【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
第167話 兆し、平穏の狭間に
シオマネキが引き起こした大規模な事件は、局所的な土砂崩れにより起きた不慮の事故であるとされた。
市民は全員、避難、または救助を完了したという事になっている。
誰も気が付いていない。
昨日まで隣にいた人間が、影も形も無くなっている事に。
生き残った自分達だけが街に生きていた者達であり、それ以外はそもそも存在自体が無かった事にされた。
連日、土砂崩れを取り上げた番組やニュースの隙間に差し込まれる映像や音は、確かに人々から喪失の恐怖と記憶を消し去り、安寧を与えたのだ。
あの街は遠くない未来に、再びいつも通りの日常を取り戻すだろう。
今までとは違ういつも通りを。
が、同時に覚えている者もいた。
それは消し去る側の人間であり、つまりはシオマネキの事件に関わった少女達であった。
「セナノさん、お腹空きました」
「はいはい。おやつまで我慢ねー」
「一週間もおやつを我慢したので、一週間分を要求します」
「累積しないのよ、おやつって」
「そんなぁ……」
晴れているというのに薄暗い街をエイとセナノは進む。
ここ廻縁都市では、陽が差し込むことはない。
蒸気が時折噴き出す街路に、構文が刻まれた特殊な街灯が淡い光を放っている。
陰鬱だが生きる意志を感じさせる、都市。見慣れた景色だ。
――一人が車椅子に乗っていなければ。
「セナノさん、その……重くないですか? 押すのが大変でしたら、やっぱり私」
「いいから座ってなさい。医者も言っていたでしょ、傷が塞がっただけだから、無理には歩くなって。というか、異常に軽いし」
「うぅ、でも……」
「いいから私に頼りなさい。私は、貴女の相棒なのよ?」
セナノはむしろどこか誇らしげに車椅子を押していた。
舗装されているとはいえ、小さな凸凹に当たったタイヤが小さく跳ねる。
その度に座っているエイも跳ねるものだから、可愛らしくてつい眺めてしまうのだ。
「セナノさん、私がいない間に美味しい物を食べたりしました……?」
「してないわよ。というか、毎日時間があるときは一緒に居たんだから、一人で美味しい物を食べる暇なんて無いでしょ。他の誰でもない貴女が証明してくれるわ」
「確かに……!」
至極当然の論理を真正面から受け止めたエイは、納得した様子で深く頷く。
彼女にしては珍しい真面目で思慮深い表情だったのだが、それはすぐに笑みに変わってしまった。
どうやら、何か愉快な事を思い出したらしい、
「ふふ」
「あら、そんなに楽しそうにして入院中に何か面白い事でもあったの?」
「はいっ、実はお医者様が様子を見に来た時に、私とセナノさんが親友のようだと仰ってくれて、なんだかそれが無性に嬉しくて、時々思い出してしまうのです」
「ふーん、まあ相棒なら当然ね」
セナノの車椅子を押す手に少しだけ力が入る。
「ちなみに三日目までは親友のようだと仰っていたのですが、それから姉妹へと変わり、親子に変化し、最後には付き合いたての恋人かと言われてしまいました。どうにも私達は仲が良すぎるようです」
「ふーん、まあ相棒なら当然ね」
「三食全てセナノさんがその手で食べさせてくれるし、病衣の着替えも、お背中ふきふきタイムも全てセナノさんがやってくれるじゃないですか。最後にはお医者様も何かを察している様子で関係について言わなくなってしまいましたし……もしかして、私達って距離感がおかしいのですか?」
「ふーん、まあ相棒なら当然ね?」
「本当ですか」
「当然ね」
「そうですかぁ。ですよね、私も実はそう思ってました!」
「私もよ。流石私達ね。息ぴったり」
エイに言い聞かせるようにはっきりとそう口にしたセナノの顔は、どこかもにょもにょとした笑顔で覆われていた。
彼女に憧れる後輩たちが見れば、本物か疑うだろう。
「……そうよ、やっぱり私じゃないと」
「? どうかしましたかセナノさん」
「いいえ、別に何でも。ただ、今日のお昼はピザのデリバリーを頼もうと思っていただけよ!」
「え ぇ !? ピザのデリバリー!?」
「声大きいわよ……」
「人は、一度ジャンクフードに慣れてしまったら、お豆腐の生活には戻れないんですよセナノさん。ハンバーグだと言ってお豆腐を出され、畑の肉だから実質トンカツと言われて揚げ出し豆腐を出され、最終日にもお豆腐を出され……私、セナノさんが居なければ途中で病院食に心を折られていたかもしれません」
足の痛みよりも何よりも、エイの心を蝕んだのは体に気を使ったが故のヘルシーで適量なメニューだった。
