【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
多くの生態系を内包し、時には恵みを時には災いを人々にもたらしてきた海。
それは決して人の手に収まるようなものではなく、その壮大さは何物とも比較すらできないだろう。
そんな大海は今、一体の異縁存在に怯えるように静まり返っていた。
『――』
波が立ち、上がる飛沫に混じってガラガラと音が響く。
発声器官の代わりに体表に縦に走る溝を震わせ、吠えているのだ。
シロナガスクジラの腹部のように縦にいくつも走る溝は裂傷状感覚器と呼ばれ、この異縁存在にのみ存在する特殊な感覚器である。
海の中には似つかわしくない程にガラガラと乾いた音が響く度、海はより一層静けさを増し、生き物の気配は消え失せた。
この異縁存在の前では、海その物が捕食対象でしかないのだ。
――海喰尊。かつて海を畏怖で支配していた荒神とも呼ぶべき存在である。
『――――』
裂傷状感覚器が潮流に混じる僅かな穢れを察知し、上質な餌を発見した海喰尊の行動はいたって単純だった。
全ては食事の為。
管理下に置かれまともな食事が出来ていなかった海喰尊はその穢れへ向けて一心不乱に巨大な尾を振るい進む。
それはどうやら元々は海の生物ではないようで、海喰尊が出てきた今も隠れる様子はない。
異縁存在と言えども、海で生きるものならば海喰尊からは身を隠さなければならない筈が、それはむしろ自身の生息領域を広げるように海へと黒い穢れを伸ばし始めた。
『――――』
海喰尊が出現して僅か10分。
それらは互いを認識していた。
片や目覚めたばかりで目に映るもの全てを餌と捉える太古の海王――海喰尊。
片や縁理庁が秘密裏に制作した現状最高傑作である潮哭ノ巫女の疑似媒介体――シオマネキ。
両者は互いを自分に遥か劣った敵であると傲慢に認識し、そして湾口の境で衝突した。
「う、うえぇぇぇぇ!?」
「いけえええええ!」
――なお、海喰尊は背中に少女を二人乗せた状態である。
「なにこれなにこれなにこれなにこれ!?」
「沖喰い」
「知らない名前で返さないで!」
「海喰い様」
「わざとやってる!? ミナコ、わざとやって――きゃぁ!?」
「危ないよシオ。はしゃぐのは良いけど気を付けなくちゃ」
海喰尊の巨体は黒い海に衝突した瞬間に意外にも簡単に揺らいだ。
実体を持たない黒い海が潮流そのものとなり、海喰尊を押し流したのである。
体を横向きにされた海喰尊が再び顔を前に向けたとき、そこには既に高さ30メートルを超える大波が迫っていた。
いくつもの異縁存在を吸収した、人工遷海の入り口である。
「やばいやばいやばいやばい! ミナコ、あれ駄目だよ! 私たちまで呑まれちゃう!」
「平気平気! 沖喰いは無駄に強いから! この私を相手に三日も戦えたんだから強さは保証するよ!」
「三日ってどうなのかわかんなーい! そもそもミナコの強さが不明でしょー!?」
「その気になれば五分で人類滅ぼせるよ」
「冗談言ってる場合じゃないって! って、来た来た来た来た! 波が来たぁ!」
恐怖にパニックになったシオはミナコにしがみつき、目に涙を溜めて助けを乞う。
別に避難も対処も出来たミナコだったが、そうしなかったのはこれを堪能するためであった。
「今度の巫女はいいね! 後で溺死寸前まで海水に浸けてみて良い?」
「ひぇ……」
「嘘嘘、流石にしないよ」
そう誤魔化す彼女の目は笑っていない。
くだらないやり取りの間にも波は迫っており、それに対して海喰尊が行ったことは至って単純。
ただ、立ち上がっただけだった。
泳ぐために流線型にしていた体を持ち上げただけで、海面から200メートルの壁となる。
その前にはたかだか30メートルの波など、遊びに等しい。
「この子背びれが無いから、鱗の隙間に腕をぐっと入れてねー」
「入ると思う!?」
「だから私がこうして抱きしめてあげているんだよ」
「それは……そっか、ありがと」
「うん!」
片腕を背中に突き刺し宙に浮いた状態のミナコは、シオをもう片方の手で抱き寄せつつ涼しい顔で水面を見ている。
視線の先では今まさに黒い波が打ち砕かれるところであった。
岩に衝突した波のように飛沫となり四散した黒い海は、しかし再び荒立ち始め自身で周囲の海を侵食していく。
その光景を見て、シオは無意識の内に気が付いた。
「怒ってる……?」
「そりゃこうして抱きしめられている所を見たら妹ちゃん怒るでしょ」
「えっ、マズイじゃん!」
「じゃあ離す?」
「それはもっと嫌!」
生存本能からシオはミナコにしがみつく。
それを見せつけながらドヤ顔で見下ろす黒い海には大量の渦が出来始めていた。
