【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
曰く、その神は海の奥で眠るらしい。
曰く、その神は死を司る声を持つらしい。
曰く、その神は全ての海で起きたことを知っているらしい。
曰く、曰く、曰く――。
シヲから語られる言葉は全てまるで昔話を子供に語って聞かせているようだった。
かつて自分がそうされてきたように、きっとセナノにもそうしているのだろう。
故にその昔話はどこか夢物語のようで、同時に恐ろしくもあった。
海に安易に近づいてはいけない。
自然を軽んじてはいけない。
そういった戒めも含まれているのだろう。
しかし何よりもセナノが引っかかったのはその神の特徴だった。
(本当にこれだけの規模の力を持つ神がいるのなら、災主級に認定される筈)
異形であるだけでも、窓を理由に生まれたのなら異縁存在。
そこに能力や現象が追加されれば、更にその脅威度は増す。
シヲの言う神が異縁存在として存在するのなら、それは恐らく災主級となるだろう。
(この子の事は今回の事件の大きな手掛かりにはなった。けれど、まだわからない事も多いわ)
セナノは質問を再開しようとする。
しかし、それを遮ったのは耳を貫くような沈黙だった。
いつの間にか時計の音もカリンが台所でお茶菓子を用意している音も消え失せている。
そんな中、ソーサーにカップを置く音だけが響いた。
「セナノちゃん」
シヲはどこか恥ずかしそうにもじもじとしながらセナノを見る。
そして小さな声でこう言った。
「疲れてきちゃったから、お姉ちゃんに会って来るね」
「……え?」
「大人が教えてくれたの。元気になるおまじないの言葉があるんだって。それを唱えながらお姉ちゃんに会うと本当に疲れが吹き飛ぶんだ」
「それって――」
今まさにシヲは囁くようにその言葉を告げた。
「さざ ゆら とほ くぐ まほら あまはら みそぎ な めよ」
「っ!?」
覚えがある。
言葉そのものではなく、その不規則かつ妙に本能的に総毛立ってしまうリズムに。
それをセナノは何度も傍で耳にしていた。
――たた なが ひそ くく ことはら みなし な いず みよ
エイが時折唱えていた言葉。
曰く、空澱大人に視線を向けて貰うための祝詞である。
現代の言語学の外にある高次の規則性により無理矢理人間の言葉に当てはめたそれは、エイにとっては空澱大人との繋がり。
そしてシヲにとっては、姉との繋がりであった。
『ここでオソラ豆知識! ふる つち ゆら くぐ くにばら しなし な ゆづ めよ という言葉もありますよ!』
『ずっと意味も分からず唱えさせられてるけど、これ本当に意味ないんすか?』
『わかりやすく言うなら、チートコードです^^』
『……な、なんの?』
『^^』
『えぇ……』
『それよりも、どうしてチートコードという言葉を知っているですか?』
『えっそれはその(しどろもどろ)』
『可愛いですねぇ^^』
■
「……っ」
廃旅館に向けて軽快に動いていた筈のシオの脚がふと止まった事で、ミナコは振り返った。
疲れたなどと弱音を言い出す様子は無く、彼女は青い顔で前傾姿勢を取りゆっくりとその場で一番体を支えてくれそうな木の幹に寄りかかっていく。
「う、なんか、気持ち悪……」
「おやおやまたかー」
ミナコはシオを見て、それから一度海の方を一瞥した。
からっとした表情で、口元には相変わらずの明るい笑み。
しかしその目は海の底のように光が沈んでいる事に、シオは気が付かない。
「シオ、大丈夫?」
「ちょっと休憩。な、なんかまた具合悪くなってきた……どこかにまた箱を被った子いない? 私、あれ見てから具合悪い……うぷっ」
「あははは、あれが原因じゃないよー。さ、シートを広げたから座って座って」
ミナコはリュックサックからレジャーシートを取り出すと、シオの足元に広げる。
それとほとんど同時に耐えきれなくなった様子でシオはその上に体を投げ出した。
「うえぇ……」
「大変だねえーシオは」
「う、元気だけが取り柄だったのに……これじゃあシヲに笑われちゃうよ」
「シヲ?」
「そう、妹……」
「ああ、言っていたねそう言えば」
それからミナコは再び海へと視線を向ける。
そしてすぐに「あー」と何か理解したような声を上げた。
「順番が狂ったから、帳尻合わせようとしてるのか。成程ね。リカバリーも出来るタイプだ」
「順番……?」
