【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
曰く、それは神である。
現象や戒めが口伝として伝わる中で変化し、やがて窓を作り異縁存在になるケースは珍しくない。
そしてその規模は、どれだけ多くの人間が共通の認識を持っているのかによって大きく変化する。
多くの人間が見上げる事しか出来ず、決して手の届かないそれを人は空と呼び、天として恐れ敬った。
故に、それは神である。
ならば、人間が一人神へと抗うその行為がどれだけ無謀であるかなど明白だった。
「ヒバリッ!」
セナノが叫び、焔を纏ったヒバリと共に駆け出す。
その姿は奉納の儀式も経て最も出力がある姿へと変化している。
構文の即時焼却は並大抵の異縁存在であれば安易に処理が出来るだろう。
一歩進む度に空から降り注ぐ糸が焼き切れ、辺りを焔で包み込んでいく。
焔が糸を伝って天へと昇っていく様は、これから本格的に始まる反逆を表しているかのようだ。
「威勢は良いですねぇ」
空澱大人は依然として本殿の前にいる。
彼女は何もしないどころか、そのまま階段に腰を下ろし脚を組んで見物をするように頬杖をついた。
(きっと能力はフラシに起因する。この糸だってそう! なら、まだ私に勝ち目がない訳じゃない!)
「……^^」
空澱大人はただ迫って来るセナノを見ているだけだ。
焔が糸を焼き切り、セナノの行く手を阻むものが消えて行く
降り注ぐ無数の糸は、この街を守るための強力な守護の手だ。
並大抵の異縁存在であれば絡めとり、そのまま切り刻んでしまうだろう。
しかし、今その糸が絡めとろうとしているのはS階位と呼ばれる人間の中での規格外。
街の神程度では止める事など出来なかった。
「貴女を処理する」
「無理でしょうねぇ」
ヒバリが先行し、空澱大人までの焔の抜け道を作る。
糸を全て焼き切り、空澱大人までの一直線の道を作ったヒバリは勢いのまま空澱大人へと翼で攻撃を仕掛けた。
「うーん、人の作った器だと窮屈でしょう。かわいそうに」
空澱大人はあろうことかそれを素手で受け止めた。
触れれば如何なる異縁存在であろうとも構文の焼却が始まるヒバリの焔が瞬く間に空澱大人を覆う。
「あちち」
が、次の瞬間には焔は霧散し、ヒバリはすぐに放り投げられた。
地べたを転がるヒバリと入れ替わるように、セナノが空澱大人へと迫る。
その手には封縁杭がいくつも握られていた。
「ッ!」
「あ、人間の武器ですね。知っていますよ!」
空澱大人は悠然と手を広げ、今まさに放たれた封縁杭をまるで埃でも掃うように片手で弾く。
セナノは負けじと何本も杭を放つが、咄嗟に放ったからか、まともに空澱大人の体に向かって行ったのは僅か3本だけだった。
そのどれもが当たらず、子供の遊びをあしらうように地面に杭が転がり落ちる。
「残念ですね。まあ、刺さったところでどうにもなりませんが」
空澱大人が頭を傾けると、顔の真横を封縁杭が通り抜け背後の扉に杭が刺さった。
それだけに終わらず、セナノは跳躍により空澱大人との距離を詰める。
その足にヒバリが残した焔が移り、煌煌と燃え盛る焔を纏った蹴撃を放った。
「おや、随分と野蛮な。その焔はそうやって使うものなのですか?」
「黙りなさい!」
「さんざん喋らせておいて、不要になったら黙りなさいとは、何とも身勝手で可愛いですねぇ」
瞬間、空澱大人の操るフラシの背中が裂け、中から八本の蜘蛛の脚が飛び出して来た。
黒曜石のような硬質で光沢のある脚はセナノの攻撃を軽々と受け止め、弾く。
「チッ、その体の持ち主に対する侮辱だとは思わないのかしら」
「空に視線を返され、空で体を満たすことは祝福でしょう? 面白い事を言うのですね、人間」
「随分と傲慢な神ね。本当にッ!」
「もう終わりですか? 駄目ですねぇ、これじゃあエイを守れませんよ? あの時の縁者よりも弱いじゃないですか」
「うるさい!」
セナノの感情に呼応してヒバリが再び空を舞う。
焔は十分すぎる程に満たされ、セナノの体のコンディションも悪くはない。
が、S階位が好調であるだけではどうやら目の前の神には届かないようだ。
「ほら、早くしないと記憶が消えてしまいますよ? せっかく貴重な情報を得たのに。それを忘れて、貴女はあの子に空纏いや天移を使わせるのですか^^ あーあ、貴女が覚えていれば、助かったのに^^」
「今からアンタをぶっ倒せばいいだけでしょう」
「あはは!」
空澱大人は手を叩き笑うだけで、何もしない。
それを見てセナノは再び封縁杭を空澱大人へと放った。
三本の杭が空澱大人――ではなく、その周囲へと突き刺さる。
「おや?」
「ヒバリ!」
セナノは舞を奉納し、その名を呼ぶとヒバリは急降下し今しがた地面に突き刺さった三本の杭の間をなぞるように飛ぶ。
そしてそのまま空澱大人の近くを通り抜けると背後の扉に刺さった杭へとその翼を触れさせた。
刹那、空澱大人を囲むように突き刺さった四本の杭がヒバリの焔により結ばれる。
「……ほう!」
空澱大人は自分の掌を見つめ、感心した様子で声を上げた。
「結界で私を封じてしまおうという事ですか」
「少し違うわ。貴女を祀ったのよ」
セナノはさらに追加で空澱大人の周囲に何本もの杭を突き刺していく。
その度にヒバリの焔がそれを結んでいき、空澱大人を囲む焔の輪は何重にもなった。
「昔から厄介なモンは祀るのが一番よ。おだてて、整えて、人間にとって都合の良い形に変える。……今の貴女は空澱大人ではなく、その一部を祀っただけの神と言った方が良いかしら」
「切り離して、格を落とそうと。いいですねぇ、人間の工夫らしくて」
人間であるセナノがこの場で唯一出来る事は空澱大人と戦えるだけの領域まで自身を高める事ではない。
その逆、空澱大人をセナノでも対処できるところまで落とせば良いのだ。
「全力の貴女には勝てないでしょうね。でも、フラシの体で、フラシの信仰が残る街で、結界に区切られた小さな世界で貴女は同じように力を振るえるかしら」
「咄嗟の機転、必死で大変よろしい」
空澱大人は相変わらず笑っている。
その余裕そうな態度が崩れる前に、セナノはこの戦いを終わらせる一手を打った。
(長引けば、どうせあの結界も破られる。だからこのあの状態の空澱大人を――焼く!)
