【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第122話 芽吹く、意思

 燃える世界も、剥がれ落ちる闇も、全ては虚構の内側の出来事に過ぎない。

 変わらず外の世界は昼であり、太陽が照りつけ生ぬるい風が流れている。

 暦の上では秋だというのに、今年の夏は随分と長引いていた。

 

 しかし、青年はその暑さを知らない。

 毎日決まった温度と風が頬を撫でる規則的な生活を強いられていたからだ。

 

「な、なんだよこれ……」

 

 ヨシノリはその日、初めて世界を認識した。

 

「ようこそ、世界の外側。ZONEという檻を見下ろせる自由の座へ」

 

 ルウはケラケラと笑う。

 窓が存在しない高層ビルの最上階。

 災主級が居座っていたその場所は、今やもぬけの殻だった。

 と言っても、荒鍔だった焼死体は残ったままなのだが。

 

「いやぁ、同時に荒鍔クンを操るのは大変だったよぉ。セナノちゃん達、容赦ないしねー。ムキムキちゃんなんて一瞬で片付けるし。慌てて裏側から異縁存在引っ張り出しちゃったけど、それも処理されそうだなぁ。……聞いてる?」

「こ、このビルはなんだ? ルウ、俺に見せたいものってこれか?」

「正確には違うねぇ。百聞は一見に如かず。という訳で、私から見せてあげるよ」

 

 ルウはそう言うと指でフレームを作り上げ、ヨシノリをその中に収める。

 まるで角度を決める写真家のように片眼を閉じて、茶目っ気たっぷりに彼の脳へと刻み込むのは――ZONEの情報。

 

「っ!? ぁがいっ!?」

「元がデータだから、事実もデータで与えるのが一番効率が良いね。苦しいだろうけど安心して苦痛に身を委ねて。それは君にとっての祝福だ」

「あぁ、っが……な、なんだ、こ……うぃ」

 

 頭を押さえ、彼は涙を流しながら誰かに見られているという事など忘れて地面をのたうち回る。

 全てはこの脳裏に注ぎ込まれた大量の真実が原因だ。

 ZONEという世界、異縁存在について、縁者の役割、そして――自分が何者であるか。

 一度に与えるには刺激的すぎる情報群。

 それはコップに海の水を全て注ぎ込もうとするに等しい暴挙である。

 当然、彼の体は悲鳴を上げていた。

 

 しかしそれでも彼という存在が崩壊しないのは、偏にルウのおかげでもある。

 

「今日は君にとってのラッキーデイだよー。真実を知った君には今度こそ自由が与えられる。……って、大丈夫?」

「……ぅ、ぁ」

「わあっ!? ちょ、ダメダメ! 折角選んだんだからもっと頑張ってよぉ!」

 

 ルウは駆け寄ると、ヨシノリの額に手を当てた。

 泡を吹いて白目をむいていた彼は一度体を大きく震わせると、大きく息を吐き出しむせる。

 どうやら意識を取り戻したらしい。

 

「……はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「よーしよしよし。ゆっくりでいいからねー」

 

 ルウは頭を撫でながらヨシノリを落ち着かせる。

 未だに混乱と苦痛の残滓に翻弄される彼の意識は、まるで夢の中にいるかのようだった。

 

「俺は……人間じゃなかったのか」

 

 かろうじて口を飛び出したのは、縋るような問い。

 が、返って来たのは無情な肯定だった。

 

「そうだよ。貴方はZONEのデータ。もっとわかりやすくするならNPCかな。……あ、ゲームってやる? NPCってわかる?」

「…………ああ、わかる」

「そっか! なら良し!」

「……何が良いんだよ」

「え?」

「全部、全部嘘だったんだぞ!」

 

 酩酊する意識は、情報を流し込まれたからか。

 それとも自分の存在の根底が崩れたからか。

 彼は気が付けば涙を流しながらルウを見上げていた。

 

