【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
S階位であるセナノには、本来休暇というものは存在しない。
八方塞のような、部屋の中にいること自体が意味を成す存在は例外であり、一般の縁者が手に負えない異縁存在が現れればすぐに彼女の出番であった。
縁者の本懐は異縁存在から人を守る事に他ならない。
セナノもそれはよく理解していた。
かつて自分の事を心の底からエリートであると信じていた彼女であれば、任務依頼は即座に受けていただろう。
しかし、今は違った。
「……少し、考えさせてください。今日中には返事をしますから」
通話を終えたセナノはスマホをベッドに放り投げ、窓の外に映る霧に埋もれた都市を見つめた。
異縁存在を放置する時間が長ければ長い程、被害は拡大する。
それはわかっていた。
例え、他縁者が異縁存在の活動範囲を封縁杭で区切ったとしても限度があるだろう。
誰かが直接叩かなければならない。
一秒でも早く、確実に異縁存在を処理する必要がある。
だからこそ、セナノが呼ばれたのだ。
「はぁ、私はエイの傍に居なきゃいけないのに」
車椅子で生活しているエイは誰かの補助が必要だ。
少なくともセナノはそう考えていた。
だからこそ自分が居なければならないし、それは何より優先するべき事項だ。
「――私がどうかしたのですか?」
見ればそこには車椅子に乗ったエイがいた。
彼女の細腕でも、家の中を移動する程度は可能だ。
「っ!? ああ、エイ。お昼寝はもう良いの?」
「はい、もうぐっすり眠れました。まさか病院から帰って二時間も眠ってしまうなんて、なんだか勿体ないですね」
「贅沢な時間の使い方で良いじゃない。今の内に眠れるだけ眠っておきなさい。私達はもうすぐ忙しくなるんだから」
「次の場所は何が名産ですか?」
「任務はグルメツアーじゃないわよ」
最近、エイは眠る事が増えた。
最初は任務の疲れがたまっていたのだろうと考えていたが、どうにもそうではないようだ。
まるで、こうして生きているだけで負担がかかっているように見えるのである。
だからセナノは最近は必ず、眠ったエイの呼吸を確認していた。
それが今生の別れにならないように、エイの僅かな異変に気付く努力をしていたのである。
と言っても今のところはお昼寝の時間が増えた食いしん坊でしかないのだが。
「…………それで、セナノさんさっき何のお話をしていたのですか?」
「別になんでもないわ」
いつもなら有耶無耶にして誤魔化せるというのに、今日のエイは不思議とセナノに問い直した。
車椅子に座っている筈のエイの事が今は大きく見える。
「当ててあげましょうか? セナノさんが通話をするなんて珍しいです。それに私に内容を隠すという事は……新たな任務依頼があった、とかですかね?」
エイはそう問いかけ、すぐに「なーんて」と言葉を続ける。
「えへへ、実は廊下で少しだけ聞こえちゃいまして……探偵の真似事をしてみたのですが……恥ずかしいですねこれ」
「……大丈夫よ、私はここにいてあげるから」
「どうしてですか?」
「え?」
エイはキョトンとして首を傾げる。
「どうして依頼を受けないんですか?」
「それは……」
「私がセナノさんの足を引っ張っているからですか?」
「違うッ!」
「なら、行ってください。貴女にはその力があるのでしょう? 私の知るセナノさんなら、誰かが悲しむことを放っておけない筈です」
セナノはすぐに言い返そうとしたが、最後の理性がそれを押しとどめる。
エイが言う『私の知るセナノさん』とは、果たして存在するのか。
口にすることはなかったが、そう思った時点で心が蝕まれてている事にセナノは気が付いていない。
「でも、それじゃあ貴女は一人になるのよ? それは一日かもしれないし、一週間かもしれない」
「セナノさん」
