【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
黒服が本来持っている全ての権利は、既に空の向こうにいる怪物によって剥奪された。
生きる事ですら、今は黒服が決める事は出来ない。
「……誰か、この状況をどうにかしてくれ」
震えながら祈る彼の視線の遠いこうでは、エイが踊っている。
先ほど、彼はセナノが敗北し海に突き落とされた光景を目にした。
新型のNARROWを扱える唯一のS階位が手も足も出なかったのだ。
それは縁理庁の技術が一切太刀打ちできなかったことを証明している。
「この際、誰でもいい。誰でもいいから」
自身の責任を放棄し、子供の様に彼は願望だけを口にする。
行動を起こす事は出来ない。
その権利も彼はもう持ち合わせていないのだから。
「誰か……!」
そんな無様に祈る彼に応えるように、彼女は再び現れた。
■
岸壁に突如として大波が押し寄せる。
それはエイから50メートル程離れた岸壁を飲み込むと、辺りの漁網や籠を巻き込んで再び海の中へと戻っていった。
波の後に残されたのは、一人の少女。
それはエイにとっては大切な存在であった。
「……」
セナノは何も言わない。
ただ胸元で掲げられた羽根が、開戦の合図であった。
『認識接続、オース・リンク開示。確認しました』
羽根が焔を纏い、小さな鳥の姿になる。
セナノの手元から離れた鳥は、彼女の行動を待つように頭上を旋回し始めた。
「……」
「きゃは」
風に揺れる朱色の髪を見たエイは無邪気な笑みを浮かべる。
そして再び両腕を広げて、おぼつかない足取りで駆け出した。
「きゃははははは!」
言葉を交わす事はない。
何故なら、互いに今はそんな上等なものを持ち合わせていないからだ。
「……っ!」
セナノはステップを踏む様に駆け出す。
歩法による舞踏の奉納が始まり、ヒバリは徐々に焔の勢いを増していく。
その足さばきには先ほどのような迷いは見えない。
「っふふふふふふ」
互いが接近し接触するよりも数秒早く、セナノの頭上には嘴が現れた。
エイだけはそのタイミングを認識し笑う。
セナノを殺そうとしているわけではない。
ただ彼女とじゃれているだけなのだ。
無邪気に、無垢に。
彼女は空の向こうの怪物を玩具として使い潰す。
開かれた嘴はそのままセナノの頭をめがけて降りていくが――。
ぱん、とどこかで拍手の音が響いた。
その瞬間、嘴がどこかへと消える。
頭の中に響くようなその乾いた音は、何かが嘴を裁いた事を示していた。
「あは」
エイは海を見る。
千里を見通す眼が、遠く海喰尊の背中の上で手を合わせたままの恰好で固まっているシオの姿を捉えた。
その背後には、大量の手が後光のように伸びている菩薩のような怪物。
人が夜と外界に抱いた警戒心を種に育った新造の神話、灯らぬ社。
それが今、海の力を受けてセナノを支援しているのだ。
「あっははははは!」
エイはそれを見ると楽しそうに笑い手を叩く。
そしてシオを指さした。
瞬間彼女の頭上に嘴が現れるが、拍手の音と共に無かった事にされる。
仕組みを理解できない様子のエイは首を傾げるが、その隙にセナノは肉の欠片を取り出しエイの口めがけて突き出した。
「っふふふふふふ」
気配を察知したエイは上半身を大きく逸らして回避する。
そしてお返しと言わんばかりにセナノへと手を伸ばした。
「!」
セナノはその手に触れまいと飛びのき、距離を取る。
そしてもう一度エイに距離を詰めようとしたその時だった。
「きゃはっ」
笑い声と共に、エイの足裏から何から這い出して来る。
いや、足裏だけでない。
エイが今まで残してきた血の跡から生み出されるように、次々と蜘蛛のような異縁存在が湧いていた。
針金をねじって作り上げたような奇妙な姿のそれは、エイの前に群れを成して集まると、やがてエイの体を登り始めた。
「あははははははははははは!」
頭部同士を噛み合わせ脚を絡ませ、有刺鉄線のような形になった廻鉄蟲はエイの体を縛り上げるように巻き付く。
服の内側まで入り込んだ有刺鉄線はエイの肌を突き破り更に流血を加速。そして流れ出た血が廻鉄蟲を活性化させ、服の裾から鞭のような有刺鉄線が生え伸びた。
「きゃはははは」
有刺鉄線を鞭のようにコンクリートに叩きつけたエイは満足げに笑うとセナノを見る。
そして躊躇なくその一撃を放った。
しかしセナノはそれを冷静に避ける。
エイが傷ついているというのに、セナノは冷え切った目で世界を見ていた。
(命さえ助かっていれば良い。私如きがあの子の全てを救えると思うな)
この戦いのゴールを最低レベルにまで引き下げ、セナノは冷静に鞭を何度も回避する。
回避に要するステップが奉納され、セナノの頭上でヒバリの焔が吹きあがる。
着々と準備は進んでいた。
(ZONEでの花嫁姿から予想はできた。恐らくは異縁存在を身に宿すことでその力を最大限に引き出しているのね)
理性無き今、異縁存在を個体のまま操るのは至難の業だ。
故に、的確な指示が出せないのなら、異縁存在を纏い自身の力へと変換する。
それは既に予測済みであった。
(見たことの無い異縁存在だけれど複雑な動きが今のエイに出来るとは思えないし、あの鞭での攻撃が主とみて良いわ)
