【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第128話 ソウグウ

 うだるような炎天下は、今が10月であることを忘れさせるほどに辛く厳しいものであった。

 アスファルトから立ち上る陽炎の向こうに存在する海は、いつもよりずっと魅力的に見える。

 これが与えられた任務でなければシオは今すぐに海辺へと向かっていただろう。

 

「暑い……」

「シオ、大丈夫? まだゲロゲロしたい?」

「吐いてないし。ゲロゲロしたくもないから大丈夫」

 

 

 

 廃病院から続く道を歩き続け街に入った頃には既に汗だくであった。

 古びた民家と錆びたシャッターを下ろして長い個人商店だけが続くこの辺りは古くは活気があったのであろう。

 薄汚れた窓ガラスに貼られた90年代のポスターは色あせ、この街の衰退を表しているかのようだった。

 

「シオは服が野暮ったいからね。ずっと作業着で大変じゃない?」

「決まりだからね」

 

 紺色の作業着は、ジャケットからズボンに至るまで無数のポケットで覆われている。

 作業のための利便性と言うよりは、着用者自体を移動式の道具入れとするかのような着心地の悪いものになっていた。

 必要最低限の構文が縫われているため多少は異縁存在を相手に生存の確率が上がるが、それも結局は意味をなさない。

 派遣職員の仕事の大半は、死ぬことが前提であるからだ。

 

「慣れれば平気だよ。お菓子とか入れてもバレないしね。でもこの時期は蒸れるのが嫌」

「ふーん。脱いじゃえば?」

「勝手に脱いだら縁理庁に信号が行くって知ってるでしょ」

「…………ああ、そうだったそうだった」

 

 ミナコは失念していたようで、恥ずかしそうに笑って誤魔化す。

 その姿だけを見ているとどうしても自分の上司というよりは大型犬に見える。

 人懐っこい笑みに人を信じ切った距離感。

 どれもシオからすれば信じがたいものだ。

 

「それに私よりもヤバイ服着ている人がいるのに、脱げないでしょ」

「ヤバイ服……?」

「東園縁者だよ」

 

 自分達の前を歩くネネを目で示しながらシオはこっそりと告げた。

 

「あの人、このくっそ暑い中でなんでロングコートなの……!? それで汗一つかいて無いし。S階位になるとああなるの?」

「うーん、セナノちゃんとエイちゃんは普通だからそんな事はないと思うけどなぁ」

 

 ゆったりとした歩調ではあるが、前を行く三人は確かにシオとミナコを守る様に先頭を歩いている。

 それは今まで完遂してきた任務に裏付けされた自信と経験から来るものだった。

 自分よりも小さな少女もいるというのに、三人の背中が大きく頼もしく見えるのもそのおかげだろう。

 

「気になるなら聞いてみようか。もしかしたら涼しくなる構文とか持ってるかもしれないし」

「え、いやそんな気軽に話しかけちゃ」

「おーい! ネネ先輩ー!」

 

 シオの制止など聞こえていない様子のミナコはネネへと駆けだす。

 それに慌ててシオが追従しようとしたその時だった。

 

「こんにちは」

 

 ふと横から声が聞こえ、シオは足を止めそちらへと視線を向ける。

 元気な声は少女のものだった。

 確かにそれはシオへと向けられており、実際視線も感じた為シオは反応したのである。

 が、そこには誰もいなかった。

 

「……え」

 

 相変わらず続く民家。

 その塀と塀の隙間に生まれた影の落ちる場所。

 そこから声が聞こえたのだ。

 幻聴であればどれだけ良かっただろう。

 

「こんにちは」

 

 雑多にコンクリートが盛られた手製の排水溝が通るだけの路地とすら呼べないその場所からは依然として声だけが聞こえてきた。

 

(マズイ。これ絶対に異縁存在だ)

 

 頭が急速に冷えていくのを感じる。

 先程までの暑さが嘘のように悪寒が全身に走るのを感じながら、シオはミナコへと声を掛けた。

 こういう場合、視線を外してはいけないと知っているためシオはそのまま凝視を続ける。

 

「ねえミナコ、ちょっと」

 

 慎重に一歩を踏みだし、無意識の内に前のミナコへと手を伸ばす。

 と、意外にもすぐに手は握られた。

 しかしミナコと長らく共にいたシオにはわかる。

 

「……っ」

 

 細く骨ばって、妙に冷たく自分を力強く握り続ける手。 

 それはシオの手ではない。

 ましてや他の三人の手でもないだろう。

 

「こんにちは」

「こんにちは」

 

 声は二つに増えていた。

 路地と自分の前方から声は別々に聞こえる。

 まったく同じ抑揚で同じ声。

 

「こんにちは」

「こんにちは」

 

 声は依然として続いている。

 それはゆっくりと体に染み込んでくるようで、握られた手はそのまま腕を伝いゆっくりと伸びてきた。

 

(噓噓噓噓! 絶対に嫌なんだけど! なんで私だけ! そんなの絶対に――)

 

 手を振りほどこうとシオは遂に前を向く。

 なけなしの勇気と絞り出した生存本能だったが、それはすぐに失せる事となった。

 

「ぁ」

「こんにちは」

 

