【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
是の日、天裂けずして嘴のみ降る。
人百余を喰らい、家屋を砕かず。
されど、空はなお青し。
――『天災異録』
この事件における今までの異縁存在は全て、理解の内にいた。
巨大な海の怪物も、シオマネキも全て人の認識の中で組み上げられた異形の存在だ。
故にそれを見たとき、人の脳は許容することが出来る。
見ることで現象として人を害する個体は存在するが、そもそも見ることが出来ない程の異縁存在というものは限られていた。
例えば、人の脳で処理できない青さの空や、人の五感では確認が不可能な深海のさらに底の領域など。
約1300グラムの人間の脳みそでは処理できない存在は、そもそも全体像を認識することすら叶わない。
今まさに、空から降りてくる嘴がそうであるように。
「……っ」
白い布を被るのが遅れた――ただそれだけで、職員の一人は空の割れ目から突き出された嘴を認識する。
いや、正確には脳が整合性のために嘴であると認識しているのだ。
それの本当の姿を知れば、自己の崩壊が始まると本能的に理解しているのである。
が、所詮は人間如きの本能による守りだ。
遥か上位に存在するソレにとっては、意味をなさない。
認識をすれば、あちらも認識を返す。
ソレはそういう在り方をする異縁存在であった。
脳の誤認であろうとも、見ればそれは贄となる。
「ぁ」
捧げられた職員の頭上には嘴があった。
依然として視線の向こうにある空から嘴はゆっくりと降りている。
しかし同時に目にした職員の頭の上に、今まさに彼を啄もうとしている大きな嘴があった。
ソレの嘴は一つ。
降りてくる場所も一つ。
しかし、それは見た者全ての頭上に嘴が存在してはいけない理由にはならない。
次の瞬間、数度何かが弾ける音が聞こえる。
残されたのは鮮やかな赤い液体がたっぷりと染み込まされた白い布だけ。
職員と縁者の数人が上半身だけを嘴につままれ、だらんと手足を下げたままゆっくりと空の裏側へと連れていかれる。
「……ごめんなさい、皆さん」
至る所で聞こえる鳥類の鳴き声が更に激しさを増す。
ソレの嘴が咥えた職員達を求めて口を大きく開け空を見上げる光景は、まるで雛鳥のようであった。
この千載一遇のチャンスの逃すまいと、鳥達は餌を求める。
しかし今回はその嘴を制御する少女が存在していた。
当然、餌を与える行為が意味するものを理解している。
「啄空天咬に餌を与えられた鳥類は例外なく、啄空天咬の雛鳥の資格を得る。やがて新たな啄空天咬が生まれてしまうでしょう」
エイは嘴を睨みつけると、厳しい口調で告げた。
「今回は餌として持ち帰らせるわけにはいきません。……返しなさい、これは空の命令です」
ぼとりとエイの周囲に何人もの死体が落ちる。
それでもエイは啄空天咬から目を逸らさずに、毅然とした態度で海喰尊の方を指さした。
「あなたにはこの争いを終わらせてほしいのです。故に、私に従ってくださいね」
そう告げたその時、近くの森から一斉にカラスが飛び立ち、エイの頭上を旋回する。
啄空天咬が辺りの鳥類を使って、エイの横暴を非難しているのだ。
非難は徐々に激しさを増し、鳥類は喉が張り裂けようとも鳴き続け、啄空天咬の不自由を嘆き悲しむ。
街全体が鳥の悲鳴に包まれる異様な世界で、エイは冷静に一度手を鳴らした。
「行きなさい啄空天咬」
上位種を縛り付けるさらに強力な権能に嘴は一度抗うように身じろぎをしたようだが、やがて従順に嘴で狙いを定めた。
相手は海より現れた超巨大異縁存在――ではない。
その周囲に纏わりつく異縁存在だった。
「この戦いを止めれば良いんですよね。だったら、海と対峙する必要はない筈です」
自分に出来る最大限の譲歩をしながら、エイは今まさに戦いへと参戦した。
■
啄空天咬の嘴は当然、海からも観測できる。
未だに目隠しをされたシオを除いて、ミナコとシヲはそれを目視により確認していた。
「うわっ、選考外だった奴じゃん! なんでこんな小競り合いに出してきたんだろう」
「ミナコ、鳥がめっちゃうるさいんだけど、何が起きているの?」
「私の同業者がすっごいの出してきた」
「すっごい……?」
「うん! 海喰尊と戦ったら、余波で世界が滅ぶやつ。それも知性特攻型だから、人類は全滅確定だね!」