カロリーと物量のグルメを好むエイにとってこれはもはや拷問に等しい。
その点で言えば、毎食セナノが食べさせたのは英断と言えるだろう。
「困ったわね、食いしん坊姫には」
「えへへ……私、耳にチーズが入ったやつが良いです。あと、チーズ増量」
「わかってるわよ。もう、本当に私がいないと駄目なんだから」
セナノは微笑みながら優しく、そして確かめるようにそう言った。
その言葉に込められた想いなど深くわかっている様子もなく、エイは無邪気にそれを肯定する。
「はい! セナノさんがいないと、私駄目ですね!」
冗談めかした言葉。
きっと、だらしなさを指摘した言葉がセナノの口から飛び出すだろう。
そんなエイの想定に反して返ってきたのは、それはそれは優しいセナノの笑みだった。
■
この子もう駄目だよ。壊れちゃったよ。
こんなに穏やかな笑顔で狂ってる子、中々いないって。
『ソラ、俺達はこの子をこうした責任を取らないといけない』
『確かに最後までコンテンツを全うしないといけませんね』
『それは責任とは言わないよ?』
正直、車椅子を押すセナノちゃんが怖い。
まるでこれからの自分の人生の暗喩のようで、怖い。
このまま地下牢で手錠を掛けられて、セナノちゃんに色々とされたらどうしよう。
だってずっと目が据わってるんだもん。普通の人ってもう少し瞳が光を反射するもん。
『うんうん、下ごしらえも完璧ですし、新たなコンテンツァーとの交流で刺激も受けました』
『知らない単語……』
『これでこのコンテンツもメインディッシュを作れます。な、な、なんと、メインディッシュは二品ですよ! 贅沢に二つもコンテンツを制作しちゃいます!』
『二つも!?(絶望)』
五感を消すとか色々と恐ろしい犯行予告がされている中で、まさか禁断の二度メインディッシュ宣言とは。
御空様、人間は御空様の本気の玩具遊びに耐えられるように設計されていません。それも二度なんて……。
俺はともかく、セナノちゃんが跡形もなくなるんじゃない? そうなったら流石の俺も罪悪感で泣いちゃうよ?
『さて、では手始めに一瞬体にオソラ大苦痛を与えましょうか。エイ、僅かに苦しみ、それから誤魔化しなさい』
『それに意味はありますか?』
『日常の隙間で小分けに体の異変をお出しすることによって、真実を知った時に後悔のダメージ倍率に補正がかかります』
『それに意味はありますか?』
『やりなさい^^』
『はい』
あの、俺の人生に意味はありますか?
■
楽し気に横に揺れるエイの小さな頭をセナノは安らぎの表情と共に見降ろしている。
(つむじ可愛い……)
艶のある黒髪の中心で、ちょこんと控えめに見えるつむじすらも今は愛らしい。
「しーふーどぴざ♪ まるげりぃたぴざ♪」
不安定な音程で、しかしウキウキとした様子を隠しきれていないエイの歌が鼓膜を震わせる。
この時間が、たまらなく幸せだった。
「ふふん、ちーず、たばすこ……はちょっとだけ♪ ぴざ、ぴざ♪」
揺れながら歌う姿はクリスマスを心待ちにしてキャロルを口ずさむ子供の様だ。
だからこそ、何ものにも代えがたいこの無垢な存在は守らなければならない。
(私が死んでもこの子の笑顔を守らないと)
穏やかな気持ちの裏で冷たい決意は何度も彼女にその覚悟を問うように突き付けられる。
その度にセナノは真正面から向き合い、その決意を肯定するのだ。
完璧など自分には不可能。
だからエイ以外の全ての欠損を許してでも、幸せを守ると。
「エイ、先に言っておくけどピザは二枚まで――」
セナノがそう言った時、歌は止み、いつの間にかエイは体を前に傾けていた。
まるで蹲るような姿で、彼女は小刻みに震えている。
「っ、ぁ」
「エイ!?」
車椅子を止め、セナノは前に回り込む。
そしてエイの顔を覗き込んだ。
(わ、私が助けないと!)
今にも泣きだしそうな顔でセナノはエイの名前を呼びながら、その頬に手を添える。
彼女の脳内では既にエイの体に起きた症状の推測と対処方法の選出が始まっていた。
が、しかし。
「歌をうたってたら、ますますお腹が空いちゃいました……」
エイの言葉に続くように、お腹からくぅと小さく可愛らしい音が鳴る。
「は、はは……」
肩透かしと安堵が一気にセナノの脳内に押し寄せ、まともな思考が出来ないままにセナノはとりあえず返事をする。
まずは、エイが喜ぶことを言わなければ。
「じゃあ、ピザを百枚頼みましょう」
「本当ですかぁ!? わぁい!」
『わぁい^^』
『いやいやいやいや流石に百枚は無理っすよ御空様!』
なお、実際にはセナノの説得と神懸った交渉によりピザは5枚にまで抑えられた。