【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
香り高い紅茶はカリンがよく好んで飲んでいたものだ。
他の児童養護施設を詳しく知っているわけではないが、それでもセナノ達が頼めば大人たちはそれをすぐに用意してくれた。
紅茶はその中でも生活の中に組み込まれたものの一つとも言える。
(思い出すから、飲まないようにしていたのに)
今となってはインスタントコーヒー愛好家のセナノには、久方ぶりの紅茶だった。
この香りを嗅ぐだけで肉体も精神もずっと幼くなってしまう錯覚に陥る。
視界の隅に映る古いブラウン管のテレビは使い物にならず、上に乗せられた指人形は陽に焼け色あせていた。
「やっぱりお茶菓子は欲しいね。何か残ってないかしら」
パタパタとスリッパを鳴らしながら冷蔵庫へと向かって行く後ろ姿を見送るように、大きな時計がカチカチと音を立てる。
全てが過去のまま。
唯一違うのは、自分の目の前に座っているのが家族ではないナニカであるという事だろう。
「貴女はセナノちゃんっていうんだね」
少し身を乗り出してこちらを見る少女の動きに合わせて灰色の髪が揺れる。
痩せこけた顔は頬骨が浮かび、笑っているのが不自然なまでに命の雰囲気が感じられなかった。
「そうね。私は三鎌セナノよ。貴女は?」
「私は的井シヲだよ」
「的井シオ……?」
「うん。シヲ」
シヲはそう言うと、テーブルの上に細枝のような指先で名をなぞり書いてみせた。
「お姉ちゃんと読み方が同じだからよく勘違いされるんだ」
「お姉ちゃん……!?」
「そうだよ」
その言葉も言いなれた様子で、これ以上この話題が広がる事はなさそうである。
シヲはそれよりも紅茶の方に興味があるようで、お茶菓子を探しに行ったカリンの方と紅茶を交互に見てソワソワすると、まるで盗むようにこっそりと紅茶に口を付けた。
「美味しっ!? 紅茶って初めて飲んだけど、こんなに美味しいんだ!」
驚き欲望のままに一気に紅茶を飲む姿を観察しながらセナノは思考する。
名前の一致を偶然とする程、彼女は愚かではない。
(どう考えても的井シオに関係がある。この子の言葉を素直に信じるなら姉妹。……シオは縁理庁側の人間だった? いや、それにしては色々と杜撰すぎる。私達側の動きを探るために潜り込んだのなら、絶対にアレが見逃すわけがない)
セナノとエイだけが持つ絶対的な情報のアドバンテージ。
それは潮哭ノ巫女が既に人間の形で自由に行動をしているという事実だった。
シオが縁者として慕っているあの少女こそが海を統べる災主級であり、当然人間ごときが欺けるわけがない。
奇しくも潮哭ノ巫女の存在がシオという少女の無実を証明していた。
(この異縁存在の言っていることが本当だと仮定して、もう少し情報を引き出したいわね)
セナノは紅茶をそっとシヲの前に滑らせる。
それを見て首を傾げる彼女へと、セナノは頬杖をついた姿勢で言った。
「あげるわ」
「いいの!?」
「いいわよ。私、コーヒー派なの」
そして何より迷宮内の物を口にするような愚かな真似はしない。
本当の理由を隠し作った笑顔にシヲは「ありがとう!」と礼を言って無邪気にソレを飲み干した。
「優しいね」
「あまりにも美味しそうに飲むものだからつい。それより、もっと貴女の話が聞きたいわ。お姉さんの事、教えてくれる?」
「もちろん。お姉ちゃんは優しくて、ちょっと見栄っ張りで、頑張り屋さんなんだ! そして正義のヒーローなんだよ」
シヲは空になったカップを眺めながら噛み締めるように言った。
「異縁存在っていう、悪い奴らを倒す職業なんだよ。縁者っていうんだ。前も人を助けたんだってさ」
「……そう」
話を遮らないように静かに相槌を打つ。
しかしその傍らで情報の整理は続けていた。
(派遣職員じゃなかったかしら、彼女。見栄を張った……あるいは、大金目的に派遣職員になったか)
セナノのような優秀な縁者には縁のない話だが、時折稼ぐために自ら派遣職員になる者は存在する。
