【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第131話 ゴウリュウ

 薄暗い部屋を照らす唯一の光は、三枚のモニターであった。

 いつから閉ざされているのかもわからないカーテンのレールには重い埃が溜まり山のように積み上がっている。

 奇妙なのは、その場所にだけ埃が積もっている事だ。

 まるで開ける必要などないと言われているかのように、閉じられたカーテン。

 そしてカーテンの向こうには、窓の代わりに――壁。

 陽が差し込むことなど絶対に無い部屋で、その少女は目の下の隈を撫でながらモニターから顔を外し、扉の方を見た。

 

「……八子、帰ってきたんだ」

 

 ぼさぼさの黒髪を腰まで伸ばした少女――八方塞は、ビーズクッションに体をうずめる。

 不健康を証明するかのようにやせ細った手足に、目の下に刻み込むように存在している隈。

 サイズの合っていないTシャツに薄手のショートパンツと完全にだらけきった格好だった。

 

「おかえり、八子。結構遅かったね、そんなに強い呪いが必要だった?」

 

 扉が開けられる音に反応して八方塞は天井をぼうっと見つめながら呟く。

 が、返って来た声は予想外のものだった。

 

「久しぶりだな、八方塞」

「……へ?」

 

 声のした方を恐る恐る見れば、そこには見慣れた白い箱の他に威圧感のあるロングコートの女がいた。

 その背後にも数人いるのだが、八方塞には関係ない。

 八方塞にとって、その女の来訪は何よりの一大イベントなのだから。

 

「ネネさーん! え、もう来たの!? うわ……ちょ、ちょっと待って。ボクまだ着替えていないよ!」

「構わん。部屋着で良い。……それよりも八方塞」

 

 ネネは八方塞をじっと見つめてこう告げた。

 

「鍛えたな。呪いの質が上がっている」

「~っ!? 本当!? もう、嬉しいよぉ!」

「はーい、はっちゃんはまずお着替えしましょうねぇ。……おい泥棒猫と愉快な仲間たち、そっちのリビングで待ってろ」

「うむ」

 

 ネネはエイ達を率いて姿を消す。

 廊下の奥へと進んでいた彼女を最後まで睨んでいた八子は、やがて全員がリビングに行ったことを確認すると八方塞へと再び迫った。

 

「私のメッセージ読んでないでしょ? 来るって教えたんだから、せめて服だけはきちんとしなくちゃ」

「う、ごめん八子。ボク、どうしても新しい住人たちが心配で」

 

 指さすモニターには、各階層の廊下防犯カメラの映像が映し出されている。

 廊下を駆ける子供や他愛もない世間話に花を咲かせる主婦、はたまた大きな家具を買い入れ込むのに四苦八苦している若者など、様々な日常がそこにはあった。

 唯一おかしな点は、全員が箱を被っていることぐらいだろうか。

 

「今回の依頼で大分傷ついたみたいだからさ、ゆっくり休んで欲しくて。……だから、視ていたんだ」

「優しい! 好き!」

「あはは……相変わらず八子は元気だね。……よし、じゃあ着替えるよ。久しぶりに縁者の制服着るなぁ。どこにしまったかな」

「あっちのクローゼットだよ――」

 

 そう言って八子はクローゼットへと駆けていく。

 八方塞はその姿を尻目にカーテンの向こうを見やる。

 そこには壁しかない筈だが、彼女にはその向こうにあるソレが見えていた。

 黒々と染まっていく汚泥の様な海。

 そしてその中心を揺蕩う、自身の呪いと同等の物を。

 

「……ネネさんが来てくれて良かった」

 

 安堵と共に八方塞は再びビーズクッションに体を投げ出す。

 間もなく、そんな彼女の顔に制服が覆いかぶさった。

 

 

 

 

 

 

 この部屋……なんか、変。

 

『エイ、気が付きましたか?』

『うん。わかるよソラ』

 

 どうやらソラも違和感の正体に気が付いたようだ。

 そう、この888号室には窓がない……!

 それだけでここまで息苦しくなるとは思わなかった!

 

『あれは不健康僕っ娘です。流石はS階位ですね。相当なコンテンツですよ……!』

『そっちは正直どうでも良いですねぇ』

『……^^』

『興味あります! でもっ、今はこの矮小な俺の違和感について論じさせてはくれないでしょうか!』

『えっち白装束水浴びで手を打ちます』

『等価交換か。いいだろう』

 

 かつて貨幣制度が無かった時代には物々交換の他にコンテンツ交換による取引も盛んだったとソラが言っていた。

 だからこれは正当な取引手段だ。

 

『この888号室なんだけど、窓が一つも見当たらないんだ……!』

『まあ箱ですからね』

『……あ、もう何か知っている感じ?』

『当然、知っていますよ^^ 仕組み自体は昔ながらの呪物ですから。これは視る事を起点とする呪いです。部屋の住人にあの人間モドキたちだけを観測させることでその威力を増し安定化を図る……うん、大変考えられた呪いですね 』

