【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
自分は何者であったのか、今のシオにはわからない。
派遣職員という立場から恐らくは碌な人間ではなかったのだろう。
偽りの記憶に仮初の立場。
故にシオはどんなことがあろうともミナコの手を離すわけにはいかなかった。
彼女だけが、今シオを個人として認識しているからである。
「ふふふふ……! 予想通り、挑発に乗って来たー!」
「ちょ、挑発……?」
旅館の窓から眺める景色は黒に染まり始めていた。
急激に水位を上昇させた黒い海が辺りを飲み込んでいるのである。
それは津波というよりは、意思を持った怪物が這い出しているように見えた。
「これから真の相棒になれるね」
「そ、そうなの?」
外に見える光景があまりにもおぞましく、シオは一歩下がろうとする。
しかしミナコはそれを許さなかった。
予想していたように回り込み、彼女の手を握る。
「緊張しているのかな? 大丈夫だよ、私は大地のように体に根を張らないし、空のように心を透かさない。私は一番安心安全な海なんだから! おにぎりも美味しかったでしょ?」
「大地と空……? ね、ねえミナコって何者なの?」
「察しが良いなら気が付くと思うんだけど……もしかして気が付いているけど現実を見ないようにしているのかな? それも良し!」
ミナコはシオの手を引き窓枠に足を掛けると、そのまま力いっぱい外へと飛び出した。当然シオもそれに引っ張られる形になり、外へと落下を始める。
「行くよ相棒!」
落下途中でミナコは廃旅館の壁を蹴り、一気に海へと跳躍した。
「うわぁぁぁぁぁ!?」
悲鳴を上げるシオは、そのまま木々の間をすり抜けるように落ち、岩礁へと到着する。
途中の浮遊感と枝が顔を叩く感触に彼女の精神はもう疲弊しきっていた。
「う、うぇっ……ここどこ」
揺れる視界に眼を回しながらシオは顔を上げる。
先程まで自分達がいた廃旅館は随分と遠くに見えた。
他に見えるのものは青い海と青い空。
そして、それを飲み込もうとしている黒い海だけである。
「シオ、大変だ。君が自分の正体を知ったせいであの黒い奴が君を始末しにきたみたい!」
「え……!? で、でもあの報告書の内容から察するにアレって妹のシヲなんだよね!? じゃあ話し合いとかで」
「無駄だよ。元はシヲだったモノでしかないんだ。考えてみて。本当にまともならお姉ちゃんをストックして消費しないでしょ」
「それはそうだけど……!」
急かそうとしている、シオはそう感じて踏みとどまる。
ここでミナコの口車に乗って倒すことは可能だ。
けれど、彼女がそれを認める事など出来ない。
「人殺しはまずいよ……しかも妹だし……」
「ここまで来て常識に囚われるかぁ。君、生粋の一般人だなぁ。ごらんよこの有様を! 大変だ! このままだとこの街は全てあの波に飲み込まれてしまう!」
ミナコは両手を広げ、現実をシオに見せつける。
今まさに岸壁を乗り越えた黒い海は街へと侵食を始めていた。
「急いであいつを止めないと皆死ぬよ!? いいの!?」
「う、で、でもシヲが……あ、ああ」
「シオ、私を信じて! ほら、早く妹を殺さないと皆を君が殺したことになってしまうよ! ホントのホントに大変だぁ!」
「は、はわ」
妹と人命を天秤にかけるような二択をわざと迫り、ミナコはご満悦であった。
シオは黒い海と街を交互に見て、大量の汗を流しながら青い顔でブツブツと呟いている。
「早く決めないと! 君が妹を殺すんだ! 君には私だけいればいいでしょ!」
「え、あ、ああぁ――ぁ」
ミナコに迫られ、遂にシオの思考はパンクした。
その結果は、ミナコが想像していた自分への単純な依存からは逸脱したものになる。
「私は的井シオなんだよね?」
シオはミナコに縋りつき、子供の様に見上げる。
その目は既に狂気に落ちていた。
「だったら、あの子は殺さないよ。そっちの方が――より本物じゃん! 本物らしくしなくちゃ、私が私じゃなくなっちゃうよ!」
