【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
境内は厳かでありながら、明るい雰囲気であった。
親しみやすさとでも言うべきだろうか。
ここの神は愛されているのだろうという事がよくわかる。
手入れが為されて鮮やかな鳥居に、簡素ながらも丁寧な作りが見受けられる拝殿。
そして大きな木の傍に佇む本殿。
藍色の屋根と日に焼けた浅黒い木造の建造物の前には、まるで狛犬のように石造りの二匹の蜘蛛が並んでいる。
参道には一切の枝や葉が無く、白い石畳が伸びていた。
「……凄い」
何より、入った瞬間にセナノの心を吹き抜けるような暖かい風がここが安全であると伝えていた。
例え、それが迷宮であったとしても。
「こんなに安定した迷宮があるなんて」
「お気づきになったんですか?」
「空気の圧が違うわ。私はいくつもの迷宮に入ってきたら、感覚でわかる」
セナノだったからこそ気が付けた事だった。
一切の予兆もなく、外界の景色や繋がりを保ったまま自身が支配する迷宮を維持する。
並大抵の縁者であれば、それが迷宮だとは気が付くことが出来ないだろう。
「流石はS階位様ですね。そうです、ここはフラシ様の迷宮。そしてかつて折津ヨイが作り上げた迷宮でもあります」
興味を引く話にセナノが反応した瞬間に、木森林は敢えて話題を折津ヨイから離す。
こんな所でセナノに満足されるわけにはいかないのだ。
「縁理庁公認のZONEでもあるんですよ。まあ、数字で呼ばれるのが嫌いなのでこの辺の人達は全員、神域と呼んでいますが」
参道を歩く木森林は自然と先ほどよりも背筋が伸びているように見える。
その顔は相変わらず人がよさそうな笑顔が浮かんでいるが、緊張と興奮も混ざっているようだ。
「神域には、祭りの日に限られた人しか入れません。なので基本的には皆さんは、向かいの山に建てられたそっくり同じ作りの神社に行くんです」
セナノはその言葉を確かめようと振り返る。
「この街って、大通りを境に建物が全て鏡合わせになっているんですよ。そうすれば、フラシ様の傍にいられるので」
「……本当にフラシ様が好きなのね」
「はい。だって、家族ですから」
木森林は優しい声で肯定する。
彼女達は拝殿を抜け、奥の本殿へと進む。
穏やかな風が木々を揺らし、地面に落ちた木漏れ日がセナノの視線の向こうで踊る。
それはまるでこれから始まる儀式を前にこの迷宮そのものが喜んでいるようだった。
(不思議な迷宮ね。前にエイが使った道を思い出すわ)
セナノはがびがびの一件を思い出す。
あの時、エイは裏道として妙な世界を使っていた。
蝉時雨と夏の日差しは、目隠しをしていたセナノの脳裏にしっかりと夏を焼き付けている。
あの場所も、うだるような暑さはあれど、悪意や身を刺すような気配はなかった。
「さて、では三鎌縁者は一度、本殿へと入りましょうか。他の方はこの近くで準備を進めてください」
荷物を降ろし、セナノは職員へと預ける。
「私もいいの?」
「はい。この儀式を手伝ってくれる代表ですから。それにフラシ様を見たらきっと、驚きますよ」
木森林は宝物を見せる子供のような口調でそう言って、本殿の扉を開く。
ぎぃと軋む音を立てながら、扉はゆっくりと開かれた。
扉の向こうにあったのは、小さな松の木だ。
本殿の中は意外にも外の光が差し込む作りになっており、中心の松の木を囲うように廊下が四方に在るだけである。
坪庭が守られるように、本殿となっているのだ。
そしてその松の木の下に、それはいた。
「……アレが、フラシ様」
「そうなんです。私もこうして姿を拝見するのは初めてですけれどね」
それは清く美しい白無垢を纏った少女の後ろ姿のようであった。
木森林とセナノに気が付いたのか、少女のような者はゆっくりと振り返る。
その瞬間にセナノは気が付く。
それが白無垢ではなく、糸であったのだと。
自身に巻き付く糸を口から吐き出す、人型の蜘蛛。
それこそが、フラシ様と呼ばれる異縁存在の正体だった。