 炎天下、自分の目の前には赤黒く変色した箱があった。

 それも、見慣れないセーラー服の上に乗せられる形だ。

 箱を被っているわけではないと直感したのは、箱と密着している首元が赤紫色に変色し、血が流れた後があったからである。

 頭部を無理矢理引きちぎり、その上から箱を乗せたような、そんな傲慢で暴力的で恐ろしい存在が、今シオの目の前にいて手を握っていた。

 

「こんにちは」

 

 上蓋だけが少しずれ、中から声が響いている。

 

「こんにちは」

 

 可愛らしい少女の声がその箱から聞こえてきた。

 やはり声の主はこれであったか、とどこか冷静に思考をするシオはもはや動くことすらままならくなっている。

 感じるのは自分へと這う手の感触、そして――。

 

(なにこれ……内臓が、勝手に動いているみたい……)

 

 体内から感じる妙な脈動や、痙攣。

 それはまるで外から手を入れられ、内臓を無造作に握られているかのようであった。

 不思議と痛みはなく、感じるのは不快感と何かが迫りつつあるという予感だけ。

 

「……ぁ、これ死ぬ」

 

 その迫るものの正体が死であると理解したシオは――。

 

「おーい! 大丈夫? シオー!」

 

 不意に体を浮遊感が襲う。 

 ハッと気が付けば、シオはミナコに抱え上げられていた。

 まるで子供をあやす様に、両脇の下に手を入れ軽々と抱え上げたミナコは心配そうにシオを見ている。

 

「どうしたの? 全然返事してくれないし。せっかく、コンビニで休憩しようって話をしていたのにさ」

「み、ミナコ……?」

 

 気が付けば、声も箱も消え失せている。

 今自分の前にいるのは、人懐っこい相棒だけだ。

 

「う、うぅ……」

「え、嘘まさかゲロゲロしちゃう感じ? 待って待ってこの体勢だと全部私に掛かるから! すぐ近くに川も海もないから体も服も洗えないから!」

「生きてるよぉ! ありがとうミナコぉ!」

「え? ああ、うん! なんか知らんがヨシ!」

 

 よくわかってない様子でミナコはシオを抱えたままネネ達の方へと向かう。

 まるで拾った猫を見せつけるような恰好なのだが、シオは涙で顔をぐしゃぐしゃにしてそれどころではなかった。

 

「シオ、もしかしたら暑さでやられたかも。早めにマンションに行こうよ」

「それは大変ね。シオ、身体にどこか違和感はあるかしら」

「あ、あわわ……! 私、蛇とか呼べますけどそれでひんやりさせますか!?」

「状況が混乱するから止めなさい」

「うぅ、ありがとう……。でも大丈夫、大丈夫だから」

 

 心配そうにシオを囲むセナノ達。

 それを一歩離れた場所で見ていたネネは、表情一つ変えずに背負っていたケースを降ろした。

 

「師匠?」

「解刀」

『認識接続、オース・リンク開示。確認しました』

 

 答えは行動によって示された。

 ケースの中から漆黒の長棒を担いだネネは、マンションへと目をやったままこう問いかける。

 

「箱を見たのか」

「……っ!?」

 

 シオを見る事すらせず、ネネは察した様子であった。

 

「そうか、見たか。ちなみにどんな箱だ」

「えっと……錆びた箱みたいな感じで……上が少しだけ開いてて……」

「ふむ……そうなると1か2だな。大丈夫だ。大したことはない」

 

 そう言いつつも、カミキリはいつでも振るえるようにネネの手に握られている。

 

「ミナコ、シオを背負え」

「おっけー!」

「セナノ、エイ、お前らは鍛えるために今回は背負わん。一緒に走るぞ」

「むしろそっちの方が良いです師匠」

「走る……私、苦手なんですよね……」

 

 嫌々に準備体操を始めたエイとギターケースを背負い直したセナノを見て、シオは何かが起きていることを察した。

 

「やっぱり、良くない事が起きているんだね……」

「ああ。どうやら今回の一件で相当な数の住人を仕入れたらしいな。私と弟子ならともかく、シオは守りきれるかわからん。ここからは時間の勝負だ。コンビニアイス休憩は中止とする」

「……え」

 

 誰よりもショックを受けた様子で固まるエイに、セナノが馴れた様子でキャラメルを差し出す。

 熱でやや溶けているが、それでもエイはすぐにぱぁっと表情を明るくした。

 

「ありがとうございます!」

「食べるのは到着してからよ」

「はいっ!」

「よし……では、行くぞ!」

 

 こうして五人はマンションへと駆けだす。

 炎天下の中、人だけが消え、生活感が残された静寂の街を行く。

 助手席側だけが開け放たれた車、投げ出された自転車、無意味に開閉を続ける自動ドア。

 何かがいた、あるいはいる街を駆けていく。

 その先にあるマンションを目指して、一度も足を止める事は許されない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねえ、ずっと挨拶だけめっちゃされるんだけど。頭が箱になってる住人めっちゃいるんだけど、ナニコレ』

『エイの内臓はもうオソラナイナイしたので安心して楽しんでください^^ サファリパークみたいなものですよ^^』

『へぇ、最近のサファリパークって市街地でも可能なんだねぇ。絶対にそんな訳ないけどねぇ』

 

 

 

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