【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
それが思慮に欠けた行動であるという事はわかっている。
しかしセナノはそれに頼らざるを得ない程に精神的に追い詰められていた。
部屋を抜け出した先にあったのは、際限のない闇だ。
妙にひんやりとして冷たい空気に一瞬あの部屋が恋しくなり、振り返る。
遠くに扉一つ分だけぽっかりと空いた空間があり、そこにはまだ部屋が見えた。
「はぐれないでついてきてねー。この空間は真っ直ぐ進んでいると思っても全然前に進めてないとかザラにあるから。私みたいにこの空間を知る者がいないと大変だよー。それを考えると私って凄いねー。自分で言ってて自己肯定感がモリモリ湧いてきたわ」
ふざけた口調だが、笛吹はセナノの心理を見抜いていたように的確にくぎを刺す。
彼女の誘いに乗った時点で、途中で降りるという選択肢はなくなっていた。
「エイは無事なの?」
「私からは何とも言えないね。セナノちゃんがその目で確認した方が良いよ」
「何よそれ」
「アレを至上の喜びと捉える者もいるからねえ。それに、仮にここで私が何か言ったとしても自分の眼で見なくちゃセナノちゃんは納得できないでしょ?」
「それは……そうだけれど」
「焦っちゃって、セナノちゃんったら可愛いね!」
笛吹はケラケラと軽く笑った。
彼女と話していると今が緊急事態であると忘れてしまいそうになる。
目の前すら見えない暗闇だというのに、まるで放課後の教室で駄弁っているような妙な気軽さがあるのだ。
「ねえねえ、今回の事件はどう思った?」
相変わらずその内容こそ重く、縁者の立場であれば本来は不用意に話してはいけない内容もセナノは無意識の内にすんなりと答えてしまう。
「最悪ね。これだけの被害が出て、結局は縁理庁の仕業だった」
「そうだね。また、縁理庁だった。アレに本当に人類を守る意志なんてあるのかな?」
笛吹の言葉をセナノは否定しない。
今、彼女の口から吐き出されている言葉は、セナノの想いと同じだったからだ。
「シヲちゃんだっけ? あの子も可哀そうだよね。人間であることを放棄させられて、作られた姉を愛するようにプログラムされている」
「作られた姉……?」
「シヲちゃんのお姉ちゃんってね、他の人間を改造して作っているんだよ」
「……は?」
意味の分からない言葉にセナノは足を止めてしまう。
がそれを予期していたように笛吹が手を取り、すぐにまた二人は歩き出した。
「怖いよね! だって、記憶を植え付けて体を作り替えて的井シオを量産しているんだから。それを愛しているシヲちゃんが可哀そう……ぐすんぐすん」
「……本物の的井シオはいないの?」
「過去にはいたと思うよ」
泣きまねをしていた笛吹は、温度を感じさせない声でそう答えた。
その答えは多くを察するのに十分である。
本物の的井シオがどう生きていたのか、それを今のセナノが知ることはできない。
彼女が出会ったのは既に、作られた存在だったのだから
「人間は改造するし、いたいけな子を騙すし、街の人を犠牲にするし縁理庁って何なんだろうねセナノちゃん」
「……」
「それって、本当に従う価値のある組織なのかな?」
「……これが縁理庁の総意ではないわ。良い人もいる。私はそんな人たちと何も知らない民間人の為に戦っているのよ」
「おぉ、ヒーローだね!」
「馬鹿にしないで」
「馬鹿になんかしてないよ。本当にすごいと思ってる! やっぱりS階位様は違うなぁ!」
「っ、アンタねぇ!」
握られていた手を振りほどきセナノは足を止める。
しかし目の間にいた筈の笛吹が次の瞬間には背後に現れ、セナノの背を押し再び前へと歩みを進ませた。
「駄目だよ足を止めちゃ。私にちゃんと従わないと、永遠の闇に堕ちちゃう」
「……そもそもここはどこなのよ」
「迷宮と迷宮の境目かな。外から私の迷宮をぶつけたんだ」
