【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
【縁理庁・特別処理申請書】
文書番号:EN-RAI-041-EX
機密区分:極秘
申請区分:緊急/特例処理
件名:神格型██村墜落事案に伴う焼却構文縁者派遣申請
■ 申請概要
██県██郡██村にて発生した
対象は本来の神格型顕現状態から逸脱し、現在も集落中央に形成された円形の雷を核として残留している。
これ以上の時間経過により、対象が地上環境そのものを神域として固定する可能性があるため、焼却構文による緊急処理を申請する。
■ 派遣対象
階位:S階位
職種:特異監察官
※氏名は別紙指定。
■ 処理目的
対象そのものの焼却ではなく、「雷冠が██村へ落下した」という異常事象によって新たに形成された縁構造を特定し、焼却する。
■ 実施条件
縁者単独での対象視認を禁止。
焼却対象となる構文の特定には、現地民俗班および縁理解析班を同行させる。
対象の選定を受けた場合、処理を中止し即時撤退。
雷冠そのものへの攻撃は禁止する。
■ 補遺
本申請は対象の討伐を目的としない。
あくまで、「なぜ雷冠がここに存在できているのか」という一点を焼却するためのものである。
また、事案発生後に回収された大型鳥類様の羽毛については、対象との関連性が確認されておらず、調査中。
■
セナノが村に辿り着いた頃には辺りは薄暗くなっていた。
ワゴン車から降ろされた彼女は、固くなった全身をほぐすように伸びをしながら周囲を見渡す。
本来であれば、ぽつぽつと続く民家の明かりだけがこの集落を寂しく照らしているのだろう。
しかし今だけは違ったようだ。
唯一の公民館には大量の機材が運び込まれ、さらに周囲に仮設テントまで立てられ、明かりで照らされていた。
それが興味深いのか、家々の中からこっそりと住民たちがそれらを覗いている。
見られ続けているのだろうが、今外に出て動き回っている人間達にそれを気にしている様子の者はいなかった。
単に、こういった視線に慣れているのだ。
殆どの人間が逆さ鳥居の紋章を背中に背負っており、険しい表情と共に何かを話し合っている。
「神格型って言っていたし……まあ、この規模の騒ぎは当然と言えば当然ね」
改めてギターケースを背負い直し、セナノはその明かりの方へと向かった。
彼女の到着に気が付いた職員がすぐに駆けより、小さく会釈をする。
「三鎌縁者ですね! いやぁ、お待ちしてました!」
恰幅の良い女性は、その朗らかな笑顔に似合わない真っ黒なスーツを着用している。
当然、スーツの背後には逆さ鳥居が刻まれていた。
「私、■■県の伝承民俗課の
木森林と名乗った女性の言葉を聞いていると、まるで他愛のない井戸端会議をしている気分になる。
きっと親戚が居ればこのように話しかけてくるのだろうか、とセナノは漠然とくだらない事を考えた。
「若くとも、実力は保証しますよ。S階位の名に懸けて必ずお役に立ちましょう」
「なんて立派な方なんでしょう。ウチの班の縁者ったら、貴女の倍は年を取ってるってのに酷いもんです。アレを見た瞬間に腰を抜かして、住人の避難すらままならなかったんですから」
「アレとは……雷冠ですか」
話が長くなると察したセナノは強引に話題を変える事にした。
「そうです。こちらにどうぞ」
木森林に先導され、セナノは公民館の二階へと通される。
日に焼けた畳に色あせたシールが大量に貼られた柱、埃をかぶったガラス戸と、どう見てもこの村が今まで平和だったことが窺えた。
一階とは違いここは休憩所として使われているようで、機材の類は見当たらない。
その部屋の中でもセナノの目に留まったのは、古びた絵画であった。
何層にも塗り重ねられた暗雲を裂くように躍動感の溢れる黄色が円を描いている。
まるで空に浮かぶ王冠だ。
「それ、この村出身の画家が描いたものらしいです。嵐の日、わざわざ外に出て観察を続けて描いたんだとか」
「成程……相当な迫力ですね」
「そうでしょう。荒々しくて、けどどこか神々しい。よく描けていますよね。本物そっくりです」
「本物ですか?」
「はい、こちらがその本物になります」
木森林が差し出したタブレットにはどこかの野原が映し出されていた。
陽が落ちどこかおどろおどろしい野原の中に眩い円のようなものが存在している。
まるでコマのように回り続けているその光の円を、セナノはつい先ほど目にしていた。
「……これが、雷冠」