「うちの村の漁業の話だよ」
「そんな訳なくない……? うぷっ、というかこれ以上は、本当に無理……」
「よしよし、親しい友人のよしみでまた助けてあげよう。シオ、昆布とおかかどっちが良い?」
「こんぶ……」
「よしきた!」
ミナコは意気揚々とリュックサックから一つの握り拳サイズのおにぎりを取り出す。
アルミホイルに巻かれたそれは、キラキラと陽光を反射して鮮やかに輝いていた。
「この昆布の佃煮はねー、酒屋の吉川さんが作ってるんだよ。あまじょっぱさが本当に絶妙で、最高なんだ。気に入ったら言ってね。潮目村で瓶で売ってるから」
「うぅ、いただきます……」
今にも胃がひっくり返り、眩暈で目玉が裏側へと反転してしまいそうな苦しみの中でも、シオの体はまるで本能のようにミナコの持つおにぎりへと向けて動き出す。
震える手でおにぎりを掴んだシオがおにぎりを口元へと運んだのを見て、ミナコは頷くとお茶を紙コップに注ぎ始めた。
「うぷ、おいし……」
「ゆっくりで良いからねぇ。海はきちんと体に染み込むから」
「……? わ、かった……」
もしゃもしゃと老人のような速度で食べていくシオ。
それを愛おしそうに見つめるミナコは、自分の傍を通り抜けた潮風に揺れる髪を押さえて小さく呟いた。
「ん、やっと代わったか。今回は粘ったな」
「もぐ……もぐ……」
「ちゃんと噛んで食べるんだよー」
「うん……あれ、なんだか良くなってきたかも……!」
先ほどまでは病人のような顔色でおにぎりをチビチビと食べていたシオだったが、突如として顔色が元に戻り、一口の大きさも増していく。
「もぐもぐ! 美味しい! なんで毎回これを食べると元気になるのかわからないけど、すっごい助かるよ! 美味しい! おかわり!」
「あっははは! 結局、どっちも食べるんじゃーん!」
嬉しそうにミナコはおにぎりを差し出す。
勢い良く受け取ったシオはアルミホイルをビリビリに破いて中身を取り出すと、目を輝かせたまま口にした。
「これも美味しい!」
「いいでしょ。それも酒屋の吉川さんのおかか」
「吉川さんすごいね!?」
「でしょー。だから遷海して長生きできるようにしてあげたんだ」
「え? 遷海……!?」
「あ、えっと……うちの村では米寿にそういう祭りをやるんだよ。発音が似てるよね」
「へえーそうなんだー。美味しっ」
思考の八割がおにぎりに向けられている為、シオはその言葉を疑う事はなかった。
今はこの美味しいおにぎりを食べる事だけを考えるべきだ。
「ねえ、身体はもう大丈夫?」
「うん!」
おにぎりを半分ほど食べ進めた頃、ミナコはそう問いかけた。
当然のように回復した体で胸を張り、シオは力強く頷く。
その視線は相変わらずおにぎりに注がれている。
故にミナコへの返事は半分無意識になっていた。
「もうさっきみたいな思いはしたくない?」
「まあ、そりゃ。もぐもぐ……」
「じゃあキスしよっか」
「うん。……え? 今なん――」
流石に言葉のおかしさに気が付いたシオがミナコの方を向いたその時である。
唇に柔らかな感触が触れ、それが何かを理解する間もなくすぐに離れて行った。
思考が停止したまま呆然とするシオの前で、ミナコはいつもとは違うどこか蠱惑的な笑みを浮かべながら自身の唇を舐めるように舌を突き出す。
「やっぱり吉川さんのおかか美味しいなぁ」
「え、あ、今……え?」
「お茶、飲む? ずっとおにぎりだけだと喉に詰まっちゃうよ」
「あ、あぁ、うん……」
頭に「?」が浮かんだままシオは紙コップを受け取る。
それからすぐに飲むことはせず、紙コップの中で揺れ動く麦茶の水面を見つめていた。
「……?」
よくわからないが、自分は何かをされたのではないか。
鈍い思考がゆっくりとだが、そんな漠然とした意味の無い答えを導き出す。
そしてシオは、そのまま思考から逃げるようにおにぎりを再び食べ始めた。
『ほう! まさか上位存在として直接カプに参加するとは! 自身の神秘性よりもカプの完成度を優先したのですね』
『御空様、さっきのは違うんです。チートコードって言葉は前にスマホで調べ物をしていた時に偶然見つけたんですよ。ゲームでそういうズルが出来る行為があるって――』
『うーん、ですが可愛さならこっちのエイも負けていませんよ!』
上位存在に翻弄されたい皆さーん!
梅雨入りですよー!
いつもは翻弄する側なのに、いざ目の前から思い人が消えたら雨の中ずぶ濡れで探しまわる上位存在の季節ですよー!