【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
それは縁理庁も監察官も知らない、災主級疑似媒介体の初の試みだった。
食べ物に並々ならぬ興味を示す彼女がどのような反応を示し、またその後空澱大人がどのような行動を起こすかわからないからこそ、やんわりと遠ざけられていた行為。
即ち、料理である。ちなみに材料は全てハカネが購入した。
「うーん、包丁じゃなくて糸で切ってもいいですか?」
「いいわけないね」
その雲行きは怪しい。
今、エイが作っているのは簡易的な味噌汁と玉子焼きだった。
これ以上は危険であるというハカネの直感である。
足を怪我しており、更に好奇心旺盛な実質幼児の彼女に難易度の高い料理を教えるような真似はしない。
更に本心を紐解けば、単純にセナノのために覚えた数々の自信作を伝授したくないだけなのだが。
それでも、エイが指を切り、それに腹を立てた空澱大人が世界中から刃物を消すという最悪のシナリオだけは避けられた。
「というか、切るのは私がやるからエイちゃんはその卵を混ぜて」
「はい」
ボウル入った卵をぎこちなく混ぜるエイ。
菜箸をぎゅっとにぎり、真面目な顔で混ぜる姿はまるで娘が出来たようだとハカネはふと考えた。となれば当然、自分は母親で父親は当然――。
「へ、へへ……先輩、まだエイちゃんが起きてますよぉ……」
俗物的な妄想をしながらハカネはくねくねと動く。
その手元ではネギが完璧に刻まれていた。
「私がどうかしたんですか?」
「卵、上手く混ぜれたかな?」
「はい。で、私がどうかしたんですか?」
「よしよし、じゃあ次は味を付けようか。エイちゃんは甘い玉子焼きとしょっぱい玉子焼きどっちが好き?」
「甘い玉子焼きが好きです!」
民間人を相手にした場合の誤魔化し方の授業は、今この瞬間に役に立ったようだ。
自分の気持ち悪い妄想が露見することなく、ハカネはホッとして内心で胸を撫でおろす。
「じゃあ、このお砂糖で丁度良い甘さにしてね」
「わかりました!」
砂糖の容器を片手にウキウキしているエイを見ていると、まるで邪な事を考える自分が汚れているように思えてしまう。
砂糖を見ながらキラキラとした表情をしている彼女はきっとまだこの世界が美しいと信じているのだろう。
「エイちゃんって、何でも楽しそうにするよねえ。朝のランニングとかもそうだったし」
「はい! 楽しいです! 最近は行けていませんけどね」
足を見て悲しそうにするエイを見て、ハカネはハッとして慌てて大声を上げる。
エイがしゅんとする姿は、何故だか見ていると罪悪感がとてつもないのだ。
「あっ、そうだった! 前の任務について聞きたかったんだよ! なんだか、今回も先輩とエイちゃんは大活躍だったみたいじゃん?」
「……そう、だと良いのですか」
エイは再び視線を足に落とした。
ハカネは顔を両手で覆った。
(私は馬鹿かな? 足がこうなったのは任務が原因の可能性だってあったのに。仮にこの子が人型異縁存在だったら、私は選択肢を間違って死んでいるよ!)
