【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第125話 カンサツ

 縁理学園を卒業した後の道が縁者だけとは限らない。

 その知識や経験を生かして研究者や表側で働く職員になる事も可能である。

 しかし、私が選んだ道はそれ以外であった。

 

 封縁派遣職員。

 それは本来であれば身分処理済みの犯罪者や思考の洗浄が不可能になった人間に与えられる役割である。今の日本には犯罪者や精神障害を抱えた人間を遊ばせておく余裕はない。それすらも貴重な人材なのだ。

 

「おい、的井(まとい)シオ。そろそろ交代の時間だ」

「あ、はい」

 

 現地に派遣されたであろう縁者の男が私の名をぶっきらぼうに呼ぶ。

 その声には私達封縁派遣に対する侮蔑と傲慢さが存分に満ちていた。

 

 それもその筈。

 縁理学園を卒業してわざわざ地獄に落ちる者はいない。

 鳥居に囲まれたカナリアが腕章である私達の役割など、深く考察する必要すらないだろう。

 

 しかし、それを選んだのには理由があった。

 お給金が素晴らしいのである。

 犯罪者であれば雀の涙程度の恩赦だが、私はA階位の縁者と同等以上の報酬が約束されている。

 優秀な縁者になれなかった私に残された道は、こうして自ら死地に飛び込むことなのだ。

 どうせいつかは異縁存在で死ぬのだから、ハイリスクハイリターンである。

 

「街の様子はどうですか」

「犯罪者が気にすることかよ。いいから黙って見ていろ」

 

 男は私に双眼鏡を手渡す。

 その際に縁理学園出身であることを伝えたが、嘘だと思われたのかそもそも聞こえなかったのか返事はなかった。

 暫くはこの縁者と二人一組であることを思い出し、うっかりため息をついてしまいそうになる。

 高い報酬の為なら、我慢するしかない。

 

「いいか、海とマンションどっちも見ておけ。異常があった時だけ知らせろ」

「はい」

 

 私は素直にうなずき、貯水タンクの上に昇る。

 街から少し離れた場所に存在する廃病院の屋上が今の私達の拠点であった。

 突如として発生したA級異縁存在の観測任務という名目だが、どう考えても規模が異常だ。

 

(私たち以外にも八つの場所から同時観測。それも海だけじゃなくて、マンションも)

 

 海が異常な黒色に染まっているのは異縁存在が理由だろう。

 陽光を一切反射せず、青空を写すこともなく、まるで底知れぬ闇のように海はその深さを称えているようだ。

 しかし、一転してマンションはどうだろうか。

 どう見ても普通の八階建てマンションであり、異常はどこにもない。

 それどころか洗濯物を取り込む大学生らしき姿まで――。

 

「……ん?」

 

 それは日常ではあるが、この場では異常だった。

 街は既に封鎖され、人々も避難を終えていると縁者の男からは報告をされている。

 ならこの目に映るそれは一体なんだ?

 色が抜け始め濁った金髪の髪を一つにまとめ、部屋着で気だるげに洗濯物を取り込む女。

 私がそれをより注意深く監視しようとしたその時――確かにその女と双眼鏡越しに眼があった。

 

「……っ」

 

 何の変哲もない女が、遥か二十キロ先の私を見つめるように動きを止めている。

 縁理庁製の特殊な双眼鏡だからこそ観測出来ている筈の対象がまるで少し遠くを飛ぶ小鳥でも観察するように。

 私はそれが耐えられなくなり、思わず別の階層へと視線を移す。

 が、私が視線から逃げ切ることはできなかった。

 

「っ!?」

 

 別の階層の住人もベランダに出て、私を見ていたのである。

 慌てて隣の部屋へと視線を移すが、同様にこちらを見ている。

 偶然なわけがない。

 私はゆっくりと双眼鏡側面のダイヤルをいじり、ズームアウトをしていく。

 しなければよかったのに。

 私は限りなく低い偶然の可能性にかけて、マンション全体をまとめて確認してしまったのだ。

 

 そこにあったのは、大量の視線であった。

 こちら側が見えるベランダにそれぞれの住人がぽつんと佇み、何もせずに見つめているのである。

 

「や、ばいかも……」

 

 流石の私でも理解できる。

 海なんかよりもこのマンションの方がずっとマズイ。

 アレを見てから、酷い耳鳴りと悪寒が襲い続けている。

 突き刺さるというよりは、ゆっくりとこちらを観察し、肌の奥へと染み込んでくるような視線。

 完全に精神を乱されてしまったのだろう。

 いつの間にか、視線は全方向から感じた。

 特に強いのはやはり前方と――背後。

 貯水タンクに寝そべる形で観測している私の上。

 何かが見下ろすように立っている気がしてならない。

 

「……きょ、距離は離れてるし……」

 

 双眼鏡を外す選択肢など、とうに無くなっていた。

 間違いなく、後ろに何かがいる。

 知性をもって私を観察し、何かを吟味している獣のような何かがいるのだ。

 まだ残暑が厳しいというのに、やけに体が冷え切っていく。

 汗は絶え間なく流れているが、既に暑さも蝉の声も聞こえなかった。

 

 代わりに残り続けるのは、この観測地に来てからずっと慣れない潮の香りである。

 まるで古びた漁村のような、爽やかさの欠片もない、老いさらばえ錆びた鉄と潮が混ざり合ったそんな香り。

 香りと視線は、同時に私という存在を蝕むように存在感を増していき――。

 

