【書籍化決定】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
むせ返る熱気は、公民館の扇風機一つでどうにかなるものではない。
特に日に焼けて随分と年季を感じさせるそれは、少し風量を強めるだけでガタガタと震えていた。
辺りの地形から雨雲が集まりやすいという事も関係しているのだろう。
この村は特に蒸し暑かった。
最初こそ自分の出番を待って待機していたセナノだったが、その蒸し暑さから逃げるように公民館を後にする。
少しの間、この村を自分の目で見てみるのは悪くない。
「あら、外に出るのですか?」
「はい。何か手がかりがあれば良いと思いまして」
「成程、それは大切ですね。ですが、決して現場を見てはいけませんよ? 雷冠は、見た者に向けて雷を放ちますから」
「確か調査レポートにもありましたね。詳しく窺っても?」
「勿論!」
木森林は快く頷くと、壊れかけのサンダルに足を通しパタパタと近づいてくる。
「丁度、村の見回りをしようと思っていたんです。ほら、この村って皆があの神様を大切に思っているでしょう? だからどうなってしまうのか心配でこっそり覗きに来るんですよ」
「……やはり、村の方も襲われるのですか?」
「いえいえ、あの方たちは既に認められた後ですから」
木森林はそう答えると、先導する形で公民館を出る。
そして雷冠についてどこか嬉しそうに説明を始めた。
「この村に生まれた子供は、三歳までに雷雨の下で雷冠に捧げなければなりません」
「捧げる……? まさか、生贄を」
「いえいえいえいえ! とんでもない! 違いますよ。雷雨の中、子供を天に掲げるんです。そうすることで雷冠はその子供を村の民であると認めてくれるんですよ」
「もしも認められないと?」
「雨の日に歩いていたら雷が落ちてきます。必ず、それも直撃。私も十年前に見たのが最後でしたが、あれは見事な焦げっぷりでしたね」
惨たらしい内容である筈なのに、木森林は嬉々として語っている。
まるでセナノに雷冠の凄さを示せることが誇らしいようだ。
(……この人、職員としては少し現地に入れ込みすぎているかしら。異縁存在に関わる者なら、もう少し公平に――)
そこまで考えて、彼女の脳内にエイの姿がよぎった。
果たして今の自分は人の事を言えるだろうか。
(ま、まあ私は災主級の疑似媒介体の監察官だから。少しくらいは、ね)
どうやら彼女の中ではギリギリセーフだったようだ。
「――なので、雷冠は昔からこの地の人々を異縁存在から守って来たとも言えるわけです。どうでしょう三鎌縁者。調査レポート以上の説明を出来たと思うのですが」
「え? あ、ああ……ありがとうございます。確かに、これはいつも以上に慎重に事を運ぶ必要がありそうですね」
「そうそう!」
木森林の頷く姿にセナノはホッとする。
後半の方は集中力がきれていたので何を言っているのかは正直わかっていなかった。
(……少し休む期間が長すぎたかしら? もっと集中しないと)
セナノは内心で喝を入れ、気を引き締める。
(早くエイの待っている家に帰らないといけないんだから)
しかし、やはりその根底が変わってしまっている事に彼女は気が付いていない。
まさか派遣されたS階位が絶不調である事など知る由もない木森林は、セナノの真面目な顔を見て心強そうだ。
「そうだ、せっかくなので神社にも立ち寄ってください。近くなので」
「神社ですか。それも雷冠の?」
「ええ勿論。この地で祀られるべき神は雷冠のみです。きっと、村の老人たちはそこに集まっている事でしょう」
木森林の言葉はすぐに正しい事が証明された。
田んぼが並ぶ開かれた平らな土地にぽつんと立つ塔のような建造物がある。
鳥居から察するにそこが木森林の言っていた神社なのだろう。
そしてその鳥居の傍には、職員ではない者達がたむろしているのが見えた。
この村の老人達だろう。
塔に向かって、手を合わせて小さな声で「くう……くう……」と呟いているのが風に乗って聞こえてきた。
「ああ、やっぱり」
木森林は駆け出す。
誰かが近づいたことで警戒するように顔を上げた老人達だが、それが彼女であると気が付くと気さくに手を上げた。
「お、木森林さん」
「もー、おじいちゃん達駄目ですよ! 早く帰らないと」
「そんなこと言われても、オトシ様が天に帰れるように祈らねえと」
「オトシ様……?」
「雷冠の呼び名の一つです。おじいちゃん達はオトシ様って呼んでます」
こっそりとセナノに耳打ちをして、木森林は再びにこやかに老人達に話しかける。
