【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
辺りは嘘のように静まり返っていた。
蛙や虫の声すらもどこかへ消え去り、しんと静まり返った村は風が草木を揺らす音だけが響いている。
家のカーテンを少しめくり覗く老人も、数値とモニターを交互に見続ける職員も、誰しもがその時を待っていた。
視線を集めるのはただ一人、特設の舞台に上げられたセナノである。
広場に作られた雷冠と彼女の為だけの空間には、ゆっくりと火の粉が満ち始めていた。
「――ヒバリ、舞うわよ」
ひと鳴きし、高く舞い上がったヒバリを合図に職員達の間の空気が張り詰める。
高く手を上げ自身の存在を天に知らしめるようにして、セナノは舞い始めた。
「舞踏型奉納構文、開始されました」
「封応値、縁波密度共に異常なし」
「目標はなおも安定期のままです。このまま舞の奉納を予定通り開始します」
職員が手を上げ、合図を出す。
セナノはそれを見て、本格的に舞いを激しくした。
(こんなに安全な場所でじっくり舞えるなんて初めてね。簡単すぎて逆に違和感があるわ)
独特のステップが砂利をえぐり、軽トラが昼間に残した轍を踏み潰す。
より舞いやすく、納めやすく、彼女の為だけの世界へと熱と炎を伴って作り替えられていった。
職員の中には、思わず見惚れて手を止めてしまう者までいる。
それほどまでに彼女の舞は洗練されていたのだ。
(気持ち良い……こんなに自由に舞えるなんて)
今までの経験一つ一つが値千金。
一般の縁者であれば、一つ生き残ればそれだけ伝説となるような事件をいくつも解決してきた彼女の体は既にS階位として完成されつつあった。
普段の彼女であればその事に歓喜する所だろうが、今は違う。
(せっかくだけど、お腹を空かせた子が待っているから)
自分の進化を確かめる事すらせず、彼女は淡々としかし美しい舞を続けていく。
これは彼女にとってはあくまで仕事なのだ。
「……焼却構文、規定値に達しました」
「了解、第二フェーズへの移行を許可します」
セナノの舞を見ていた職員の一人が再び手を上げる。
それを見てセナノは頷くと、ある方向を舞の中で指し示した。
踊りの中に組み込まれた命令を、ヒバリは理解しその方向へと翼を広げて飛んでいく。
その姿は小鳥を超え、大鷲と呼べるまでに変化していた。
ヒバリは山と山の間をすり抜け、悠々と飛翔を続ける。
そしてやがて細い砂利道が途切れたころ、捨てられた田畑が草原となった地にそれを見下ろした。
眩い程に輝く青い雷光。
輪を描き、まるで巨人の冠のような形を維持しているそれこそ、この村において神と呼ばれる異縁存在であった。
ヒバリが雷冠に接近した事を、草むらに待機しているドローンカメラが捉える。
「ヒバリ、到着しました」
「目標の縁波密度が僅かに揺らぎを見せています」
「構うな。ここまでくればもう、三鎌縁者のペースだ」
大きな動きを見せる前に、この地に降りた理由を焼却するだけで良い。
唯一、特殊なNARROWを持つ彼女にかかれば数週間は時間を要する大規模な作戦行動も一日で簡潔する。
接近と焼却の二つをヒバリ一機でこなす異常性はその舞いを始めて見る者にも伝わった。
ドローンカメラの向こうでは、ヒバリが雷冠の周りを旋回し始めている。
そして何周かした後、地上へと急降下を開始。
地面すれすれで片翼だけを草木に触れさせると、そのままの姿勢で雷冠の周りを飛び始めた。
翼の焔が草木に移り、雷冠の周りを輪のように覆っていく。
指向性を持った焔は必要以上は燃やさず、的確に雷冠の檻を作って見せたのだ。
「――目標の封応値に異常発生」
