【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
前二つの任務と違って、舞は穏やかな風と気持ちの良い青空の下で行われた。
セナノに用意された舞台も今までとは違い、仮設とは言え本格的な作りをしている。
恐らくは現地にあったものを使ったのだろう。
長い年月が経ったような木の床はセナノが一歩踏み出すたびに僅かに軋む音をたてたが、崩れる気配はない。
(本当に巫女になったみたい)
見物する者こそいないが、舞台の上で舞う自分の姿は今までで一番それっぽいのではないだろうか。
少なくとも攻撃を避けながら舞ったり、狂った相棒を前にして舞ったり、公民館傍の広場で舞ったりなど、そんな過去から考えれば一番しっくりも来る。
(……折津ヨイも、ここで舞ったりしたのかしら)
余裕のある舞は彼女に思考の余裕を与えた。
ヒバリを大きく成長させながら、セナノは指先まで見惚れる舞を続けている。
しかし脳内は、木森林に持ちかけられた言葉でいっぱいだった。
(この舞台もやけにしっかりしているけれど、普段は使われない。……祭事の時にだけ引っ張り出している?)
この後、木森林から折津ヨイについての情報が手に入る。
しかしそれはそれとして待ちきれないセナノは周囲を観察しながら、少しでも折津ヨイの痕跡を集めようとしていた。
(思えば、最初の村でも折津ヨイの名前を聞いた気がするわ。もう、どうしてあそこでもっと興味をもたなかったのかしら!)
エリートを自称しているのに、まさか同居人の事を考えてうわの空だったなんて笑い話にもならない。
(空戻しはわからない。けれど、空纏いは知っているわ。アレは空澱大人の力)
振目村と雨目市、それぞれには神が存在しており折津ヨイが問題を解決していたようだ。
それも口伝でしか残っていないようだが、空纏いを扱える災主級は間違いなく一体だけだ。
(縁理庁は何を隠しているの? 60年前にエイと同じような子がいたなら、私にも共有してくれていい筈なのに)
身内であろうともS階位であろうとも情報の秘匿を優先するのは相変わらずのようだ。
しかしそれは同時にチャンスでもある。
(逆に言えば、縁理庁が隠したくて仕方が無いって事よね。つまり、あいつらの裏をかける)
セナノの中で縁理庁は完全に信用できる組織ではなくなっていた。
『実はエイちゃんのご先祖様は一度縁理庁にボロ雑巾のように使い潰されて死んじゃったんだよ』
それはかつて、何度も繰り返される一日の中で笛吹に告げられた真実だった。
仮にそれが折津ヨイであるならば、縁理庁は彼女にどのような仕打ちをしたのだろうか。
そして同じ存在のエイをどう扱うつもりなのだろうか。
(もしも、もう一度縁理庁が同じことをするって言うなら――)
舞に合わせて巨大化したヒバリが、翼を広げて空高く舞う。
そして本殿の方へと飛び去って行った。
セナノはそれを視線で追いながら、舞を辞めることなく先ほどの自分の思考に蓋をする。
ヒバリが飛び去るその間際、自身の中に生まれた恐ろしい選択肢は縁者としては有ってはならない事だ。
(今は、この儀式を成功させないと)
自身の底に溜まっているどす黒い感情を無視して、セナノは青い空へと目を向ける。
離れていても、ヒバリはセナノの命令に忠実であった。
主の意志に応えるようにひと鳴きしたヒバリは、本殿中心に開かれた坪庭へと一直線に落下する。
松の木が一本あるだけその庭は相変わらず荘厳であり、そこには一人の少女と一体の異縁存在がいた。
松の木に立つのは、一糸まとわぬ木森林。
そして、ヒバリを見て一歩前に進み出たフラシのみである。
「――」
フラシは何も言わず、ゆっくりと自身の胸に手をやる。
糸で編まれた服の中にずぷりと手を深く沈めると、何かを掴んでゆっくりと引き出した。
日に照らされ輝くそれは、人間の心臓によく似た何かである。
ただ異様に白く、身体から抜き出された今も脈打っていた。
「――」
フラシはそれをヒバリに捧げるように差し出す。
意図を理解して、ヒバリはそれを鋭い鈎爪で掴むと再び空へと飛びあがった。
まるでこの街を最後にもう一度見せるように高く高くヒバリは天へと上る。
そして、全てが見渡せるほどの高度に達したところで、一気にその心臓を燃やした。
青空に、焔が灯る。
まるで紙でも燃やす様に心臓はあっという間に燃え、その灰は風に乗り街へと流れて消えた。
「……終わった、のかしら」
本殿から出てきたヒバリの行動を見て、セナノは舞を止める。
ふと、指先が引っ張られるような感覚があった。
気になってみれば、自分の人差し指に何かが巻き付いている。
透明で細い糸のようなものが巻かれ、ちょんちょんと引っ張られていた。
「お疲れ様です、三鎌縁者。これで一切の儀式は終了となります」
「そう。お疲れ様。私はちょっと本殿に行ってくるから」
セナノは職員に声を掛け、それから糸に引かれて本殿へと向かう。
時折日に照らされた糸が煌めき、本殿までの道を示していた。
「悪意はないようだけれど……」
セナノは本殿へと足を踏み入れる。
最初に木森林が重々しく開けて見せた扉は、思ったよりもすんなりと開いた。
指に結ばれた糸はまっすぐに坪庭へと伸びており、そこには相変わらず一体の異縁存在がいる。
「ありがとうございました、三鎌縁者」
木森林は笑顔と共に深くお辞儀をする。
