【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
すったもんだの末にテーブルに並べられたのは、湯気の立つ見た目だけは美味しそうな料理たちであった。
「おぉ、すっごく美味しそうです。ありがとうございます。ハカネさんのおかげで上手くできました」
「上手く……ま、まあネギ汁はともかく玉子焼きはそうだね!」
「それじゃあ、いただきましょうか」
エイはもう待ちきれないと言った様子で、席に着く。
そしてハカネの方を見た。
どうやら例え腹ペコでもハカネが座るのを待っているらしい。
「う、うん。食べようかな」
ハカネは頷き席に着くと、ほぼ緑に染まった味噌汁を見た。
子供の悪ふざけのようなそれは、容器の中で己の存在感をしっかりと示している。
「いただきます!」
「い、いただきます」
手を合わせ、ハカネは真っ先に味噌汁を手に取る。
エイよりも先に食べ、その危険性を調べる為であった。
(匂いきっつ……絶対に失敗だよこれ……)
ハカネは恐る恐る味噌汁へと口を付ける。
その瞬間彼女の脳みそを襲ったのは強烈なネギの香りと、苦みと呼べるまでに昇華された異常なまでの塩辛さであった。
「げほっ!? な、なにこれぇ!?」
ハカネは思わず、みそ汁をもう一度見る。
なんだか、ネギだけではなく味まで狂っていたように思えた。
(これ追加で塩とか入れてる!? 海を飲んでいるのかっていうくらいにしょっぱいんだけど!? ……ハッ、そうだ、エイちゃんが食べるのを止めないと!)
ハカネは慌ててエイを見る。
これをエイに食べさせるわけにはいかない。
きっと自分が初めて作った味噌汁が恐ろしい兵器に変貌を遂げてしまった事に衝撃を受け、落胆するだろう。
「エイちゃん、待って!」
「よし!」
「何故制止を無視するの!?」
エイは椀を持つと、味噌汁に口を付ける。
そして堪能するように瞳を閉じた。
「美味しい」
「えっ」
「初めてなのに、こんなに美味しいなんて……ありがとうございますハカネさん!」
「高度な嫌味かな?」
「え? 本心ですよ? 丁度良いネギの香りに、程よい塩気。温かく、この玉子焼きとの相性もばっちりですね」
「え?」
ハカネは信じられないと言った風に、味噌汁を見る。
そしてもう一度恐る恐る口をつけた。
「しょっぱぁ!?」
再び舌を暴力が襲う。
その後、追撃する形でネギの香りが鼻腔を破壊した。
(いやいやいやしょっぱいよこれ!? なんで平気なのエイちゃんは!)
ハカネはなるべく表情に出さないようにして、塩味から逃げるように玉子焼きへと箸を伸ばした。
そして舌をリセットしようとハカネは玉子焼きをひと切れ口に放り込む。
じゃりっという感触が歯を伝って脳に響く。
(じゃり……?)
まるで砂を齧ったような恐ろしい食感と共に舌先に広がるのは暴力に近しい甘みであった。
「甘ぁっ!?」
それはもはやお菓子に近い。
玉子焼きの良さを全て否定し、なおかつ食感まで台無しにした黄色い甘味は一応はハカネの望み通りに塩気を無かった事にしてくれた。
「うん、玉子焼きも美味しいですね。私、ほんのり甘い玉子焼きが好きなんですよ」
「ほんのり……? こんな味の原色みたいな甘さがほんのり……?」
エイは笑顔でひょいひょいと玉子焼きを食べていく。
それを見てハカネはふと気が付いた。
(これ、あっちは普通の味なのでは? 遠心力とか色々な事が天文学的確率で味を偏らせたのでは? そうじゃないと、アレを美味しいって言うなんて意味が分からない)
もはや味の好みなどという問題ではない。
端的に言うなら、クッソマズイのだ。とてもじゃないが、愛しの先輩にこれをお出しすることはできないのだ。
「エイちゃん、そっちの玉子焼きとこっちの卵焼き、一切れずつ交換しようよ」
「? 勿論良いですけれど……」
不思議そうにしながらもエイは玉子焼きを一切れ皿に置く。
ハカネは礼を言って、それから自分の甘すぎる玉子焼きをエイの皿にそっとお返しする。
間もなく、エイが先にハカネの玉子焼きを笑顔で頬張る。
(どうだ……)
「うん、美味しい!」
(終わった……)
