【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
陽の家は一見してただの児童養護施設である。
自然の中で子供たちの心に寄り添う事を信条としたこの施設は、実際にとある山の中腹に建てられていた。
深緑の中に突如として現れる白い家は、見た者に妙な安心感を与えるのだ。
それは、例の事件を終えたセナノですら変わらない。
「……どうして」
焼け落ちた屋根を彼女は未だにはっきりと覚えている。
何度も食われ穴だらけになった壁も、家族だったものが焔の中で躍るように蠢く光景も。
全てが現実であった筈だ。
しかし、目の前の白い家は全てをあざ笑うようにそこにある。
まるで今まで見てきたものこそが夢であるとでも言うかのように。
「……記憶の再現、対象から読み取った場所を迷宮にする。ってところかしら」
高鳴る心臓を押さえつけるようにセナノは冷静な分析を口にする。
的確な分析である筈のその言葉ですら、実際に家を前にすると滑稽なものに見えた。
白い家が問うているのだ。
目の前に現実があるのに、なぜそれを必死になって否定するのかと。
伸ばされた手が偽りだとして、果たして何が問題なのかと。
「いずれにせよ調査は必要ね」
言い訳じみた宣言と共にセナノは家へと近づく。
姉にねだっていつも譲って貰った補助輪付きの自転車や、使い古され塗装の禿げた元は赤かったシャベルなど、一歩進むたびに思い出ははっきりとした輪郭を持ち、セナノをより奥へと誘った。
家は白い柵で大雑把に囲われており、自然と人間の住処が区切られている以上の意味はない。
実際、セナノも幼い頃は策を越えた先も庭と認識して遊んでいた。
「本当に細かいところまで再現してる……」
柵を越え、玄関扉の前でセナノは足を止める。
赤い塗装が剥げ、くすんだ青緑になった鳥の意匠のドアノッカーはかつてのセナノでは手が届かなかった。
今は届くことに妙な気持ちを抱きながら、ゆっくりと手を伸ばす。
しかし彼女がドアノッカーを掴むよりも先に、背後から声がした。
「――セナノ?」
「っ!?」
温かい日差しのような声が聞こえる。
自分を包み込んでくれるような柔らかい微笑が込められた声。
しかし同時に感じたのは冷水をぶちまけられたかのような底冷えする感覚だった。
遠くで小鳥の声が聞こえ、風は背丈の小さな草花を揺らし、ささやかに音を立てる。
全てが穏やかで緩慢な世界の中で、セナノは恐る恐る振り返った。
風に揺れる嫋やかな栗毛の髪と、どこか眠たげに垂れた目。
口元は常に緩く弧を描き、彼女の機嫌を表していた。
全て、全てセナノが好きだった彼女のものである。
「おねえ、ちゃん……?」
「うん。そうだけど、どうかしたの?」
不思議そうに顔を覗き込みながら彼女は近づく。
一歩後ずさり、セナノは問い掛けた。
「ほ、本当に三鎌カリン……!?」
「急にフルネームで呼ぶのはなんで? もしかして都会ってそう言うのが流行っているのかしら? それともエンシン兄さんと一緒にまた揶揄ってる?」
「エンシンお兄ちゃんもいるの……!?」
もう一歩、後ずさる。
理性が警鐘を鳴らしていた。
「そりゃ、いるけど……あ、今は麓の街に買い出しに行ってるからいないけどね。って、どうしたのセナノ」
もう一歩、後ずさろうとして背中が扉にぶつかり鈍い音を立てた。
重心を背後に預けセナノは噛み締めるようにその言葉を吐き出す。
「死んだはず……」
「え?」
「皆、私以外は死んだはず」
「ちょ、ちょっとセナノ?」
現実を叩きつけるようにセナノは叫ぶ。
「死んだんだよ、皆。私以外はかぐとあ様に捧げるって言って、あそこに連れていかれた。だからこれはあり得ない。……思考に対し干渉する異縁存在? 海そのものというよりは波の形や音みたいに存在しているから、いくら黒い海を処理しても意味がない? いや、でも手ごたえはあった。じゃあやっぱりこれはあの海の異縁存在の現象の一つとして捉えるべきか。にしては力の種類がとっちらかっている。共通点が無い。そもそもの話、これはどの系統に属する異縁存在なのかをまずは調べて――」
「もう落ち着いてってば!」
思考を中断させられたのは、カリンに抱きしめられたからだった。
その香りも柔らかさも全てがセナノの縁者としての思考を奪い去っていく。
「大丈夫? これがノイローゼってやつなのかな。都会は怖いなぁ。おー、よしよし。とりあえず中に入ろ?」
「…………わかった」
セナノはカリンの腕の中で小さく頷く。