「え!? え!? どうするのぉ!? し、死にたくないよぉ!」
目隠しされたままガタガタ震えるシオを見下ろすミナコは、恍惚の表情を浮かべる。
人類が滅ぶのは自身の在り方故に許容できないが、それはそれとしてこの愛らしい相棒をもっと愛らしくするのは問題ない。
「これは流石の私でも死ぬかも……」
「ひっ」
「この大きな異縁存在もやっぱり負けちゃうかも!」
「うぅ……ど、どうしよう……」
怯えるシオの頭を複数の手で撫でまわしながら、ミナコは空を見上げる。
一瞬、自身の頭上に嘴が顕現したが、羽虫でもあしらうように振るわれた片手により力づくで打ち払われた。
「せっかく育てたのにこの子が傷ついちゃ嫌だなぁ。よし海喰尊、動くな。じっとしてて」
海喰尊は主の言葉に従い、威嚇を止め沈黙する。
これを幸いとして動き始めたのは彼女が使役する異縁存在達であった。
動きを止めた海喰尊が抵抗を止めたのだと勘違いした異縁存在達は、今まさに足を上り始めた。
その頭上には、嘴がそれぞれ顕現している。
『何……あれ』
シヲはその光景を海の底から眺めることしか出来なかった。
異縁存在達は次々と嘴に啄まれ、割れ目の向こうへと持ち去られる。
まるで巣へ餌を持ち帰ろうとしている親鳥のような嘴は、異縁存在を何度も咥え直しその肉を柔らかくしていく。
おそらくは、何かが食べやすいようにそうしているのだ。
『こんなの、私は縁理庁から聞いてな――ぁ』
ふと見上げた空に、まだ何も咥えていない嘴があった。
自分がその真下にいる事が意味するものは、考える必要すらないだろう。
『い、いや。なんで私だけこんな目に……!』
シヲは遷海により異縁存在を吐き出そうとするが、既に全てが割れ目の向こうに持ちされられた後であった。
残る異縁存在はただ一体、シオマネキだけだ。
『あ、お、お姉ちゃん、助けて』
波は自身を守るように激しくなっていくが、その程度で守れない事は本能的に理解している。
それにアレに啄まれるということが、根本的な死を与えるという事もシヲは人間に刻まれた本能として悟っていた。
やがて嘴がゆっくりと黒い海へと降りてくる。
『う、うわあぁ!?』
そしてシヲを咥えようとしたその時だ。
「その子は残しておいてよ。私の義妹なんだから」
軽い口調で響いたミナコの声は、波で荒れ狂うこの空間でもはっきりと聞こえた。
嘴はその言葉で動きを止める。
そして名残惜しそうに何度か嘴を鳴らした後、ゆっくりと割れ目の奥に消えて行った。
残されたのは、全てを失った黒い海と鎮座する巨獣。
『た、助かった……?』
「ふぅ」
「終わったの……? ねえ終わったの?」
この騒動は、予想外の乱入者により終息した――かに思えた。
「たた なが ひそ くく ことはら みなし な いず みよ」
依然として青い空より再び声が響く。
それはもう一度、空に割れ目を生んだ。
最初、そこから何かが出てくる気配はなかった。
むしろ抵抗する巨大な鳥類のような声が空の向こう側からこちらまで響いている。
それがつい先ほど、この戦いを終わらせた存在の悲鳴だと誰が分かっただろうか。
「……うーん、これは少し私の想定と違うよ」
「ミナコ、どうしたの」
ミナコは人を超えた視力で、坂の上の集団を見る。
白い布に隠れる者達と、それらを率いる白い服の少女。
長い髪も、あどけなさの残る顔も全て見覚えのあるエイのものだ。
その髪が真っ青に染まっていることを除けば。
「シヲを一度遷海しても良いかな? 遊びにガチ勢が来ちゃったかも」
「え……?」
青い髪のエイは、確かにミナコの方を見ていた。
今までの彼女とは違う笑みを浮かべるその姿に、ミナコだけが気が付いている。
「……何をしようとしているんだ、空澱大人は」
それはエイであってエイではない。
坂の上、彼女の背後に広がる青空が今の彼女そのものなのだ。
『さて、良いコンテンツを見せてくれた礼をしなければいけません。エイ、乗っ取り暴走大災害コンテンツを生成しますよ』
『事後承諾で人の体を奪うのやめて欲しいです(正論)』
『手本を見せるだけです。後で私の力を使わせてあげますから、一度私のプレイを見ていてください』
『ははーん、さては俺の体をゲームのコントローラーだと思ってるね? 生き物に対する扱いじゃないや』