【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第142話 ドウルイ

 セナノが向かっていたのはネネやミナコ達とは正反対の海である。

 観測所に向かわない理由は三つ存在する。

 

 一つ、観測所の縁者が信用できないという事。

 ミナコという特殊な例を除き、未だ彼女たちは観測所を担当する縁者と出会っていない。

 黒服とのやり取りから感じた妙な慢心の理由をセナノは縁者側にも自身の仲間が存在しているからであると断定していた。

 

 二つ、自身の目で潮哭きを見る必要があると感じたからだ。

 セナノは縁者の中では唯一と言って良い程、本性を現したミナコとの接触時間が長い。

 潮哭ノ巫女の権能を一部ではあるが目にし、災主級を肌で味わっている。

 故に海を黒く染めているそれを前にした時、自分が直感的に出す答えは価値があると信じていた。

 

 三つ目。妙な胸騒ぎ、気分の高揚、それらの根源である覚えのない何かへの共感。

 海へと歩みを進めるたびにそれは締め付けるというよりは包み込むように彼女の心を包んでいく。

 エイとミナコの二人の災主級から離れた途端、その不可思議な現象は加速していた。

 

「……呼ばれているんでしょうね」

 

 自身の冷静な部分がそう告げていた。

 獲物の感情を誘導する程度は異縁存在にとっては特段珍しくもない力だ。

 潮哭ノ巫女と類似する現象であれば、特に心への干渉は当たり前と言っても良い。

 しかしそれを理解したとして、セナノは止まる事はしなかった。

 それはヒバリという最新鋭の兵器が理由でもあるし、エイという人質が理由でもある。

 

「私を誘い出して何をしようとしているのかはわからないけれど、上等じゃない」

 

 何よりも腹が立っていたという事が大きい。

 エイへのあのような非人道的な扱いを許した自分の弱さや、影で何か後ろ暗い事を始めた縁理庁、そして自分達をここに呼び寄せたこの黒い海。

 その全てが腹立たしく、燃やし尽くしてしまいたくなった。

 

「って訳で、来てやったわよ。潮哭ノ巫女じゃないなら……まあ、巫女モドキでいいわ。取り敢えず、一度喧嘩しましょう」

 

 岸壁、黒い海の前にてセナノはそう告げる。

 相変わらず空は青く、穏やかな気候であった。

 しかし波は違う。

 底が見えない黒々とした汚泥のような波が次第にセナノへと向けて立ち始め、さざ波から大きな波へと変化を続けていた。

 

「ヒバリ、行くわよ」

 

 言葉に従い、ヒバリが空を舞う。

 ここに来るまでに奉納は済ませてあった。

 港までの2㎞、歩数にして約2800歩。

 ヒバリのスペックを最大限引き出すのには十分すぎる。

 

「相手が焔だから消せるとでも思っているのかしら」

 

 収束した波が、まるで手のように持ち上がりセナノへと向けて覆いかぶさる。

 太陽が一瞬にして消え、青空も視界から消え去ろうとしたその時、ヒバリがけたたましい鳴き声と共に波を真正面から貫いた。

 

「成程、構文は一つね」

 

 太陽へ向けて飛翔したヒバリが波の中心に残した大穴の縁から焔が広がり、瞬く間に波を焼き払っていく。

 波が焔に代わり、そして灰になる様ははたから見ていると信じられない光景である。

 

「師匠はこれを一度食べきったと言ったわね。なら私も焼ききってしまいましょう――ヒバリ!」

 

 セナノの第一目標は、この怪現象の情報を集める事である。

 が、それ以前にそもそもの話で処理が出来るのならば手っ取り早い。

 力による解決はネネから一番初めに教わった事だ。

 

「この海を焼き尽くしなさい」

 

 主の命令に忠実に従うヒバリは一度高く舞うと、黒い海へと急降下を始めた。

 焔が一直線に落下する様はまるで今まさに地に落ちんとしている隕石のようだ。

 ヒバリは直撃するギリギリで直角に曲がると、身体を傾け片翼のみを水面に付け、黒い海の上を滑るように進む。

 その後に生まれた焔の轍は瞬く間に広がりを見せ、あっと言う間に海から黒を焼き尽くしていった。

 

(やっぱり処理自体は簡単。後はここから原理が不明な復活を遂げるという話だけれど)

 

 太陽の輝きを反射し眩いばかりの海面には灰が僅かに浮かんでいた。

 事態は終息したかのように思えたが、違う。

 

「……来た」

 