シオもその類なのだろう。
それならば色々と合点が行く。
あのあまりにも常識人すぎるシオの感性や、目の前に居るシヲの恰好などから簡単な推察はできた。
(大方、手術費用でも稼ぐつもりだったのでしょうけれど……どうしてそれがこうなったのかしら)
「ねえねえ」
考えに耽るセナノにシヲは再び身を乗り出す。
彼女からは紅茶の香りがした。
「貴女も縁者なんでしょ?」
「……ええ、そうよ」
「そっかぁ……! カッコいいなぁ……!」
セナノの答えに満足したのか、椅子に座り直したシヲは感嘆の声と羨望の眼差しを向けてくる。
いつもならそれに胸を張り一身に受けるセナノだったが、流石にそんな気にはなれない。
(私を敵だと認識していない。思い返せば、師匠と私の時は、こっちから喧嘩を仕掛けてようやく襲ってきたわ。あくまでカウンター。潮哭きに似た現象についてはまだわからないけれど、今一つだけわかる事がある)
紅茶のおかわりを待つシヲに視線を向けながら、セナノは一つの結論を出した。
(この異縁存在には的井シヲという少女の意識がある)
前例はある。
EN-2417『がびがび』に侵食されながらも弟を守るために動いていた研究員だ。
あの姉弟は、自覚が無ければ異縁存在の中に人間としてある程度の理性を残せるという事をセナノに証明して見せたのだ。
目の前の異縁存在がそうであるならば、より慎重にやり取りをするべきだろう。
「縁者も中々に大変よ。貴女のお姉ちゃんもきっと相当に頑張っているわ」
「そうなんだよ。お姉ちゃんったら、私の所に来るときはいつも疲れた顔をしているんだ。……私の体が弱いから」
病衣の端をつまむシヲは、申し訳なさそうだ。
シオに対して何度も謝罪をしたであろうことは想像に難くない。
そしてその度にシオが励まし、より気丈に振る舞ったことも。
「生まれたときからずっと体が弱かったんだ。だからお父さんとお母さんにも捨てられちゃった」
「……捨てられた?」
「うん」
シヲは頷く。
その顔は既に両親の事は振り切った様子で、意外にもカラッとしていた。
先ほどのシオへの負担の話をしていた時の方が余程悲壮感がある。
「私とお姉ちゃんは一緒に捨てられちゃった。それから私の病気も診てくれる孤児院に入ったの。蒼の家って言うんだ。海の見える素敵な場所なんだよ」
セナノの中で、何かが静かに組み上げられている気がした。
日ごろから鍛えた思考能力が、彼女の感情が追い付くよりも先に推測と精査を始めている。
気が付けば、口をついて問いが出ていた。
「……その、変な習慣とか無かったかしら。廊下がおかしいとか、火を扱う前に一礼するとか、23時から3時は必ず炎の明かりで生活するとか」
「うーん、そういうのは無いな。皆いい人だったしね」
「そうなのね」
「うん! 皆、私と同じように体が弱くてね、お兄ちゃんとかお姉ちゃんと一緒に蒼の家に来たんだよ。調子の良い時は一緒に外に出たりして、楽しかったな……」
「……皆、お姉さんとお兄さんがいたの?」
「うん。お姉ちゃんとお兄ちゃんは元気だから、私達のご飯を作ってくれたり施設を出てもたまにゲームとか送ってくれたりしたんだ。私のお姉ちゃんも、施設に新型のテレビを送ったんだよ! 皆、すっごく喜んでた!」
「……成程」
嫌な予感がした。
いや、予感というよりは信憑性の高い仮説と言った方が良いか。
(法則に従って集められた子供、そして今の状況)
もしもシヲが自分の目の前に現れたのが、偶然ではないとしたら。
八方塞やネネの時に姿を見せず、自分にだけ干渉した事に明確な理由があるとすれば。
「シヲ」
「何?」
「貴女の家に……蒼の家に神様はいる?」
その問いは確信と共にシヲへと向けられた。
僅かな沈黙の合間に流れる時計の音は、まるで心音のようにセナノの心に響いている。
やがてシヲは少し驚いた顔をしながら首肯した。
「うん、いるよ。なんでわかったの?」
十年以上の時を経て、ここに奇妙な共通点を持つ二人は邂逅を果たした。