【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
【報告書】
文書番号: EN-THEOS-S-021
提出者: 造海計画副主任 ■■■■
提出日: 西暦20■■年■■月■■日
機密区分: 第二級秘匿
■ 経過報告
シオマネキは準災主級異縁存在との交戦状態へ移行したが、緊急措置として投入されたA-E1の介入により暴走反応は停止した。
交戦終結直後、シオマネキ及び準災主級異縁存在の双方から封応反応が同時に消失。現在まで再出現は確認されておらず、両個体とも所在不明である。
現在、周辺海域及び遷海発生予測地点の捜索を継続しているが、有意な痕跡は発見されていない。
■ 計画への影響
シオマネキは「夜神楽」における広域運用を前提として最終調整を進めていたため、本件により当初予定していた実戦投入は困難となる可能性が高い。
夜神楽は異縁存在が大規模顕現する極めて重要な期間であり、本計画の遅延は計縁構想全体へ重大な影響を及ぼすことが予想される。
現時点ではシオマネキの復旧時期を予測できない。
ついては、夜神楽に備え代替戦力または代替封縁計画を早急に立案する必要がある。
また、シオマネキおよび準災主級異縁存在の再顕現を想定し、全観測拠点に対し封応値の常時監視を継続することを具申する。
■補遺
A-E1による暴走停止という目的自体は達成された。しかし、二体の災主級反応が同時に消失した事例は過去に例がなく、「終息」と判断するには早計である。
報告書を目にした男は深いため息をつく。
失望と諦観が混じり合って言葉にするのすら億劫であるようだ。
縁理庁の上層部としていくつもの重要案件を抱えている彼にとって、これは考えうる限り最も最悪な報告である。
オフィスは今、彼以外の全員が出払っており、誰かに丸投げすることも叶わない。
「……これは一体どういうことだ」
唯一絞り出せた言葉は、疑問だった。
それは順調だった計画への疑問。
そして、モニターの向こうにいる黒服への叱責である。
『……申し訳ございません。全ては我々の責任です』
「だから今も現地で探していると?」
『はい。縁波密度や封応値に怪しい箇所があれば、すぐに現地へ赴き確認しています。一刻も早くシオマネキを回収しなければいけませんので』
「それは結構な事だが……間に合うのか?」
『……』
黒服は何も答えない。
彼の背後では蝉がけたたましく鳴いているようで、ノイズのように歪に混ざり合いながら響き渡っている。
それだけでも苛立たせるには十分だが、それ以上に彼の神経を苛立たせているのは黒服が笑みを浮かべているところだった。
「お前、ずっと笑っているが何が可笑しい。お前達のせいで、どれだけの被害が出ると思っているんだ!? 夜神楽は間もなく始まるんだぞ!」
『ええ、わかってイます。ダカら、こうして現地で調サを続けルこトにしたのです』
黒服の男は薄く貼り付けた笑みを崩すことはなくそう言った。
果たして、声が震えているように聞こえるのは気のせいだろうか。
その光景をしばらく見ていた男は、やがて悟る。
「お前、精神洗浄は日々行っているか?」
『ええ、もちろんデす』
彼の背後で鳥が鳴いている。
その声が響く度に、彼は笑顔を強めている気がした。
「……そうか」
男は確信する。
黒服は既に精神を異縁存在により侵されているのだ。
(精神に異常をきたしたか。さっさと回収部隊を送って、精神洗浄を施す必要があるな。こうなってしまえば一度、全員に戻ってきてもらう必要がある)
男は黒服を高く評価していた。
人格にやや問題はあるが、仕事は完璧にこなす。
常に作戦成功を第一に考えて動く冷徹な精神性は、異縁存在と関わるうえでは何よりも必要と言えるだろう。
「わかった。では引き続き、捜索を頼む」
『はイ、では』
黒服はそそくさと通信を切った。
「……ん?」
通信を終え真暗になる筈のモニターには、青空が映されていた。
雲一つない青空の景色は、作り物じみた色合いをしている。
その中に、数本の線のようなものがあるのが見えた。
それらはまるでミミズのように蠢いている。
「なんだ、これは……」
黒服が通信を切り損ねたのだろうか。
男は空の映像を凝視する。
しかし、映像について詳しく探る間もなく、今度こそモニターは通信を終え真暗になった。
画面には恰幅の良い自分の姿しか映っていない。
「通信を切り損ねたのか? いずれにせよ、早く回収部隊を派遣しなければ」
男は秘匿回線を持ちいて、自身の私用部隊へと連絡を繋げた。
数度のコールの後、スマホの向こうから聞こえてきたのは蝉時雨と元気な少女の声だった。
『はい』
「……ああ、君か」