「そうなんです! 直径は500m。使われなくなった田んぼに落ちて以降、妙な安定期に入ったみたいで動くことが無いんですよ」
言われてみれば、確かにその円は静かにそこに座している。
時折、周囲にバチリと細い閃光を走らせることがあるが、暴れる様子はなかった。
「確か神格型でしたか」
「はい。昔からこの辺りでは雷に対する信仰があったようでして、それがいつしか一つの伝承として統合され、このような異縁存在が生み出された……と言うのが私達の見解です」
先程の砕けた声色はそのままに、木森林は正確に説明する。
道理で彼女が自分の元に派遣されたわけだと、セナノは内心で頷いた。
「この辺りは山の連なり方が特殊で、雨雲が集中しやすいんです。今でも月に一度は必ず雷雨の日がありますよ。そしてその日には必ず雷冠が観測されるんです。レポートはお読みになりました?」
「去年の分は、一応全て。神格型A級異縁存在の定期観測記録として、非常に読み応えがありました。村との共存も出来ているそうで」
「ええ、そうなんです。祭りも奉納も問題なく、伝承通りでした」
木森林は「だからこそ」と言葉を続ける。
「ああしてこの村に堕ちてきた理由がわからないんです。暴走でも、変質でもなく、ただ堕ちてきた。私、この村での観測を30年間続けさせてもらっていますが、こんな事は初めてです。見たことありますか? こんな大きな異縁存在」
「えっと……まあ」
「S階位って凄いんですねぇ……!」
つい最近も、計測不可能なサイズの嘴や海洋異縁存在を見たばかりである。
今だって、神格型が堕ちてきたという一大事であるにもかかわらずセナノはそれを些事を捉えていた。
(エイ、転んだりしてないかしら? 包帯は一人で交換できる? ご飯も食べすぎないように注意してあげる人がいないと、寝る時だってお腹を冷やさないように――)
「三鎌縁者? どうかなさいました?」
「……ああ、すいません。何故この異縁存在が落ちてきたのかを考えていました」
「うーんそうですねぇ、直前の数値にも異常なかったですし……雲一つない気持ちの良い青空だったくらいですから」
「青空……」
その単語にセナノの脳は再びエイの事を考え始めていた。
(次は私も一緒に医者の話を聞いた方が良いわよね? あの子、重要な事をうっかり忘れちゃいそうだし。うん、私がついていないと)
「三鎌縁者?」
「……ああ、すみません。原因についてはまだ特定できないようですね。まずは、あれの処理をするところから始めて行きましょう」
セナノの言葉に、木森林は初めて眉を顰めた。
その顔は不快感と言うよりは何かに驚いたようであり、彼女は周囲を見渡し確認をする。
「三鎌縁者、貴女に依頼したのは雷冠を空に還す事ですから、そんな恐ろしい言葉を使わないでください。村の皆さんに聞かれたらどうなるか……」
「ですが、今後性質が変化する可能性もあります。私のNARROWなら、雷冠を構築する伝承構文そのものを破壊することが可能ですよ?」
それは縁者としては当然の選択だった。
そもそも人間に純粋な利益を与える異縁存在は珍しい。
人が恵みと言う形で折り合いをつけて神と祀っている存在が大体だ。
しかし、どうやらこの村では違うらしい。
「この村は、雷冠と共にありました。それは今も昔も変わりません。ですから、三鎌縁者にはあの方をお返しいただくだけで良いのですよ」
「……そうですか、すみません。少し行き過ぎた提案でした」
告げる木森林の様子は、縁理庁の職員と言うよりはこの村の人間の物だった。
それを直感的に感じ取ったセナノは、素直に訂正し頭を下げる。
現地でのいざこざで時間を取る訳にはいかないのだ。
「いえいえ、縁者としては当然の判断だと思いますよ。ですが、ここでは控えた方が良いですね。この、
「降目村……」
その名前を聞いただけで、セナノはとある村を想像した。
行ったことも目にしたこともないが、相棒がよくその村の事を良く語って聞かせてくれたのである。
(確か、エイの故郷は澄目村だったかしら。なんだか、名前が似ているわね)
普段の彼女であれば、空の異縁存在と村の名前の類似性に気が付いていたのかもしれない。
そこから雷冠が堕ちた原因を突き止めることが出来たかもしれない。
しかし、今のセナノはかつてのセナノではなかった。
(エイの為にも、こんな事は早く終わらせて帰らないと)
誰かの為ではなく、たった一人の為に。
自分の中にある重要なものが変化した事に彼女は気が付いていなった。