【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第140話 ヨソウガイ

 拘束された疑似媒介体を監視する任務は、その字面以上の責任と重圧を伴うものであった。

 構文一つ一つが手縫いされた暗幕に四方を囲まれ、その中は小さなランタンの明かりだけが頼りだ。

 地面はメゾンドハッカイの駐車場をそのまま利用しているが、だからこそ他異縁存在がこの場所に介在する余地はない。

 外からの干渉は殆ど不可能と言っても良いだろう。

 後は、部屋の中心にいる少女がこのまま動かなければ良い。

 

 空澱大人の疑似媒介体、折津エイ。

 今や廻縁都市でその名前と肩書だけは有名になりつつある。

 見た目は知らずとも、皆が理解しているのだ。

 その少女が人類の脅威となりうる存在であると。

  

 故に椅子に座らされ、拘束をされているというだけで安心できる訳などなく、見張りを任された二名の隊員は無意識の内に銃を握る力を強めていた。

 

「……大丈夫なんすかね、これで。岩渕さんって、似た任務やったことあります?」

 

 隊員の一人が呟く。

 声は乾いており、喉奥が張り付いたように少したどたどしい言い方だった。

 

「おい、私語は慎め」

 

 岩渕と呼ばれた体格の良い隊員は厳格な声でそう言い放つが、規律よりも恐怖が勝ったようで、隊員はお構いなしに言葉を続けている。

 

「いいじゃないっすか。俺達の会話は遮音構文であそこの疑似媒介体には聞こえてないんでしょう? ……黙ったままだと、気が狂いそうっす」

「はぁ……精神洗浄は定期的にしてるか? 余計な感情は洗い流すに限る」

「今日の午後、その予定を入れていたんですよ」

 

 どこか嫌味のある言い方だったが、岩渕はそれを鼻で笑い受け流した。

 

「ああそれは運が悪かったな。驟雨の奴らみたいにならない事を願うといいさ」

「驟雨?」

「知らないのか? 俺らと同じ特殊縁者部隊だ。前にアイツ関連の作戦で失敗して、隊長以外は精神がぶっ壊れちまった。今年中の戦線復帰は無理だろうなぁ。夜神楽が近いって噂もあるのに……ったく」

 

 視線はエイの背中へと注がれていた。

 彼女は何も言わず、身じろぎすらせずに椅子に拘束されたままである。

 驟雨の凄惨たる結果から考えれば十分すぎる程に、事は順調に進んでいた。

 

「うわ……やっぱりやばいじゃないっすか。そんな子が介入しかける程に、今回の実験って危ないんすかね……俺、今更不安になってきました」

「……お前、今日の任務が終わったら精神洗浄に絶対に行けよ? 新しい窓になられても困る」

 

 隊員が不安げに銃身をなぞる仕草が僅かな光源の中でぼんやりと見えた。

 岩渕は長年の経験則で、そういった人間の精神が持たない事は知っている。

 外れと組まされた、岩渕はそう考えうんざりした様子でため息をついた。

 

「今やってるのって、海の実験じゃないっすか。岩渕さんクラスになるとそういうの詳しい話って聞かされてるんですか?」

「知りたいのか?」

「わかんないっす。不安だからそう思っているのかも」

 

 隊員の言葉は危うい精神を表していた。

 本来、ただの縁者部隊が実験の全容を知ることは禁止されている。

 クリアランス認証を受け、観測部隊に任命された七名の縁者だけがこの実験に深く携わることが出来るのだ。

 だから岩渕も詳しく知っているわけではない。

 そしてだからこそ、隊員の知らない不安というものが良く理解できた。

 

「俺も詳しくは知らん。ただ、今起きている現象は全部こっち側が起こした事だ」

「あの海の黒いやつが?」

「それも知らなかったのか。あれをすることで、呼んでいるらしい」

「な、なにをっすか」

「本物だよ」

 

 岩渕はエイを見る。

 彼女が自分達の会話に対して一切の反応を示していない事を確認してから彼は少しだけ声量を低くして続けた。

 