それは必然的にエイから貰った玉子焼きも同じ味であることを示していた。
ハカネは観念して玉子焼きを口に入れる。
やはり恐ろしい程の甘さが口の中で暴れ回り始めた。
「うっ、甘い……しょっぱぁ!?」
無意識に味噌汁に逃げるように口を付けて、ハカネは再び塩気に口を破壊される。
その間もエイはまるで気にしていないように玉子焼きと味噌汁をひょいひょいと食べ進めていた。
「エイちゃん、これキツくない……? 無理しなくていいんだよ?」
「……」
エイは何も言わず、食事を続ける。
時折満足げに頷いているのが余計に怖い。
「本当に美味しいの? これが成功だと思っているの? 教えた私の監督責任もあるから、もう一回リベンジを後でしよう? ね?」
「……」
「なんで何も言わないの? 怖いよぉ!」
エイは何も言わず食事を進めて行く。
その姿が狂気的に見えてハカネは涙目になりながら立ち上がった。
「……?」
エイはそれでようやくハカネに気が付いたように彼女を見上げる。
「エイちゃん1週間、私に時間を頂戴。次こそ素人でも作れる美味しい味噌汁と玉子焼きのレシピをわかりやすくまとめてくるから」
「……???」
エイはハカネの言葉に首を傾げる。
そして暫し黙り込んだ後、わざとらしく手を一度叩いた。
それは食事を終えた合図というにはあまりにも見事な柏手である。
「……もしかして、最初に味覚が壊れて混乱している?」
エイは鳴らした自分の手を見つめて、それからハカネを見る。
その手に空になった椀を持って笑顔で、かつやたらと大きな声で言った。
「おかわりいいですか!」
「死に急ぐことはないってぇ!」
椀を持ってキッチンへと向かおうとするエイをハカネは車椅子ごと抑え込む。
筋力が無いのか、非力なエイはそれだけで無力化することが出来た。
「美味しかったのでおかわりしたいです!」
「いやいや、あれ拷問だよ? 鼻と舌にグンッってくる拷問だよ?」
「……そうですね、セナノさんにも是非食べて欲しいです!」
「拷問したいって事!?」
何故か強行突破をしようとするエイを押さえて説得の言葉を考えていると不意にスマホが鳴った。
「こんな時に誰だよ!」
ハカネは苛立ち混じりにポケットからスマホを取り出す。
そこに表示されていた名前を見て、ハカネは態度を一変させた。
「先輩……♥」
車椅子から手を離し、ハカネはエイと同じ目線になる様に腰を下げる。
「いい? 私はちょっとトイレに行ってくるから、ここを動かないでね!」
「……?」
エイはただ満面の笑みを返す。
本当に分かっているのかは定かではないが、取り出す動きが止まったので良しとした。
それからハカネはすぐにトイレに入り、通話を始める。
「先輩っ!」
『おぉっ、随分と元気ね』
「はい、元気ですよ! 何か御用でしたか?」
『別に用って程の事じゃないんだけど……エイは大丈夫? あの子、時々おかしいから……』
今まさにおかしいです、とは言えずハカネは上ずった声で「だいじょうぶですねぇ」とだけ返す。
向こうから聞こえてきた安堵の声に少しだけ罪悪感が生まれる。
(……うん、私がエイちゃんに毒物を盛ったに等しいし、一応は報告しておくか)
決してそんなことはないのだが、彼女は真面目だった。
それにこのままあの味の濃さの料理をエイが会得してセナノがそれを何も知らずに食べる未来を避けたかったという理由もある。
「先輩……実は――」
不意に肩が叩かれた。
「え?」
振り返れば、そこには笑顔のエイが立っている。
鍵を掛けた筈の扉は開け放たれ、エイの顔は不自然に日に照らされていた。
「……」
彼女は何も言わず、ただハカネに向かって手を一度鳴らす。
ぱんっという軽い音が彼女の脳内に反響した。
『……ハカネ、どうかしたの? ハカネ!』
「あっ、すみません。ちょっとぼうっとしてました」
ハカネは開け放たれたままのトイレの扉を見ながらそう答える。
(閉めたと思ったんだけどなぁ)
何かの気配を感じて振り返ったハカネだったが、ただ扉が開いていただけの様だ。
エイは相変わらず部屋にいるだろうし、気配も気のせいだろう。
そう考えて、ハカネは明るくセナノに告げる。
