【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第149話 トモダチ

「オッケー、だいたいわかったよありがとう」

 

 ミナコの目の前で縁者が意識を失い再び倒れる。

 それを見下ろす彼女の眼には既に興味はなく、次の瞬間には廃旅館へと視線は向いていた。

 

「中々に使えたから守っておいて。こいつは良い人間だ」

 

 独善的に宣言したミナコの足元から泥が湧き、瞬く間に人の姿を取る。

 腰の曲がった老人のような泥人形は、縁者の傍に座り込み見守り始めたようだ。

 

「じゃ、よろしくー」

 

 ミナコは軽い口調と足取りで廃旅館へと向かった。

 

「まさか私を完全に操ろうだなんて、面白いね人間は。エイちゃんで勘違いしちゃったのかな?」

 

 旅館の奥まで響くような声で、ミナコは語り掛けるように一人話す。

 体躯の大きな彼女が踏みこむたびに床が大きく軋む音を立てる。

 どこにシオがいるのかは割れた窓から流れ込んできた潮風が教えてくれた。

 

「人間一人を疑似媒介体とするんじゃなくて、大きなシステムとして疑似媒介体を制作するってアイデアは良いね。本来、澱語も深母構文も個人で唱えて良い代物じゃないから。少しは進歩したじゃん、人間!」

 

 ぱちぱちと拍手をしながらミナコは階段を昇る。

 そしてすぐ目の前の開け放たれた部屋へと入っていった。

 長い間風にさらされ、端が腐りささくれだった畳の上にはテーブルとノートパソコンが置いてある。 

 ここから海を観測していたのだろう。

 

「お、いたいた」

 

 パソコンの前には、座り込んだまま動く様子の無いシオの姿があった。

 

「おーい、どうしたの」

 

 ミナコは笑顔のまま近寄り、シオの前にあるPCの画面へと目をやる。

 どうやら縁者の制作した申請書のようだ。

 その内容は丁度先程本人から聞いたものと一致している。

 

「ああ、やっぱり読んだんだ」

「…………私、偽物だった」

「みたいだねぇ」

「的井シオじゃなくて、この記憶も嘘で……沢山いる的井シオの一人だったんだ……妹に命を捧げる為だけに、私は……は、ははは……」

「大丈夫? おーい」

 

 手を振るミナコにまともに返事をすることが出来ないまま、シオは嘆くように笑う。

 

「どうしよう、なんか、わからなくなっちゃった……」

「そっか。でもここで座ってても仕方ないから、とりあえずこの資料を持って皆に合流しよう?」

「そ、そうかな……それがいいのかな……」

 

 自分を全て否定された者の心情はもはや理解が出来るものではない。

 泣く訳でもなく怒る訳でもない。

 シオはよくわからない感情のまま、ようやくミナコへと視線を向けた。

 

 そして、気が付く。

 

「……待って」

 

 ニッコリと笑いこちらを覗きこんでいるミナコに、シオは呆然と問い掛けた。

 

「じゃあ、ミナコは何……?」

 

 沈黙を塗りつぶすように廃旅館内をゆっくりと潮騒が満たしていく。

 まるでこの建物が海に沈み始めているかのようだ。

 

「ああ、気が付いちゃったか」

 

 言い訳をするでもなく、まるで小さな嘘がばれたかのようにミナコが浮かべるのはいつもの笑顔。

 学生時代によく目にし、そして派遣職員となってからも幾度となく自分を安堵させたあの笑顔だ。

 そんな過去、無いと言うのに。

 

「っ、ひ」

 

 ひきつった悲鳴と共にシオは咄嗟に立ち上がろうとして失敗する。

 畳の僅かな凹みに足を取られた彼女は無様に転び、そのまま四つん這いで逃げ出した。

 

「うーん、もう少し後でも良かったんだけど……実はこっちももう待ちきれないんだよねぇ。あんなに空に自慢げに見せつけられちゃあさ」

 

 ミナコはそれを目で追う。

 まるで絶対に自分からは逃れられないとわかっているように、今まさに押し入れの中に入り込んだシオを放置していた。

 

「そこ、逃げ場がなくなってむしろ悪手じゃない?」

 

 スキップで畳を軋ませながら近づいたミナコは、押し入れの前で停止すると一気に下の段を覗き込んだ。

 中では膝を抱えたシオが絶望した表情で固まっている。

 

「……ぁ、ひぁっ、や、やめて……!」

「いやいや何もしないって。出て来てよ」

 