セナノは駆け出す。
杭はもう残っていない。
しかし、最も頼れる相棒は今もそばを飛んでいた。
「ヒバリ、思いっきり焼き尽くしなさい!」
彼女に応えるように、ヒバリの焔が限界を超える。
それはNARROWという機械仕掛けの武装からは考えられない現象であり、ヒバリの奥にいる何かが応えた事は確かだった。
焔がより深紅に輝き、空を焦がす程の熱と共に空澱大人へと迫る。
奇妙な現象はそれだけでは終わらない。
(不思議、体が熱いのに心地が良い)
この瞬間、セナノは自身を取り巻く全ての事を忘れ、身体を包み込む熱をただ感じていた。
今までヒバリを扱っていた時には味わったことのない感覚と現象だが、妙に安心感がある。
「……かぐとあ様?」
セナノは隣を飛ぶヒバリにそう問いかけた。
ヒバリは答えないが、焔がより一層激しく燃え盛る。
同時に、焼き焦げた足跡がその場に残り始めた。
それは他の誰でもないセナノの足跡だ。
焔がセナノの足を包み込み、構文焼却の力をもたらす。
「……ありがとうございます」
忘れ去られた神の祝福は、最後の一押しの奇跡だった。
空澱大人の格を落とし、自身は神の力を纏う。
この瞬間にセナノと空澱大人のパワーバランスはほんの一瞬だが逆転した。
「これで焼き切る!」
「どうぞ^^」
焔の結界で囲まれた空澱大人へと、セナノは迫る。
そしてヒバリが翼をぶつけるのと同時に空澱大人へと蹴りを放った。
「――はい、ここまで」
ぱんと、小さな手が鳴らされる。
脳に流れ込むのは、蝉の声だった。
その瞬間、セナノはハッと意識を取り戻す。
「……なっ」
「どうやら、この暑さのせいで白昼夢を見ていたようですねぇ」
手首の痛みと重力に引っ張られる感覚を認識する。
空より伸びる糸が何重にも自身の手首と足に巻き付き、その場に宙吊りにされているのだと気が付くと同時にセナノは混乱した。
「は? ぇ、だ、だって……」
「あはははははっ。人間は愚かですねぇ」
空澱大人は相変わらず本殿の階段に腰を下ろしていた。
辺りには杭もなく、そもそも争った形跡すらない。
「一つ良い事を教えてあげましょう、人間」
空澱大人はぴょんと跳び立ち上がると、セナノの方へ歩き出す。
その手には既に機能を停止し、一枚の羽根に戻ったヒバリが握られていた。
「神と賭けなどしてはいけませんよ? 神というものは案外嘘つきで、ズルいんですから^^」
「……っ」
縛られたセナノを見上げて、空澱大人はその下にヒバリを投げ捨てる。
乾いた音と共に転がったヒバリは、もう何も言わなかった。
「安心してください。エイはいずれ死ぬでしょうが、あの子は必ず私の元に帰ってきます」
優しく、諭すように空澱大人は言う。
「何度も何度も何度も何度も何度も何度もあの子は、私と一緒にいてくれるのです。だから、あの子は無事ですよ。一生、あの高潔な魂が失われることはありません」
「何を言って……いや、まさか貴女」
セナノの頭脳が、一つの答えを弾き出す。
何故、男である筈の折津エイが空写に選ばれたのか。
折津の家から連続して疑似媒介体が生まれたのか。
空澱大人がこれだけ気に入り、力を貸すのか。
それは。
「エイは、ヨイの――」
「こんぐらっちゅれぇしょん」
舌足らずで言いなれない言葉を吐きながら、空澱大人は笑顔で柏手を打つ。
■
空を見上げたのは、いつの間にか自分が本殿を抜けて外に出ていたからだった。
「……あれ、いつの間に私外へ」
「三鎌縁者、大丈夫ですか?」
声のする方を見れば、不安そうにフラシがこちらの様子を窺っている。
彼女の後ろでは職員達がテントの撤去を始めていた。
「以上が、私の知る折津ヨイの話でしたけれど、何か気になる事が……?」
「あ、ああ……そうだったわね」
セナノは思い出した。
自分はフラシから折津ヨイについて聞いていたのだ。
曰く、男勝りで正義感が強い。
他にも村に滞在した際の話もいくつか聞いた。
折津ヨイの核心に迫るものやエイに関係するものはなさそうだが、貴重な話であったことに変わりはない。
「ごめんなさい、少し暑さでふらっと来ちゃったわ」
「あらそれは大変です。木陰に移動しましょうか」
「ええ、そうね。……それにしても」
セナノは空を見上げる。
「今日は暑いわね」
『あー楽しかった。人間、感謝のしるしとして10天移ポイントを上げましょうねぇ』