【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第154話 サンセン

 黒い波と海喰尊の争いはもはや異縁存在同士の争いと呼べる規模を大きく超えていた。

 依然として状況を有利に進めているのは海喰尊である。

 しかしシオマネキの扱う疑似遷海もまた、神の領域に一歩踏み込んだ御業だ。

 黒い波は既に湾口を越え遠くの海域までをも侵食し、辺りの異縁存在を根こそぎ遷海することでその圧倒的な物量をそのまま武器にしていた。

 本来、遷海とは有用な異縁存在は管理し、不要な異縁存在は潮圧により潰すための機能である。

 故にこのように大規模な戦闘は本来の使い方からは逸脱していた。

 そうなれば当然、許容量を超えた負担はシオマネキ本体へと襲い掛かる。

 

『お姉ちゃんは私の物なの!』

 

 それでも力を行使するのは、愛する家族の為であった。

 海喰尊の背中でいけ好かない女に抱かれた姉を見るシヲの心境は嵐の海よりも荒れている。

 元々が緻密な思考誘導と洗脳により成り立っていたシオマネキというシステムだ。

 このような予想外の崩し方をされれば、暴走は必然だった。

 

『返してっ! お前じゃなくてお姉ちゃんの隣は私なの!』

 

 根底にあるのは可愛らしい子供の嫉妬だ。

 と言っても、出力されるのはシオマネキとしてのおぞましい行為だったが。

 

 海喰尊の足元がボコボコと泡立ち、新たな異縁存在が何体も現れる。

 今までは海喰尊を攻撃していたそれらは、今回は足にしがみつきそれぞれの方法でよじ登り始めた。

 それを見下ろしていたシオは、ミナコの襟元を引っ張って下を指さす。

 

「こっち来るよ! やばいって! なんかいろんなの来る!」

「ほう。この子に勝てないと悟って次はシオを直接狙いに来たか。異縁存在バトルで直接攻撃はルール違反でしょ」

「そんなルールあるの!?」

「ないよ」

「こんな時に意味の無い冗談やめ――んむっ!?」

 

 非難しようとしたシオの唇が突然塞がれる。

 目の前いっぱいに映るミナコの顔とねじ込まれるように口の中に入り込んでくる舌の動きで彼女は今までの抗議の言葉を全て忘れてしまった。

 3秒ほどのキスではあったが、それが終わった後シオは迫って来る異縁存在の事など忘れてしまった様子で海をぽやっと眺めている。

 

「……ごめん! 慌ててビビッてるのが愛おしくてつい、キスの方をさせていただきました!」

「……????」

『あああああああああ!』

 

 シオよりも妹の方が激昂し、より多くの異縁存在を海喰尊の足に向かわせる。

 まるで象の足を昇る蟻の群れのように、夥しい数の怪物が我先にとシオとミナコを目指す。

 

 並の縁者が見れば絶望して生きる事を諦めてしまうかもしれない光景だ。

 しかし、それも海からすれば取るに足らない小さな存在でしかない。

 

「駄目だよ。遷海した子たちはきちんと海底で育てないと、そのまま使役しても強くないよ?」

『お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!』

「駄目だ、聞こえてないねこれ。うーん、自分の姉にこんなに素敵な彼女が出来たら普通は喜ぶんだけどなぁ」

 

 ミナコはぼやきながらシオの頭を撫でる。

 そして自分の胸元へと彼女を抱き寄せ、視界を塞いでから目前まで迫った異縁存在達を見た。

 その瞬間、彼女の体は人間から逸脱し、おぞましい人魚の形を取る。

 無数の手で愛おしそうにシオを抱きしめながら、ボロ布の奥に隠した口からミナコは言葉を放った。

 

「落ちて」

 

 潮哭ノ巫女が下す命令は、下級の異縁存在にとっては深母構文と同義の威力を持つ。

 言葉一つでその異縁存在の在り方を変化させ、自分の言葉が最優先であると植え付けるのだ。

 シオに手を伸ばした異縁存在が初めに落下し、それにぶつかった異縁存在が続けて落下、という形で連鎖的に異縁存在の群れは黒い海の中へと落ちていく。

 

『なんなんだお前は! 私が妹なんだから,お姉ちゃんと一緒にいるのは当たり前でしょ! 縁理庁の人もそう言っていたもん!』

「一番信用しちゃいけない人たちの言葉だよそれ。嘘つき集団だから」

『噓つきはお前だ! お姉ちゃんを騙したんだろ!』

「私はそんな事しないよ」

「……ミナコ、もしかしてシヲと話しているの?」

「まだ顔をあげちゃ駄目だよ」

 