縁者にとって言葉は重要な武器だ。同時に、使い方を間違えれば自分を死に至らしめる劇毒でもある。
ここで友人の表情を曇らせているようでは、まだ一人前とは言えないだろう。
「そ、そうだ! 最近楽しかった事ってある?」
「楽しかった事……セナノさんと一緒に遊びに行ったことですかね! いっぱい美味しい物を食べられて凄く良かったです!」
「えっそれデート……」
ハカネの言葉は無情にもかき消されていく。
その間もエイの手からは大量の砂糖がボウルへと投入されていた。
「後々、前に任務の帰りに映画を見たんですけど、それもすっごく凄かったです! 映画って大きいんですねぇ……」
「間違いなくデート……」
「その日の終わりに食べたパスタが凄かったんですよ! 一口食べたら、海鮮がぶぉって、ぶおぉぉって! 美味しかったんです!」
「映画見て夜にレストランって事? は?」
ハカネの手元では三本目のネギが刻まれていた。そんなに使う料理は今はない。
「今度はハカネさんも一緒に三人で行きましょうね」
「それ私の居場所あるかなぁ……」
負けている気がしてならないのだが、ハカネは必死に前を向く。
この恋は最後まで諦めないと心に決めたのだ。
「一体どこでこんなに差がついたんだろう……。出会ったのは私が先の筈だし、アプローチも私が先にずっとしていた筈……」
「ハカネさん、砂糖なくなったので玉子返しますね」
「あ、うん。……見た目か? 実は小っちゃい子が好きって事か? いや、先輩に限ってそんな倒錯な趣味は……うーん」
「お味噌汁の味付けも私がしていいですか?」
「うん、気を付けてね。……うーん、やっぱりもう少しだけ積極的に行ってみるかな。一緒にお風呂とか、一緒に寝たりとか……いや、流石にそれは駄目か。同性とは言え、急に距離を縮めすぎか」
「うーん……少し味が薄いですねぇ。もう少し足したいです」
「やっぱり任務を一緒にこなして、頼れる後輩をアピールしつつ夜の街に一緒に消えて深夜の大任務大会をするのが無難かな。というか、もう少しだけ私も肌を見せた方が良いかな……」
「……うん! これくらいが良いですね! ハカネさん、お味噌汁も味を整えました! ……ハカネさん? そんなにネギを使う料理があるんですか?」
「え、ハッ!? なんだこれ!?」
思考を続けたせいで、彼女のまな板には大量のネギが乗っていた。
エイは不思議そうに首を傾げて、ネギとハカネを交互に見ている。
「や、やっちゃった……残りは持って帰ろうとしたのに……」
「これも全部お味噌汁に入れていいんですか?」
「えっ、あ、待って待って――」
車椅子から立ち上がったエイはヨタヨタとネギに近づき、まな板ごと持ち上げる。
その足取りの危なっかしさに、ハカネはネギよりもエイの事を心配して転ばないようにと背後に回る。
「火の近くだから、冷静に。冷静にね、落ち着いて……」
「はい!」
「それ全部入れると、味噌汁じゃなくてネギ汁になっちゃうから、一旦それを置こうか」
「ネギ汁……! なんだか美味しそうですね」
「まじかよ」
ハカネもご存じ、エイの好奇心がここで炸裂する。
素人特有の料理の足し算への全幅の信頼が、鍋の中に九本分の刻まれたネギを流し込む蛮行を後押しする。
美味しそうな香りと湯気を立てていた鍋が一瞬で緑と白に覆われ、辺りには鼻を突くようなネギの香りが溢れた。
「味噌全部いなくなったんだけど」
「?」
「え、なんでわかってないの? このネギの香り、わかんない!?」
「……いい匂い?」
「あ、価値観の相違かぁ」
ハカネは納得する。そして受け入れた。
ここまでネギを刻んだのは自分なのだから、甘んじて飲み干すべきである。
「とりあえず、玉子焼きだけでもちゃんと作ろう。エイちゃん、今から焼くから見ててね……こっちはちゃんとやるからね……」
「はい!」
エイはキラキラとした目で見つめる。
「……先輩、私に力を!」
先程の失敗を取り返す為に、ハカネは全身全霊で玉子焼きを作る。
それは彼女の人生史上、最も美しい焼き加減であった。
『こうして楽しい時間を用意することで、コンテンツに火が通りやすくなるんですねぇ』
『え、俺はこれを食べるんですか? 味覚が全部死なないですか?』
『もう死んでいるのなら問題はないのではないですか?』
『成程ぉ! ちなみに、なんの匂いもしないのですが、これは一体?』
『せっかくなので、嗅覚もナイナイしてみました。無味無臭の世界で絶品料理を、ご堪能あれ』
『えぐいコンセプトがあるタイプのレストランかぁ……』
料理作ってるだけなのに二話分になったので、次話こそ味覚消失コンテンツをお届けします