 海の底から黒か滲む。

 まるで光を拒むように海面を染めていく黒は先程のヒバリの行動などまるでなかったかのように数秒後には海を包み込んでいた。

 

(本当に復活した。師匠の捕食に八方塞さんの呪い、そして私の焼却。全てに耐性を持っている……? そんなのあり得ないわ。何か仕掛けがある)

 

 この三人のアプローチはそれぞれが別の側面から異縁存在を処理する。

 一つのアプローチに対し対抗策をもつ異縁存在なら珍しくはないが、三つ全てを受けきり復活するなどセナノは聞いたことが無かった。

 それもS階位の攻撃である。

 三度もそれを受け止め、依然としてその場に存在するのならそれは間違いなく。

 

「まさか、災主級……!? でも、本当にそうならもっと本能に響くような恐ろしさがある筈」

 

 例えば見上げている筈の空に無限に堕ちていくような感覚。

 例えば海の底に引きずり込まれ光が消えて行くような感覚。

 

 しかし、それらはこの黒い海を前にしても存在しない。

 それどころか逆。

 この黒い海を前にして感じるのは、自分を呼び寄せるような――共感。

 まるで見知らぬ土地で旧友を偶然見つけたような安心感があった。

 

「一体何がこの現象を……」

 

 探る様にセナノは海面を凝視する――そしてすぐにそれを見つけた。

 いや、あるいはそうなるように仕向けられたのかもしれない。

 潮風に薄緑色の病衣が揺れていた。

 

『ははは』

 

 掠れた笑い声と海面に浮かぶ少女をセナノは同時に知覚する。

 距離にして十メートル。

 陽の反射しない海面の上にやせ細った少女が立っていたのだ。

 まるで死の間際に病室を抜け出してきたような、立っている事自体が異常であるような病的な姿の少女である。

 

(……シオ? いや、違う)

 

 何故か彼女の顔が浮かんだがすぐに否定し、セナノはそれを凝視したままヒバリへと意識を集中させる。

 狙うのはそれの後頭部だ。

 

(何かをする前に焼き殺す)

 

 入念な準備と洞察力を武器とするセナノからすれば、それはらしくない選択肢であったかもしれない。

 が、この場では最善策であった。

 海の復活と共に現れた異常な少女。それが異縁存在と関わりがある事は十分に理解している。

 ならば様子見などしている猶予はない。

 

 だからこそセナノは間髪入れずにヒバリへと命令をいれたのだが、それでも遅すぎた。

 何故なら、ここに来た時点で既に目的は果たされたのだから。

 

『やっぱりお友達だ』

 

 掠れた声は喜んでいた。

 揺れる病衣と灰色の髪はまるで細い手足の代わりに跳ねているようで、髪の間から覗く目だけがセナノを捉えている。

 

『貴女もお姉ちゃんが好きなんだよね』

「は? 何を言って――」

 

 返事を待つ事など無く、世界が書き換わっていった。

 

「迷宮……!?」

 

 セナノは咄嗟に身構える。

 頭上では主の命を優先したヒバリが、警戒するように舞っていた。

 

(いいわ、ここまで来たらとことんやってやろうじゃない)

 

 好機であると捉え、セナノは作り替えられていく世界を睨みつける。

 やがて生み出されたのは、混沌とした海でも殺伐とした戦場でもない。

 

 塗って間もない真っ白な壁と赤い屋根が特徴の大きな家であった。

 周囲を自然に囲まれた中にぽつんと佇む白い家。

 忘れる筈もない。

 

「……うそ」

 

 そこはかつて自分が育った家なのだから。

 

 

 

 

 

 

 セナノの姿を遠くから見ていたとある者は、一部始終を見て天を仰いでいた。

 

「あちゃー、間に合わなかった。あの子勝気な癖にメンタル弱いんだよなぁ」

 

 既に岸壁の前にセナノの姿はない。

 それでも両手で枠組みを作り、少女は観察を続ける。

 

「助け出せるなら助けてあげないと、また繰り返しが始まったら最悪だしね」

 

 うんざりした言葉と跳ねるように浮足立った声色の矛盾は、彼女の存在そのものを表しているようだ。

 

「頑張ってくれよーセナノちゃん」

 

 他人事のようなその言葉は、やはりどこか楽しそうだった。

 

 

 

 

 

 

『迎撃、一時止め。エイ、ギアを一つ上げますよ。付いて来れますか?』

『頭おかしくなるよぉ! もう駄目だって!』

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