「……雨雲型異縁存在だって聞いていたんだけど」
「はい。フラシ様は雨雲にもなれますよ。ですが、儀式ですから一番私達に近い姿になって貰ったんです」
木森林は物怖じしないようで、フラシに手を振る。
「フラシ様、ありがとうございました! ここからは私にお任せください!」
「――」
フラシは木森林をじっと見つめると、牙を開く。
口は蜘蛛と非常に似た作りになっており、開かれた牙の間から白い糸が木森林へと発射された。
「っ、下がって!」
「わあ、ありがとうございます!」
セナノが動くよりも一足先に、木森林が一歩前に出て糸へと手を伸ばす。
糸は木森林の手の中にふわりと舞い落ちた。
それは手の中に落ちる過程で器用に編み込まれ、美しい白の組紐に変化している。
「綺麗……ふふ、髪かざりにしちゃいましょう。どうでしょう、似合っていますかね?」
「え、ええ」
「良かった」
木森林は髪に組紐を結び、朗らかに笑う。
それからもう一度、フラシへと頭を下げた。
「ありがとうございます! では、儀式まで今しばらくお待ちください!」
フラシは何も答えない。
しかし、まるで人間のようにぺこりと頭を下げた。
「じゃ、準備をしましょうか」
木森林と共にセナノは本殿を後にする。
最後にもう一度振り返ったが、フラシは変わらず二人を最後まで見送っていた。
「随分と友好型な異縁存在なのね」
「この街の家族ですから。今まで頑張って、外から異縁存在が入り込まないように管理してくれましたし、天候も調整してくれた。一日と欠かさずです」
木森林は、本殿の階段に腰を下ろす。
そして懐から一枚の紙を取り出した。
セナノがそれを受け取り目を通して見れば、どうやら儀式の手順であるらしい。
「三鎌縁者には、あの方の最期を華々しく焔で飾って欲しいのです」
「……これを見ると、構文を焼却するみたいだけれど」
結局、処理するのではないか。
セナノは遠回しにそう言っていた。
「三鎌縁者に焼いて欲しいのは、フラシ様の一部です」
「一部?」
「その時が来れば、フラシ様が自ら差し出すと思うので。三鎌縁者はそれを思い切り、燃やしちゃってください。遠慮はいりません。そしたら後は――」
木森林の言葉に合わせるように、セナノは続きを読む。
そこには彼女に覚えのある文字が記されてあった。
「空纏いを私がします」
「……待って、色々と聞きたい事があるんだけど」
「ふふふ、なら頑張って儀式を成功させないとですね。失敗したら、私は三鎌縁者に何も教えてあげられないですから」
木森林はおもむろに立ち上がる。
それから釣られて立ち上がろうとしたセナノを手で制して、言った。
「では、そろそろ身を清めてきます。その後、私は直接本殿に入るので一度ここでお別れですね」
「もう儀式が始まるの?」
「はい。フラシ様にいつまでも無茶をさせるわけにはいきません。私が身を清め、貴女が舞う準備を整えたらすぐにでも始めましょう」
木森林はまるでなんてことのない一日の予定でも立てるようにそう告げる。
それから、念を押すようにセナノにこう続けた。
「終われば、折津ヨイについてきちんと話しますから。どうか、私達の望んだようにお願いしますね」
「……わかったわ」
「流石は三鎌縁者。頼もしいです」
今度こそ、木森林はその場から立ち去った。
本殿前の白い砂利が広がる場所には、既にセナノが舞う為の特設の舞台と、数値の観測のために用意された簡易型のテントが二つ並んでいる。
「……私も準備体操をしておこうかしら」
セナノは立ち上がり、伸びをしながら空を見上げる。
やはりと言うべきか、迷宮の空は自分が知るものよりもずっと青く澄み渡っている気がした。
『……^^ 。あの人間の知っている内容によっては、記憶ナイナイですねぇ……』
『えっ』
『独り言ですよ。貴女はうっかり箸やコップを落とす回数を増やして、人間の世話になっておきなさい。指先の麻痺のバフをかけてあげますから』
『それデバフって言うんだよ。知ってた?』