【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~   作:不破ふわる

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第177話 宿り木、森に隠すなら

 僅か一時間程度の付き合いだった木森林の笑顔を忘れずにいるのは、きっとあの凄惨な終わり方を目撃したからだろう。

 だからこそ、セナノは最初に目の前の少女を直視することが出来なかった。

 木森林という名前は、セナノが救えなかった者の名前だからだ。

 

「朝食はもう済ませていますか? 良ければこの辺で朝からやっている美味しい定食屋を紹介しますけれど」

「車で食べたからいいわ。時間が惜しいから、さっさと現地に行きましょう」

「おぉ……これがS階位」

 

 感嘆し羨望の眼差しを向ける様子はやはり過去の木森林と似ていた。

 彼女はセナノに一切の警戒心を抱いていない様子だ。

 

「では、行きましょうか。ここからは少々歩きますが大丈夫ですか?」

「問題無いわ。けど、車が通れない場所にターゲットがいるの?」

「いいえ。ただ、フラシ様は車のエンジン音を嫌うので」

 

 この街に生きる者として木森林は告げる。

 それから大きなリュックサックを車から引っ張り出し背負った。

 小柄で細身だと思ったが、存外力があるようだ。

 

「三鎌縁者、私に続いて下さい。職員の方も、ここに車を止めておいて構いません。雨目市は既に封鎖済みですので」

「……街に人がいるように感じるけれど」

 

 風に乗り聞こえてくる音は、人々の朝の営みだ。

 信号待ちをする車や、通学路を駆ける子供のはしゃぎ声すらも耳に届く。

 これでは封鎖とはとてもではないが言えないだろう。

 

「観光客や、他にも外から来た人々は地盤沈下を理由に避難させました。ここにいる外からのお客様は三鎌縁者率いる縁理庁の派遣チームです」

「けど、まだ民間人がいるわ。避難が終わっていないんじゃないの?」

「大丈夫ですよ。全員、フラシ様の子供なんですから」

「……は?」

 

 木森林は笑顔で答えると、リュックサックに重心を取られながらもゆっくり歩き出した。

 それを見てセナノは渋々追いかける。

 話を聞くにしても、ついて行かなくてはならないだろう。

 

「そういう風に皆さんは信じているんです。この街で生まれたのなら、フラシ様の子供である。なら、子供が逃げるなんておかしいでしょう?」

「でもそれは伝承であり、漠然とした共通認識でしかない筈よ」

「縁理庁にとってはそうでも、私達にとっては違います。とりあえず、仕事の邪魔はしないし、仮に事故が起きて巻き込まれたとしてこの街の人達は受け入れます」

「でも……」

「三鎌縁者、大丈夫ですよ」

 

 振り返った木森林は朗らかに笑う。

 その額には汗が浮かび、やや息も上がっていた。

 見た目通りの普通の少女なのだろう。

 これだけの大荷物を背負う機会など今までなかった筈だ。

 

「全然大丈夫じゃないわよ。貸しなさい、持ってあげるから」

「え、でも……」

「この程度を持つくらいなら平気よ。S階位を舐めないで」

 

 セナノは木森林の荷物を半ば奪い去ると、そのまま背負って軽い足取りで歩き始めた。

 その姿を見て木森林は再び感嘆の声を漏らす。

 

「凄いですねぇ……! S階位って全員力持ちなんですか!?」

「そういう訳じゃないわよ。私は鍛えているから」

 

 言葉には裏付けする自信があった。

 木森林はそんな彼女を見てより一層やる気を出してセナノを追い越し、再び道案内を始める。

 

「こっちです。役場跡地から山道を少し行った先にある神社がゴールですよ」

「神社……そこって変な塔が建っていたりしないわよね?」

「塔……? いえ、本堂と離れの倉庫が二つあるだけですよ。中もそこまで広くはありませんし」

「そう、ならいいの」

 

 セナノはそれを聞いてとりあえず満足し黙ろうとしたが、木森林は違った。

 彼女がなにを言いたいのかをすぐに察した様子で、ニッコリと笑う。

 

「あ、もしかして叔母の事があったから心配しているんですか?」

「……ごめんなさい。あの時、私がもっと奉納の内容を把握していれ「ありがとうございました」……え?」

 

 セナノは思わず足を止める。

 半ば山道に入った道は砂利からぬかるんだ土へと変わっていく。

 

