【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第147話 シオサイ

 自分に訪れる死が目の前に転がっている。

 バンの後部座席に積まれた機材の隙間に作られた細長い空間にそれは投げ出すように置かれていた。

 人一人を入れるには十分すぎるほどの大きさの特殊な布袋は、どういう訳か全て開けられている。引き摺ったのか、袋は泥でまみれていた。

 

「っ、う、わ、私だよね……!?」

 

 何度も鏡で見て飽き飽きした顔に、派遣職員になってから何度も馬鹿にされた灰色の髪。

 ただでさえ血色の悪かった肌は青くなり始めており、生き物の肌というよりはゴム質の何かに見えた。

 自分を細部まで再現した人形と言われた方がまだ理解が出来る。

 しかし、そんな都合の良い妄想を否定するようにバンに転がる自分は僅かに開かれた目でシオを反射していた。

 目に光はない。

 濁った水晶のような目が、ぼんやりとシオの輪郭だけを映しているのだ。

 

「ミナコ、これ――うぷっ……」

「ああ、ダメダメ勿体ないよー!」

「……っ!?」

 

 体の奥からせり上がってくるように湧き出たそれは、ミナコが無理やり口を押さえたことにより行き場を失う。

 鼻の奥がツンとする感覚と、鳩尾がひっくり返るような嫌な感触により口の外まで溢れかけたそれは再び胃の中へと戻っていった。

 

「せっかく私が作ったんだからさ」

「けほっ……だからって急に口を押さえないで……!」

「ごめんごめん。それよりもほら、あの縁者に何か聞きたいんじゃないの? 」

「そうだね……! どうして私が……!」

 

 ミナコの言葉に同調してシオは頷き、自身の死体から目を離す。

 しかしそれはまだ自分の方を見つめている気がして、彼女はミナコの傍に近寄った。

 彼女はそれを何も言わずに受け入れ、シオの耳元に顔を近づける。

 

「全部、あいつが知っているんだよ。早く問いたださなきゃ」

 

 ミナコの長く細い手が縁者の方を指差す。

 シオはその指先を伝うように視線を動かし、やがて縁者を見た。

 彼女は何故かこちらではなく自身の足元にたまった泥の山を見つめている。

 わざとらしく視線を外すその仕草から、後ろめたい事がある事は明白だった。

 

「どっ、どうして私の死体があるんですか、答えてください!」

「……それは」

 

 シオの叫びに近い問いかけに縁者はハッとしてようやくシオを見る。

 その目は何故かシオと同じように恐怖に満ちていた。

 

「あれは本物の死体でしょう!? ここで何をしているんですか、貴女はっ!」

「うっ、そ、その……ひっ」

 

 まるで子供が大人の機嫌を窺うように、縁者の姿は妙に小さく見えた。

 シオはその事に気が付き、思わず問い詰める言葉を止める。

 それから縁者の視線が自分ではなく、その隣に向いている事に気が付いた。

 

「……ミナコ?」

 

 不思議に思ったシオがそちらを見ようとしたその時、ミナコの両手が頬を優しく抑え込む。

 そして、両方の頬を抑えたまま視界の端から現れたミナコの青白い腕が再び縁者を指さした。

 

「あいつは誤魔化そうとしているよ。シオは知りたいんでしょ? このままじゃ、あいつ逃げちゃうかも」

「そうだった……」

「怖いんだよね。でも大丈夫、私がついているから」

「…………ありがとう」

「ん、いい子だ。頑張ろう」

 

 シオを落ち着かせる為だろう。

 ミナコはシオの頭を優しく撫でる。

 それと同時に頬に伝わる手の温度がとても頼もしくなり、シオは再び前を向く。

 何をすべきか示すように、ミナコの手は依然として縁者を指さしていた。

 

「答えてくださいっ、あの死体は……いいえ、そもそもこの街で何が起きているんですか!」

 

 

 

 

 

 

 シオの問いなど、既に縁者の脳には入ってきていない。

 

(だめだ、あれはだめだ)

 

 鼻を突き抜けるような濃い潮の香りに、脳髄へと染み込んでいくようなさざ波の音。

 目を閉じればまるで海の中心に立っているのではないかと錯覚してしまう。

 既に聴覚と嗅覚は彼女の手を離れた。

 

「答えてくださいっ!」

 

 必死に己を奮い立たせるシオの言葉も意味はない。

 何故なら、今縁者はシオの隣に立つモノに視線を合わせてしまったのだから。

 それは全長は十メートルを超える異形であった。

 

(あ、ぁ……)

 

 シオを愛でるように、あるいは道を示すようにそれぞれ動く四本の腕は、無数にある腕のうちの僅かなもなに過ぎない。

 バンを囲うように伸びる丸太のようなそれは、魚の尾によく似ていた。

 鯉のような灰色の鱗が何層にも重なり、陽に照らされぬらぬらと鈍い反射を繰り返す。

 人の手の甲が重なったような鱗は、その数だけ祈りを捧げられた事を示しているのだと縁者は何故か理解してしまった。

 

 その尾に繋がるのは、通常の人間より一回り大きな裸体の上半身だ。

 それも一つではない。

 無作為に切り取られたような上半身がいくつも繋がり、まるでムカデのような形を取っているのだ。

 

