【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第150話 チョウハツ

 カリンの声にノイズが混じり、香り高い筈の紅茶に磯臭さが混じる。

 遠くに聞こえる小鳥のさえずりは岩礁に波が打ち付ける音にかき消され、窓を潮風が激しく打ち付けていた。

 

 陽の家が急速に海その物に書き換えられていく光景は、セナノからすれば悪夢でしかない。

 

「シヲ、落ち着いて!」

「落ち着けない! お姉ちゃんがいなくなっちゃう! 会えなくなっちゃうよ!」

 

 シヲは病衣にこぼれた紅茶に見向きもせず、叫ぶ。

 その間も世界は揺れ続け、迷宮そのものの強度が失われつつあった。

 

(これ以上刺激するのは危険すぎるわ。一体、外で何が起きているの……!?)

 

 核心に近い情報を得る機会だったが、それどころではない。

 黒海を支配する少女の神経を逆なでする存在がどこかにいるのだ。

 潮哭ノ巫女と間違われるほどの強力な力を持ったそれが感情のままに暴れればどうなるかなど、明白である。

 

(師匠がちょっかいを掛けたとか? いや、でもこの子はお姉ちゃんが盗られるって……まさか)

 

 脳裏に一人の快活な少女モドキが浮かぶ。

 本来この程度の事件なら鼻歌と共に無かった事に出来るだけの力を持った災主級が、シオの傍にいるではないか。

 

(このタイミングで潮哭ノ巫女として喧嘩を売ったの!? なんてことをしてくれたのよ!)

 

 セナノの予想は当たっていた。

 ミナコがわざとシヲに感知できるように、挑発をしているのだ。

 それを耐えられる程、精神が成熟しているわけがないと確信があっての行動であった。

 

「許さない」

 

 かくしてミナコの狙い通り、シヲはセナノの目の前でその決断をした。

 

「あいつは殺す」

 

 ぐらりと世界が揺れる。

 瞬間、椅子に座っていた筈のシヲはぱしゃりと水になって消え失せた。

 

『ここで少し待っててね。アレを始末してお姉ちゃんを助けるから』

「シヲ、待って頂戴!」

 

 セナノの願いが聞き届けられるわけがない。

 陽の家を形成していたものが崩壊し続ける世界で、彼女は一人残された。

 

「……どうしましょう、この状況」

 

 打開策を考える為、セナノは深呼吸をして思考の海に潜る。

 

 その間も、黒海は荒れやがてその潮騒をけたたましく辺り一帯へと響かせていた。

 

 

 

 

 

 

 メゾンドハッカイの駐車場に作成された特設の観測所では今、縁者達が慌ただしく動いている。

 

「何が起きているか説明してください」

『シオマネキの封応値が規定値を大幅に上回っています! 深母構文の生成速度が理論値限界まで引き上げられ、半径80キロ範囲全てに発信されている模様! このままでは……30分後に辺りの異縁存在がすべてこの街に集まってきます! シオマネキの遷海の許容量を大きく超えてしまいます!』

『第4、第7観測所からの返答がありません! 既にその付近では何かが起きているのか……!?』

 

 無線機越しに届く慌てふためいた声の背後では、アラートがけたたましくなっている。

 それは無線機から耳を遠ざけた後も、自分の足元から聞こえた。

 黒服は屋上に立ち、自らの眼で海を眺めている。

 傍では数人の職員と縁者が観測気球を飛ばす準備を進めていたところであった。

 

「やはりイレギュラーが発生しましたか……空との接触を断つだけでは意味がなかったようですね」

「副主任、一応、観測気球を飛ばす準備は終わりましたが、このような事態になってしまっては……」

「そうですね。気球を上げるのは一度、待ってください。これを目印にここに来られては困ります。目視観測を継続しましょう。しかし、暴走したアレを我々が見るのは推奨しません。派遣職員を使いなさい」

「はい」

「私は一度、前線観測所に降ります」

 

 黒服はそう言って屋上から軽く身を投げ出した。

 彼のスーツ内に刻まれていた身体保護構文が起動し、地面に衝突する直前でふわりと体が浮かび、そっと着地する。

 

 彼の姿を見た他職員や縁者は、縋り付くような視線を向ける者や気が付くことなく状況を縁理庁へと報告している者など様々だ。

 無理もないだろう。この実験の失敗は死を意味しているのだから。

 それも自分一人の死ではない。多くの人々を巻き込んだ大規模な災害だ。

 

