【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
懐かしさに溢れた家の中では今、相応しくない程に暴力的な音が響いていた。
「っ、くそ! 開けっての!」
窓に必死に椅子を叩きつけるセナノの表情は鬼気迫るものがあった。
それを傍で見ているシヲは椅子が窓にぶつかる度に響く鈍い音に眉を顰める。
「もうやめようよ。ここからは出られないよ」
「出られないじゃないわよ! 外でエイが戦っているんでしょ!? だったら早く助けてあげないと!」
シヲから伝えられた情報の断片を繋ぎ合わせ、セナノは朧げながら事態を把握していた。
「こんな所で現を抜かしている間に、エイは何かを呼び出したんだ。それも私がまだ知らない何かを」
「空から嘴が降ってきてね、凄い怖かった。でもお姉ちゃんと……義姉ちゃんが助けてくれたんだ」
「なんで姉が増えてんのよ」
シヲは苦虫をかみつぶした顔で静かに首を横に振る。
どうやら彼女にも話したくない事はあるようだ。
「……やっぱり縁理庁なんかにエイを任せるべきじゃなかったわ。私がずっとそばで見てあげないと」
「え? 縁理庁は良い人だよ? 私の病気を治して、こんなに元気にしてくれたし。お姉ちゃんとも会えるし」
「それは……」
何を代償に支払ったのか理解していないだろう。
シヲは偽りの日差しに照らされながら紅茶を口に含む。
香りを楽しむように鼻で深く呼吸をしたシヲはそれから嚥下してみせた。まるで、自分が自由に何かを口に出来ることを示しているようだ。
そんな少女を相手にわざわざ辛い現実を突きつける必要もない。
セナノはそう考え、必死に笑顔を取り繕おうとしたが、やはり今は笑えそうにない。
「そうね、貴女の出会った縁理庁の人は優しかったのかもね」
少なくとも人格全てを塗りつぶす事はしなかった。
といっても、それだけでしかないのだが。
「でも今、エイは縁理庁の悪い人にいじめられているの。だから助けに行かなきゃいけない。シヲ、お願いだからここから出してくれないかしら」
「ごめんなさい、それは出来ないの」
申し訳なさそうに外を指さし、シヲは続けた。
「閉じ込められちゃったんだ、義姉ちゃんに」
「お姉ちゃん……って、シオ?」
「ううん、潮哭ノ巫女」
「えっ、ミナコが何故姉に……? ってそうじゃないわ、潮哭ノ巫女に閉じ込められたって事で合ってるかしら」
「うん。嘴から私を隠してくれたの。お姉ちゃんにキスしたのは殺したいほどにムカついているけど、私じゃ勝てないし助けてくれたし、しょうがないから義姉ちゃんなんだ」
「??????」
エイの事でいっぱいいっぱいな所に謎の情報をぶち込まれたセナノは困惑することしか出来なかった。
とりあえず、窓を割るために振り回していた椅子を降ろし、それに腰かける。
「じゃあミナコに私を出すようにお願いして」
「出来ないよ。義姉ちゃんは今、嘴と戦っているからこっちの声が聞こえないんだ」
「嘴……? って事はエイの召喚した異縁存在と争っているという事かしら。何故だかわからないけれど、なおさら早く助けに行かないと!」
シヲの言葉だけで推測するに、どうやら空澱大人と潮哭ノ巫女が争っているようだ。
あれだけ仲の良かった二人が争う理由は皆目見当もつかないが、それが事実ならば止めなければならない。
「駄目だよセナノちゃん。ここから出たら潮圧で死ぬよ。ここは海の裏側なんだから、人間が出て行ったら縁者だろうとぺしゃんこだよ。私、友達がぺしゃんこになる光景は見たくないっ!」
シヲは細い腕で必死にセナノにしがみつく。
本気で彼女の事を心配しているようだ。
「シヲ……でも、私が行かなきゃエイが」
「義姉ちゃんは強いから大丈夫だよ」
必死にしがみつき止めるシヲに困り果てたセナノは、現実逃避をするように窓の外を見た。
