【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
少しの沈黙の後、フラシは勿体ぶった様に話し始めた。
「うーん……どう話したものですかね」
「順番に話すんじゃないの? 相棒の縁者の話とか、色々と」
「そうでしたそうでした」
妙に軽薄な笑い方だった。
それまでは閉じてお淑やかにしていた脚を開いて投げ出しながら、フラシはようやく待ち望んだ内容を話し始めた。
「60年前……確か折津ヨイはこの街に異縁存在の処理に来たんです。けれど、まあ先ほどお話したように、最後は彼女の優しさによって今のように異縁を受け継ぐ形になった。処理派と保護派の代表にそれぞれ自ら脚を運び、折衷案を探したのです」
「……随分とお人好しなのね」
「それがヨイですから。彼女はエイによく似た姿でしたが、男の子のようにふるまう子だったんです。優しく強く、そして気高い。……まあ、そんな自分を演じていただけなのかもしれませんけれどね」
フラシは話しながら立ち上がると、セナノに視線をやってから本殿の出口へと向かった。
振り返ることなく、彼女は先に行ってしまう。
「少し歩きましょうか」
「……ええ」
その後を追うセナノの背後、坪庭からヒバリが青空へと飛び立った。
「それにしても今日も暑いですね。とても良い日和です」
「うんざりするくらいにね」
いつの間にか辺りには陽炎が揺らめき始めていた。
少し前までテントにいた筈の職員は今はどこにもいない。
ここにいるのは、セナノとフラシだけの様だ。
「これなら好きに話せるので」
「貴女がそれでいいなら、構わないわ」
「ありがとうございます。……それで、次は相棒について教えましょうかね」
白い砂利を裸足で進みながら、フラシは手の中で糸を編む。
そして能面を創り出すと、振り返りながら自分に被せた。
「ヨイの相棒であった縁者は、こうして仮面をよくつけていました。物腰は柔らかな癖に意思は固い。そんな奴だとヨイはよく言っていましたよ」
「その縁者の名前は?」
「さあ、私はそこまで興味がなかったので。……ただ、貴女もきっと会った事がありますよ」
まるでその光景を見ていたかのような確信のある言葉だった。
風に黒い髪を靡かせながら、彼女は手の中で遊んでいた仮面を放り投げる。
その瞬間に仮面は糸に戻り、解けて消えた。
「当時の彼女はその縁者と一緒に各地を回っていたのかしら」
「そのようですね。そして二人で各地の異縁存在を処理、あるいは空に移していった。元々、善性に寄っている人柄ですから、どこに行っても上手くやっていましたよ。この街でもそうだったように」
拝殿でフラシは手を叩く。
それは正しい作法ではなく、常日頃からそうして祈りを捧げられているからただ真似ているだけのように見えた。
「……彼女の最期は知っているの?」
「確か、権能の使い過ぎだったかと。空に移し、空に戻し、空を纏い、空に堕とす。彼女は歴代で最も優秀な巫女でした。だからこそ、人々は彼女を神と見誤ってしまったのでしょうねぇ」
フラシは軽い足取りで手水舎へと向かった。
そこには今もなお清く澄んだ水が湧き出ている。
「少しおしゃべりしすぎて喉が渇きました」
彼女は桶でひと掬いすると、そのまま一気に飲み干した。
それからセナノへと桶を手渡そうとするが、彼女はそれを受け取ることなく首を横に振る。
「今は話を聞きたいわ。他には何かないの?」
フラシは一瞬つまらなそうな顔をしたが、すぐにセナノの期待に応えようとする。
「そうですねぇ……」
フラシは顎に手を当て考える様に少しの間黙り込む。
それから思い出したように顔を上げると、セナノを真正面から見据えた。
「彼女は一つ、歴代の空写にはない行動をしていました」
「それは何かしら」
「空澱大人は人間に近しい姿にもなれると流布したのです」
