【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
かつてこれほどまでに廻縁都市を足取り軽く歩いた事があっただろうか。
「エイ――」
部屋で待っている相棒の名前を呼んでやれば、更にその足は軽くなった気がした。
しかも今回は彼女の手料理が振る舞われるらしい。
お弁当と言っていたので、それを持ってどこかへ出かけてもいいだろう。
(近場の公園とか、どうかしら。ふふふっ、最近迷宮を使った自然公園が出来たって聞いたのよね)
それは有事の際に使用できるシェルターとしての役割を期待されて作られた安全な迷宮であるらしい。
今までのセナノであれば、情報を仕入れこそすれど足を運ぶ事などなかっただろう。
そんな事をしている暇があれば、鍛錬か勉強を優先していた。
しかし今は違う。
彼女の行動原理の根底にはエイが居て、思考の中心にはエイがいる。
エイが昼下がりの公園で優しく微笑み風に髪を揺らしている様を想像して、セナノは何故だか無性に嬉しくなった。
「~っ! なんだか晴れ晴れとした気分だわ」
エリートの自制心がなければスキップしながら鼻歌でも歌っていただろう。
任務を全て終えた解放感と手料理とイチャイチャが待っているのだから、並大抵の縁者では耐えられない筈だ。
かく言うセナノも傍から見れば浮かれているのだが、彼女は気が付かない。
土産として買ったご当地の菓子が入ったレジ袋がまるでセナノの心を表しているかのように軽快に揺れる。
(……そう言えばあの子って料理出来たのかしら。山菜がどうとか前に言っていたのは覚えているけれど)
ハカネから教わったと言っていたが、彼女の料理の腕前は如何程か。
割烹着姿のエイがしゃもじを片手にこちらに手を振っている幻覚が見えたがそれは、連日の疲れのせいだろう。
「きっと絶品ね」
確信と共にセナノはマンションへと向かう。
疑似媒介体が住まう事が出来る特殊なマンションは、近づくだけで恐ろしい威圧感を放つが既にセナノは慣れきっていた。
「~♪」
遂に鼻歌まで歌い出したセナノは、エントランスを抜ける。
一礼をした清掃員に軽く手を上げて「いつもお疲れ様」とねぎらいの言葉を掛けるのも幸せのお裾分けだ。
乗る度に視線、吐息と息苦しさを感じさせる奇妙なエレベーターも全然気持ちを鬱屈とさせない。
「……あ、そうだ。エイに先に電話をしておいた方が良いかしら」
≒階という特殊階層への到着を示す表示と音が鳴り、ドアが開く。
セナノは廊下に一歩踏み出して、ふとそんな事を思った。
「うーん、あの子一応はサプライズにしたいって言っていたし……電話して事前に伝えた方が良いかしらね」
サプライズされる側が気を使っている時点でサプライズとしては大失敗なのだが、セナノは気にしない。
「……よし、先に電話しちゃおうかしら」
部屋の扉の前に着いたセナノは、スマホを取り出す。
そして通話履歴から、エイに電話をしようとして苦笑した。
(履歴、殆んどエイだわ)
時折縁理庁からの依頼の電話がある以外、全てがエイとの通話履歴である。
朝から始まり、昼と夜にも必ず一回ずつ。
話す内容は他愛もないが、それでも二人にとっては重要な時間なのだ。
「さて――」
セナノは、エイに電話を掛ける。
きっと少し慌てた可愛らしい声が向こう側から聞こえてくるだろう。
■
くるちぃ……くるちぃよぉ……。
『さ、エイ! 早くコンテンツをゴールまで運んでください! 相手のゴールはがら空きですよ!』
監督は監督でもなんでこっちの監督なんだよ。
今日はいつにも増してテンションが高いなソラは。
『台所の不十分な片付けヨシ! 自室で書きかけの日記ヨシ! エイの体調ヨシ!』
『NO! 内臓ナシ!』
『OK! 体調ヨシ!』
『……OK!』
今の俺は絶賛大苦痛を味わっている最中である。
久しぶりに全ての内臓が帰って来たのは喜ばしいのだが、それらが全てオソラカスタムによりまともに機能しない状態で返されたのだ。
これはどこの法律相談所に駆け込めばいいんですか?
ピッチの上からでも相談できますか?