一瞬、誰か思い出せなかった男だったが、それが部隊の隊長の声だと気が付く。
どうやら自分も相当疲れているらしい。
これほどまでに特徴的な少女の声を忘れてしまうとは。
『回収ですね! もう向かっていますよ^^』
「既に予想していたか。流石だ」
『いえいえ! じゃ、すぐに食べさせ……じゃなくて、回収してきます!』
「ああ、頼む」
『^^』
一仕事終え、男はため息をつく。
現場からの報告をさらに上にあげるのは自分の仕事だ。
シオマネキを失った事をどう説明すれば納得するのか、それを考えながら男は背もたれに深く体を預ける。
ふと見える窓の外では青空の中を雲がゆったりと泳いでいた。
まだまだ夏は終わらなそうだ。
■
うだるような暑さであるにも関わらず、黒服の顔は青い。
しかし笑みを浮かべ続けなければならない。
そうしなければどうなるのかは、遥か向こうの空に連れていかれてしまった自分の家族が証明している。
上空で吊るされ、時折体を揺らすだけのそれらはもう人としての機能を殆ど失いつつあるのだろう。
「……た、助けてください」
笑みを涙で汚しながら、黒服は空を見上げたまま呟く。
笑みを絶やしてはならない。絶やせば、空に不要であると思われるから。
泣き叫んではならない。空は澱を嫌うから。
今はただ、少女の笑い声だけが響くこの空を見上げ続けなければならないのだ。
『あはははははははははははは!』
「たスけて……くだサい」
ガチガチと鳴る歯を必死に抑え込んで、口角を上げ続ける。
自分の頭上にゆっくりと降りてくる嘴も気にしてはならない。
ただひたすらに、彼は笑みを奉納し続けるしかないのだ。
そうしている間は、生かしてもらえるのだから。
(いつか、俺の異変を察して上層部が部隊を派遣してくれる。それまで、なんとか――)
見上げている空から彼の目の前に何かが降って来る。
砕ける音と破裂する音が響き、彼の足元が何かに濡れた。
彼は空から目線を逸らすことが出来ない為、じっくりと観察することが出来にない。
が、確かに見たのだ。
前を通り過ぎるその一瞬、縁理庁の逆さ鳥居のエンブレムと特殊装備を。
自分の待ち望んでいた特殊部隊の装いに酷似したそれを。
「……は、ははは」
『きゃはははははははははは!』
黒服の反応を楽しむように空からの笑い声は蝉時雨と共に増す。
嘴も催促するように、かちかちと音を鳴らしていた。
「は、ハは」
黒服は現実逃避をするように、部隊の到着を待つ。
その間、笑みは絶やさない。
例え、一人目の落下に続いて、自分の周囲にいくつも何かが落ちる音が響いていたとしても。
「はははは」
『ふふふふふふ^^』
笑みだけは絶やしてはならなかった。
■
「うわー、空澱大人めっちゃキレてるー。よっぽどエイちゃんが大事なんだねぇ」
手で作り上げたフレームの向こうを見ながらルウは言った。
自分の目の前に座っている青年は、先ほど届いたパスタを食べようとはせず、ただ見下ろしている。
「ねえ、食べないの? 折角奢ってあげたのにぃ。ここ、ファミレスなのにカニクリームパスタだけはマジでレベルが違うんだって」
「……食べる、けど」
活気と喧騒の溢れるファミレスの店内において、ヨシノリだけは顔を青くしたままだった。
彼はとりあえずフォークを手に取り、パスタをくるくると回し始める。
が、口に運ぶ気はまだ無いようだった。
「俺を殺すだろうとは思ってたけど、まさかあそこまで躊躇が無いとは思わなくて……」
「ムキムキちゃんやばいよね(笑)」
「舐められないように多少はこっちも強気だったけどさ……俺、あいつとだけは戦いたくない」
「大丈夫大丈夫。私達はあくまで支援する側なんだから、表立って戦う事なんて滅多にないんだよ。というか、食べないなら私にちょうだーい」
「いや、喰う」
ヨシノリは恐怖を誤魔化すようにパスタを口に入れる。
その瞬間、確かにファミレスとは思えない程に濃厚なクリームと蟹の香りが鼻を通り抜けた。
「うまっ!?」
「でしょー! ……やっぱり私も食べちゃお」
「さっきステーキプレート食べてなかったか?」
「女子高校生はどれだけ食べても太らないんでーす」
ルウはそう言って呼び出しボタンに手を伸ばす。
そもそも女子高校生ではないのではないか、と疑問に思ったヨシノリだったが口に出すことはなかった。
どうせ藪蛇だろう。
それよりも今はこのパスタと――。
(あいつも、これ食ったら美味いって言うのかな)
やっぱり好きなままだった幼馴染の事を考えていた方が、有意義だ。
『へえ、パスタですか^^ いいですねぇ』
『ソラ、どこ見てるの? というか、どこ行ったの……?』
『^^』
『何も答えない笑みが一番怖いよぉ……』