【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
病室には、機械の音だけが無情に響いていた。
一定の間隔で鳴る心拍モニターと、規則正しく上下する人工呼吸器。
腕には点滴の管が繋がれ、胸元には幾つもの電極が貼り付けられている。
それはあまりにも痛々しく無情な光景だった。
「……っ」
ベッドの上で、エイは目を閉じたままである。
いつもなら何かを見透かすように澄んでいる美しい瞳も、今は固く閉ざされている。
呼びかけても、反応はなくあの可愛らしい声が聞こえる事はない。
「……エイ」
それでもセナノはその名を呼ばずにはいられなかった。
部屋でエイを発見した時、セナノは完全に感情を制御できなくなっていた。
残った僅かな理性で疑似媒介体の搬送が可能な特殊救急隊を呼べたのは幸運と言えるだろう。
何かが少しでも違えば、セナノは倒れたエイを抱きしめたまま震えて名前を呼ぶことしか出来なかったはずだ。
それほどまでにエイという存在はセナノにとって重要になってしまっていたのである。
「……エイ」
セナノは、ベッドの横に立ったまま動かなかった。
何度目かも分からない呼びかけには、返事がない。
消え入りそうな声をかき消すように、モニターが小さく電子音を鳴らしている。
その音だけが、この弱弱しい命が生きていることを証明していた。
「……大丈夫、生きてる。まだ生きてる」
そんな言葉が口から漏れた。
馬鹿みたいだ、とセナノは自嘲的に笑う。
エイは目の前に居る。
確かに生きてはいるだろう。
「…………っ」
だが、それが果たしてなんだというのだろうか。
目の前のそれが、本当にセナノの望んだエイの姿なのだろうか。
白いシーツに沈んだ細い身体。
生気の薄い肌。
呼吸を補助するための管。
身体中に伸びた細いチューブ。
そのどれもが、今のエイが自分の力だけでは生きることさえ難しいのだと告げているようだった。
「私が、貴女の苦しみを消し去ってあげられたなら……」
セナノは手を伸ばしかけて止めた。
触れていいのか分からなかったからだ。
今のエイはあまりにも脆く儚い。セナノがいつものように頭を撫でてやるだけで、あるいは頬に掛かった髪を払ってやるだけで何かを壊してしまいそうだった。
だから、伸ばされた手は握りしめられ、ベッドの縁に置かれる。
「……ごめん」
消え入りそうな、小さな声だった。
「私、また……まただ……何なのよ本当に……もう……っ!」
湧き上がってくるのは自分への怒りだった。
後少し早く帰ってこれたら、一日でも早くあの子の傍に居てやれたなら。
こんな無能な自分でも、たった一人を救えたのではないだろうか。
「治してあげることもできないし……代わってあげることもできない」
言葉が震える。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
何度も吐き出される謝罪の言葉は、やがて開かれた扉の音によって遮られた。
顔を上げれば、そこにはエイの主治医である男が立っている。
「…………」
セナノは立ち上がって力なく会釈した。
「エイさんの体について、話したい事があるので別室で説明をしてもよろしいでしょうか?」
「ここでお願いします」
セナノはエイを視界にとらえたまま言った。
その姿に罪悪感を抱いたのか、医者は眉を下げ頭を下げる。
それはセナノへの謝罪であった。
「申し訳ございません、三鎌監察官。貴女には、本来であればもっと早くに教えるべきでした」
「……何が、ですか」
「エイさんの体は、少し前から内臓の大部分が機能を停止しており、感覚器官にも障害があります」
「……は?」
セナノはこの時初めて医者の顔をまじまじと見た。
彼の目は光を失っており、唇は荒れて肌の血色も悪い。彼も随分と苦労しているであろうことがすぐに分かった。
セナノは湧き上がる衝動を抑えて、彼の言葉の続きを促す。
「少し前からってのは、どれくらい前の話?」
「……一週間以上前から、です」
「っ……どうして、黙っていたの、……ですか」
既に医者を殴り飛ばすために拳まで握っていた。
が、次の医者の言葉が、セナノの動きを止める。
「エイさん本人に、止められていたので。これ以上貴女に心配は掛けたくないと」
