【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
焔羽の御神、天に在り。
赤き煙を道となし、贄を迎え給う。
契を違えし時、空は燃え、鳥は降る。
開かずの扉とされた古びた木製のドアの奥に続いていた階段は、昼間ですら底が薄っすらと見える程度の明るさしかない。
地下に続く階段を下りた先には、岩肌が露出した掘り出したままの廊下が伸びている。
飛び出した岩や、水が滴りおちた先のくぼみなどは、この家で暮らす者であれば不思議と足を取られることはなかった。
そうして歩いて行った先、突き当りの一室には焔が灯されていた。
正確には、焔の中にそれがいた。
焔とは、それが世界に直接触れないようにするためのただの膜であり、本来はそれ以上の意味はない。
セナノは幼いながらにそれを理解していた。
だから焔自体には触れて問題はない。
熱さや火傷などは気にせずとも良い。
そんな現象、本来は焔には存在しないのだから。
「きょうも、あそびにきました」
姉達にバレないようにひそひそと焔に話しかける。
すると焔の中にあったそれが身じろぎをして、セナノへと視線を向けた。
それは焔よりも血よりもずっとずっと澄んで美しい緋色の瞳で――。
■
「っ!?」
「あ、起きた」
今まで感じていた地下の肌寒さが吹き飛び、代わりにうだるような暑さが体を支配した。
潮風のおかげで幾分かマシではあるが、それも気休め程度にしかならない。
現に、自分を覗き込むシオの顔は汗で滲んでいた。
隣のミナコも汗をかいているが、こちらは到底参考にはならない。
「ここは……!」
「ああ、落ち着いて落ち着いて。セナノちゃんが海に落ちたから、拾ったんだよ。今は、海喰尊の背中の上」
ミナコがちょんちょんと地面を指さす。
黒くごつごつとしたそれは、地面ではなく超巨大異縁存在の体表であった。
「えぇっ!?」
「驚くよね! 私もそうだったよ……!」
シオはうんうん、と頷く。
ようやくまともな感性の人間に再会できたことが嬉しいらしい。
「それにしても大丈夫? 海から引き揚げたときは全然意識なかったし、何ならちょっと体が熱かったんだけど」
「……いえ、大丈夫」
何か懐かしい光景を思い出していた気がするが、そんな事を深く考えている余裕はない。
今は優先すべき事があるのだから。
「エイを助けないと」
辺りを見渡せば、海に囲まれている。
更に遠くに見える港の先では、未だに青が風に遊ばれるように踊っていた。
まるでセナノの事などどうでも良いとでも言うかのように、彼女の声が聞こえる気がする。
無垢で残酷なあの笑い声が。
「っ、エイ!」
「おいおい飛び込もうとすんなって! ストップストップ! セナノちゃん、いつものCOOLな感じはどうしたの?」
海喰尊から飛び降りようとしたセナノを慌てて掴んだミナコが、ずるずると背中の中心まで引きずる。
体格差でギリギリ抑え込めているが、ミナコでなければ即座に抜け出されていただろう。
「エイがっ、エイが苦しんでいるんだ! 早くあの子を助けてあげないとっ!」
「おぉ……! じゃなかった、セナノちゃん落ち着いてよ。今のセナノちゃん一人で何が出来るって言うの? まずは作戦会議からでしょ」
「……っ、そんな事をしている間にエイが死んだらどうするの!」
ミナコの言葉は正しいと理解した上で、セナノは感情に任せてそう叫んでいた。
冷静さを失った彼女を見て、隣のシオが肩を震わせる。
しかしそれを見てもセナノは止まれなかった。
「あの子、泣いていたの……今だってきっと泣いている……」
震えた声で放たれた謝罪には、恐怖が混じっていた。
自分がセナノを殺しかけたという恐怖が、彼女の顔を絶望に染めたのである。
それでも笑みを崩さなかったのは、きっと大切な相棒を安心させたかったからだ。
「……助けてって言って欲しかったのに」
自分が弱い事は、ZONEでの一件で理解した。
エイを完璧に守る事など不可能で、一人で全ての悲劇を否定することなど荒唐無稽に等しい。
だから、エイを守るのではなく共に戦う事を選んだのだ。
だというのに、これは果たしてなんだろうか。
「……笑顔を守って幸せにするって言ったのに」
弱さに誓ったはずだった。
その結果がこのザマでは、笑い話にすらならない。
