【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
廃旅館までの道は自然に溢れており、大変心地の良いものだった。
まるでシオをいたわるように吹き抜ける潮風と、日差しを和らげる木々が任務の最中であることを忘れさせてしまう。
尤も、そんなものが無くても今のシオはそんなものの事は頭になかったが。
(……あれ、キスされた……?)
小鳥が頭上で鳴いている。
きっと肯定しているのだろう。
そんなふざけた事を思考の外で考える程度には彼女の思考はミナコに囚われていた。
「ミナコ」
「なにー?」
「キスした?」
「したよー」
「そっかぁ」
少し前を歩くミナコは立ち止まることなくそう答える。
まるで海は青いというように、当然だと言うように軽い口ぶりにシオはその言葉をゆっくりと咀嚼した。
(つまり、キスされた……?)
咀嚼した上で、何も彼女は理解できていなかった。
何故自分にキスをしたのか。というかキスとは何か。
あまりにも予想外の行動をストレートに放たれた人間の思考はこうなってしまうらしい。
上機嫌に妙に耳に残る音階の鼻歌を響かせながら歩くミナコの大きな背中を見ながらシオは意味の無い思考を繰り返す。
(キスされたって事は……私の事が……え? そ、そんなことあるの?)
だってさっきまで普通に接していたのに、と考えてシオはより困惑する。
彼女は別に鈍感ではない。
むしろ、派遣職員として縁者の顔色を窺う事に関しては他者よりも一日の長があると言って良い。
だからこそ、こんなに近くにいるミナコのそういった感情にはすぐに気が付くはずなのだ。
(数年一緒にいるのに、気が付かなかったなんて……いつからなんだ……!)
初めて派遣職員として仕事をした時から自分の事が好きだったのだろうか。
いや、あるいは出会った時からそうだったのかもしれない。
(あれ? ミナコと出会ったのって、いつだっけ)
ふとそんな疑問が浮かんだ。
ミナコとは出会ってからかなり長い付き合いになる。
それはわかる。
しかし、それ以外はよくわからなかった。
「ミナコ」
「んー?」
「私達って、いつ出会ったんだっけ?」
「…………あははー」
ミナコは相変わらず足を止めない。
今、彼女がどんな表情をしているのかシオには想像もつかなかった。
そんな事も覚えていないのかと呆れているのか、それとも怒っているのか。
あるいは別か。
緊張のせいか、不思議と波の音がはっきりと聞こえる気がした。
廃旅館に近づいたせいだろう、と無意識に納得させてシオは返答を待つ。
ミナコが自分をどこで好きになったのかハッキリさせたかったのだ。
「まだシオが縁理学園に居た時だよー。ほら、同じクラスだったじゃん」
「…………ああ、そうだった」
ハッキリと自分の中に存在する記憶を確認してシオは間抜けな声を出す。
そして依然として間抜けな声のまま問いかける。
「ちなみにいつから私の事を好きだったの……?」
「最初に見つけたとき、面白そうだなぁって」
「そ、そうなんだ」
どこか芯を喰っていない返答だが、今のシオにはそれすらよくわかっていなかった。
(ど、どうしよう……別に嫌いじゃないし、む、むしろ嬉しいかもしれないんだけど……何故今……!? このタイミングだったの……!?)
常人シオには縁者の事はよくわからない。
今までだって一緒に長く活動してきたのだから、もっとふさわしいタイミングがあったのではないか?
何故、思い人が瀕死でおにぎりを食べているときにキスをするのか。
しかもファーストキスである。
どう考えても特殊な癖があるとしか思えなかった。
(ミナコ……変態……?)
