【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
風が止んだ岸壁は、むせ返る熱気と蝉時雨に支配されている。
照り付ける太陽は目も眩むほどに眩く、雲一つない青空はまるで太陽以外の物は不要であると言っているかのようだ。
と言っても、今この世界の全ては二人にとってどうでも良い事なのだが。
「……んぅ」
「っ、ぷぁっ――」
二人の共有する世界に蝉時雨など響いていない。
互いの吐息と水っぽい音だけが舌先から伝わってくる。
暑さも存在しない。
今、二人が感じ得る温度は互いの熱のみだ。絡めた指先や時折ぶつかる鼻先、そして奥までねじ込まれる舌が相手が生きているという事を熱を持って証明している。
「「――」」
二人だけがこの世界の主役であり、全てであった。
指先は絡め合ように握られ、どちらかが握れば、もう一方が強く握り返す。
そうして互いの存在を肌で感じ続け、流れる汗すらも気にせず二人は鼓動を
一つにして溶けあう。
永遠にも思えるその時間を終えたのは、セナノがきっかけであった。
「……エイ」
この行為の最後を締めくくるように彼女は名前を呼び、ゆっくりと起き上がる。
そんなセナノの両手の間で、エイはこちらを見上げていた。
潤んだ瞳が青空を写し、鮮やかな色を映し出している。
汗と唾液で張り付いた黒い髪の毛は、普段の綺麗な髪からは考えられない程に乱れており、白い肌は朱に染まった頬がわかりやすい。
唇の端から頬、耳を伝っている赤い血は海喰尊の肉が原因だろう。
「せなのさん……」
のぼせたように呼ばれた名前は、まるで言葉をなぞっただけのように聞こえる。
知性の欠片もない、本能で呼ばれた名前だ。
そんなエイの姿を見ていると、次第に己の中にふつふつと湧き上がってくるものがあった。
(わ、私……なんてことを)
エイが元に戻った事よりも先に彼女の心を襲ったのは罪悪だった。
次に、綺麗な物を汚してしまったような勿体なさと不可逆性に対する後悔。
自分がエイを汚したしまったことに間違いはない。
(でも、私が救ったんだ。私じゃなきゃ、きっと救えなかったんだ……!)
最後に眼を背けたくなる程におぞましい優越感があった。
災主級疑似媒介体であり、誰よりも純粋な巫女。
自分にいつも太陽のような笑みを向けてくれた存在をセナノが救ったのだ。
多くの助けがあった事を頭で理解しつつも、彼女は満足したように息を吐く。
「大丈夫かしら」
自分の浅ましい本性を隠してセナノはエイに手を伸ばす。
エイはその手を見つめながら暫くキョトンとしていたが、やがてその目が大きく見開かれた。
「ぁ」
それは空澱大人に乗っ取られていた時の記憶である。
青空に吸い込まれていく自身の笑い声と空から降り注ぐ嘴。
それらが引き起こしたこの大きな災害を、エイはここに至ってようやく悟った。
「わ、私……ちが……そんなつもりじゃ」
「大丈夫。大丈夫だから」
セナノはエイの手を取り、無理やり上半身を持ち上げるとその背中に手を回し抱き寄せた。
そして何度もエイの耳元で大丈夫と囁き続ける。
エイの不安を塗りつぶすように肯定の言葉を与え続け、より強く抱きしめた。
やがてエイは震える手をセナノの背中に回し、ゆっくりと抱きしめ返す。
「貴女のおかげで被害は最小限にとどまったの。だから自分のしたことに責任を感じないで頂戴」
「でも、セナノさんも傷だらけで……」
「私なんかよりも貴女の方がよっぽど酷いわ」
「え? ――っ!?」
その時エイは初めて足の痛みに気が付いたようだった。
セナノがまたがっていたことで脚の先が見えなかったが、周りに広がる血の跡と脈打つように迫りくる痛みが傷の程を訴えかけている。
「いた……うぅ」
「少しの間、我慢して。私が安全な所まで連れて行くから」
そう言ってセナノはエイを撫でると、立ち上がる。
それから海の方に一度手を上げ、作戦の終了を知らせた。
エイが釣られて見てみれば、今まさにゆっくりと海喰尊が踵を返し元来た場所へと戻っていく所である。
そしてそれとは別にいつの間にか対岸にいたミナコとシオがこちらに駆け寄ってきていた。
「おーい! 二人共大丈夫ー!」
「二人共良かったよおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
「何が良かったの……!?」