いや、もう彼女の事はフラシと呼ぶべきだろうか。
その体には糸のようなものが巻き付き、白いワンピースのような物を纏っている。
丁寧に手入れがされた黒い髪が一層映えて見えた。
「どうです、似合いますかね? 結構色々とファッション誌を読んでおしゃれなの作ったつもりなんですけれど。まあ、白しか使えないんですけどね」
「……神を、自分に宿したの?」
「空纏いの劣化版ですけれどね」
フラシは笑って、手招きをする。
そして、坪庭へと降りる階段へと腰を下ろしセナノが隣に座るのを待った。
「意外とあっさりでしたね。安心しました」
「私はずっと置いて行かれている気分よ。成功したならいいけれど」
フラシはすっきりとした笑顔で空を見上げている。
本殿の中から見上げる空は雲一つなく、まるで青い天井がそこにあるかのようだ。
「フラシ様は、こうして人間の間で継承していく異縁存在なんです。そのように、折津ヨイがしてくれたと聞いています」
「……話を続けて」
セナノは傍に腰を下ろし、続きを促す。
「元々フラシ様はこの地に存在する大蜘蛛の逸話と天候が重なって生まれた異縁存在だったようです。この街では蜘蛛は悪意を絡めとり守ってくれる存在の様で、それが恵みをもたらす雨も司る存在として祀られていった」
「よく聞く話ね」
「そうですね。そしてよく聞く話の通り、フラシ様は最初は生贄を捧げられていたそうです。10年に一度、若い女を捧げる。初めからフラシ様が求めた訳ではなく、人々が神に捧げるならそうするべきと始めたようで、それから異縁存在としての在り方が人によりゆっくりと決められていった」
それは学んだ知識を語るというよりは、見てきたことを話しているようだった。
その口調には確かな実感がこもっているように思えてならない。
「三鎌縁者は、異縁存在の寿命についてご存知でしょうか」
「生まれるきっかけになった窓がなくなったか、あるいは元から大きく逸脱した時が死ぬ時よ」
「流石ですね。その通りです。という事で、60年前に一度フラシ様は死にかけました。当時は村同士の合併が頻繁に起きて、土地開発も始まったのです。そんな中で昔から棲みついている人食い蜘蛛をまだ残しておくつもりかと、村の商工会が異縁存在の処理を依頼しました。……あの時は、少し寂しかったな」
それは木森林ではなく、フラシの言葉だった。
「その時点でフラシ様はもう力がなかったんですよ。村人の信仰が無い時点で、窓は無くなった。でも、その本能は生き残る為に贄を求めてしまう。10年だったのが、8年、5年と生贄を喰らう感覚が短くなっていき、やがて1年に一度人里に下りてくるようになった時、縁理庁が現れた。商工会の依頼でやって来たんです」
フラシは今までの悲しげな表情から一転して笑顔を浮かべる。
そしてこれまでよりも声を大にして言った。
「その時派遣された巫女の一人が、折津ヨイだったんです! あの人は凄かった。私の不調の原因を一瞬で見抜き、仲間の縁者と一緒にフラシとして形を整えてくれたんです。それからは従来の生贄ではなく、人間がその身に異縁存在を宿すことで存在を引き継ぐ方法を伝授してくれました」
「空纏いね。よく知っているわ」
「流石、S階位です」
セナノは曖昧に笑う。
まさか結婚衝動に悩まされたなんていう訳にはいかないだろう。
「まあ、私達のは完全に異縁存在と融合するので少し違いますけれどね。そうして60年前に一人の少女が自ら名乗りを上げフラシ様を空纏いによりその身に宿した。それから力は安定し、贄を必要とせず、むしろ他の異縁存在から人々を守り、水害にも対処する神となったんです」
「……そう、ありがとう」
話が終わったと思ったのだろう。
セナノは静かに礼を言った。
が、フラシは得意げに笑う。
「で、ここからがおじいちゃんおばあちゃんから聞いた折津ヨイのお話です。それに、フラシ様の力と共に継承された当時の記憶も今の私ならわかります。相棒の縁者の話とか、性格とか色々とね。この街の英雄ですから、話は沢山ありますよ」
「!」
セナノは今まで以上に食い入るように目を見開き、フラシを見た。
儀式が無事に終わった礼を兼ねて、フラシは快くその視線に頷き口を開く。
「では、順番に話していきましょうか」
「お願い……!」
「ええ、では――」
フラシが話そうとしたその時だった。
庭に差し込む日差しが妙に強まる。
日が差し込み、遠い山の方から響く蝉時雨が激しくなったような気がした。
「? なんだか、少し暑くなってきましたね」
フラシはそう言って手で扇ぐ。
しかし、返事はない。
「三鎌縁者?」
見れば、セナノは動きを止めていた。
それだけではない。
風も、木々も、全てが動きを止めていた。
「……っ、何が起きて――」
フラシは慌てて立ち上がる。
そして自然に空を見上げた瞬間、何かが内側に入り込んだ。
夏の風が通り抜けるように、心地の良い空白が自身の中に生まれる。
彼女は既に木森林ではなく、フラシという異縁存在だ。
その格は縁者を超え、A級異縁存在としては強力な個体である。
しかし、それを前にして一切の抵抗が出来なかった。
「……ぁ」
青空が、フラシの中に満ちる。
広大な空の中に身を投げ出したような心地の良い解放感に、フラシは意識を手放した。
『ちょっとヨイの記憶を持ちすぎです。じゃあここからは私が代わりますねぇ^^』
最後に聞こえてきた声は無邪気な幼子のようだった。