでキスを待っているかのようであった。

 首に巻き付くように残された火傷さえなければ、その姿に見惚れていたかもしれない。

 綺麗な白い肌を裂くように隆起したややピンクがかった火傷の痕。

 それを見ていると途端に自分という存在が嫌いになってしまう。

 

「…………っ」

「セナノさん?」

 

 いつまで経っても何も起きない事を不思議に思ったのか、エイが名を呼ぶ。

 セナノはハッとして、首輪を取り出した。

 

「じゃあ、嵌めるわ。苦しかったら、言ってね」

「はい……ふふ、緊張しているのですか? 声が震えていますが」

「ええ、そうね。少しだけ」

 

 いつものように笑えるように努めながら、セナノはそっと首輪をエイにあてがう。

 まるで自分の罪を覆い隠すように彼女は火傷痕へとそれを重ね……静かに首輪を嵌めた。

 

「……ん」

「これでよし、もういいわ」

 

 エイがゆっくり目を開け、その白い指先で首輪の輪郭をなぞるように動かす。

 やがて灰色のドレスは端の方から糸のように変わっていき、解け始めた。

 間もなく、その姿はいつものエイに戻るだろう。

 

「セナノさん、これは紛れもなく私の本心と思って貰って構いません」

 

 愛おしそうに首輪を撫で、僅かに潤んだ瞳でセナノを見上げてエイは告げる。

 

「私、貴女と出会えて本当に幸せです!」

「っ」

 

 出会った時から今日に至るまで、エイは変わらない笑顔をセナノへと向けていた。

 しかし今この瞬間の笑顔は、更に美しく価値を持っているように思える。

 

 彼女の純真さを改めて知ったからだろうか。

 柄にもなく婚姻のままごとに浮かれたからだろうか。

 

 それとも――。

 

(あぁ、やっぱり私はエイがいないと駄目なんだ)

 

 自分がいかに愚かで本来釣り合わない存在であるかを再認識したからだろうか。

 

「私も、そう思うわ。頼りにしているわよ、相棒」

 

 本心である筈の言葉は妙にがらんどうに感じる。

 けれども、エイはいつのものように笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……? 何かセナノちゃんの様子がおかしいか? もっとギャグ寄りのコンテンツの筈が、しっとりしちゃったぞ』

『あぁ~^^』

『まあ捧げものとして満足してくれたならヨシ!』

 

 

 

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