「そんなの、聞かなくていいわよ! 私に裏で教えてくれればよかったじゃない!」
セナノは張り裂けんばかりの声で叫ぶ。
医者はその叫びを甘んじて受け入れ、しかし首を横に振った。
それから彼はエイへと視線を向ける。
「エイさんは、日常を望んだのです。貴女は話を聞いたとして、いつも通りに振る舞えましたか? 日常を日常のままに受け入れる事が出来ましたか?」
「……エイが死なない方がいいわ」
セナノは医者の問いに吐き捨てるように答える。
「私は多くの縁者と、そして時には異縁存在を治療してきました。長い事、この都市で医者をやっているとね、色々と変な技能が身につくんですよ。人の命の終わりが事前に分かったり、とか」
そこで言葉を区切って、医者はセナノに言い聞かせるように告げた。
「エイさんの命は長くありません。いや、正確にはもう人間としての機能は殆ど停止している。つまりは、死んでいます」
「嘘よ」
「空澱大人という巨大な生命維持装置に繋がれてかろうじて、生かされている状態です。ですが、その生命維持装置自体が彼女の体を蝕む毒でもある」
彼はテーブルに一つのファイルを置く。
暗に、見ろと言っているようだ。
が、セナノはそれに気が付かないふりをしてエイの方へと視線を戻している。
「例え一週間前に知らせたとしても、私達には何もできませんでした。だからこそ、私はエイさんの意志を尊重したのです」
「その結果がこれって訳?」
「生きるとは、死を遠ざける行為ではありませんから。エイさんは、最期まで貴女と生きたかったのです。どうか、ご理解ください」
セナノは何も答えなかった。
俯いたまま力なく椅子に座った彼女の姿からはいつものような覇気を感じない。
まるで病人がもう一人増えたように、空気が重くなった。
「エイさんはいずれ目を覚ますでしょう。それからの過ごし方は、そのファイルに記してあります」
医者はそう言って最後に一礼をする。
セナノはもう医者の方を見ていなかった。
「^^」
故に、その医者の目が一瞬青くなり、笑みが浮かんだことに気が付かない。
医者は再び元のやつれた顔に戻ると静かに病室を後にした。
「…………どうしろってのよ」
力なく吐き出された言葉に、セナノは自嘲気味笑った。
『ここから始まりますよ! 怒涛の攻撃です!』
『ソラ、もう得点を決めたから、このハイパー大苦痛はナイナイして良いんじゃない?』
『うーん……わかりました。じゃあ、MAX大苦痛に抑えてあげましょう!』
『ん? いや、まあ苦痛が和らぐならいいや! サンキューな! ところであのファイルって何?』
『脳焼きリゾートへの招待チケットのようなものですかね。気の利く奴が用意してくれたようです^^』
『地獄への片道切符かぁ』
【特別療養要請書】
文書番号:EN-AE1-MED-██
機密区分:極秘
発令者:審縁導師 ██████
発令日:西暦20██年██月██日
■ 対象
識別番号:A-E1
区分:特殊縁者/疑似媒介体
関連異縁存在:空澱大人
■ 要請内容
A-E1を直ちに澄目村へ移送し、同地にて療養すること。
療養期間中、本人の許可なく任務への再投入を行ってはならない。
これまでの事案においてA-E1は、空澱大人との媒介状態を維持したまま高位異縁存在との接触を継続。
現在、身体機能及び縁応値の双方に重大な低下を確認している。
現状のまま活動を継続した場合、死亡する可能性が極めて高い。
また、A-E1の死亡は単なる縁者一名の損失ではなく、空澱大人との疑似媒介構造そのものに予測不能な変化を引き起こす可能性がある。
■ 澄目村への移送理由
澄目村周辺は高位異縁存在の干渉が比較的少なく、A-E1の縁応値、縁波密度を安定させる環境として適している。
現地にて指定された療養施設へ収容し、基準値へ回復するまで外部との接触を制限する。
■ 禁止事項
1. A-E1本人による任務復帰の申請を受理してはならない。
2. A-E1を媒介体として利用する実験を禁止する。
3. 空澱大人との意図的な接続を禁止する。
4. 療養期間中のA-E1に対する縁力測定を必要最低限に制限する。
5. 審縁導師の許可なく澄目村から移送してはならない。
■ 例外規定
災主級以上の異縁現象が澄目村周辺に顕現した場合、現地責任者はA-E1を避難させることを最優先とする。
A-E1を戦力として使用してはならない。