シオとミナコは叫びながらわちゃわちゃとしている。
その姿が今はなんだかとても安心できるものに見えた。
「よいしょっと」
セナノは軽い調子でエイを背負う。
彼女の背中は少しだけ焦げ臭く、それに混じっていつもの匂いがして安心したエイはそっと頬を背中に押し付けた。
それから海と空を視界に収めつつ、呟く。
「来てくれるって信じていました」
「…………私を待っていたの?」
「はい。セナノさんなら、私に何かあっても助けてくれる……なんて、セナノさんに頼りきりですね」
「……そんなことないわよ」
背負われているエイには、セナノの表情はわからない。
それでもきっと悪くない顔をしているのだと思った。
自分を救ってくれた憧れの人は、いつも気高く聡明で強い意志を持って行動できる。
だから今も、照れくさそうにしながらも笑っているのだ。
エイはそんなセナノの理想を無意識の内にセナノ自身へと押し付けていた。
――そんなもの、とうの昔に崩れ去ったとも知らずに。
「……私一人じゃ何もできなかったわ。皆がいたからよ」
一人では無力だった。誰かの助けが無いと大切な人すら救えなかった。
こうなるまで気が付かなかった。間に合わなかった。
怪我をさせた。彼女の無垢を汚した。
全てが許し難く耐え難く、無力な自分の存在意義を疑ってしまう。
だからこそ、こうしてエイを背負っている今の自分自身にどうしようもなく安心してしまった。
まだ自分は価値があるのだと肯定された気分で、足取りはいやに軽い。
「大丈夫、大丈夫だから」
「……はい」
安心させるように呟かれた言葉は果たして誰に向けられたものだったか。
少なくとも、噛み締めた歯の感覚が自分が笑っていないのだという事だけは証明していた。
青空はいつの間にか元の柔らかさを取り戻し、白い雲がゆっくりと流れ始めている。
ひび割れも嘴も消え去り、蝉時雨も喝采するべき相手がいなくなったのか次第に収まっていった。
世界を覆っていた迷宮が閉じ、本当の夏の日差しがセナノ達に降り注ぐ。
「……暑」
焼けつくようなじりじりとした日差しが、自分を責め立てているようで今は心地が良かった。
■
一生分のキスをされたっぺ……。
こ、これが都会のエリートのキスだっぺか……!?
『とても素晴らしい物でしたよ。まさか舌を入れるパートがあんなにあるとは。後半の盛り上がりも素晴らしかったですね!』
『曲のレビュー?』
巫女♂としてエチエチ尊厳破壊をされた俺は、セナノちゃんに背負われて皆と合流する最中である。
が、それはそれとして――足が痛いよぉ……!
『監督、足の痛みがぁ……!』
『もう交換条件は終わりですからね。私はきちんと痛みを空からお返ししますよ。痛いの痛いの帰ってこーい^^』
『ふざけ――痛ったたたたたたた!?』
痛みが増した! 痛みが増した!
足の裏がヤスリで『ガァー!』ってされてるみたいに痛い!
これが拷問じゃないなら何だってんだ!
村に代々伝わる残虐な拷問だろこれ! 俺、掟破ったりした!?
『もう、エイったら早とちりですねぇ』
『え、ここから出来る等価交換があるんですか!?』
『あれだけ素晴らしい物を見せてくれたエイに等価交換なんて提案できませんよ。私はそこまで図々しい上位存在ではないです。これは私からのささやかなプレゼントだと思ってください』
『御空様……!』
やっぱり御空様がナンバーワン!
やっぱり御空様がナンバーワン!
『私からは、徐々に五感がなくなり人間としての生命維持が難しくなる御空衰弱エキスを……』
『勘弁してくれ』
『もう体に投与しました』
『手遅れだったかぁ』
俺は絶望から逃れるようにセナノちゃんの背中に顔をうずめる。
助けてくれセナノちゃん。俺はもう駄目だ。
五感を失うエキスとかいう恐ろしい液体を体にぶち込まれた。
『ちなみに人間も恐ろしい表情をしてますよ^^ 責任感と罪悪感とそれ以上の焦燥感で押しつぶさそうな顔が最高ですね』
『俺とセナノちゃんを同時に効率よく壊す研究でもしてる?』
俺はともかくセナノちゃんは止めてあげてよ……。
あんなに悲しそうで必死な百合乱暴キッスは見たことないよ……。
『さてさて、ようやく下ごしらえも終わり、次の調理過程に入りますよ。夜神楽が楽しみですね!』
『そ、そのタイミングで何かやるの?』
『楽しみですね^^』
『タノシミデス!』
『キャッキャッ』
俺のこれからを想像すると、不安しかないんだけど!