「おーい、大丈夫?」

「ひあぁぁっ!?」

 

 背中に触れた何かに驚いて私は双眼鏡から顔を離し情けない声を上げてしまう。

 それから涙を流しつつ体を仰向けにすれば、そこには私をまたぐ形で一人の少女が立っていた。

 深海をそのまま映し出しているような藍色の髪と、活発さを感じさせる大きな瞳と焼けた肌。

 私が寝そべっているという事を加味しても恐ろしい程に圧迫感を感じるのは、その高身長故だろうか。

 

「ええっ、どうしたの? もしかして何か見ちゃった……?」

 

 少女は私の様子を心配して屈むと、視覚が正常であることを確認するように目の前で手をひらひらと振る。

 その姿に悪意はない。

 が、私はその少女を知らなかった。

 

「だ、誰ですかぁ……?」

「えぇ……」

 

 少女はやや引き気味に困惑の声を上げながらゆっくりと立ち上がる。

 そして自分を親指で指さして、この場に相応しくない程にカラッとした笑顔を作った。

 

「もう忘れたの? 海原ミナコ! 貴女と今回の観測任務でペアになった縁者だよ。まあ、まだB階位だけどね! 先輩達も送り出す時、不安そうにしていたし!」

「う、海原ミナコ……?」

「そう」

 

 ミナコは笑顔で頷く。

 その顔に噓偽りはなさそうだが……。

 

「もしかして、あの縁者と交代で来た人?」

「あの縁者?」

「そうそう。今、下で休憩しているでしょ? アラフォーの如何にも性格が悪そうな目の……」

「んー」

 

 ミナコは少し考える様に視線を空に向けながら、唸る。

 

「知らないなぁ。だって、最初から私と貴女はペアだったじゃん」

「え?」

「でしょ?」

 

 こてんと首を傾げミナコはこちらを見つめている。

 その視線は先程マンションで味わったものとは打って変わって、妙に可愛らしく落ち着くものだった。

 誤解を恐れず表現するならば、心地が良い。

 まるで船の上で爽やかな潮風を浴びているようなそんな気持ちにさせてくれる。

 

 思わず目を閉じて、そのまま身を任せたくなるような眠気が体を包み込み――。

 

「おーい、寝ないでよ。流石にこの炎天下で寝たら危ないって」

「っ、ああミナコごめん」

「いいって事よ。……そう言えば、今日って私以外の縁者に会った?」

 

 ウトウトしていた私を起こした彼女はそんな不思議な事を問いかけていた。

 

「いいや、今日は朝からずっとミナコとしか話してないし会ってないよ」

「そっか、だよね!」

「どうして?」

 

 随分と不思議な問いに私は首を傾げる。

 それから双眼鏡を再び覗こうとしたその時、ヒョイと双眼鏡が取り上げられた。

 

「あ、返してよ」

「いいじゃんいいじゃん。ちょっとくらいサボっても大丈夫だって。見てもあんまり意味ないし。それに他にも別の場所で観測してるじゃん」

「それはそうだけど……」

「そ・れ・に」

 

 ミナコは双眼鏡を指の上で器用に回転さながら大げさにウインクをした。

 

「これからここにお客様が来るから、丁重におもてなししよ!」

「お客様?」

「そう。私の友達で、S階位」

「S階位……!? ねえそれって今回の事件がやっぱりヤバいって事じゃ「お、来た」……S階位来ちゃったの!?」

 

 ミナコが指さす方向は、山林へと伸びる細い道路が伸びている。

 そこを田舎に似つかわしくない黒塗りのワゴン車が、法定速度を明らかに違反して爆走していた。

 

「あれ?」

「うんっ! 久しぶりだなぁ。あ、来るって聞いて急いでおにぎり作って来たんだよね。鮭でしょ? 昆布でしょ? 後は配属先の村で獲れる海苔を使った佃煮を――」

 

 まるでピクニックでも控えているかのように楽しそうな声。

 それに混ざる形で蝉の声と潮の音が響いている光景を見ていると、今が10月である事を忘れてしまいそうだ。

 

「はい、シオちゃん」

 

 ミナコは笑顔でおにぎりを私に差し出していた。

 どこから取り出したのかと辺りを見れば、貯水タンクの下にリュックサックとレジャーシートが広げてある。

 パンパンに詰まったリュックサックを見るに、まだまだ入っていそうだ。

 

「遠慮なく、食べてね」

「ありがとう」

 

 私は礼を言って受け取る。

 先ほどの不愉快な視線の事など忘れ、気が付けば空腹であることを体が知らせていた。

 思えば、今日の朝はゼリー飲料だけだ。

 

「いただきます」

 

 期待の視線をこちらに向けたミナコを前に、私は一口おにぎりを頬張る。

 柔らかなお米と風味豊かな海苔、そして塩気の効いた鮭のほぐし身が噛み合って美味い。

 

「うん、美味しい」

「そう。良かった良かった。食べてくれて良かったよ」

 

 ミナコは私の食べる姿を見て満足したように笑う。

 それから自分もおにぎりを頬張った。

 

「やっぱり美味いなぁ。私のおにぎり」

 

 その能天気な言葉は、これからS階位を迎える縁者とは到底思えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、見えてきたよソラ。あれじゃない?』

『おやおや二体ですか』

『何が?』

『二体ですか』

『ゴリ押すのやめない?』

『^^』

『二体ですね!』

 

 

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