平然と笛吹はそう答える。
笛吹がただの人間でないことをセナノはよく理解していた。
しかし、まさか迷宮まで自在に扱えるとは思っていなかったのである。
(迷宮を使えるって事は、高度な知能を持った異縁存在って事かしら。災主級だとか前に言っていたけれど、疑似媒介体とも考えられないし)
「うーん、惜しい!」
「っ!?」
言葉に出していなかった疑問への返答にセナノはたじろぐ。
それでも足が止まらないのは継続して笛吹が背中を押しているからだった。
「思考が読めるの……?」
「ここでは隠し事なんて出来ないよー。フェアに行こうぜお嬢さん……いや、私の心が読めないんだからフェアではないか! わはは!」
「貴女は一体何者なの……」
「いずれ教えてあげるよ。それよりも見て」
セナノの背後から手を伸ばし、笛吹は前方を指さす。
奥に小さな青があった。
「あれが今回の出口。もう少しでこの楽しい旅も終わっちゃうね」
「……今更だけれど、どうして私を助けてくれるの」
「本当に今更だね。前にも言った通り、私は友達になりたいだけだよ。セナノちゃんともエイちゃんともね。だったら助けるのは当然でしょ――さ、準備して。もうすぐ着くよ」
気が付けば、目の前に見覚えのある光景があった。
扉の形に切り取られた空間の向こう側には青空と海が広がっている。
少し前までセナノがいた港で間違いないだろう。
「じゃあ、行ってくると良いよ。……そしてその目で見て、今度こそ理解して。今回の縁理庁も到底救える存在ではないと」
次の瞬間、背中を目いっぱいに押されたセナノは闇から押し出された。
途端に体を熱が包み、けたたましい程に響く蝉しぐれと潮騒が聴覚を刺激する。
振り返っても、そこには既に何もない。
陽炎に揺れるアスファルトだけが、セナノが消えた時と同様にそこにあるだけだ。
と、その時セナノの視界を焔が横切る。
小鳥サイズまで小さくなってしまったそれは、彼女の相棒であるヒバリであった。
「ヒバリ! 良かった、無事だったのね」
主との再会を喜ぶようにヒバリは彼女の頭上を何度か回る。
そしてそのまま、彼女の頭上にあった嘴を燃やし尽くした。
「っ!? 嘴……!」
シヲの言葉を思い出し、セナノは周囲を見渡す。
海の方面には、自分が消えたときにはいなかった巨大な異縁存在が出現しており、今まさに嘴と自身の尾を衝突させている所であった。
(潮哭ノ巫女が嘴と戦っているって言っていたけれど……確かに、あの異縁存在の背中に誰か乗っているのが見える。……ミナコとシオかしら)
超人的な視力が二人の姿を巨大な異縁存在――海喰尊の背中に確認する。
空から無数に降り注ぐ嘴と海喰尊は同等の実力を持つようであり、何度もぶつかり合い、辺りに轟音を響かせていた。
「アレが潮哭ノ巫女の召喚した異縁存在だとしたら……ミナコが暴れているって事?」
エイは決して人を傷つけないという前提の上で、セナノはそう推理した。
何らかの理由でミナコが人類に牙を剥き、シヲを守るついでに自分も隠されたのだと。
「エイはどこかしら、早く合流してあげないと……!」
当然のように、セナノはそう考える。
そして周囲を見渡した時、岸壁で踊る青を見つけた。
「……ぇ」
青空よりも青く深い髪を揺らし、白い服が雲のようにふわりと舞う。
楽し気に、無邪気に、素足を晒して。
セナノが見間違うはずもない。
髪の色は違えど、行動に理性が感じられずとも。
「きゃははははははっ!」
「……エイ?」
それは、彼女が守ろうとしていた相棒の姿だった。
『あっ、やっと見つけましたよ! あのコンテンツ職人、全然裏側を見せてくれないから結局こちら側に現れるまで人間を捕捉できませんでした……エイ、ぶっつけ本番ですが、狂気に落ちてしまった幼気な巫女♂できますか?』
『じゃあ足裏の痛みを消してください!』
『等価交換ですか、許可しましょう』
『等価交換……?』