【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
病院へと向かう道は、色を失っていた。
構文塔が噴き出す蒸気も、封応値の安定を示す緑の街灯も、学園の鐘ですらも今のセナノには些事に等しい。
「……」
抜け殻のように彼女は歩く。
その肩にリュック、手にボストンバッグを持っているせいだろうか。足取りは重く、一歩一歩何かを噛み締めるように進んでいた。
「……」
何も言わず、胸を張らず、表情は抜け落ちて目は赤く腫れている。
長い事一人で泣いていたのだろう。
今の彼女を見てS階位であることを信じる者などいない。
それほどまでにセナノは憔悴しきっていたのだ。
既に療養の申請は通っている。
後はエイが目覚めるだけで、澄目村へといつでも移動できる。
そう、エイが目覚めれば。
「……目覚めなかったらどうしよう」
口にすればそれは胸を覆いつくす不安となる。
いつ死んでもおかしくない状態だと医者が説明していた少女が果たして目覚めるだろうか。
既に命の灯は使い切り、後は体が朽ちていくだけの可能性だってある。
そうなれば、二度とエイと言葉を交わすことは出来ないだろう。
つまり、朝の他愛のない電話が最後のやり取りだったことになる。
「……嫌だ」
ゆらゆらと揺れるように歩きながら、セナノは否定する。
しかし、無力な少女一人の言葉など果たして何の意味があるのだろうか。
既に自分では救いきれない事は理解していた。
故にその思考は当然、無力な人間のソレにまで堕ちる。
つまるところが、より上位の存在に縋ろうとするのだ。
「潮哭ノ巫女なら……助けてくれるかもしれない」
口にした瞬間、彼女の中で何かの枷に罅が入った。
それはセナノが決して越えようとはしなかった一線である。
(そうよ……あいつは会話が出来たし、シオを大切にしていた! なら、エイだって救ってくれるかもしれない! それに、私には笛吹も――)
「それはオススメしないな」
廻縁都市のどこかで、ひぐらしが鳴いていた。
同時に建物と蒸気の向こう側、存在しない筈の雲の切れ間から光が差し込む。
黄金にも届きうる煌々と明るい橙色の陽。鮮やかな夕日であった。
「……何、これ」
「ああ、駄目駄目」
声が再び聞こえる。
セナノは咄嗟に振り返ったが、背後のベンチには誰もいなかった。
否、それだけではない。
辺りに人の気配が一切存在しなかった。
まるでセナノだけが夕暮れに囚われたように、他の人間の姿は見えない。
感じるのは自分の息遣いと、妙な声だけである。
「夕日の直視は危険だ。コレは空と本質的に同じだからね。でも許して欲しい。こうでもしないと、僕は部屋の外に行けないんだ」
突然の事で戸惑っていたセナノだったが、次第にその声の記憶が浮上し始める。
声の主を思い出したセナノは、信じられないようにその名前を呼んだ。
「……審縁導師様?」
「そうそう、皆が責任を押し付けることでおなじみの審縁導師様だよ。久しぶりだね三鎌縁者」
声はすぐ傍で聞こえた。
まるでセナノの隣に立ち、夕日を眺めているようだ。
「……お久しぶりです」
「そんなに緊張しないでよ。まあ、こんな状況じゃ無理もないか。安心してよ。この空白には僕と君しかいない。会話や時間ですら、僕達だけのものだ」
審縁導師の言葉に静かに耳を傾けるというよりは、セナノはもう何かを話す気力が無かった。
だからこそ冷静に対処しているのだろう。
本来であれば廻縁都市に夕日が差し込むこと自体、問題なのだから。
「何か、御用ですか」
「応援でもと思ってね。鏑矢君から、後日プレゼントが届くよ。澄目村の君の元へ」
「…………エイが目覚めなければ、私がその村に行くことはありません」
