【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
車の後部座席での目覚めは気だるいものだった。
「……朝」
任務で廻縁都市を出て三日目の朝、彼女の目覚めは僅かな揺れと車内に漂う缶コーヒーの香りの中だった。
いつもは早朝に起きる彼女だったが、二日連続の任務と車の心地の良い揺れが余程瞼を重くしたらしい。
(あんだけ手早く雲形異縁存在をシバき倒したって言うのに……また任務とは……)
関東平野に落ちた雲形異縁存在は、ミラクの想像を超えた速度で処理された。
筑波山から雪崩のように落ちてきたというその雲は、かつて雨ごいの際に信仰されていた神が窓となって生まれた異縁存在だったようだ。
昭和初期までは信仰が続いていたようだが、やがて記録に残るだけの神になったらしい。
それが、何故かこのタイミングで落ちてきたのだ。
(というか関東の連中は何してんのよ。殆ど私一人で処理したじゃない)
セナノは降りてすぐに舞った。
半ギレで舞った。
帰ってエイの包帯を取り換えよう、とか一緒に午後はお菓子を食べながら映画を見ようとか考えていたところに降って湧いた任務だったので、やる気というよりは怒りが原動力としてあった。
それでも舞のキレと精密さは健在であり、ヒバリはその羽根を悠々と広げて雲そのものを焼却処分してしまったのである。
規模こそ大きな異縁存在だったものの、対応速度は雷冠よりも早かった。
(雷、雲、と来て今度は雨雲……私、空関係にやたら縁がありすぎじゃないかしら)
これでセナノ自身が空に関係する異縁存在の窓になったら洒落にならない。
そんな事を寝ぼけた頭で考えていると、朝日が窓から差し込んだ。
腹立たしい程に、心地が良い朝日だ。
「――何か、食べられますか?」
運転手の職員はセナノが起きたのをミラーで確認すると問いかける。
「助手席のレジ袋に缶コーヒーと食料があります。良ければどうぞ。と言っても、もう到着しますが」
「ありがとう、到着前に食事はさっさと済ませてしまうわ」
セナノはそう言って缶コーヒーとおにぎりを手に取る。
そして脳裏に当然のようにエイを思い浮かべた。
(エイ、大丈夫かしら)
三日目の今日はミラクが面倒を見てくれることになっている。
彼女ならば、余程の事が無い限りは安心だろう。
(朝からいっぱい食べる子だから、ラクちゃんに迷惑かけないと良いけど)
朝はとりあえず5人前は平気でぺろりと平らげるその食欲には、毎度のことながら驚かされる。
セナノのような高給取りでなければ、既に食費だけで破産していただろう。
と言っても、食費は縁理庁名義の経費で落とせるのだが。
「……ん、よし」
セナノは手早く食事を済ませる。
コンビニのおにぎりが一つあれば、セナノは十分だった。
それに今は、食事をさっさと済ませてあることをしなければならない。
「少し電話をするわ。災主級に関わる事だから、消音の構文を使うわね。着いたら知らせて」
「わかりました」
セナノは内ポケットから小型の札を取り出すと、座席に貼り付ける。
書き記された構文が貼られた瞬間に発動するという少し古臭い仕組みだが、それでも簡易的でセナノは嫌いではない。
少なくとも友人と通話をする分には、この札の方が安上がりだ。
「……あの子、起きてるかしら」
一度のコールの後、すぐに向こうでエイの声が聞こえた。
『セナノさん、おはようございます!』
「朝から元気ね」
『はい。ミラクさんにおにぎりを貰いました。中に唐揚げが入っていてすごく最高でした!』
「良くそんな重そうなものを食べれるわね」
エイの事だからそれをわんこそばのようにひょいひょいと食べたであろうことはすぐに分かる。
朝から元気なのもそのせいだろう。
寝ぼけまなこを擦ってベッドから出て、セナノの用意した朝ごはんを食べる。
今となっては日常であるその風景が、車内の窓に映っている気がした。
「……寂しくはない?」
『ベッドが広くて違和感があります。早くセナノさんと寝たいです』
照れくさそうにそう言ったエイの言葉の後ろで『えっ、貴女達って一緒に寝てるんですか!?』という驚愕の声が聞こえてきた。
そこでようやくセナノはこの会話がミラクに聞かれている事に気が付く。
いくらこちら側で真面目で難しそうな顔で取り繕っても、エイから筒抜けでは意味がない。
『はい! セナノさんは寝るときに頭を撫でて抱きしめてくれるんです』
『……ちなみに、それ以上の事はしていないですね?』
『それ以上……?』
「ちょっとエイに何を聞いてるんですか!? エイ、今すぐラクちゃんに代わって!」
『あ、わかりました! ……はい、ミラクさん、どうぞ』
これでは自分のエリートな外面が崩れ去ってしまうと、セナノは言い訳を構築する。
そしてミラクが何かを言うよりも早く、彼女はそれを口にした。
『あの、セナ『災主級の疑似媒介体の精神の安定は監察官の重要な責務であり、私はそれを全うしているだけです。なんですか? それとも私が趣味でそうしているとでも!?』……まだ何も言っていませんよ? というか、別に私からは何も言いませんから』
ミラクは何故か朝から疲れた声でそう言った。
夜勤明けだからだろうか。
『ですがセナノさん、貴女達はまだ未成年です。エイさんは15歳で学生なんですから、節度のある交友関係を築いて下さいね。学生の内からそんな事をしては駄目です』
「勿論です」
既に炎天下ディープキスをきめた後とは思えない程に芯のある声だった。
ミラクはその声に納得した様子で向こう側で頷いているようだ。
『うん、流石はセナノさんですね。それじゃあエイさんに代わります。……エイさん? どうかされたんですか?』
『……いえ、お腹いっぱいで少し苦しくて』
『ふふ、確かにそうですね。あんなに食べたら私なら動けません』
(あのエイが動けないって、どれだけ食べたのよ……!?)