間に合わず、守られた。
それはセナノの中に僅かにあった最後の自尊心を破壊するには十分すぎる。
「セナノちゃん……」
シオは寄り添い言葉を探すが、上手く見つからない。
今の彼女に何かを言っても心に響くことはないだろう。
彼女の心を救えるのはエイだけなのだから。
「……手を貸して、私だけじゃ――あの子を救えない」
「勿論」
「わ、私もやれることがあるなら……!」
セナノの言葉に二人は素直に頷く。
彼女達は気が付かない。
エイを救うという行為そのものに執着を見せていた彼女が誰かを頼るという事自体が、精神状態に異常が出始めている証拠であるという事を。
誰かを頼った時点で、彼女の理想は崩れ去ったのだ。
「私一人じゃ、駄目だった。あの子には相応しくなかった」
「セナノちゃん……?」
「大丈夫、私は冷静よ」
先ほどの取り乱した姿からは考えられない程に、セナノの脳内は澄み渡っていた。
(どうせ私だけじゃ救えない。そんな驕りは捨てて、まずはエイを救う事を目的とする)
誰かを頼れば頼るほどに自分の心が踏みにじられているという事実から目を背け、セナノは思考を回転させる。
こんな時でも、彼女の頭脳はいつも通りの働きをしてみせた。
「根本的な問題は、あの状態が可逆的であるかどうかね。ミナコ、貴女から見てどうかしら、エイは元に戻れると思う?」
「恐らくは。あれは本来の降臨とは違うからね。無理やりエイちゃんの中に空澱大人が入り込んでいる状態だ。だから、きっかけさえあれば簡単に中から押し出せると思う」
「そう、きっかけ……」
セナノが死にかけた事がまさにそうだったのだろう。
あの一瞬だけ、エイは自我を取り戻して見せたのだ。
(私の行動できっかけを作る……? いえ、そんな不確定な要素には頼れない。あの子が私の言葉に応えるとは限らないわ。もっと確実に……)
セナノが悩んでいると、ミナコは何かを思い出したように手を叩く。
その表情に嫌な予感がしたシオは恐る恐るミナコに尋ねた。
「何を思いついたの?」
「海喰尊の肉を食わせよう」
「えっ」
「海喰尊の肉を食わせよう」
「いや聞こえているよぉ! ミナコったらこんな時にふざけないで!」
「ふざけてないよ」
ミナコは躊躇いなく黒い体表に手を突き刺す。
そして何かを掴む動作をした後に、一気に引き抜いた。
ずるずると赤い肉が引きずり出され、血が辺りに散らばる。
拳サイズのその肉はまるで心臓のように脈動しており、その度に小さく血を吹き出した。
「これは私の眷属の肉だ。空と海は共存するが、完全に溶け合う事はない。この肉を体に入れた時点で、今の空澱大人なら弾かれるよ」
「……それは本当かしら」
セナノは突き刺すように冷たい瞳でその肉とミナコを見つめる。
しかしミナコは平気そうに頷いた。
「うん! 今の空澱大人は不安定な状態なんだ。だから、この程度でも弾けるよ。完全に空に抱擁されたあとなら無理だろうけどね」
「……わかった」
「え、わかったの!?」
「もうこれしか頼れる物はないの。だから、これで行くしかないわ」
セナノはそれからエイのいる方向を見た。
「後の問題は、空から降り注ぐ嘴と、エイとの接触ね」
「セナノちゃんに降り注ぐ嘴はシオがなんとかするから、エイちゃんとの接触だけだね」
「えっ」
「そう……なら、簡単ね」
「え、え?」
何故か重要な役割に抜擢され困惑するシオを他所に、セナノは頷く。
エイとの接触による強制的な天移。
その対処法など、セナノには必要ないのだから。
「私が死ぬよりも早くあの子に肉を食べさせれば良い」
「ほぉ……ここまでの覚悟とは……!」
顎に手をやり、しげしげとセナノを見つめるミナコの様子はまるで美術品を楽しんでいるようだ。
いつものセナノならその態度にも文句を言ったのだろうが、今はそんな事を気にしている余裕はない。
「じゃあ、行きましょう。時間がもったいない」
立ち上がり、セナノは告げる。
(エイ……私が必ず……)
視線の先にある青が、今は何よりも遠かった。
『なんかセナノちゃんの表情、やっぱりやばいよ。巫女ストップを申請します! これ以上はコンテンツ選手生命に関わりますよ! 今シーズンはここまでにしておいた方が……』
『却下』
『なんでぇ!』
『同じ夏は二度と来ないのですよ^^』