【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
潮哭ノ巫女という異縁存在は公にされることはない。
空澱大人や開闢蘭などの異縁存在管理型異縁存在であるそれは、縁理庁の上層部が秘匿する存在だ。
しかし、他二体の異縁存在と違う点があった。
それは潮哭きと呼ばれる特殊な現象の有無である。
「……潮哭ノ巫女には潮哭きっていう現象が存在するんだ。ネネさんは知っていると思うけれど、アレは必ず5年に一回訪れる」
エイ達に対面する形で座った八方塞は、暗い表情ながらもつらつらと語り始める。
どうやら案外根が暗いわけではないらしい。
「ああ。前回は私が監視役だったからな」
「そ、その、あの時のネネさんカッコ良かったです……。
「お前も完璧な援護だった」
「ふぇっ、そ、そうでしゅかねっ!? あの、ボクなんかがお役に立てたのなら幸いなんですが。……やった、ほめられた……」
もじもじしながら俯く八方塞の前に、今まさにプルタブが開けられたエナジードリンクが差し出される。
箱で顔を覆っているにも関わらず、八子の不機嫌さがにじみ出ていた。
「はっちゃん、話が逸れてるよ。なんで潮哭ノ巫女じゃないのか説明しないと」
「そうだった。……ボクと八子は潮哭きを鎮静化させる依頼でここまで輸送されたんだ」
「わざわざこのハッカイまで持ってきてね。そりゃ派手にやったよ。住民たちはもう避難したという事にして先に潮哭きの材料を根こそぎ奪ってやった!」
「潮哭きは窓となる人間を処分するためのシステム。だから、人が周囲から消えれば自然と鎮静化する。ボクが選ばれたのは、非番だったっていうのもあるんだろうけど、きっと確実な効果が見込めるというのもあったんだと思う」
「だけど!」
八子は机を叩き立ち上がる。
そして海のある方向を睨みつけて言葉を続けた。
「あいつ、潮哭きをやめないの! それどころか他の異縁存在まで引き付けて、遷海し始めてる! 臓物がある異縁存在は全部処理してるけど、無機物系とか現象系は無理!」
「巫女って呼ばれるくらいだから、生き物とも定義できるかなと思って何度か臓物を捻って貰ったけど、それでもやっぱり処理しきるのは難しいね」
八方塞はそれでも既に三度はその現象を処理していた。
ネネに連絡が行き、現地に到着するまでの数時間。
それだけの間に彼女は自身が持つ最上級の呪いを巧みに操り、自身の仕事を果たそうとしたのである。
が、結果は変わらなかった。
「ボク個人としては、ネネさんに食べて貰うのが一番手っ取り早いし安全だと思うんです。ネネさんなら、仮に遷海された異縁存在が出てきてもまとめて食べちゃえるでしょう?」
「ああ、任せろ。丁度、喰い足りないと思っていたんだ」
「頼もしい……!」
「チッ」
「八子、何故私を見つめる」
「睨んでんだよ」
不機嫌さを隠さずに吐き捨てるように答えた八子は椅子にどっかりと座る。
それすらも首を傾げるだけでスルーしたネネを見て、八子の怒りの導火線に再び火が付く。
そんな空気を悟ってか、それともそもそも気にしていないのか。
エイはヒョイと手を挙げて、八方塞へと問いかけた。
「あの、遷海とはなんでしょうか?」
「……あ、遷海ってのは潮哭ノ巫女に備わった異縁存在の回収機構の事だよ」
「なるほど、御空様の天移のようなものですね!」
「御空様……?」
八方塞が首を傾げるのを見てエイは意気揚々と説明をしようと口を開く。
が、それを察したセナノが手で押さえた。
「もごもご……」
「八方塞さん、どうか落ち着いて私達の自己紹介を聞いていただけませんか?」
「? まあ、確かにまだだったね。へへ……ごめん、ネネさんに会えたから浮かれちゃった」
「シャァー!」
「八子、何故私を見つめる」
「だから睨んでんだって」
八子とネネを放って、セナノは自身の胸に手を当て名乗った。
「私は三鎌セナノ。数か月前にS階位になった縁者です。東園ネネの弟子ですね」
「あ、君がネネさんの言っていた優秀な弟子かぁ! そっかそっか。いいなぁ、ボクは外に出られないから一緒に鍛えることも出来ない。……って事は、もしかして他三人もS階位かな」
「ち、違う……うえ」