失礼な事を真面目に考え、返答と今後の付き合い方を考えていると不意に何かにぶつかった。
よろけながら前を確認すると、ミナコが立ち止まりその背中にぶつかったようだ。
「ごめん」
「別にいいよ。というか、着いた」
ミナコは変わらず明るい声でそう言って廃旅館を指さす。
枯れ木や葉が端に積もった使われていない駐車場と、その上に続く階段の先には二階建ての古びた木造建築の建物がある。
まだ運営されていたのなら、老舗という言葉が良く似合っていただろう。
そんな駐車場には一台の黒いバンが停車しており、今まさに一人の女性が何かを積み込んでいるところだった。
見覚えのある黒い服から彼女がこのエリアの担当縁者であることはすぐに理解できた。
「おーい」
ミナコはのんきに手を振りながら縁者へと近づいていく。
シオはその後ろをなるべく自分の姿を見せないように影に隠れながらついていった。
「こんにちは! 私は海原ミナコって言います」
「なんですか貴女……!?」
「八方塞縁者のお使いですよー」
「ああ、S階位の所の。……成程、確かに本物ですね」
縁者はミナコの影に隠れる灰色の髪を見て、自分と同じ立場の縁者であると理解すると警戒心を解いた。
「S階位縁者様が各エリアの観測データが欲しいとのことで、私とシオはこうしてせっせと歩いているわけです……いやぁ、大変だぁ!」
芝居がかった物言いに縁者は苦笑しながら、バンを指さす。
「それはご苦労な事で。だからこれを借りたいのでしょうが残念ですね。既にここにはもう一体、使用済みを積んでいるので。流石に使わせることはできませんよ」
「使用済み……?」
シオはその言葉に首を傾げるが、縁者は答える様子はない。
それどころか、声を上げたシオを一瞥する目は冷たく、まるで自分を道具として認識しているようだった為、彼女はもう一度ミナコの影に隠れる。
「観測データはお渡しします。紙とデータ、どっちがお望みですか?」
「んー、データかなぁ。あ、それとバンの中見せてよ」
「……ああ、状態の確認がしたいのですか」
一瞬怪訝な顔をした縁者だったがすぐに理解した様子で首肯した。
しかしミナコは笑顔のまま首を横に振る。
「違うよ。今、ドアが勝手に開いたから何があるのか気になっちゃってさ」
「は?」
指をさす方向には相変わらず黒いバンが停車している。
その扉が全て開き、バックドアもたった今ゆっくりと上がった。
「…………閉めたはず」
予想外の現象に困惑する縁者の耳に、潮騒と共にミナコの声が聞こえてきた。
「あれ最新式の機能だったりするの? 私、気になるなぁ。シオ、見に行こうよ」
「え? あ、うん」
「待ってください、貴女はともかく的井シオだけは――」
慌てて追いかけようとする縁者の足は、動かなかった。
まるで石像になったかのように一ミリたりとも動かない足を見れば、そこだけ深い泥のようなものがあり足を膝まで飲み込んでいる。
「っ、異縁存在……!?」
助けを求めようと顔を上げミナコの方を見たその時、目の前に在ったのはしわがれた老人の顔だった。
それは全身が水を抜かれ放置された田畑のようにひび割れ、その合間から泥水がごぽりと僅かに流れ出ている。
一見して腰が曲がった老人に見えるその異縁存在は、ボロボロと崩れ落ちていく手をゆっくり持ち上げて人差し指を立てた。
馬鹿でもわかる「静かにしろ」という合図だった。
(泥で模った老人……間違いなく、EN-134『泥わずらい』ですね。これは気温関係なく暦上の夏に集団で現れる異縁存在の筈。それなのに何故……?)
困惑する縁者の視界の端で、遂にミナコとシオがバンに到着したのが見えた。
同時に先ほどは混乱で見えなかった、車に付着した泥の跡が誰がドアを開けたのかを理解させる。
(この異縁存在が開けた? な、何故……? そもそも泥わずらいは田畑の手入れを怠った者へと戒めとして語られる伝承を窓にした異縁存在の筈。襲う対象も必ず田畑を持っている人間に限定される。それなのにどうして)
今まで培われたデータとは違う動きをする泥わずらいについて思考する縁者だったが、すぐにそれは悲鳴によってかき消された。
「ひぃっ! な、なにこれ――私……!?」
声に再びバンの方を見れば、シオが顔を青くして震えている。
考えるまでもなく、バンに積まれたソレ――使い終わった的井シオを見つけたのだろう。
「うわぁ、これはすごいなぁ」
対してミナコは笑顔のままバンの中を見てそう言った。
それからゆっくりと縁者の方へと振り返る。
その顔はそれが通常状態であるとでも言わんばかりに笑顔で、明らかに視界に入っている筈の泥わずらいなど見えていないかのようだ。
「どういうことか、きちんと説明して貰わなくちゃ」
まるで暗記した台詞をなぞるように、妙にはきはきとそしてわざとらしくミナコは告げる。
「……っ」
この時、縁者はようやく自分達の計画に何かが紛れ込んでいることに気が付いた。
『泥ですかぁ。私の鏡や窓とは相性が悪そうですが、針金でゴリ押し可能なので安心してください! 社といい泥といい、あいつは古臭い物が好きですねぇ』
『戦う想定をしてる? というか、シオちゃんの死体があるよ!? どういうことなの!? 双子ぉ!? シオちゃんって双子だったのぉ!?』
『キャッキャッ』
『どうして喜んでいるのぉ!?』