「このためにS階位を三人も用意したのです。駒は上手く使わないといけない」

「誰が駒だって?」

「おや、来てくれたのなら話は早いですね」

 

 背後から聞こえた声に振り返ると、そこには白い箱を被った八子がいた。

 無機質な箱で覆われているというのに、彼女からは黒服への嫌悪感が漏れ出ている。

 

「ご存知でしょうが、あの異縁存在が異常行動を始めました。早急に対処しなければいけません」

 

 ついてくるようにとアイコンタクトをして黒服はテントへと向かう。

 八子は苛立ちと共に足音を鳴らしながら、その後を追った。

 

「アレが何なのかさっさと教えてよ。どうせ知ってるんでしょ? 早くしないと取り返しのつかない事になるって」

「さあ、私達は何とも。あれは潮哭ノ巫女によく似た異縁存在というのが我々の見解ですが」

「この期に及んでしらばっくれるか。お前、後で部屋を用意してあげるよ」

「最近引っ越したばかりなので結構です」

 

 平然と言い放った黒服はテント内のモニターに映された映像を見る。

 三方向を山に囲まれた自然の要塞のような作りのこの街を人工衛星でリアルタイムに観測しているのだ。

 

「スキャン結果は」

「今出します」

 

 返答と共にモニターの映像が切り替わり、青々とした山や黒い海は全て線のみで表示される。

 山の形なども反映した3Dモデルのような映像の中には、おびただしい数の赤い丸が次々と発生していた。

 それが何か理解している黒服は一瞬顔を顰めたが、すぐに真顔に戻り八子へとそのモニターを指さす。

 

「あの異縁存在が発生させる謎の音波により、辺りの異縁存在が全てここに向かっています。数はざっと見て……50でしょうか」

「おいおい、夜神楽はまだ先でしょ。随分と気合の入ったデモンストレーションだね」

「そうだったらどれだけ良かったか。あの異縁存在はこうして周囲の異縁存在を呼び寄せ吸収するつもりなのでしょう。奴に餌を与えてはいけません。早速S階位様のお仕事ですよ」

「わかってるよ。既に東園ネネは北の山で異縁存在とやりあってる。この騒ぎに気が付いたというよりは、元々居たからやり合っていたっぽいけど、丁度いいでしょ。そのまま守らせるよ。私達も1階から6階までを南と東に派遣してる」

「流石コモリバコですね。数で勝る者はいないでしょう」

「今更お世辞を言ってご機嫌取りのつもり? いいからさっさとお前らも縁者を南と東に派遣して。私達は生物にはめっぽう強いけど、無機物は苦手だから。うち漏らしはお前達が処分してよ」

 

 あれだけ自分達を馬鹿にしてきた連中と馴れ合うつもりはない。

 八子は「何かあったら無線で呼んで」と言い残してさっさとその場を去ってしまう。

 その背中を追う事も出来たが、そんな必要はない。

 八方塞は既に十分すぎる仕事をしたのだから。

 

「後は三鎌縁者ですか」

 

 黒服は手元の端末で、彼女の監視をしている部隊へと連絡を取ろうとする。

 間もなく疲れ切った男の声が返って来た。

 

『こちら鏑矢』

「状況は理解しているな? 三鎌をシオマネキの周囲に集まって来た異縁存在の処理に回せ」

『…………はい、わかりました』

 

 少しの沈黙と波の音の後、鏑矢は淡々と答える。

 通信は僅か十秒程度で終わった。

 焦りも無くただ仕事をこなす鏑矢の姿勢は、今は非常に好ましい。

 普段は上司である筈の自分への愛想すら無いが、こういう事態においては使える部下であった。

 

「さて」

 

 次の手を考えるために黒服は再びモニターへと視線を移し、絶句した。

 地図に表示されている赤い点が、先ほどの倍以上に増しているのである。

 

「なんだこれは……!? 異縁存在を呼ぶのではなく生み出しているとしか考えられない!」

 

 深母構文を使い、周囲の異縁存在を呼び込むのがシオマネキの力だ。

 故に元々いた異縁存在にしか効果はない。

 だというのに今、地図上には百を超える異縁存在の反応がある。

 

「一体、何が起きている……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は今はノータッチですから、勘違いしないでくださいね』

『ははは、嫌だなぁ。勘違いなんてする訳ないじゃないっすか』

『^^』

『すんません……してました……』

 

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