否定を期待して、あるいは投げやりにセナノはそう答える。
返って来たのは優しい声色の力強い宣言だった。
「彼女は目覚めるよ。現実の時間で10分後に」
「っ!?」
「何も驚くことじゃない。僕は審縁導師様なんだから、何をしてもおかしくはないだろう?」
道を挟んで向こう側にあるベンチが軋む音が聞こえる。
振り返るが、そこには誰もいなかった。
しかし、今まさに誰かが座った様にベンチが僅かに軋んだのだ。
「ふぅ、相変わらず廻縁都市はごちゃごちゃしているね。……エイちゃんも、この街並みに目を輝かせたんじゃないかな」
「……はい」
「彼女はいい子だろう」
「……はい」
「そして、死ぬにはまだ若すぎる」
「……もしかして、助けてくださるのですか!?」
「いいや?」
審縁導師の言葉にセナノは落胆を隠せずにいた。
その姿を見ているのか、審縁導師は笑いながらこう告げる。
「僕がするのはお手伝いさ。君があの子を救うお手伝いを、ね」
「私が……ですか」
「あくまで可能性だよ。だけれど、僕はその可能性に期待している」
審縁導師は傍にいるような気配と共に言葉を続けた。
「君の選ぶ道は、きっと僕が選べなかった道だ。だからこそ、どうか後悔しない選択をするといい」
「……私に出来るでしょうか」
「忘れないでくれ、どれだけ無力を嘆こうが君があの子に選ばれたんだ。それがどれだけ素晴らしい事か。可能なら、僕が代わりたいくらいさ」
笑いながら審縁導師はそう言った。
その声には僅かに本気の色が混じっている気がする。
「ああ、そろそろ陽が沈む。夜はあまり好きじゃないんだ」
ひぐらしの声が遠ざかっていくと同時に、傍の気配が消えていく。
セナノはそれを理解して慌てて問いかけた。
「待ってください! 貴方は空澱大人について知っているのですよね!? エイを救う方法を教えていただけませんか!」
「知らないよ」
最後に聞こえてきた声は、いつものような浮雲を想起させる優しく飄々としたものだったが、どこか物悲しさもある。
「僕は、何も知らなかったんだ」
それが後悔であるとセナノがわかったのは、夕日が沈みひぐらしが消え失せた後であった。
辺りは薄暗く、経年劣化した街灯がチカチカと音を立てながら点滅している。
どうやら自分は決して短くない時間をここで過ごしていたらしい。
「……そうだ、エイ!」
曰く、10分後に目覚める。
その時が最後かもしれないと、セナノは二人分の重い荷物を持ち直し駆けだす。
足取りは前よりもずっと力強く、鬼気迫る勢いだ。
間もなく、セナノは病院へとたどり着いた。
受付を手早く済ませ、誰もいない特殊病棟の薄暗い廊下を駆け抜け、ただ一人の元へ向かう。
そしてノックもせずに、彼女は勢いよく扉を開けた。
「エイ――」
扉を開けてすぐに彼女の頬を撫でたのは夏風だ。
10月の夜であるというのにその風は暑い。が、しかし悪い気はしない。夏は相棒との思い出があるからだ。
白いレースのカーテンが風に揺れ、まるで祝い踊っているように見える。
この部屋は未だに夏に取り残されているのだろう。
何よりも、こちらを見ている少女の目が夏空の様に澄んでいた。
「セナノさん」
名前を呼ばれる。
それだけで、セナノは胸の底から押し寄せる安堵と歓喜にその場で崩れ落ちる。
「……良かった……目覚めてくれて……本当に良かった……っ!」
「もう、大げさですよ。……あ、そうだ」
エイはいつものように変わらぬ様子だった。
無数に繋がれた管も気にせず、セナノの方を見てニッコリと笑う。
「お弁当、食べてくれましたか?」
その笑顔が見れただけで、セナノは少し救われたようだった。
『おかしいですねぇ、この人間が一瞬ナイナイされた気がしたのですが……まあ、そんな訳ないですね^^』
『そうそう。オラの神様が一番だっぺよ!』