「友達も、母さんも父さんも何もかも嘘だって言われて誰が納得できるんだよ! それにネネ達だって……!」

「あの子たちの為に今回のZONEは起動したからね。幼馴染だなんて嘘までついて笑っちゃう。……ねぇねぇ、貴方って作られた存在で、今までの人生も全部無駄だったわけなんだけど――」

 

 揺れる意識に刷り込まれるように、ルウの言葉はヨシノリへと染み入っていく。

 

「そんな事した奴、ムカつかない? 人様を生み出して、勝手に人生とか役割とか決めて。一度でいいからその横っ面をぶん殴ってやればすっきりすると思うんだよね」

 

 それは悪魔の誘いか、それとも最後の蜘蛛の糸か。

 ルウは変わらぬ笑顔のまま、ヨシノリへと手を差し出した。

 

「貴方に意味を、人生に意義を。私の手を取れば全てを与えてあげる。全てが貴方の自由のままの世界。見たくない?」

「……断ればどうなる」

「どうもしないよ。君はリセットされ、また日常に戻る。この事も知らないし、自分の意義を疑う事もしない。決まった日常を機械的に過ごすんだ」

「そんなの、選ばせるつもりがないじゃないか……!」

 

 ヨシノリは泣き顔のままルウの手を取る。

 白く柔らかい手は、まるで温度を感じなかった。

 

「よーしよく言った」

 

 ルウは引き上げ、ヨシノリを立たせる。

 そしてハンカチで涙をそっと拭いた。

 

「君は一歩踏み出した! それは意思を持った存在にしか出来ない事だよ! ハッピーバースデー!」

「……最悪の気分だ。まだ、正直納得できていないし、受け入れられていない」

「それでいいよ。ゆっくり、このクソッタレな世界に慣れて行こうぜ。私もいるからさ」

 

 手品師が子供を相手にするように、ルウはわざとらしく片手を前に出し、指を鳴らす。

 すると彼女の背後の壁が静かに崩れ落ちた。

 光が存在しない階層に差し込まれた焔の明かりは、まるで彼を照らすスポットライトのようだ。

 

「最後にこの世界に別れを告げよう。これから君は旅に出る。故郷に戻ることはない、永久の旅だ」

 

 彼は言葉に背中を押され、壊れた壁の縁まで進む。

 眼下に広がるのは燃え盛る焔が照らす見慣れた街だった。

 どこを見ても、容易に思い出が浮かぶ。

 幼い頃によく遊んだ山の麓の小川、両親に連れて行って貰った公園、数年前に建てられたコンビニ、そしてネネ達の家。

 全部に懐かしさがあり、思い出が存在している。

 

 その全てが嘘だと言われて、どうしてすぐに受け入れることが出来ようか。

 

「……あぁ、よくわかんねえなぁ」

 

 溢れる涙が景色を歪める。

 いっそのこと、このまま何も見えなくなってしまった方がましだとすら思った。

 一歩踏み出せば、それは容易に叶うだろう。

 この街の数少ない高層ビルから飛び降りれば彼のデータはすぐさまリセットされ、何もなかった日常へと戻る。

 しかしそうしないのは、既に少女の手を取ったからだった。

 

「……俺は誰をぶん殴ればいい」

 

 振り返ったヨシノリの目を見てルウは小さく息を呑み拍手をする。

 やはり人を馬鹿にしたような動作だ。

 

「勘違いして欲しくはないんだけど、セナノちゃん達は敵じゃないからね。あの子たちも自分の中の神様を利用されているだけの操り人形だよ。君と同じ」

「そうなのか、ならその操っている奴が俺の敵だな」

「そう! 賢いねぇ! という訳でぇ――縁理庁を潰すんだよ」

 

 あの日差しの下、アイスキャンディーを差し出した時と変わらぬ笑顔のままルウはそう告げる。

 これが、ヨシノリという人間の始まりであった。

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