 自分の姿が視界に入らないように一本の手で優しく視界を押さえ、ミナコはシヲに複数の手を向ける。

 そして一斉に中指を立てた。

 

「人間の間ではこれが宣戦布告らしい。どっちが相応しいか白黒つけようよ」

『望むところだよ。さざ ゆら とほ くぐ まほら あまはら みそぎ な めよ』

「乱暴な使い方だなぁ」

 

 遷海が再び起動し、更に黒い海の範囲が広がる。

 子供故の無造作な範囲拡大はさらに大量の異縁存在を飲み込み、自分のものとする。

 シオマネキに与えられた能力はこれが全てであり、これ以上は何もすることが出来ない。

 故にシヲは感情に任せて何度も同じことを始めるのだ。

 

 しかし、今回は違った。

 

『っ……!?』

「ん、見ているだけはもうお終いかな?」

 

 途端、海から波が一斉に消えた。

 まるで息を呑むように、風すらも消え失せ世界が静まり返る。

 

 ミナコとシヲが見るものは既に互いではなく、それぞれの頭上にある青い青い空だった。

 

 

 

 

 

 

 メゾンドハッカイを離れ、海が観測できる坂道の上で両端に縁者と観測員が並んでいる。

 誰も言葉を発さないのは、その少女が禁じているからに他ならない。

 

「皆さんの協力に感謝します」

 

 道の真ん中を歩くことを空に唯一許された少女は、進む。

 その後ろには何もいない筈なのに、複数の足音と鈴の音が聞こえた。

 蝉が辺りで溢れんばかりに鳴き叫んでいる。

 それは歓喜にも、それが降臨することに対する嘆きにも聞こえた。

 

 10月とは名ばかりの真夏の日差しが、余計に暑さを増す。

 じりじりと照り付ける太陽と、いつの間にか消え失せた雲。

 何人かの隊員が蜃気楼の向こうに見覚えのない田舎の風景を見る程だ。

 

「私が澱語を唱えた後、全員で白い布の中に隠れてください。一言も発さず、目も開けず、個としての認識を持たないでください」

 

 職員達は一言も発さない。

 頷くことも返事もしない。

 

 言葉を発さず、感情を表に出さず。

 そうでなければこれから現れるソレに、存在ごと啄まれてしまうのだから。

 

「今回はこの争いを止めるために、災主級レベルを降ろします。これ程大規模な天移は初めてですので、不測の事態に備えてくださいね。……では」

 

 エイは最後にそう言うと、空へ視線を向けて口を開く。

 

「たた なが ひそ くく ことはら みなし な いず みよ」

 

 言語としては不自然な構成の言葉の羅列は、空に溶けるように消えて行く。

 次第に空の青は濃さを増し、最後にはまるで大きな青い天井が世界を覆っているようにすら見えた。

 

制縛(つないで)再臨(おりて)

 

 言葉が紡がれ、最後の鍵が開かれる。

 それは深海とは対極に位置する空の裏側に縛り上げられた超常の怪物を解き放つための合言葉。

 やがて、名前は告げられた。

 

啄空天咬(たくくうてんこう)

 

 それを合図に今まで整列していた職員達が一斉に白い布を取り出し、頭から被せて目を瞑る。

 例え、行動が遅れた何人かの「ぁ」という最期の声が聞こえても気にしてはいけない。

 感情は捨て、目を瞑り、自身を一時的に世界から消失させる。

 そうすることで、その異縁存在を一時的に欺くことが出来るのだ。

 

 見上げることが出来るのは、唯一エイのみである。

 

「どうか、あの異縁存在を啄んでください」

 

 その時、街の上に在ったはずの空が割れた。

 まるで雛の誕生を助ける為に卵の殻を割るように、割れた先から嘴がゆっくりと現れる。

 その瞬間、蝉と入れ替わるように辺りの鳥たちが一斉に狂気的な鳴き声を天高く響かせ始めた。

 自分の存在を伝えようとしているかのように、様々な鳥類が空を見て鳴く。

 

 黒い海よりも海喰尊よりも遥かに巨大な何かのほんの一部が、今この世界に再び降臨した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あれは人を食べるやんちゃな小鳥さんですよ^^』

『小鳥……?』

 

 

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