 ミナコは屈み手を差し出すが、シオは握らない。

 出来るだけミナコから離れるように端によったまま、彼女は震える声で問いかけた。

 

「あ、貴女は何……?」

「貴女の友達だよ」

「私は的井シオじゃない……。そこに書いてあった。全部作り物だって。それも意味わかんないし最悪なんだけど、今、もっと怖いのは……ミナコだ」

 

 申請書を見たシオが初めに抱いた感想は衝撃だった。

 突如、自身の存在を否定され、自分が的井シオではないと決定づけられたのだから当然とも言える。

 

 しかしそれよりも学生時代から自分と知り合いであるという海原ミナコは何者なのだろう。

 ずっと自分の友人として振る舞い、そして自分もそれを受け入れていた。

 自分が的井シオでないのならば、異常である。

 

「縁理庁のやりたい事は理解できた。でも、ミナコはわからない。貴女は何をしたいの……!?」

「怖がらせるつもりはなかったんだよー。こうなっちゃうから、ゆっくり自分の正体に気が付いて貰って、その後で私の正体を優しく教えようと思ったんだ」

「う、嘘だ」

「嘘じゃないよ。だって、その気になればいつでも殺せたし。本当に君に害を与えるのなら、とっくの昔に君は海の底でお魚さんのエサだよ。違う?」

 

 言葉には明るさとは正反対の圧があった。

 怖ろしいまでに傲慢な態度は人間とは到底思えない。

 

「じゃあどうして……」

「友達になりたいんだよ、君と」

「……え?」

 

 ミナコは依然として手を差し出したままだ。

 彼女はまっすぐな瞳でシオを見つめ続けている。

 

「君が気に入ったんだ。だからお友達になりたい。そのためにこの任務中守ってたんだよね。つまり味方だ」

 

 本来であれば信じる事など出来ないだろう。

 逃げ場を失ったこの状況と未だに正体は不明の相手。

 しかし耳元で流れる穏やかな潮騒が、心の中にあって然るべき警戒心を優しく解き、ミナコへの信頼を急激に膨らませていく。

 

「私を信じてみない? 貴女を本当の的井シオにしてあげる。派遣職員でもなければ消耗品でもない。自由に生きることが出来るようにしてあげるよ」

「……そんな、私に都合がよすぎるよ」

「友達の為に何かをするのに、都合が良いとか関係ないでしょ? 私、シオの事をもっと見ていたいんだよね」

 

 変わらず伸ばされている手は、先ほどまでとは違い頼もしく見える。

 正体不明の存在が自分を助けるという根拠のない言葉が、今はどうしても本当の事を言っているようにしか聞こえない。

 目の前の彼女は信頼できると、シオは当然のように思った。

 

「わ、わかった……」

 

 未だに体は震えている。

 本能だけは正体を理解し恐れているのだろうか。

 しかしどうであれ、シオがミナコの手を取った事は事実だ。

 

「……あは、やっぱりシオは可愛いねぇ」

 

  まとわりつくような声色で向けられた言葉も、今は何故だが安心できる気がした。

 ミナコは手を取ったシオを押し入れから出して、黒い海を一瞥する。

 その顔にはいつもとは違う挑発的な笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 陽の家が緩やかではあるが崩壊を始めたのは、間違いなくシヲの精神が由来だからだろう。

 

「――え、何あれ」

 

 祝詞のようなものを唱えた後、シヲは最初こそ無邪気ににこにこ笑っていた。

 が、少し前からその表情に陰りを見せ、今は怒りに眉を吊り上げている。

 

「……どうかしたの?」

「…………お姉ちゃんを取ろうとしてる奴がいる」

 

 苛立ちを隠せない様子で、シヲはそう告げる。

 そして机を大きく叩いて何者かへと向けて叫んだ。

 

「お姉ちゃんは私のだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【緊急速報】

文書番号:EMG-7779-00

発信時刻:15:08:17

発信者:第6造海観測基地

 

シオマネキの封応値が急上昇。計測上限値を突破し、現在測定不能。

擬似遷海内部にて黒色海域の拡大を確認。海面中央に直径約二百メートルの渦状構造が形成されつつある。

 

渦の回転に伴い、EN-Ψ-7779-JPとの共鳴率が異常増加。原因不明。

現時点で人的被害は未確認。

全職員へ第一種警戒態勢を発令。S階位への緊急連絡を要請する。 

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