【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第133話 カワリミ

 山へ切り込むように内湾が広がるこの街は、元々漁業が盛んであったこともあり、海に近づくほどに建物が増えて行った。

 工場や加工場が多く、黒い海の上で大小さまざまな船が仕事の時を待つように静かに浮かんでいる。

 ここはこの街の人間にとって、生きるために必要な場所であった。

 

 綺麗な砂浜やサンゴ礁など、わかりやすい観光資源はないが、それでも街が生きるには十分すぎる恵みだ。

 故に昼間であるにも関わらず港に誰もいないその光景は異様である。

 

「静かだな。全員、あれに食われたか」

 

 カミキリを片手にネネは海を眺める。

 日光を反射して、てらてらと輝く黒い海は、水面というよりは巨大な爬虫類の肌のようだ。

 

「正確には半分くらい。私達が到着してからは、こいつには食わせなかったよ」

 

 箱を外し、素顔を晒した八子は黒い日傘を差し、自分だけは日光から身を守りながら答える。

 ネネと二人だけで現場に足を運ぶという行為が不服なのか、彼女は未だにどこか不貞腐れているように見えた。

 

「そうか。で、人間が食えなくなったら次は異縁存在に手を出した、という所か」

「そうそう。……あ、来たわ。丁度良いから見ていれば?」

 

 八子は近くに投げ捨ててあった釣り人用の椅子に腰を下ろす。

 見物を決めこむ彼女の視線の先には、一体の異縁存在がいた。

 今ネネ達がいる場所から海を挟んで向こう側にある防波堤の先に、おどろおどろしい黒い怪物が蠢いている。

 

「波の音を利用して縁波密度を異常値まで高めて、異縁存在を誘い込んでいる。計測したけど、深母構文と仕組みは同じだよ」

「誘い込まれたのは、山に対する煩雑な信仰や恐れが作り上げた異縁存在という所か。夏にはよく見る個体だな」

「今、10月だけどね。それも含めておかしいよね。色々と今までの常識や法則が通じなくなってる」

 

 本当にこれから先の事を憂いているというよりは雑談に近かった。

 相変わらず視線の先では山の異縁存在が生物から逸脱した動きを繰り返しているが、ネネも八子も表情を変える事はない。

 やがて、小さくさざ波が立ち始めた。

 風に逆らうように、小さな手が伸びるようにそれは山の異縁存在へと集中して向かっている。

 

「あれ、吞まれるよ」

 

 八子の言葉の意味はすぐに分かった。

 防波堤を軽々超える黒い大波。

 あるいは巨大な怪物の口のようなそれが、一気に山の異縁存在を飲み込んだのである。

 雷のような轟音と共に防波堤に黒い波が打ち付けられ、飛沫が激しく舞う。

 その後に残っていたのは、波に濡れた防波堤だけであった。

 

「どう?」

「見えた」

 

 ネネの答えに、八子は感心を一切表に出さずに頷く。

 

「よかった。そうでなきゃ困るよ」

「……あの波の中に、力の核のようなものがあったな。物を窓にした個体ならあり得ない話ではないが……潮哭ノ巫女にはそんなものは存在しないな」

「おまけに、あれぶっ壊しても再生するの。試しに壊してみたら?」

「可能なのか?」

「私でも出来たんだから余裕でしょ」

 

 促すように海へと手を向ける八子。

 相変わらず彼女は動く気はないようで、日傘を片手に笑っている。

 

「ちなみにもし負けても助けてあげないから」

「構わん。潮哭ノ巫女との戦い方は理解している。その応用で良いだろう」

 

 そう言ってネネは岸壁の端に立つ。

 やる事は至ってシンプルだ。

 

「アレを喰え」

 

 黒棒が水面に僅かに触れる。

 瞬間、波の音に混じり齧るような音が聞こえ始めた。

 それはやがて辺りの全ての音をかき消すように貪りかみ砕き、飲み込んでいく。

 ネネのやる事はいつも変わらない。

 相手に触れ、喰えばよいだけだ。

 

「相変わらずえげつないなそれ。無敵じゃん」

「そうでもない。触れられないものには効果が薄いからな。例えば、法則に従って現れる現象系なんか、苦手だ。結局、辺りを全て喰らわないといけない」

「ふーん、そ。興味ないね」

「そうか。八方塞は興味深そうに聞いてくれたのだがな」

「は? そんな会話、私は許してないんだが?」

「最近、スマホを買ったんだ。それでいつでも気軽にやり取りが出来るようになった。科学とは凄いな」

 

 カミキリを海面につけたまま、ネネはスマホを得意げに見せる。

 八子の気のせいでなければ、握力で既に罅が入っていた。

 

「無駄にスペック高いの買いやがって」

「金ならあるからな。この前もミラクに贈り物を――と、もう喰い終わったようだ」

 

 カミキリを引き上げ、ネネはつまらなそうに告げた。

 しかし、目の前の海は変わらず黒いままだ。

 