ミラクの事だから甘かったのかもしれない。
昼からはセナノがメニューと量を指定する必要があるだろう。
『セナノさん、代わりました! 私です!』
「エイ、何人前食べたの」
『……セナノさん、次の任務はどんな異縁存在が相手なんですか!』
「おい」
エイにはまだ話術のスキルはないようだ。
彼女はパッションだけで自分に都合の悪い事を隠そうとしている。
『セナノさん、無理は禁物ですよ! で、どんな異縁存在なんですか!』
「貴女に言われたくないわよ。……異縁存在は、またA級ね。それも市で信仰されている雨雲の神様。これが最近、不調みたいで私が舞いでパパッと解決することになったのよ」
『雨雲……御空様にお願いしますか?』
「いいわよ、別に私の仕事だから」
家で待っている怪我人に解決されては、セナノの立つ瀬がない。
あくまで家で安静にして貰う為に置いてきたのだから、助けを乞うはずがなかった。
『えー、でも空って凄いのが多いですよ? 御空様が以前、そう仰っていました』
「……空澱大人が?」
『はい。なんかこう、ぐわーって感じらしいです』
「良く分からないわね」
『でもでも安心してください。御空様は、セナノさんの事も良い人だと認識しているので』
「そう、それは光栄ね」
空澱大人に個人として認識されることが果たして喜ばしい事なのかは疑問が残る所だが、悪人と思われるよりはマシだろう。
自分も異縁存在のように青空の下で処理されたくはない。
『ですので、もしもセナノさんが本当にピンチになったら――』
車は間もなく、トンネルに入る所だ。
長く、そして曲がっているようで出口の光は見えない。
『合図に、まず蝉が鳴きます』
「蝉……?」
セナノが詳しく聞こうとしたその時、トンネルに入った事で電波が途切れる。
最新式のスマホであるのだが、この辺りは余程電波が悪いようだ。
「チッ、やっぱり市販品は使えないわね。縁理学園にお願いして特注品作って貰おうかしら」
当然、エイとどこでもお喋りする為だ。
そうしてセナノがスマホのアンテナ(0本)とにらめっこをしていると、職員から声が掛かった。
「間もなくです。準備を」
「……はあ、わかったわ」
セナノはメッセージで『これから任務。また後で話しましょう』と送り、スマホをしまい込む。
それからギターケースを引き寄せ、いつでも降りれるように準備を終えた。
やがてトンネルを抜けると、そこから四方を山に囲まれた街を見下ろすことが出来た。
そこそこ大きなショッピングモールや新しい家が並ぶ辺り、意外に発展しているらしい。
セナノは消音構文を剥がして言う。
「村って感じじゃないわね」
「複数の村と集落が合併して、市になったようです。雨目市はこの辺りではそこそこの人口ですよ。ですので、今回はまた現地の職員と連携する必要がありますね」
「関東平野はだーれもいなかったものね!」
「一応、遠くから観測と情報規制は行っていたそうですから……」
なだめるように職員はそう言った。
がそれ以上の言い訳が思いつかないようで、彼は黙って運転に専念し始めた。
沈黙を乗せて、車はやがて雨目市へと降りる道路に乗る。
道脇の看板には、雲に眼が付いたキャラクターが色あせてもなお、健気にポーズを取っていた。
「……振目村よりは健全そうね」
未だに鼻腔には、人の肉が焼けた匂いがこびりついている。
木森林の末路は決して良い物とは言えないだろう。
だからこそ、出来れば燃やしておしまいになる任務であることを望んでいた。
「着きました。合流予定地の、村役場跡地です」
声に顔を上げると、そこは何もない駐車場だった。
跡地として看板は立ってるが、それ以外にはここが村役場であることを証明するものない。
それが、過去ではなく現在を優先しているようでセナノは無意識のうちにホッとした。
「……ん、来ましたね。こちらも降りましょう」
一台のワゴン車が入ってきたことで、セナノと職員は車から降りる。
ほぼ同時に向こうの車から降りてきたのは、セナノよりやや歳を重ねたであろう黒い髪の少女であった。
高校生ではないだろう。
少女のあどけなさに、大人の色香が混じり始めている。
「ああ、貴女が三鎌縁者ですね」
彼女は、セナノを見ると朗らかな笑みを浮かべて駆け寄る。
その人懐っこい笑みは、振目村で見た彼女の笑みにそっくりだった。
黒いスーツに笑みが似合っていない事もあるのだろうか。
「今日はよろしくお願いします。私、木森林といいます」
「……は?」
「叔母がお世話になりました」
明るく、駐車場に響くような声で、二人目の木森林はそう告げた。