と、その時回避が僅かに遅れて頬を鞭が浅く切り裂く。
鞭は先ほどよりも伸びていた。
条件は恐らく、エイの出血だろう。
「……っ」
伸び続ける鞭は、それだけの時間セナノが手間取りエイを救えないでいる事を意味していた。
まるでセナノを責め立てるように鞭が目の前で長くなり、より大きく振るわれる。
「っふふふ」
「ッ!」
跳躍により鞭を回避し、瞬時にヒバリを確認する。
燃え盛る焔は大きくなり、既にヒバリは鷹程のサイズまで巨大化していた。
(今しかない)
セナノは着地すると同時に一気に走り出す。
向かってくる鞭は必要最低限で回避し、そもそも致命傷にならないものは甘んじて受け入れる。
肌を裂く痛みは彼女の脳に刺激をもたらし、より意識を研ぎ澄ませていった。
(エイ……私が貴女の救いになれたらどれだけ良かったか)
守りたかったが、守られてしまった。
救うべきが、救われてしまった。
三鎌セナノという人間にとってそれは、耐えがたい苦痛である。
何度、次こそはと誓い、理想の自分を目指したのか。
(私はエリートなんかじゃない。きっと、貴女が私をエリートらしくさせてくれていただけ)
その出会いは必然であったとセナノは考える。
棄てられた映画館での邂逅は、確かにセナノの人生を変えたのだ。
S階位という肩書だけを持って生きる縁者ではなく、三鎌セナノとしての人生。
それは鮮やかな空色だったのだ。
(私に向き合ってくれたのは貴女だった。憐れみや羨望だけではなく、貴女は対等な存在であろうとしてくれた)
頭を傾け鞭を避ける。
肩の肉が僅かに削られたがどうでも良い。
そんなものはいくらでも治せる。
いや、治せずとも自分はどうなっても良い。
(エイ、貴女を助ける為なら私は何だってする)
かつて自分を救ってくれた者は圧倒的な強さと高潔さを持ち合わせていた。
その両方とも、今のセナノにはない。
だからこそ使えるものをすべて使い、彼女は今目の前にあるものだけをつかみ取る。
「はははははははは! ふふふふ!」
拍手の音が何度も頭上で響いている。
その度に嘴が消え、戦いへの集中力が増していく。
一人だけではない。
他人の力を借りて、今この場に立っているのだ。
だからこそ、この作戦は必ず成功させなければならない。
(誰かの力を借りても救えなかったら、この子にとっての私は今度こそ本当に存在意義を失ってしまう! それだけは絶対に嫌だ! 私がエイを助けるんだ!)
二本の鞭の交差を前に転がり飛び込むことで避け、セナノは一気に距離を詰める。
目の前には笑みを浮かべたエイの姿。
半径一メートル以内は、両者ともに間合いであった。
「あは」
「ッ」
両者は一瞬の視線の交錯の後に動き出した。
右手に握っていた小さな肉片をエイの口にねじ込もうとする。
しかしそれはエイの左手と、それに巻き付いた廻鉄蟲が阻止した。
「あっははははははは!」
手が触れた瞬間に、セナノの意識が空そのものと接続する。
圧倒的な多幸感と恐怖が彼女の体へと流し込まれ、凄惨な決意すらも押しつぶしてしまいそうだ。
それでもセナノは構わずエイの左手首を握った。
「……ぅっ」
飛びそうなる意識を気合で引き留めながら、セナノはエイを押し倒す。
やけつようなアスファルトの熱も、今はもう感じなかった。
「きゃはははははははははは!」
「っ! ……!」
セナノは黙ったまま覆いかぶさるようにエイを拘束する。
引き剥がそうと廻鉄蟲が動き出すが、急降下したヒバリがそれを許さない。
主の背中に翼を広げて覆いかぶさったヒバリはより強く発火すると、セナノやエイもろとも焔の中に飲み込む。
絶えず構文を焼き尽くす焔は廻鉄蟲を焼き尽くしていき、セナノを縛ろうとしていた鞭も灰に還った。
残されたのは、エイとセナノだけである。
「あはははは!」
エイはそれでも構わず身を捩って暴れる。
それでもセナノは両腕を決して離さず、そのままエイへと顔を近づけた。
「――」
笑い続け開けたままだったエイの口に狙いを定め、彼女は一気に口の中にあったソレを舌と共にねじ込んだ。
「――!」
「……っ!」
口の中に異物が入り込んだことに気がついたエイはそれを押し出そうと暴れるが、セナノは全身の力を振り絞って抑え込み続け、より口を密着させる。
(エイ……弱くてごめんなさい)
謝罪を繰り返しながら、セナノは舌で舌を押さえつけ奥へとさらに肉を押し込む。
今まで口の中に広がっていた血の香りにエイの吐息が混ざる。
呼吸すらも共有するように口で押え続け、セナノは懇願しながら肉をエイの中へと押し込み続けた。
(私に救わせてください。どうか私に)
願いと共に辺りには水っぽい音と二人の呼吸音だけが響く。
むせ返るような熱気が満ちる青空の下、それはエイの抵抗が終わるまで長い間続けられた。
『天晴です人間! 貴女は私の期待を超えて見せました! その生涯において大いに誇ると良いでしょう!』
『監督、今回の撮影は濡れ場はないって聞いていたんですけど!?』
『これは医療行為なので濡れ場ではないですよ。それよりももっと目に涙を浮かべてください。救われた者とは思えない姿で、人間の中に歪な達成感と罪悪感を生むのです。やりなさい』
『はい(従順)』