『流石、ソラは何でも知ってるなぁ』

『はい。なのでエイ監禁ルートも柔軟に対応できます。窓の無い地下での監禁も、逆に無限に続く空の下での監禁も可能ですよ』

『そのルートに行く前に軌道修正を願うかな』

『男の娘巫女監禁は流石にエッチだとは思いませんか!?』

『興奮してないで戻ってきてよぉ』

 

 御空様はもう駄目だ。

 勝手にコンテンツを見出しては興奮する怪物になっている。

 神様が信仰の衰退や変化によって怪物になる創作物は結構あるけど、まさかコンテンツによって怪物になるパターンもあるんだね。

 

「皆は何か飲むか?」

 

 リビングで待っている俺達に向けて、師匠はそう問いかける。

 随分と慣れているというか、まるで自分の家のようだ。

 

「オレンジジュース!」

「あ、私はミネラルウォーターがいいな!」

「貴女達、よくそんな素直に頼めるわね。……師匠、私は結構です」

「う、うぷ……私も……」

「わかった」

 

 師匠はのっそのっそと冷蔵庫へと向かう。

 そして、ゴソゴソと遠慮も無しに中を漁り始めた。

 よく見てみれば、冷蔵庫には『友達専用!』とポップな字で記されている。

 

「……む、すまないエイ。ミネラルウォーターはあったが、他にはこれしかなかった」

 

 そう言って俺の前に置かれたのは、エナジードリンクだった。

 若者が夜更かしのお供にするアレである。

 久しぶりに飲んでみるかぁ。

 

「わあ、なんだかカッコいいジュースですね。これを頂いても良いんですか?」

「ああ」

「では、遠慮なく「待ちなさいエイ」……え?」

 

 プルタブを開けようと指先でカリカリやっていると、セナノちゃんが真剣な表情で止めてきた。

 一体何事かと問う暇もなく、彼女は俺からそれを取り上げる。

 

「師匠、エイが夜に寝れなくなったらどうするんですか! こういうのはまだエイには早いです!」

「お前は親か」

「エイ、これは悪い人が飲むやつだから飲んじゃ駄目!」

「そ、そうなんですか……?」

「ええ。飲んだら……歯が全部溶けるわ」

「ひえ」

 

 俺はエナジードリンクから距離を取り、大げさに怯える。

 そしてジュースを持っているセナノではなく、そばで机にうつぶせになっているシオへと抱き着いた。

 

「シオさん、あれは異縁存在ですか!?」

「うぇっ!? ちょっと、揺らさないで! う、うぷ……」

「飲んだら歯が溶けるって……というか、じゃあ八方塞さんは歯が無いんですか!?」

「…………S階位は歯が溶けないわ」

「そうなんですね……! 凄い……!」

 

 俺はアホのふりをして頷く。

 やれやれ、純真無垢の演技も楽じゃないぜ。

 

『あ、もしも飲みたければ私がオソラドリンクを作ってあげますよ? 異縁存在をグルグルして作ったおめめギンギンドリンクです!』

『遠慮しときます』

『お注射タイプもありますよ?』

『ますます遠慮しときます!』

 

 体に異縁存在を注入する提案を誰が飲むんだよ。

 

「――ごめん待たせちゃって」

 

 ソラがまだ何か提案をしようとしていたタイミングで、掠れた声が聞こえてきた。

 見れば、そこには縁理庁の黒いスーツを着た八方塞ちゃんが立っている。

 

『ほう、不健康僕っ娘に黒スーツですか』

 

 ソラも別の事に唸っている。

 もう大人しくしていてくださいね監督。

 

「皆、お待たせ! どうどう? はっちゃんこうしてバシッと決めるとカッコいいでしょ! 私のはっちゃん、カッコいいでしょ!」

「カッコいいです!」

「でしょ! エイちゃんは話がわかるなぁ! ……それに比べて泥棒猫、お前はなんだ? スンってするな」

「見慣れているからな。今更似合っていることを改めて言う必要もないだろう」

 

 師匠の発言に八方塞ちゃんがハッとして俯く。

 もじもじしちゃって可愛いねぇ。

 

「あ、ありがとう……」

「泥棒猫! はっちゃんを誘惑するな!」

「してないが」

「も、もう僕の事はいいよ! ……それよりも、仕事の話をしよう」

「真面目で素敵……」

 

 もしかしなくても八子ちゃんも大概、おかしい子かな?

 

「本来なら、僕達はネネさんの到着時点でこのメゾンドハッカイを移転させ撤収するつもりだった。一応、引継ぎの書類も用意したけど……」

「何かあったのか?」

「うん」

 

 八方塞ちゃんは指を三本立てる。

 

「僕達は海のアレをもう三回は処理したんだ。でも消えない。だからこれ以上の拡大を阻止するために逆にこっち側に材料(ひと)を全部集める事にしたんだけど……」

 

 腑に落ちないような表情のままで、八方塞ちゃんはこう告げた。

 

「あれ、潮哭ノ巫女じゃないかも……」

 

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