職員の言葉を示すように雷冠がバチリと音を鳴らし、次の瞬間にヒバリへと閃光を放った。
この村では天罰とされる神の雷である。
が、その雷を前にヒバリは何もしなかった。
それも当然のことだ。
例え神の雷であろうが、それが構文により作られたものならば、ヒバリに焼却できない筈がない。
ヒバリは雷を受けながらも悠々と飛ぶ。
やがて雷冠の体は輪郭がぶれ始め、ガタガタと激しく揺れる。
この地を自身の居場所にする道理が焼かれつつあるのだ。
それを確認して、職員は頷き無線を取る。
神を天に還す作戦は、既に最終フェーズへと移行しようとしていた。
「最終フェーズへの移行を確認。
『了解。空戻し、始めます』
無線から職員の声が返ってくる。
それはこの村唯一の神社にある塔の中から発せられていた。
間もなく塔の先端から煙が立ち上り、数度セナノの耳まで響くほどに大きな鐘の音が鳴る。
甲高く、しかしチャペルよりは重々しいその音が村中へと響く。
そして。
「――来ます」
職員の言葉をかき消すほどに村に大きな雷が落ちた。
先ほどまで星々が見えていた夜空はいつの間にか分厚く黒い雲に覆われている。
大粒の雨と風がテントを揺らし、紙垂がグルグルと回る。
村の者が愛した嵐が来たのだ。
「地上の目標は」
「消失しました。封応値、縁波密度共に異常なし。……作戦終了です」
「皆、ご苦労だった」
その言葉に嵐の中だというのに職員達は顔をほころばせ、傍にいた者達と笑顔で頷き合っている。
セナノもまた、帰って来たヒバリを羽根に戻し、雨に打たれながら全ての成功を確信していた。
「お疲れ様です、三鎌縁者」
職員が駆け寄り、セナノへと傘を広げる。
セナノは礼と共にその中に入り、差し出されたタオルで雨と汗に濡れた頭をわしゃわしゃと拭いた。
「久しぶりに平和に全て終わったわね」
「ありがとうございます。流石はS階位様ですね」
「まあね。私がいなかったらもう少し手こずっていたでしょうし、報酬は弾んでよね」
「勿論です。公民館に休憩スペースを作りました。どうか休んでください」
「ありがとう」
セナノは傘を受け取り、公民館へと歩き出す。
と言っても、荷物をまとめてすぐに帰る為なのだが。
(明日の朝にはエイに会えるわね)
と、そこでふと足を止めた。
「……木森林さんには流石に挨拶をしないとね」
あそこまで自分に良くしてくれた人間に挨拶も無しでは礼儀がなっていないだろう。
セナノはそう考えて、神社の方へと向かった。
幸いな事に、村はそこまで大きくなく少し歩けばすぐにたどり着いた。
先ほど見た時よりも明るいのは、四方にある灯篭の中に灯が灯っているからだろう。
雨と風が激しい中でもそれらは揺れながら煌々と燃えていた。
雨特有の湿った匂いに混じって、焦げたような香りが鼻を突く。
それを灯の香だろうと考えて、セナノは神社の塔へと向かっていった。
(それにしても、雷が落ちたみたいだけれどどこに落ちたのかしら)
音から察するに、近いだろう。
雨のおかげで火が燃え広がったりはしないだろうが、不運に直撃でもした人間がいるのならば最悪だ。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様。入っていいかしら」
「勿論です、どうぞ」
職員が入り口に立っていたが、特に出入りを制限しているわけではないようでセナノに軽い会釈をして、中へと入るように促す。
中は想像以上に普通のお堂のようだ。
年季が入って黒みがかった木の柱が何本も立ち、梁には雲と雷が細かく彫られている。
そしてその最奥には、ろうそくや果物が並べられる祭壇があった。
(さて、木森林さんは……って、どうしてここに村人が沢山いるのよ!?)