「潮哭ノ巫女って異縁存在を呼んでいるらしい。その後、どうするかは知らない。だがもしも本当に実験が成功したなら、災主級が二体この街にいる事になるな」

「うわ……マジっすか」

「今更怖気づいたか? この部隊に入った時点で覚悟はしてただろう」

「そのつもりだったんすけどねぇ」

 

 隊員の声から恐怖や怯えは抜け落ちて、軽々としていた。

 彼は銃をその場に置き、大きく伸びをしながらエイの元へと近づいていく。

 

「おい、何をするつもりだ!」

「いやぁ、この子もずっとこのままだと苦しそうで大変だと思ったんで――」

 

 両手の人差し指と親指が直角に立てられ、長方形のフレームを模る。

 隊員はそれをまるで構図を探る画家のように岩渕へとかざした。

 

「これ以上は話を聞けなさそうだし、もういいや」

「貴様、何をしている!?」

 

 岩渕は銃を隊員へと向ける。

 そして狙いを定めようと、彼を見てしまった。

 正確にはその手で作られたフレームの中に映る、煌煌と輝く月の姿を。

 それは空澱大人のような空白を創り出す力とは違うプロセスを経て行われる意識への干渉。

 生み出すのではなく、変容させることで認識の改変を行う超常の技であった。

 

「お前はこれから何も聞かないし、動かない。任務は無事に終了するだろう」

「……ああ」

 

 岩渕は素直にうなずき銃を降ろすと、再び部屋の隅でエイの監視作業に戻った。

 まるで人形のような行動をする岩渕を前に、隊員は自分の手をまじまじと見つめる。

 

「あいつの言ってた通りだ……すげえ」

 

 自分で行ったにもかかわらず、初めてその光景を目の当たりにした彼は暫く岩渕と自分の手を交互に見つめていたがエイの荒い呼吸にハッとした。

 既にエイの顔色は悪くなっており、顔もいつの間にか俯いている。

 肩で息をするその姿はどう考えても彼女に異常がある事を示していた。

 

「大丈夫だ、今解放するから」

 

 隊員は岩渕に駆け寄ると、ポケットの中へと断りもなしに手を入れ目当ての鍵を手に入れる。

 その間も岩渕は動くことはなく、自分の任務を行っているようだ。

 

「最初にこの鍵で……いや、まずは目隠しを取るのが先か」

 

 隊員はエイの顔に巻かれた青い布へと手を伸ばす。

 しかしそれを制止したのは何よりも彼女自身であった。

 

「取らないで下さい。拘束を解けば、きっと警報が鳴ってしまいます」

「……マジ?」

「はい。御空様が、最後に教えてくれました。だからここで私は大人しく待つ事にしたのです。助けてくれようとしたのでしょうが、私は大丈夫ですよ」

「その姿でか? 随分と苦しそうだが」

「はい。大丈夫です。セナノさんが迎えに来てくれるとわかっていますから」

 

 エイは苦しさを感じさせない程に穏やかな声でそう言った。

 それは彼女なりの信じる行為であり、ここで彼女の言葉を無視して拘束を解けばそれは何よりも彼女の決意を踏みにじった事になってしまうだろう。

 隊員はそっと手を離し、それから彼女の傍に腰を下ろした。

 

「じゃあこのままで、話をしようか。改めてお前達の話が聞きたいんだ」

「貴方は……」

「まさかたった十時間程度で忘れたなんて言わせないぞ」

 

 知り合いであるかのような口ぶりにエイは首を傾げる。

 それから、ハッとしてその名を呼んだ。

 

「まさか、ヨシノリさん……!?」

 

 出会える筈の無い男の再会は、誰に知られることもない暗幕の中で始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ちょ、やばいよソラ。NPCが出て来ちゃったぁ!』

『うーん……流石に今回は潮哭ノ巫女のコンテンツですからねぇ。様子を見つつ、邪魔するようならナイナイしましょうか。エイ、視覚は潮哭ノ巫女、聴覚はこっちでダブルコンテンツシステムを起動してください』

『知らないシステムが体に搭載された……?』

 

 

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