「本当に食い切ったの? まだ海が黒いんだけどー?」

「ああ。まだ現象が残っているな。ううむ、潮哭きとはやはり違う。しかし、この規模や仕組みは酷似している。……どうしたものか」

「何度やっても変わらないだろうね。ちなみにこれで四回処理したことになるよ」

「そうか。……じゃあ一度、連絡をしよう。このスマホでな」

「自慢したいだけだろお前」

 

 ネネは人差し指でゆっくりと操作しながら、セナノへと連絡を繋げる。 

 やや遅れて、スマホの向こう側から困惑した声が聞こえてきた。

 

『師匠……? 何故、専用の通信機ではなくこっちに……?』

「使ってみたかった」

『……そうですか。で、そっちの様子はどうですかね』

「八方塞達の言っていた通りだな。根本を叩かなければ処理できないだろう。一度、戻る。そっちで何かわかった事はあるか?」

『いえ。しいて言うなら、シオの体調の悪化が著しいですね。黒い海に視覚に干渉する特殊な力があるのかもしれません。彼女は派遣職員なのでその症状がすぐに出たのかも。縁者とは違って精神矯正プログラムも受けていないでしょうし』

「なるほど、わかった。では、それも踏まえて話し合うとしようか」

 

 ネネは通話を終えると、スマホを大切そうにコートの内側にしまい込む。

 そしてカミキリを担ぎ、元来た道を戻り始めた。

 

「さっさと引き継いで帰れると思ったのになぁ」

 

 至極残念そうな八子の声を最後に、その場所から二人は去っていった。

 間もなく、海は再び小さなさざ波を立て始める。

 例によって、また異縁存在が誘い込まれたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 通話を終えたセナノは、ネネ達が戻ってくることを伝えようと顔を上げる。

 そこではソファに横になったシオを囲んでエイ達が看病をしていた。

 

「こうなったらシオさんも御空様に捧げて治してもらうしか……」

「えぇ? 私の相棒なんだから取らないでよぉ!」

「う、うるさ……うえ、なんか、体中が痛いかも……」

 

 額には玉のような汗が浮かぶも、その顔は青白く、身体は小さく震えていた。

 死の間際であると言われても誰も疑う事はないだろう。

 

「あわわわわ……!」

 

 慌てるエイと、何故かリュックサックを漁り始めたミナコとは違い、八方塞だけはシオをじっと見つめている。

 看病というよりは観察に近いだろう。

 

(ボク達の呪いにしては、抵抗や順応の工程が無い。やっぱり潮哭モドキなんだろうけど……そうだとしてもこんな症状はでないな。徐々に衰弱する呪いに近いけど……)

 

 八方塞の脳内には今、候補となる無数の呪いが存在していた。

 彼女はそこから症状を精査し、一つ一つ絞り込み続けていく。

 しかし、今だ特定には至っていない。

 故に、より多くの情報を得るため質問しようとしたその時だった。

 

「シオ、おにぎりを食べるんだ」

 

 八方塞の前に、まるでシオを隠す様に大きな背中が割り込む。

 ミナコだ。

 

「い、いらな……絶対に吐く……」

「大丈夫、吐かないよ。これ、めっちゃ美味いから」

「だから、いらな「ごめんもう食べさせるわ」……もぐっ!?」

 

 青白い顔のシオの口へと、ミナコは強引におにぎりを押し込む。

 そして咀嚼を促してしまえば、涙目のシオは訳も分からないまま従うしかなかった。

 

「もぐもぐ……」

「朝食も碌にとらずに、炎天下の下で監視。普通に無理したのが原因だと思うけどね」

 

 ミナコはおにぎりを口に押し付けたままそう言った。

 セナノと八方塞はその考えを否定しようと口を開く。

 が、起き上がったシオを見てその考えを変えざるを得なかった。

 

「……あれ、なんか良くなったかも」

「はぁ、よかったぁ……! はい、お茶。これも私が野草から作った特製のお茶だから健康にいいよ」

「うん、ありがとう……ぷはぁっ! なんだか、凄い元気になった気がするよ! ありがとう、ミナコ! 皆も迷惑を掛けてごめんなさい」

「いいんだよ。私達は、相棒だからね」

 

 笑顔でミナコはもう一つのおにぎりを差し出す。

 シオはそれを礼と共に受け取った。

 頬張るその顔は、先ほどからは見違えるように血色が良い。

 

「って事で、シオは大丈夫だね」

「……そ、そう。良かった。ボクは呪いかと思ったけど」

 

 困惑しながらも安堵した八方塞は納得したようだ。

 しかしミナコの正体を知っているセナノはそう簡単には納得しない。

 

「…………ミナコ、貴女のそのおにぎりって」

「美味しいよ。セナノちゃんも食べる?」

「いらないわ。余計な食事は体のバランスを崩してしまうもの」

「私は食べたいです」

「さっきケーキ食べたでしょ。駄目よ」

 