『エイ、では車椅子を廊下の端に寄せますね。如何にも立ち上がろうとして転んだ反動で後ろにいってしまったように。お弁当を床にこぼすのはもったいないので、包んだまま、エイの指先にギリギリ触れない場所に置いておきます』
『ウィッス』
俺は青い顔で頷く。
……頷いてるか? もう苦しすぎて体が自分の思い通りに動いているのかもわからねえや。
『ではこの線で囲んだ場所に倒れてください』
ソラの背後で糸を出しているのは伽骸ノ嫁だろう。
伽骸ノ嫁はその糸でまるで殺害現場の現場検証のように、人の輪郭に線を引く。君も本当にご苦労様やね。廃村でスローライフをしていたのに捕まっちゃって……。
なんだかんだ、ソラとセナノちゃんに次ぐ付き合いかもしれない。
「縫い足りぬ……」
言ってることは相変わらずやべえけど。
「縫い足り『あ、もう帰って良いですよ^^』……ぬ」
伽骸ノ嫁は先に仕事を終えて上がるようだ。
軽い会釈と共に消え去り、俺は残された線に沿ってうつぶせに寝転がる。
『いいですよ、片手を伸ばしている感じで。……はい、髪を少し乱しますねー』
ソラがわしゃっと髪を掴んで、乱す。
そして、倒れた俺の手の先にお弁当を置いた。
水色の可愛らしい風呂敷に包まれたお弁当は、相変わらずのクオリティのお弁当である。
『ネギ汁も少し前に作り終えたので、丁度ぬるいです。出来立ての頃に帰って来たら間に合ったかもしれないのに、残念ですね^^』
『でも間に合いそうだったら前倒しになるだけでしょ?』
『はい! このコンテンツにイレギュラーはあり得ません――』
その時、俺のスマホがリビングで鳴った。
ソラはそれを聞いて、何故かスマホではなく玄関の前をじっと見つめる。
『……来ましたね^^』
『来ちゃったね……』
おそらく、俺に気を使って帰ってくる前に電話でお弁当が完成したか聞こうとしたのだろう。
まだなら適当に時間を潰すであろうことが想像できる。
ソラはとてとてとリビングへ駆けて行き、スマホをこちらに持ってくると車椅子の傍にそっと置いた。
スマホは軽快な着信音を鳴らしている。
『ふう』
ソラは一仕事を終えたように額の汗をぬぐう仕草をして、俺を見た。
『では大苦痛をMAX大苦痛にします!』
「っぃ、ぎぃ……っ!?」
うわぁ……!
すっごくくるちぃ……ないぞうが、ぐわんぐわんして、ひっくり返ってダンスしてるぅ……。
視界も歪んできたし、頭も痛いし……。
……あれ、前にもこんな事が無かったっけ?
【次にもしもまた出会えたらその時は友達になろう。俺がお前に楽しい事を教えてあげるよ】
くるちぃくるちぃ……。
【悲しんでくれているのか? ……はは、それだけでも十分だよ。お前にも心が生まれたんだ】
むねが、くるちぃ……。
【また会おう、空澱大人。……いや、ソラ】
あれ、この記憶って……。
『……エイ? まさか貴女、残滓を読み取って!?』
『そ、ソラ……これは……一体……?』
『まあそれはそれ、これはこれ。今のコンテンツとは何も関係ないので、ハイパー大苦痛で上書きしますねー^^』
『おまえ本当にそういうところだぞ』
アッ、しぬ――。
■
電話にエイが出る事はなかった。
暫くの間、セナノはコール音だけを聞き続けている。
「……お料理中かしら」
ならばかけ直そうとしたその時、ふと耳にスマホの着信音が響いた。
扉の向こうから僅かにだが、音が聞こえる。
セナノと一緒に選んだ、可愛らしく軽快な着信音。それはエイに言わせれば「今時っぽい」らしい。
そんな軽快な音が、扉の向こうから滲むように聞こえていた。
まるで何かを知らせるように、精一杯に音を届けんとしているように。
「……もう、スマホを玄関に置き忘れちゃったのかしら」
違う。エイはセナノからの連絡を待って肌身離さずスマホを持っている。
そもそも車椅子の彼女は一人で外出しないのだから、玄関に近づくはずがない。
嫌な予感がした。
直感が、理性が、何故か恐ろしい程に警鐘を鳴らしている。
「……ど、どうしたのかしらエイ。慌てて今頃お料理中かしら」
セナノはそんな事を口にして笑顔を作る。
が、次の瞬間にはカードキーを取り出していた。
「っ!」
彼女は扉を開ける。
これで杞憂であればそれでいい。
サプライズが失敗したエイが困った顔で台所から顔を覗かせて、それを見て自分が苦笑いと共に謝罪をすればいいのだ。
そう、これはただのセナノの心配性が悪さをしただけで。
「――エイ?」
開けた玄関で、セナノは立ち尽くしていた。
視線の先には彼女が待ち望んでいた少女の姿がある。
体に負担を掛けないようにと緩い装いで。髪を一房に結っているのは料理をしていたからだろうか。
彼女の傍に転がった弁当箱は、まるで温度を感じないただの無機物のようだ。
車椅子は主を無くし、少し離れた場所にある。そして車椅子のタイヤの傍でスマホが軽快な音で助けを求めていた。
何度も何度も同じフレーズを繰り返し、セナノの脳にそれが現実であると叩きつける。
こちらに手を伸ばす様にして倒れ伏したその少女こそ、全ての現実ではないか。
「エイッ!」
レジ袋を投げ出し、セナノは駆け寄る。
おかえりなさいの声は、終ぞ聞こえなかった。
『ごおぉぉぉぉぉぉぉる!!』
『こひゅ(瀕死)』
『綺麗なパス繋ぎで切り込んでから、最後には一人でディフェンス陣を突破してゴールを決めましたね。この緩急こそがこのチーム最大の武器と言えるでしょう。解説兼選手のエイさん、今のプレイを振り返ってどうでしたか?』
『こひゅ(喜)』
『嬉しそうですねぇ^^』