 長い上半身を支えるように足の代わりに伸びた腕は何本かの腕を繋ぎ合わせた物のようで、左右の関節の位置も曲がり方も違っている。

 

 上半身は人で、下半身は魚。

 であればそれは人魚と呼ぶべきだ。

 幸いと言うべきは、その上半身にぼろ布のような灰色の巨大な何かが被せてあり、その布の隙間から覗く腕や、青白くなった肌しか見えなかった事だ。

 頭部はもとより見る意味がない。

 何故ならそれは頭部を模したただの肉塊であり、人の頭部のように盛り上がった肌色に好き放題に伸びた黒髪が地面へと垂れ下がっているだけである。

 

(ぜったいに、さいしゅきゅう……すぐに、おうえんを)

 

 とそこまで考えて縁者は、ぼろ布の中から何かが自分を見つめている事に気が付いた。

 この肉体の持ち主の本当の眼が、こちらを視ているのだ。

 

「ほら、シオが聞いているよ」

「あ、ああ」

 

 さざ波の奥から響くような声に縁者は本能的に従う。

 何よりも恐ろしいのは、異形から響いている筈の声に妙な安心感がある事だった。

 母の子守唄のような安らぎが恐怖と混在し、より縁者の正常な思考能力を奪い去っていく。

 やがて縁者は深く考える事を止め、その異形の意向に従う事にした。

 いや、それはもう異形と呼ぶべきではない。

 間違いなくたった今から縁者にとっての神なのだから。

 

「わ、たしたちは、この街で異縁存在を創り出す実験をしています」

「実験……! やっぱり、そうだったんですね。皆の言う通りだったよ、ミナコ」

「そうだね。じゃあ何の実験だったのかな。聞いてみよう」

「うん。貴女達は何の実験をしていたのですか」

「……護国機構異縁存在の新たな疑似媒介体の生成です。AーE1のような偶発的なものではなく、理論に基づいた完璧な災主級異縁存在の使役。その為の実験場でした」

「……つまり凄い異縁存在を、操ろうとしたって事?」

「はい」

「なら、どうしてそれに私の死体が必要なの!? そもそもなんで私が二人もいるの!?」

 

 その問いかけに縁者は思わず口をつぐむ。

 何故ならばそれは縁理庁の現在の存在意義にも関わってくることだからだ。

 しかしそんな事も、大海からすれば知った事ではない。

 

「答えてあげてよ」

「護国機構異縁存在への後天的な人格の埋め込みに適した者と、その姉が必要だったのです。だから……、だ、から」

 

 言葉が止まる。

 それは縁者が望んだことではない。

 言葉を忘れてしまったように、思考が纏まらず声は出てもそれは意味をなさなくなっていた。

 

「……だから、何なんですか。答えてくださいよ!」

 

 シオは叫ぶ。

 彼女は気が付いているのだろうか。

 自身の死体を見つけたという割には、冷静さを残して問いかけることが出来ていると。

 おそらくは気が付いていない。

 この場の全てが、シオの隣にいるソレに支配されているのだ。

 

(わた、しは、まだ、しゃべれます。だから……みのがして)

 

 縁者は必死に口を開閉する。

 精神洗浄したばかりだった彼女の精神はもはや形を成していない。

 ただ生き残る一心で、彼女は言葉を紡いだ。

 

「派遣職員には知る権利は無いです」

(ち、がう……!)

 

 想定と違う言葉が口から飛び出し縁者は必死に首を横に振ろうとする。

 しかし体が自由に動くことはなかった。

 

 右手がひとりでに内ポケットをまさぐり、一丁の銃を取り出す。

 もしもの時を想定して用意された特別製の拳銃だった。

 

(いや、だ。いやだいやだいやだいやだ)

 

 駄々を捏ねる子供の様に彼女はソレを見つめる。

 視線にめいっぱいの懇願を込めたが届いている様子はない。

 自分の顎下に触れる硬い何かが離れる様子はなかった。

 

「ま、まさかそれで死ぬつもりですか!?」

「シオ、大変だ。彼女は秘密を守るために死ぬつもりだよ。急いで止めないと」

 

 縁者は答えない。

 というよりは答えられない。

 

「ま、待って――」

 

 彼女の幸運は二つ。

 一つはソレの目の前でシオを蔑ろにするような態度を取らなかった事。

 その場合、彼女は拍手の音と共に突如としてその場から姿を消していた可能性が高い。

 

「これ以上知りたければ勝手に探せば良いじゃないですか」

 

 引き金に指がかかる。

 

(いやだいやだいや――)

 

 そしてもう一つの幸運。

 それはS0-1の無力化の為にと用意したこの拳銃に殺傷能力が無かった事だ。

 言い訳のように残された最後の良心が、奇しくもここで彼女自身の命を救う事になる。

 

「あっ」

 

 シオが駆け付けるよりも早く引き金が引かれ、銃口から電気が迸るとともに縁者の意識は暗闇に堕ちていった。

 際限ない闇に堕ちる最中、縁者は確かに耳にする。

 

『君、いいね!』

 

 無邪気な声は何故か縁者を深く安堵させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ミナコちゃんがシンプル日本怪物になっちゃった……!』

『相当今回のコンテンツで張り切ってますねぇ。まさかあの姿を見せるとは』

『…………あの、ちなみにソラにもああいうのがあったり?』

『^^』

 

 

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