彼女が望んでいたのは、大切な少女を思わせる青空。
しかしそこには、欠けた月が出ていた。
「……月?」
「っ、セナノちゃん――何か入って来た」
この世界の支配者であるシヲが怯えたようにそう告げる。
震える声は、未知の物への恐怖で満ちていた。
「……大丈夫だから、私の影に隠れていなさい」
「う、うん」
シヲは病衣を引き摺ってセナノの影に隠れる。
二人で凝視するのは、廊下へと続く扉だ。
その扉の奥から足音が近づいてくるのがわかった。
(ここはシヲの作り出した迷宮。何が介入してきたのかしら、ヒバリもいないってのに)
残されたのは、ネネに鍛え上げられた肉体のみ。
セナノはいつでも扉の向こうの相手を蹴り飛ばせるように構えその時を待つ。
乾いた足音がゆっくりと近づいてくる。
それはセナノ達の気配を察知しているのか、扉の前でぴたりと止まるとやがて扉が軋みながら開いた。
「っ」
「ひっ」
二人は扉の向こうの存在に身構える。
しかし扉の向こうには何も存在せず、薄暗い廊下だけが広がっていた。
「……?」
「誰もいない、わね」
「――駄目だよ、よそ見は」
声は頭上から聞こえた。
普遍的な少女の声に弾かれてセナノとシヲは上を見る。
そこには何もない。古びた天井の木目すらも凝視するが、やはり誰もいなかった。
と、その時カップに紅茶を注ぐ音が響く。
再び見たテーブルでは、見覚えのあるつまらない容姿の少女が紅茶を楽しんでいる所だった。
茶髪に普通の顔立ちと、面白みのないブレザー制服。
唯一、セナノを見る黄金の瞳だけが少女を個として認識させる。
「……笛吹」
「やっ。また会ったね。連日ハッピーデイだ」
笛吹は紅茶を飲み終えたカップをつまんで揺らしながら、ヘラヘラと笑う。
それから廊下の奥を指さした。
「行こうぜ、出所だ」
「あ、貴女は誰なんですか」
「私は笛吹だよ。よろしくね、可愛いお嬢さん」
笛吹は立ち上がり、恭しい礼をシヲにする。
その胡散臭さを本能的に悟ったのか、シヲは強く睨みつけた。
「出て行ってよ!」
迷宮は支配者の影響でいかようにも変化する。
今、セナノの思い出の家の形であるのは、シヲが気を使ったが故であった。
しかしひとたび敵意が生まれれば、家は怪物となり牙を剥く。
「おっと、危ないなぁ。まさか急に包丁が飛んでくるなんて」
台所から飛び出した包丁が誘導ミサイルのような軌道で笛吹に向かうが、それは彼女が指を下に向けただけで地面に叩きつけられる。
それから次々襲い掛かる家具も全て、彼女はスワイプするような気軽さで対処した。
「ちょっとセナノちゃん、その子の誤解を解いてよ。私の友達だって説明してー!」
「本当なのセナノちゃん」
「……限りなく知り合いに近い友人、かしら」
「つまりラブ、だね!」
「貴女となんてごめんよ」
「もー、照れ屋さんなんだからっ。内緒を共有したイケナイ関係でしょ?」
笛吹は手でハートを作る。
それから流れるような手つきでその手を組み換え、両手でフレームを模った。
セナノの陰に隠れているというのに、そのフレームの中心に映されているのは、シヲただ一人。
「少しおねんねしてな、お嬢さん。ここからはアダルトな世界だぜ」
「っ、セナノちゃん逃げ……」
シヲはその場に意思を失い倒れる。
抱き留めたセナノは、その体の軽さに驚きながらゆっくりとソファに寝かせた。
そして意を決したように笛吹と向き合う。
「何が目的?」
「言ったでしょ、出所だって。セナノちゃんったら真っ直ぐイノシシなんだからっ☆彡」
ふざけた口調のまま笛吹は扉へと向かう。
先ほどまで廊下が続いていた筈の扉の向こうは、今は漆黒で満たされていた。
「早く行こう。君の大事なお姫様が縁理庁のせいで大変な事になっているよ」
「エイ……!?」
まるで明日の予定でも話すように気楽で気軽で軽薄な笛吹の言葉はしかし、確かにセナノの心を動かすには十分すぎるものだった。