(外観だけ似せた可能性もある。ここはもっと沢山調査しないと)
それは残った理性か、それとも自分自身への言い訳か。
セナノはカリンに肩を抱かれ、白い家の中へと消えていった。
その光景を、柵に降り立ったヒバリは何もせずに見つめている。
燃え盛る翼は主の為にその家を燃やすことはなく、無機質なその瞳は変わらず白い家を映していた。
■
家に入ったセナノの前にまず飛び込んできたのは、見慣れた廊下であった。
古びた木の廊下は、一見して何の変哲もない。
しかし、三十センチほどの立方体が不規則に壁から飛び出しており、真っ直ぐではないなんとも歪な形をしていた。
その上に小物や花瓶が乗せられているのは、その光景が殺風景だと言ったカリンとセナノが原因である。
「良いお茶を貰ったんだよね。一緒に飲もっか」
カリンはそう言って手本を見せるように最初に廊下を進む。
並んで歩くにはあまりに凹凸が多い廊下では、こうして一人が進むのがやっとであった。
(靴は……脱がない方がいいな)
セナノは靴を履いたまま、一歩家の中に上がる。
それから叱られる前の子供のようにカリンの方をちらりと見たが、彼女はそんな事には気が付いていないかのようにセナノの事を廊下の先で待っていた。
小窓から差し込む陽の光が、空中に舞う埃とカリンを照らし出す。
「おいで」
「うん、今行く」
セナノはそのままカリンのようになれた様子で廊下を進んだ。
自然と独特なステップになるその道は、彼女からすれば馴染み深いものである。
特段苦労することもなく、彼女もすぐにカリンの元へとたどり着くことが出来ていた。
(今ならわかる。これも意味があったんだ)
一人納得していると、不意にカリンがセナノの頭を撫でる。
「今日は転ばなかったね」
「当たり前でしょ」
「そうだね。また子ども扱いしちゃった」
悪びれずほほ笑んだカリンは、廊下突き当りの扉を開ける。
そこはこの家の皆が集まるリビングであった。
「さあ」
カリンはセナノの手を引いて入っていく。
しかし、期待とは裏腹に彼女を待ち構えていたのはこの家に存在するはずない少女であった。
「また会ったね」
「……姿を見せてくれて良かったわ。このままじゃ感傷に浸るばかりで退屈だったでしょうから」
見慣れたリビングの椅子に座る病衣の少女。
つまりは黒い海の上に浮かんでいた、異縁存在そのものである。
「少し私とお話しよう」
「ええ、望むところよ」
セナノが座るのは当然、少女の目の前の席。
奥のキッチンでは、カリンがまるで当然のように三人分の紅茶を淹れ始めている。
漂うハーブティーの香りと共に、セナノは異縁存在との会話を始める事となった。
【縁理学園調査記録】
文書コード:EN-TM-3937
記録日:平成██年5月1日
担当記録官:鎮縁課副補佐官 楽楽 ミラク
観測対象:組織コードH338
■ 概要
本報告書は、特別観察対象組織『陽の家』に関する第一次調査報告書になります。
観測機を用いた実地調査データに関しては別途送付済みです。
■ 現地状況
事前調査の通り、■■山の中腹にて特殊な塗料によりコーティングされた白い建造物を発見。
3日間にわたり、ポイントFより観測を続けていたが10代後半と見られる子供が4名と、推定3歳程度の女児が一人確認できた。
更に、17時に外部より壮年の男が車で訪れるが10分程で山を下りていく(三日間の間では最長でも9分29秒である)
車には必ず数名の男性が乗り合わせており、男が訪問している間は周囲を警戒するように巡回を開始する。
体格や歩幅から戦闘技能を身に付けた者である可能性が高い。
■ 重要事象
事前の報告通り、23時から翌朝4時にかけて建造物内で高熱源反応を検知。
しかし建造物の延焼や他異変は見られず、三日全てで確認できたにも関わらず、それ以外の異常は見当たらなかった。
■ 推奨対応および今後の処置
当初の予測通り神格崇拝構造型の窓である可能性が高い為、縁者による即時的介入が求められる。
また住人である未成年者達においては精神侵食者の行動兆候である、一時的な動作の停止や、行動の鈍化などが僅かだが確認できた。
封応値は既に鎮縁推奨値を大幅に超過しているため、A階位以上の縁者が求められる。
■ 備考
縁理庁合同の組織解体計画は長期に渡る可能性があり、対象組織、ひいては対象異縁存在が脅威度を増す可能性が高い。
その為縁理学園による独断かつ特異的な対象組織の即時解体を進める必要がある。
今こそ、東園縁者のS階位昇級試験として当案件を処理するべきではないだろうか。