自身の存在を根底から覆す事実とミナコの存在は、到底ただの人間に許容できる訳がない。
端的に言って、今のシオは壊れてしまっていた。
彼女に残された最後の道しるべこそ『的井シオ』という存在なのである。
「……やっぱりシオはいいねぇ!」
そんな彼女の姿が予想外だったのか一瞬、キョトンとしたミナコだったがすぐに笑顔になりサムズアップをした。
「貴女、私を本物の的井シオにしてくれるんだよね? ね? 今更、嘘だなんて言わないでしょ?」
全ての行動指針は、的井シオであるかどうかに収束する。
「的井シオは妹を殺さないし、余計な人死にも出さない! それが的井シオなんだよ。わかるよね? それが本物だもんね!?」
「良い……!」
目の前で人間が壊れる様を目撃したミナコは感慨に耽る。
自分の想像以上に好みの人格へと昇華した彼女を見ていると、思わずこのまま深海に引きずり込んでしまいそうになる。
「ねえミナコ、どうにかできないの!?」
「出来るよ。それがシオの望みなら」
ミナコは海を指さし、ニッと笑って得意げに告げる。
「シオ。それじゃあ『口』と『穴』と『刀』と『船』から選んで」
「怖い選択肢出てきた……おすすめは?」
「口」
「じゃあ、その口で……」
「わかったよ、まさか一番派手なのを選ぶなんて。シオもわかってるね!」
「いやそっちがおすすめって「シオ、少しの間息を止めていて」……え?」
突如、ぴたりと潮騒が全て止んだ。
それどころか風の音も木々のざわめきも停止している。
「ごぽっ!?」
それが自分が海に沈んだからだと理解したのは、突然の息苦しさを感じたからだった。
「がぼがぼがぼっ!?」
『ああ、息を止めてよシオ。大丈夫だから』
どこからかミナコの声が聞こえるが、姿は見当たらない。
辺りを見渡すが、見えるのは揺らめく海藻と魚のみ。
自分はいつの間にか光がかろうじて届くほどの深い海に沈んでしまったらしい。
『さあ、私のさざ波に耳を澄ませて、身体を委ねて』
声に従いシオは聴覚に集中するために目をぎゅっと閉じる。
すると、すぐにさざ波の音が聞こえてきた。
白い砂を撫でるように寄せては引いてを繰り返す波の音だ。
『そう……いいよ。それじゃあ本家本元を見せてあげるんだ。あの言葉はこうやって使う』
脳裏に不思議とどうすれば良いのかが浮かんでくる。
懐かしいとすら感じるその言葉を、シオは海の中であるにも関わらず平然と唱えた。
「『さざ ゆら とほ くぐ まほら あまはら みそぎ な めよ』」
これは本来、自然としてこの世界に満ちる物に自身を繋げ命じるための原初の言葉の一つ。
深母構文と人が呼ぶそれの、始まりの言葉だった。
それが今、数百年の時を経て巫女と共に海に捧げられたのである。
条件はここに全て揃った。
『久しぶりの大暴れだ。やるぞー!』
快活な声と共に海流が動きを変え、海溝が主に従い動き出す。
海の大規模な変動は、海底に無限に奥へと続く穴を作り出した。
それは、海が飲み込んだものをしまい込んでいる領域へと繋がる大穴である。
『出所だ――
この日、人類への脅威は空だけではなくなった。
■
森の中で異縁存在を片っ端から喰らっていたのは、それが手っ取り早いからだった。
「やはりこの手に限るな」
考えるよりも先に辺りの異縁存在を全て処理すれば黒い海も止まるのでは? という至極脳筋な考えからネネは一つの山を全て支配下に置き、異縁存在を片っ端から捕食し続けていた。
単独行動を始めてから二時間ほどで彼女が処理した異縁存在の数、60。
中には作戦を立ててから望むべき個体もいたというのに、ネネは止まらなかった。
事実彼女は無傷であり、森の中をまるで慣れているように走り回っている。
「次」
カミキリを異縁存在に叩きつけた瞬間、捕食が開始され存在ごと消え失せる。
そして次を求めるように棒に浮かび上がった大量の口が歯をカチカチと鳴らした。
「久しぶりの食べ放題だからな。ここで食べて夜神楽に備えねば――ッ!?」
初めてネネが警戒で足を止める。
辺りに異縁存在はいない。