「成程。遷海を作ったのなら確かに、吐き出すことも可能だね」
渦からは大小さまざまな異縁存在が次々と吐き出され、黒い海に従うように海喰尊へと敵意を向ける。
ある個体は呪いを、またある個体は伝承に残る鋭利な牙を武器に次々と海喰尊に襲い掛かっていった。
「個じゃ無理と判断して数で来るのは悪くない。でも、遷海は厳選しなきゃ。何でもかんでも突っ込むとか、
「界花……?」
「混ぜるのが得意な同僚がいるんだよ。私は素材の味を生かすタイプだから、こうしてそのまま使うけどね。機会があったら紹介してあげる」
巨大な怪物の足元に波と共に迫る異形。
それはまるで地獄のような光景なのだが、ミナコは平然と会話をしていた。
彼女の様子を見ていてシオも落ち着いてきたのだろう。
ミナコの存在を確かめるようにもう一度、強く抱きしめてから問いかけた。
「勝てるんだよね?」
「うん」
「シヲも助けるんだよね?」
「うん。でもその前に、どっちが上かわからせないとね。アレは獣と同じだ。群れの中で上下関係をしっかりと教え込んでやる必要がある」
「お、お手柔らかに……。シヲはいい子だから、そんなにいじめないで上げて」
「はははっ、お姉ちゃんにそう言われちゃ仕方ないね。――派手に食い散らかせよ海喰尊」
「話聞いてた?」
主の命令を受けて、海喰尊は動き出す。
頭部に存在する発光器官は、チョウチンアンコウに酷似しており、ゆらゆらと揺れるそれは今まさに激しい閃光を放った。
「うわっ」
「これ厄介だったなー」
数度の瞬きと共に、海が照らされ海面に異縁存在達の影が映し出される。
とほぼ同時に、その影は大きな口に齧り取られたように形を歪に変え、それに合わせて異縁存在達の姿も何かに食われたように変化した。
海喰尊の持つ権能の一つ。
影の捕食による、実体への絶対的な干渉能力である。
海喰尊の捕食欲求は実物だけとどまらない。
その背後に映る影すらも、海喰尊からすれば餌であった。
「まだまだいくぞー! いっけぇ! 海喰尊!」
「そんなテンションで使役して良い子なの……?」
海喰尊とシオマネキの戦いは、ここから更に激化の一途を辿る。
■
メゾンドハッカイからも、海喰尊とシオマネキの戦いは十分に観測出来た。
縁者や観測員の慌てようは、もはや先程とは比にならないものになっている。
「封応値も縁波密度も測定できません! 災主級レベルです!」
「監視衛星SKY-9よりメッセージを受信! ……これは、国家消滅の予測演算結果か!? 副主任、実験は失敗です! すぐにでもS階位を複数派遣して、事態の収束に当たるべきです!」
民家の屋根の向こうに見える黒い巨体と波が争う光景を見て、黒服は最初停止していた。
それは自身の想定をはるかに凌駕していたからである。
「な、なんだ……これは……我々は、どこで間違えて……」
「副主任、指示を!」
「各観測所は即刻観測を中止し、退避せよ! 繰り返す、各観測所は――」
命令と悲鳴、怒号が飛び交う中で指示を乞う部下の言葉にも耳を傾けず、黒服はただ自問自答を繰り返す。
(どこで間違った……? シオマネキは問題なく稼働していた。ストックに問題があったか? そもそもあの巨大な異縁存在はなんだ? あれだけの巨体が監視をかいくぐってここまで到達するか? こんな事態、想定していない。どうすれば良い。どうすれば……)
人の思考や行動で得られるはずもない最適解を求めて黒服は思考する。
現実逃避だと気が付かないまま、彼はそうして考え続け――ふと、青い空に目がいった。
「……あ」
思いついたのは一つの妙案、あるいは愚策。
失敗すれば人類その物が無かった事になるだろう。
しかし成功すれば、全てが丸く収まる筈だ。
あまりにもハイリスクローリターン。
賭けるのは人類そのものであり、対価はシオマネキの完成。
釣り合っていない事に気が付いていたが、黒服は構わず動き出した。
「副主任どちらへ行かれるのですか!?」
「この事態を収束することが出来る者が一人いる」
向かうは、自身で厳重に閉じたテント。
その中で封じられている少女こそ、黒服に残された最後の切り札だ。
「A-E1を使う」
「なっ……」
絶句した部下を放って、黒服はテントへと急ぐ。
大丈夫だ。失敗などしない。
だって。
(だって空はこんなに青いんだ。絶対に上手くいく。だって空はこんなに青いんだ。絶対に上手くいく。だって空はこんなに)
理由など、ただそれだけで良い。
『キャッキャッ』
『大怪獣バトルだぁ! すっげー! 御空様もあんなの出来るんすか!』
『当然です。……と、私達の出番の様ですね』
『え?』
『空が青かったのですから、仕方が無いですよねぇ』
『え? え?』