「皆さん安心してください。すーっごい上の立場のスペシャリストの方が来てくださったので」
「木森林さんとこのか? んでも、あいつらはどーにも失礼だからなぁ」
「んだな。あんなに電気をぴかぴかつけてたらオトシ様が驚いちまうだろ」
「この方は他の方とは違いますよ! なんたって、何体もの神様を送り返した実績があるんですから!」
「えっ」
「神様を?」
「え、え?」
「セナノさん、ね?」
木森林に迫られ、セナノは頷く。
それから気を利かせて、ギターケースを降ろした。
老人達がそれをしげしげと見つめている間、彼女は中からヒバリを取り出す。
「……私は全国を行脚する巫女のような者だと考えてください」
『認識接続、オース・リンク開示。確認しました』
そして放り投げれられた羽根は、一羽の鳥となった。
焔を纏った鳥は、セナノの頭の周りをパタパタと旋回している。
「おぉ……! なんじゃあれぇ!」
「今の巫女ってのは、ああいうのを使うのか!」
「ほら、あれだ。60年前のヨイちゃんとおんなじだ。あの子も色々と連れていたべ?」
「ヨイ……? あの、それって」
気になる言葉にセナノが問いかけようとしたその時、唯一表情を変えなかった老人が口を開く。
「おめえ、どこの神さんの巫女だ」
「え?」
「木森林さんとこのは底意地の悪い奴が多い。前にもこんな風に騙す奴だっていた」
「ちょっと、山田さん……」
木森林が気まずそうにセナノへ視線をやる。
しかし当の本人は困った様子もなく、こう告げた。
「私は澄目村に深く関わりを持つ巫女です。空に関わる神様に舞を披露した事があります(真顔)」
誓って嘘は言っていない。
エイとの関わりは深いし、エイの体に入った空澱大人を相手に舞ったのだからそれも実質本当の事だろう。
限りなく嘘に近い真実で現地の人間を納得させるのも縁者の必須技能の一つだ。
「澄目村……! そうか、そうか! それは悪い事を言ったな!」
「やっぱし、おんなじ空の神様だと助けてくれるんだなぁ」
「でしょうでしょう? 三鎌さんは凄く頼れる巫女さんなんですから」
木森林の人当たりの良さには随分と助けられていた。
セナノだけなら、打ち解けるまでにもう少し時間を要しただろう。
「さあ、という事で皆さんは早く家に戻ってください。三鎌さんのお邪魔にならないように」
「んだな。……ほんでも、今回の
「勿論!」
「そうかそうか。木森林さん、ありがとな」
「んじゃ、帰るべ」
「木森林さん、お疲れ様。頼んだよ」
老人たちは最後に塔に手を合わせると安心したように帰路についた。
彼らが近くの家々に入っていくのを見届けてから「さて」と木森林は声を上げる。
「じゃあ、私は村長さんにお話ししてきますから。たぶん、塔の中で奉納の準備をしているので」
「その奉納というのは?」
「雷冠を空に戻す儀式です。ですが、それをする前にまずは雷冠を地から切り離してもらう必要があるんですよ。そこで三鎌縁者の出番です!」
「成程。だから対象その物の焼却ではなかったのですね。この村には雷冠を戻す手立てがあった」
「そう、その通り。本当なら自分達だけで全部完結できれば良いのですが……では、三鎌縁者。私は塔の方に行ってきます。貴女もそろそろ準備を始めてください」
そう言う彼女の視線は頭上の鳥に向けられていた。
老人たちがいた手前、まじまじと見ることが出来なかったのだろう。
「こうしてみると意外と小さいですね」
「舞の奉納によって巨大化していくんです」
「へえ、それは是非とも見たかったなぁ」
「ははは、まずはお互い自分達に出来る事をやりましょうか。その後でしたらいくらでも」
「……そうですね、では」
木森林は礼をして、塔へとパタパタ駆けていく。
先ほどの老人達との会話と言い、彼女はもはやこの村の人間同然のようだ。
(それにしても、奇妙な塔ね)
セナノは塔を見上げる。
五重の塔をより細身で作ったような不思議な形の塔だ。
田んぼ以外には辺りに何もなく、唯一天を貫くように建てられたそれはまるで避雷針のようにも見える。
まるで雷がここに落ちる事を前提として作られているような。
その塔はこの村と雷冠の関わりを示しているように見えた。
(エイがこの場に居たら、どうなったのかしら……)
きっと村の皆に可愛がられて美味しい物を食べて、そして一緒に雷冠を天へと返せただろう。
もしかしたら、こんな大掛かりな事をせず、空澱大人が片手間に片付けるのかもしれない。
(舞う前に、少し電話しようかしら。あの子が心配だからね)
セナノは急ぎ足で公民館へと戻っていく。
余所者の自分には、この辺りは少し居心地が悪かった。