祭壇を拝むように十人ほどの老人がいる。
その中には木森林によって家に帰された筈の老人の姿もあった。
「おんや、あんたは巫女さんでねえが」
「何故ここに?」
「そりゃオトシ様が戻ってくるようにだべ。木森林さんが頑張ってんのに拝むことすら出来ないなんてな」
「俺も家族を説得して戻って来たんだ。せっかく木森林さんが奉納したってのに」
「んだ。木森林さんがここに何十年といた、みんなの家族みてえなもんなんだよ」
どうやら木森林の事を想っての行動らしい。
これが作戦前なら無理矢理にでも返す所だが、既に作戦は無事に終わった。
ならば仕方が無いか、とセナノはため息と共に笑みを浮かべる。
「それで肝心の木森林さんはどこですか?」
「あそこ」
老人達が一斉に指をさす。
その先には蝋燭と果物に囲まれた木造りの祭壇。
正確には、その上にあった大きな麻袋。
「っ」
セナノの脳裏を嫌な想像がよぎる。
次の瞬間には老人が制止をするまでも無く、駆け出していた。
祭壇へと昇り、セナノは麻袋へと手を掛ける。
古臭いその袋は、妙に焦げ臭く、何かが今も焼けているような匂いがした。
意を決して袋を開ける。
するとその中には、見知った顔があった。
「……ふざけないでよ」
人の良い笑顔を浮かべていた中年の女性が、顔中に広がる網目状の火傷と共に目を見開きこちらを視ている。
いや、そう見えただけだ。
たまたま開かれた目は白濁し、既に世界を見る機能を失っていた。
「――まだ祈り終わってないから、降ろさないでけろ」
声に振り返る気はない。
老人の言いたい事も、ここで何が起きたのかもセナノは良く理解していたからだ。
(人身御供……少し考えれば、わかったじゃない……)
木森林の笑顔や明るい声から逃れるようにセナノは麻袋をそっと元に戻す。
ここまでして儀式を成功させた彼女は、死してなお、村への献身を望んでいる。
拝み続ける老人達がそれを証明していた。
その顔には皆、涙が浮かんでいる。
しかし全員が笑顔を作り続けていた。
そうすることが、唯一全てが丸く収まる方法だと知っているかのように。
「……やっぱり、燃やした方が良かったじゃない」
最後に、木森林へとそう吐き捨てセナノはゆっくりとその場を去る。
その時、誰も声を掛けてくることはなかった。
塔を出た後、セナノは職員へと一礼だけして傘を広げる。
そして公民館へと戻ろうとしたその時、閃光が瞬き、再び地を揺らすような轟音と共に地面が揺れた。
「っ!?」
「うわっ、だ、大丈夫ですかぁ!?」
「私は大丈夫よ」
職員にそう言って、セナノは振り返る。
今、雷はすぐ後ろに落ちたようだ。
「……成程、そのためにこの形なのね」
見上げる塔に、再び雷が落ちる。
今度は平気だった。
「この塔、どうやら特殊な構造の避雷針のようです」
職員はそう言って、お堂の中を指さす。
覗けば、相変わらず老人達が体を丸めるようにして木森林へと拝み続けていた。
その麻袋は、先ほどよりも黒ずんでいる。
「先端の金属から伝い、内部で分散し、最後にはあの祭壇に戻ってくる。中であの場所だけに雷が落ちるようになっているんですよ」
「そう、作った人間は狂ってるわね」
神に人間を捧げるには最高効率だろう。
しかし、セナノはこれ以上黒ずんでいく麻袋を見たくなかった。
雷が落ちる度に衝撃でびくんと揺れるその袋は、まるでまだ中身がもがいているようである。
「…………帰るってのに最悪な気分よ」
雷が落ちる。
まるで捧られたものを楽しむように。
何度も、何度も。
セナノはそれを聞かないように公民館へと足早に向かった。
そしてさっさと荷物をまとめ、ワゴン車へ乗り込もうとした時だ。
雷と雨風に混じった通知音に、セナノはすぐにスマホを取り出す。
が、そこには望んだ名前はなかった。
「……なんだ、てっきり眠れなくて電話して来たのかと思ったのに」
もしもそうであれば、自分の心は幾分が晴れただろう。
そう考えながら、彼女はスマホを見る。
そこには自分にこんなクソッタレな任務を押し付けてきた縁理庁の名前が表示されていた。
「はい、三鎌です。……ええ、そうです。もう完了したので、帰ります。……はい、はい。滞りなく、事前の話通りに現地職員の多大な協力で無事に……はい。報告書は、後日……はい、え? …………は?」
スマホの向こうから聞こえてきたふざけた言葉にセナノは思わず立ち尽くす。
「今から別の任務ですかぁ!?」
傘に当たる雨粒が、今の状況をあざ笑うようにぼつぼつと音を立てていた。
『どうしたんですかエイ! その涙はなんですか! その顔は! そんな事でコンテンツが完成するんですか!』
『熱血暴力反対! 徐々にならしていってよぉ! 内臓を全部裏返した状態で返すのはレベル高いってぇ!』