青空を背に両腕を広げ、フラシはセナノを見つめている。
「異縁存在は窓と人の認識によってその姿が変わる。であれば、最も窓に近く空に近い巫女がそのように言った場合、果たしてどうなるでしょうか?」
「空澱大人が人型の実体を持つ」
フラシは頷く。
「折津ヨイはそれを望んでいたようです。まあ、志半ばで死んでしまったようですが」
「なら、エイも!?」
「このままだとそうでしょうねぇ。随分と縁理庁は無茶をさせたようですから」
フラシは桶を放り投げ、再び歩き出す。
やがて彼女は再び本殿の前に戻って来た。
相変わらずこの場には誰もおらず、セナノとフラシだけがこの世界の主役のように蝉時雨の喝采を浴び続けている。
「エイが死ねば、いずれ折津の家にまた空写しが生まれるでしょう。そうして再び巫女となる」
「それを空澱大人が望んでいるから?」
「そうです。ヨイが器を作り、エイが中身を整え、そして次は……どうなるのでしょうか。貴女はどう思いますか――人間」
フラシが――いや、空澱大人が振り返る。
空はまるで作り物の様に青く、蝉はその命をこの瞬間に燃やしきらんとより一層に激しく鳴く。
それはこの場にいる空の女王ただ一人へと送られる万雷の拍手であった。
「もうその滑稽な舞は必要ないのですか?」
「あら、気が付いていたのね」
セナノは笑みを張り付けたままだった。
本殿から出て今に至るまで、セナノは終始彼女の後ろをついて回っていた。
その間一歩一歩舞として奉納し、空を舞うヒバリの焔は限界まで高められている。
「まさか気が付いていたとは思いませんでした^^」
「エイによく似た姿って言っていたでしょう? フラシがあの子の姿を知るわけないもの。神様って言うのは、随分と話したがりなのね。神様しか知らないような情報がわんさかあったわよ」
「成程。情報を得るためにわざと気が付いていないふりをしたと」
空澱大人はフラシの姿のまま拍手をセナノに送る。
それは純粋な称賛であった。
例えそれがどれだけ愚かで無謀であろうとも、神を欺き秘密を暴こうとしたその蛮行を空澱大人は愛する。
「人間、お前は折津の次に面白い」
「気に入って貰えたのかしら。なら、手土産付きであの子の元に返してもらえると嬉しいのだけれど」
「あははははっ、それは難しいですねぇ」
空澱大人は手を叩いて無邪気に笑う。
「人間、貴女はヨイの話を聞くには値しますが、ヨイの話を覚えるには値しません」
「つまり、聞かせたかっただけってこと?」
「はい^^」
「無茶苦茶ね、神様って」
「そうですか? 好きな物や事柄を相手に話す、けれど相手には同じもの好きになって欲しくない。そういう事って往々にしてあると私は学びましたよ」
ゆっくりと空澱大人が両腕を広げる。
「……雨?」
雲一つない青空である筈なのに雨が降り始めたようだ。
セナノがそう思い訝し気に空を見上げて、その正体に気が付く。
それは遥か天より地上に伸びる無数の糸であった。
それが陽の光に乱反射し線を引くことで、まるで雨粒が落ちているように錯覚したのである。
それは本来、フラシの持つ力であった糸の操作。
異縁存在すらも絡めとる自由自在の糸が今、青空の下にあるのだ。
「賭けをしましょう、人間」
空澱大人は言う。
「私は話すだけ話して満足です^^ なので、これから私が選んだ記憶だけを残して今までの会話を無かった事にします」
「……どれだけ自己中心的なのよ」
「神様ですから。……いや、あの子は上位存在と言っていましたかね」
本殿に続く階段に腰を下ろし、胡坐を掻いて空澱大人はセナノを見下ろす。
「今聞いた全てを覚えたままでいたいのなら、私に勝ってみてください^^」
「……上等じゃない!」
「では、少し遊びましょうか人間」
蝉時雨の喝采と炎天下の世界。
空の神との戦いは、気まぐれによって唐突に始まった。