 危機感も無しに早速貰おうとしていたエイにくぎを刺し、セナノはシオを見る。

 噓偽りはなく、本当に体調が回復したようだ。

 

(警戒は怠らないようにしないと)

 

 笑い合うミナコとシオ。

 しかしその光景を見ても、セナノの心に安堵は訪れなかった。

 

 

 

 

 

 

 縁理学園を卒業した後の道が縁者だけとは限らない。

 その知識や経験を生かして研究者や表側で働く職員になる事も可能である。

 しかし、私が選んだ道はそれ以外であった。

 

 封縁派遣職員。

 

 それは本来であれば身分処理済みの犯罪者や思考の洗浄が不可能になった人間に与えられる役割である。今の日本には犯罪者や精神障害を抱えた人間を遊ばせておく余裕はない。それすらも貴重な人材なのだ。

 

()()()()()()。対象に変化はありますか?」」

「あ、はい……えっと、特にはないですね」

 

 現地に派遣されたであろう縁者の女は私の答えを聞いて、何かをメモした様子だった。

 必要以上に私に関わろうとしないその態度からは、私達封縁派遣に対する侮蔑と傲慢さが感じ取れる。

 と言っても、直接的な行動に出られないだけずっとマシなのだが。

 

「確か、S階位があの海の対応をしたんですよね?」

「ええ。 一度、海が静まった様に見えましたが、すぐに元に戻りましたね。計測器も変わらず。S階位が二人揃ってもまだ処理できないとは。……なるほど」

 

 A級の異縁存在にS階位。

 普通の縁者や派遣職員であれば逃げ出すであろうこの仕事だが、私は自ら志願した。

 

 お給金が素晴らしいのである。

 どうせいつかは異縁存在で死ぬのだから、ハイリスクハイリターンを選ぶべきだろう。

 そうでもしなければ、ただ一人残された妹を養う事は出来ない。

 

「では、監視を続けてください。私が認めた時間以外は海から目を離さないように」

「はい」

 

 私は素直にうなずき、双眼鏡を覗く。

 黒い海は気分を鬱屈とさせるが、吹く風の心地よさが少しだけマシなものにしてくれた。

 今回の事件で一時的に封鎖した旅館の三階の角部屋から観察をしているのだが、正直、任務とは別で来たかった。

 

「さて、お仕事おしご――あぇ?」

 

 突如、視界がぐにゃりと曲がった。

 それが極度の眩暈であると理解した時には自分は畳の上で大の字に転がっていたのである。

 

「どうかしましたか」

「あ、えぇ、うえっぷ……」

 

 込み上げてくる嘔吐感に頭痛やめまい。

 体を走る悪寒が止まらず、まるで自分を責め立てるように襲い掛かってくる。

 

「シオさん?」

「く、くるし」

「……ふむ、なるほど」

 

 縁者の女は私の苦しむ姿を見ても慌てる事はなく、むしろ私を見降ろし観察を始めた。

 

「順番が狂いましたね。他の観測所でなにかあったのでしょうか」

「ぁ、あの、たすけ」

「静かに。思考の邪魔です」

 

 同等の命だと思っていないのだろう。

 縁者の女がペンを走らせる音だけが頭にやけに響いてきた。

 

 体の震えが激しくなり、筆舌しがたい苦痛が全身をくまなく飲み込んでいく。

 その先にあるものなど考える事もなく分かった。

 死なのだろう。

 

「……っ、ご、めん、なさ」

 

 謝罪は妹へと向けたものであり、苦しみを逃すために吐き出されたものでもあった。

 私は油断をしていたのだろうか。

 今までも大丈夫だったのだから、と。

 

「ぁ」

 

 苦痛の向こうに海が見える。

 黒く穏やかな海だった。

 陽を反射せず、空の青を映さず。

 ただ深く鈍く重い黒で染まった広い海。

 

 その中心に見慣れた姿があった。

 

【お姉ちゃん】

 

 声は聞こえずとも言葉は通じた。

 灰色の長い髪に、長い闘病の末に痩せ細った手足と着慣れた淡い緑色の病衣。

 

 ああ、そうだ。

 私のたった一人の妹だ(私に妹なんていない)

 

 自分を迎えに来てくれたのだろうか、など縁起でもない事を考えてしまう。

 だって、もしもそうならあの子も死んでしまった事になるのだから。

 

【お姉ちゃん】

 

 変わらず呼び続けるあの子に私は手を振りたいが、この体はもう満足に動かせなくなっていた。

 死の間際、意識は黒い海の中へと墜ちて溶けていく。

 それだけが自分に理解できる全てで、最後に感じたものだった。

 

 残される多少の保険金で果たしてどれだけあの子が生きられるかはわからない。

 しかし、願わくばあの子が少しでも長く生きていけますように。

 そしてどうか、一人でもいいから覚えいて欲しい。

 私、的井シオは確かに生きていたのだと(的井シオという人間はもういない)

 

 今はそれを願うばかりだ。

 

 

 

 

 

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