しかし彼女は確かに感知した。
「災主級か?」
ネネは跳躍し、木の上に立つ。
そして気配のする海側へと視線をやった。
「おぉ……!」
木々の向こうから見える湾口よりもさらに先。
水平線の向こうから巨大な何かが急速で接近している。
「100……いや、200メートルはあるか?」
それを見て心を躍らせるネネの手の中では、カミキリが激しく反応して震えていた。
いつもの餌の催促ではない。言うなれば、同族と出会えたことへの歓喜だろうか。
「お前と同じく喰らう者か」
カチカチと歯を鳴らす自身の相棒を肩に担ぎ、ネネは海より来るそれを眺める。
黒い海に真っ向からぶつかろうとしているその光景はまるで神話の様であった。
■ 異縁存在記録ファイル
文書番号:EN-Ψ-6218-JP
異縁存在名:海喰尊(うみはみのみこと)
別名:海喰い様/沖喰い
危険階級:準災主級
分類:神格系/海洋災害型/信仰派生型
封縁状態:消滅確認(遷海処理済)/残留因子監視継続
■ 概要
海喰尊は、数百年前に沿岸部一帯を襲った順災主級異縁存在であり、記録上最古の「海そのものを捕食する存在」である。
当時の記録によれば、海岸線が数日に渡って後退し、魚類・海獣・船舶・沿岸集落が丸ごと消失する異常現象が発生。その後、海上へ出現した全長200メートルを超える巨大異形が目撃された。
最終的に、当時存在していた潮哭ノ巫女の疑似媒介体によって大規模な遷海が実施され、海喰尊は海域ごと異界へ引きずり込まれ消滅したとされる。
この事例は現在確認されている災主級討伐事例の中でも極めて稀な成功例である。
■外観、視覚的特徴
・推定全長:二三六メートル
・推定体重:不明。
アンコウと鰐を融合させたような外観を有する。
頭部は巨大なアンコウそのものであり、発光器官に酷似した器官を持つ。一方、胴体以降は黒色の鱗に覆われた爬虫類のような構造であり、六本の鰭状肢と異常に発達した尾を備えていた。
口は胸部まで裂け、内部には人間の腕類似した器官が多数確認されているが用途は不明である。
眼球は存在せず、頭部全体に無数の裂傷状感覚器が分布している。
■ 民俗的背景
古文書『
また、複数の沿岸集落には、「海へ死者を流せば沖食いは眠る」という共通した民俗信仰が確認されていた。
一部研究者は、これらの儀式が逆に海喰尊を維持する信仰であった可能性を指摘しているが、現在は倫理委員会によりこれら儀式への調査は硬く禁止されている。
■ 現地異縁存在発生経緯
発生日/時刻:西暦15██年 不明
発生場所:東方沿岸海域
他記録消失。潮哭ノ巫女のみ確認。
・経過記録
『不明』 海域の消失開始。
『不明』 海喰尊が顕現。
『不明」 潮哭ノ巫女が遷海を実施。
『不明』 海喰尊消滅。
・ 結果・被害
推定死亡者数:約二万三千名。
消失集落:集計不可。
■庁内分析
海喰尊は「海を捕食する海」という自己循環型神格異縁存在である可能性が高い。
その構造上、通常の封縁手段では対処不能であり、潮哭ノ巫女による遷海のみが唯一の有効手段であった。
また、海喰尊の死骸・残留因子は現在に至るまで一切発見されていない。
■民俗班所見
海喰尊が討伐されたにも関わらず、沿岸部には現在も「海が腹を空かせる」という表現が残されている。
一部民俗班は、海喰尊の存在が完全には消滅しておらず、概念的残響として海に残留している可能性を指摘する。
■ 補遺
縁理庁発足前の異縁存在であるため、資料は存在せずそもそも当異縁存在がいるのかも怪しい。
複数の異縁存在による人間の襲撃、あるいは短期間で各所に発生した夜神楽を一つの怪物として記録した可能性もある為、いると断定するのは危険である。
いると断定すればそれは事実となり、我々の記録自体が窓となってしまう為、この異縁存在のコードは永久欠番とし閲覧には特異クリアランスを必要とするべきと進言する。
すみません……楽しくって、ついうっかりまたSCP文章いっぱい書いちゃいました……
エイとシオが何でもするので許してください……