エイは名を呼ぶと、ゆっくりと立ち上がる。
慌ててセナノが駆け寄ろうとするが、すぐに彼女は手でそれを制した。
「私は、貴女の傍に歩くくらいなら出来ます」
震える足で一歩ずつ進み、手を伸ばす。
「大丈夫だって、伝えるくらいなら出来ます」
たった数メートルの距離。
しかしそれは永遠にも思えた。
「どうか、私を貴女の相棒でいさせてください」
やがてエイはセナノの目の前に到着すると大きく手を広げる。
そしてセナノの頭を優しく胸元に抱き寄せた。
「セナノさんが助けてくれたおかげで、私は生きています」
僅かに柔らかな感触の向こうに、確かに小さな鼓動があった。
小さく弱弱しく、しかし生きていることをセナノに訴えかけていた。
鼓動に背中を押されるように、セナノは呟く。
「すぐに終わらせて帰ってくるから」
「はい」
「絶対に怪我もしないし、被害もこれ以上出させないから」
「はい」
任務は最短でエリートらしく。
エイの望むセナノとして、彼女はこの任務を受ける事を決めた。
そしてついでに。
「あと、お菓子とご飯は決まった量だけ食べなさい。毎日ラクちゃんに見に来てもらうから」
「はい…………えっ」
エイは驚いた声を上げ、胸の中にいるセナノを見る。
その顔は、エイの企みを見抜いたようなしたり顔だった。
「大方、私が任務にいけばお菓子パーティーでも出来ると思ったのでしょうけれど、それは甘いわよ」
「セナノさんの方がよっぽど探偵ですね……!」
「はぁ。私を出し抜こうなんて悪知恵が働くなら大丈夫そうね」
セナノは笑いながら、胸から頭を離す。
そしてスマホを手に取った。
「じゃ、パパッと終わらせてくるから」
「はい。いってらっしゃい、セナノさん」
ふわりと笑うエイを見て、心が少し前を向く。
いつでも彼女の笑みが力をくれるのだ。
■
って訳で、セナノちゃんを家から追い出しました。
今、丁度俺のことを心配そうにしながら出て行ったところですね。
『ふふふ、私のオソラ異縁存在に勝てますかね……!』
まさかセナノちゃんも、空澱大人がコンテンツの為に異縁存在を召喚したとは思うまい。俺も思いたくない。
しかも、丁度焼却構文が有効なタイプだ。
もうセナノちゃん狙い撃ちである。
『エイ、ナイスな演技でした。心臓を一度返却した甲斐があったというものです』
『そのまま心臓は残しておいて欲しいっす』
『もう御空の上ですねぇ』
『へえ、そいつはすげえや!』
史上初! 心臓だけが空を飛んだ巫女♂!
こんな貴重な機会をくれるなんて、御空様は最高だっぺ。
そう思わないと気が狂うっぺよ。
『さて、あの人間の方はオソラ異縁存在に勝てるとして、私達も動きますよ』
『足が痛いので動きたくないです><』
『あはは!』
今どこに笑う所あったんだよ。
『それも良いですが、まずは打ち合わせですよ!』
『それも良いですが……?』
『これからエイにはあの人間に帰宅ドッキリを仕掛けて貰います』
『帰宅ドッキリ?』
何故だが凄く嫌な予感がするっぺ。
『はい。人間が帰ってくるタイミングに合わせて貴女には瀕死になって貰います。オソラ超苦痛によるガチ瀕死です』
『な、何故……!?』
『守るべき存在に背中を押され為すべき事を為した人間が、過去最大の後悔をする様を私は見たいのです^^』
やっぱりオラの村の神様はどうかしてるっぺ。
これが頭の上にいて滅んでいない人類がおかしいっぺよ。
『毎日電話をして無事を確認して、任務を無事に終わらせて、エイの顔を思い浮かべながら駆け足で帰る。自分を迎え入れてくれるいつもの笑顔を想像して――あぁ~^^』
『……ソラ、今楽しい?』
『はい!^^』
『そっかぁ! じゃあ俺の懇願とかもう意味ないね!』
俺は車椅子に座ったまま、セナノちゃんが出て行った扉を眺める。
恐る恐る胸に手を当ててみたが、もううんともすんとも言わなかった。