「特に問題は無いです。エイちゃんはいい子ですねぇ」
『そうね。けれど、いい子過ぎるから気に掛けてあげてね』
「はい、勿論です」
『頼もしいわ。ありがとうね。後で、貴女にも埋め合わせをしないと』
「本当ですかぁ!? じゃ、じゃあ今度の任務に同行してもらえませんか!」
『それくらいならお安い御用よ』
「やっっっった!」
『ふふふっ、大げさね。それじゃ、よろしくね』
「はいっ!」
ハカネはそうして楽しい楽しい通話を終えた。
通話が終わったスマホを見ながら、彼女は静かにガッツポーズをする。
「っしゃあああああ(小声)」
拳を握り打ち震えるハカネ。
当然だ。彼女は次のデート(任務)の約束を取り付けたのだから。
一通り喜び終えた後で彼女は思い出す。
「……あ、料理」
どう伝えれば良いのかわからないが、とてつもない味覚破壊爆弾を生成した事を伝え忘れていた。
「な、なぜあんな直近の大事件を忘れていたの……? 浮かれすぎてる? 私ってもしかして、頼れる後輩じゃなくて、ポンコツ後輩……?」
震えるハカネだったが、その顔は次第に笑顔になっていく。
やはり後日のデートの方が嬉しいようだった。
「えへへ……」
「――あの」
「うわぁっ!?」
声が掛けられ、ハカネは飛びあがる。
声のする方を見れば、エイが車椅子のまま不安そうにこちらを覗いていた。
「声が……声が聞こえたので、大丈夫かなと思いまして」
「あ、ああ何でもないよぉ。大丈夫大丈夫」
「そうですか。あ、ちなみにハカネさんはおかわりしますか?」
「しないね」
「なら全部飲んで良いですか?」
「ごめんやっぱりするわ」
エイの体の事を想えば、一人でアレを飲ませるわけにはいかない。
ハカネは決心し、先程よりも強い心でリビングに戻る。
(これが終わったらデートをするんだ……!)
叶う事の無い夢を見て、彼女は味噌汁と玉子焼きと再び相対した。
■
それから時は過ぎ、廻縁都市にも夜が訪れようとしていた。
朝のドタバタクッキング以降は至って平凡。二人でドラマを見たり、冷凍食品で適当に済ませたりと、のんびりとした一日を送った。
意外にも二人だけの時間も悪くはなく、友人としてこれからもやっていけそうである。
「じゃあ私はそろそろ帰るから」
「はい、ありがとうございました」
エイは車椅子で玄関まで見送るようだ。
ふと、その膝の上に乗せてあったノートに目がいく。
「それ、勉強?」
「あぁ。これはその、日記です。えへへ……」
どこか恥ずかしそうにエイはノートを両手で持ってハカネに表紙を見せた。
見た目は普通のノートであり、表紙には何も書かれていない。
「今日あった楽しい事を寝る前に書くんです。そうすれば、ずっと残るので」
「へー、日記かぁ。私は続いた試しがないんだよね」
「いいですよ、日記。自分がどれだけ幸せか、実感することが出来て」
エイは優しく笑う。
その顔は本当に温かい笑顔である筈なのに、ハカネは唐突に妙な胸騒ぎを覚える。
「エイちゃん、また近いうちに遊びに来てもいいかな?」
「……ええ、勿論です」
エイは深く頷く。
どうしてそんな事を言ったのかは自分でもわからない。
しかし、そうでもしないと彼女がどこかへ消えてしまいそうな気がしたのだ。
「じゃあ、今度こそ私は帰るから。またね、エイちゃん」
ドアノブに手を掛け、ハカネが振り返る。
変わらずエイはハカネを見つめていた。
「ありがとうございました、ハカネさん。楽しかったですよ」
「私こそ、今日は楽しかったよ」
二人で手を振り、そうして長い一日が終わりを迎えようとしている。
「……先輩、早く帰ってこないかなぁ」
部屋を後にしてエレベーターに乗ったハカネは、そんな事を呟く。
返って来たのは、一階への到着を知らせるベルの音だけだった。
後にハカネはその日を自分史上最も愚かな一日であったと振り返る。
この日、無能で無力な自分でもエイの違和感に気が付くことが出来ていれば、全てが変わったのかもしれないのだから。
『途中の聴覚ナイナイのサプライズはお楽しみいただけましたか?』
『普通にびっくりして泣きそうでした』
『それは良かったです』
『良かったです???』