「はいはーい! 私は海原ミナコでーす! 階位は……なんだっけ? とりあえず、セナノちゃんと違って雑魚です! あ、お魚料理と釣りなら負けませんよ! で、こっちが相棒のシオ! 今はゲロゲロしているけど、頼れる派遣職員でーす! シオ、ピースして!」
「だれがするかよぉ、うえっぷ……」
未だに調子が優れないシオと対照的に元気なミナコの姿を八方塞は微笑ましそうに見つめる。
その目にはどこかミナコへの感心もあった。
「派遣職員を大切にするいい縁者なんだね。仲良くなれそうだ」
「よろしくねー、八方塞ちゃん!」
ずいっと身を乗り出して差し出された手を八方塞は快く握る。
その光景をずっと見ていたエイは我慢が出来ない様子でうずうずしていた。
自分も自己紹介がしたい。
仲良くなりたいと目でセナノに訴えているが、その潤んだ目で負けるセナノではない。
きっちり全員の挨拶が終わり、八方塞と八子に聞く余裕が出来たうえでようやく彼女がエイのおしゃべりな口を解放した。
「では私が最後ですね! 私は折津エイ! まだE階位ではありますが、でも御空様の疑似媒介体なので活躍できます!」
「疑似媒介体……異縁存在の器……つまりは窓という事かな」
「そうなんですか?」
「なんで私に聞くのよ。というか、地元呼びじゃピンと来ないでしょうから、正式名称で呼んであげなさい」
「わかりました。改めて、空澱大人の疑似媒介体です。よろしくお願いしますね」
しん……と場の空気が静まり返る。
この場で唯一、空澱大人という名前を知る機会も権限もないシオだけが自身の嘔吐と戦っていた。
「……え? 空澱大人?」
「はっちゃん、あれだよ! 依頼書にあったA-E1ってやつ! えっ、こんな無害そうな子なの!? 私、もっとエグめの怪物みたいなの来ると思ったよ!」
「ど、どうして言ってくれなかったの八子! すんなりハッカイに入れたから良かったけど……知らない内に危ない橋を渡ってたじゃん!」
「だってずっとぜぇはぁ言って汗だらだらだったし、ワンパン出来そうだったし……」
そう言われて八方塞は改めてエイを見る。
彼女は八子と八方塞のやり取りを見て、ややしゅんとした様子で肩を落としていた。
「その……やっぱり私みたいなのは歓迎されていないですかね……」
「そんなことないよ! 八子、ボクの冷蔵庫からケーキとジュース出して!」
「わかった。エイちゃん、オレンジジュースでいいかな!?」
「いいんですか! ありがとうございます!」
すぐさまパァッと表情が花開いたエイを見て、八方塞は内心でホッとする。
災主級の疑似媒介体は、その精神や思考が大きな災害や現象を及ぼすというレポートを読んでいたからだ。
だからこそ彼女は迅速にエイのご機嫌取りを選択した。
(それにしても空澱大人の疑似媒介体まで派遣するって事は、縁理庁はよほど今回の事件を迅速に解決したいみたいだね。……きな臭いなぁ。こういう時の縁理庁)
最大戦力の惜しみない投入など、いつもの縁理庁を知る者からすればあり得ない。
故に何かが起きているという事だけは明白だった。
あるいは、起こしているのか。
「とりあえず一度ネネさんには実際に海を見て欲しいです。八子もいるので、万が一に戦いになっても大丈夫だとは思います」
「え、私こいつと一緒に行くの!?」
八方塞の提案に誰よりも反応したのは八子だった。
ケーキとオレンジジュースを手に持った彼女は、それをエイの前に置きながら「嫌なんだけど」と難色を示している。
そんな八子の傍に寄り、八方塞は囁く。
こういう時の八子の動かし方はよく知っていた。
「お願いだよ八子。後で、皆には内緒でこっそり赤子を用意するから」
「……もう、今回だけだよ!」
「という訳で、お願いしますネネさん」
「ああ任せてくれ」
「ケーキありがとうございます!」
「うぅ、気持ち悪い……ずっと波に揺られているみたいだ、うっぷ」
ケーキをモグモグと食べるエイと対照的にシオは未だに突っ伏している。
「シオ大丈夫?」
「だ、大丈夫。たぶん、少し休めば良くなるから……」
「そっか、無理しないでね」
ミナコはそう言ってシオの頭を撫でる。
その表情は心配しているというよりは、何かを期待しているように見える。
「君は私の相棒なんだから」
そんな彼女の表情に気が付いた者は誰もいなかった。
『人間を玩具にしてコンテンツを生み出そうとしていますよ。非道ですねぇ』
『……突っ込み待ちですか御空様』
そう、同種を除いて。