 そして振り返った木森林の遠く向こうに、鮮やかな紅の鳥居が小さく見えていた。

 

「叔母も木森林として役割を果たせて喜んでいると思います。ずっと振目村で頑張っていましたから」

「全部、知っていたの?」

「勿論です。木森林の名を持つ者は皆家族です。ほら、チャットグループもあるんですよ」

 

 木森林はスマホを笑顔で見せつける。

 そのチャットグループには数百人が参加しているようだ。

 

「私達は皆、叔母の事を羨ましく思っています。だからそんな顔をしないでください。奉納を邪魔したのならまだしも、空戻しを手伝ってくれたのですから、貴女がそんな顔をする必要はありません」

「……言っていることが、よく理解できないわ」

 

 自分とは違う常識を持った少女の無償の善意が、言葉となってセナノを苛む。

 彼女はつまり、見殺しにしたことに対して礼を言っているのだ。

 そしてそれが、羨ましいとも。

 

「貴女達、なんなの……!?」

「保険ですよ」

 

 木森林は再び歩き出す。

 荷物を預けた彼女の足取りは軽やかだ。

 神社へと近づく度に、その足取りはより陽気なものに変化していく。

 

「日本に、どれだけの神が残っていると思いますか?」

 

  伝承や戒めが窓となり生み出された異縁存在がその地に根を張る。

 木森林はそれを神と呼んでいた。

 

「神なんていないわ。全て異縁存在よ」

「いますよ。私達人間が生んだんです。害するも神、救うも神。異縁存在という呼び方はあくまで縁理庁が作り出した枠組みでしかありません。現に、この街は多くの村が合併した後もただ一体の神を信じて生きています」

 

 その言葉にはこの街で生きていた者だからこその力強さが宿っていた。

 

 

「過去は意味がなかった儀式でも、異縁存在が生まれれば意味が発生する。けれど、毎回都合よく儀式が完遂され、奉納がなされるとは限らない。地域によっては年齢や性別まで細かく限定されている場合もある」

「……」

 

 セナノは何も答えることが出来なかった。

 

「木森林はどんな場所にも根差す宿り木。その時が来れば、人々の代わりとなる為にいます」

「……生贄じゃない」

「それが何か悪い事ですか?」

 

 木森林は心底不思議そうに問いかける。

 

「生贄が可哀そうな事だと、誰が決めるんです? 本人が望み、周りが喜び、神ですら心を満たす。それはとても崇高な行いのように思えますけれどね」

 

 神社が近づいている。

 小さく見えた鳥居は、山奥に建てられたとは思えない程に大きい。

 それだけこの神は古くから人々に愛されているのだろう。

 

「でも、それは……」

「それに三鎌縁者もわかっているでしょう」

 

 相変わらず明るい声で木森林は、その名を口にする。

 

「折津エイや折津ヨイのようなイレギュラーがいつも現れるわけではない。人類は常に準備をしておかなければなりません」

「……折津、ヨイ?」

「はい。60年前、まだこの街が二つに対立していた頃、それを一つにまとめ、そしてフラシ様を新たにしてくれた……らしいです。なんでも、折津ヨイがとても格式の高い神の巫女だったそうで、特に空に関係する異縁存在には絶対的な権利を持っていた」

「そんなこと、縁理庁のデータベースには……」

「無いでしょうね。これも口伝です。当時も記録は一切認められなかった。けど当時、自分達の半身とも言えるフラシ様を救われた人々が、その名を忘れる事はなかったのでしょう」

 

 木森林は、コミュニティに溶け込むことに長けた一族だ。

 彼女はこの数分のやり取りの中で、これから始まる儀式を完璧に完遂させる方法を理解した。

 S階位である三鎌セナノ。彼女を本気かつ、邪魔をさせないようにすれば良いのだ。

 

 生贄と言った彼女の様子から見て、下手をすればその正義感から別のアクションを起こしかねない。

 神を完璧に燃やされてしまうのだけは避けなければならないだろう。

 

 故に、彼女は丁度その手に持っていた切り札を迷いなく斬る。

 

「もしも儀式が無事に終わったのなら、その時は折津ヨイについて教えてあげましょうか?」

 

 それはセナノにとっては無視できない提案だ。

 

「折津エイの前に現れた巫女であり、同様に空の神と心を通わせた少女の事、知りたいのでしょう?」

「……私は」

 

 問いに対する答えは聞くまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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