【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~ 作:不破ふわる
その体に医療的措置は不要である。
既に人間としての機能が殆ど停止したそれに果たして人間の医療が通用するだろうか。
今、その人間は空から垂らされた糸に繋がれて動いているようなものである。
故に、目覚めた時点で退院は決まった。
「また押してもらって申し訳ございません」
「別にどうって事ないわ」
街灯に照らされて車椅子とそれを押す影が、石畳の道に大きく伸びる。
彼女たち以外に人はいない。
だからこの時間は二人だけのものだった。
「……相変わらず、大きな都市ですね。今もきっと沢山の人が異縁存在から人々を守るために動いている」
「そうね。日本で最も大きな対異縁存在用の都市だもの」
機械群が一体となって動き蒸気が噴き出す様は、まるで大きな虫や甲殻類のようにも見える。
この都市は生きている。縁者を背中に乗せてどこまでも行く巨大な生き物のようなものなのだ。
エイの瞳は、そんな雄大な存在への尊敬と羨望に満ちている。
「……きっと私は、この都市の事を忘れません」
「きっと、都市もエイを忘れる事はないわ」
これがこの街を見る最後の機会になるであろうことを、二人は察していた。
だからこそセナノが車椅子を押す手はゆっくりとしたものになるし、エイもそれを受け入れてその揺れに身を任せている。
「このまま、澄目村に帰るのですか?」
「ええ、そうよ。本当なら家でゆっくりしたいところだけれど」
「私のわがままで迷惑をかける訳にはいかないですからね」
「……別にわがままでいいのよ」
エイはその言葉に答えなかった。
ただ目を瞑ってその言葉に聞き入っているようである。
「セナノさんの声は……こんなに温かかったんですね」
「何よ急に。照れちゃうじゃない」
「貴女の魅力が、また一つ改めてわかった気がします」
目を閉じたままエイは続ける。
「優しく人を温めてくれる焚火のような声。安心できるんですよね。聞いていると、あぁなんだか大丈夫だなって思えてくるというか」
「……照れるから止めてよ」
「ふふっ、そんなセナノさんも素敵ですよ」
エイは笑う。
その笑みに生気が無い事をセナノは見るまでもなく気が付いていた。
きっと本当に心の底から笑っているのだ。しかし、もう体が彼女に追いついていない。
「夜だからか、少し冷えますね」
「……そうね」
今年は異常気象により、10月でも30℃を超える猛暑日が続いている。当然、陽が射しこまないこの都市にもその暑さは例外なく猛威を振るっていた。
じっとりと汗をかく熱帯夜を、エイは白い肌に汗一つかかずに少しだけ震えている。
「もう秋なんだから、当たり前でしょ」
セナノは自分の着ていたジャケットをエイに着せる。
エイは本当に嬉しそうにその襟元を掴んでさらに自身に引き寄せるようにして羽織る。
「ありがとうございます」
「エリートなんだから、当然よ」
「流石はS階位縁者ですね。……それにしても、セナノさんって夏の間もよくこのジャケットを羽織っていましたけれど暑くはなかったんですか?」
「エリートだもの」
「エリートって凄い……」
単にネネに憧れていただけである。
しかし、それでエイが尊敬してくれるのなら何も問題はない。
「あ」
思い出したようにエイは顔を上げる。
そして車椅子を押すセナノへと振り返った。
「セナノさんセナノさん」
「どうしたの? お腹でも空いた?」
「いえ、それは別に。……それよりも、私のお弁当ってどうなりましたか?」
不安そうにエイは弁当について聞いてきた。どうやら余程気になっているらしい。先ほどまでは前を向いて会話をしていたというのに、今はセナノの表情をまじまじと見つめて本音を探ろうとしているようだ。
が、セナノもそれは理解している。
「泣いちゃう程に美味しかったわ」
「わぁ……ほ、本当ですか?」
「本当よ。だから、全部食べちゃった。味噌汁?も含めてね」
ネギの方がインパクトがあった気がしたので、本当に味噌汁であるのかはエリートでもまだわかっていなかった。
「本当ですかっ!?」
今日一番の大声でエイは問う。それでも、普段に比べればずっとその声に元気がないのだが。
だが、確かにエイは嬉しそうだった。
セナノはエイに聞こえるようにはっきりと、望んだ言葉を返す。
「本当に、美味しかった。ありがとうね」
「~っ、はい。私もセナノさんに喜んで貰えたのならば、それが一番嬉しいです」
喜ぶエイは再び前を向く。
そのタイミングを見計らって、セナノは口を開いた。
きっと、この言葉はエイの目を見ては言う事が出来なかったから。
「また作って頂戴」
車椅子が、石畳の凹みを越えてカタンと小さく音を立てる。
沈黙が少し続いた後、エイは何も言わずにただ静かに頷いた。
いつものように自信満々な言葉は返ってこない。
セナノはそれが途端に恐ろしくなり、車椅子の持ち手をさらに強く握った。
そして言葉を探すうちに、エイの方が穏やかに話し始める。
「……私の村は、ここまで沢山のものはないですが良い所ですよ。美しい自然は、都市の中では見る事が出来ませんから」
「そう。エイがそう言うのだから、きっと素敵な所なのね」
「はい。雲を貫く霊峰や、今なお清い水が湧き出る泉。それから、美味しい山の幸。ふふふ、こうして話しているとなんだか私まで楽しみになってきました」
まるで旅行に行くような軽い口調と共にエイはくすりと笑う。
それにつられてセナノも頬を緩めるが、笑う事は出来なかった。
今のエイはまるで、朽ちて風に消えるのを待つ老人の様な雰囲気を纏っている。
故郷の話をするその声色はまるで雲のようで、掴み所がない。
やがて、遠くに二人の乗る車が見えた。
まだこちらには気が付いていないようで、運転手は車にもたれかかって煙草をふかしている。
いつも任務に使っていた黒いワゴン車が、今だけはまるで棺桶のようだ。
「……セナノさん」
不意にエイが名前を呼んだ。
「何かしら」
「ありがとうございました」
「……っ」
車椅子がゆっくりと止まる。
セナノは持ち手から離れ、エイを背後からゆっくりと抱きしめた。
少しでも自分の熱を分け与えるように、優しく腕を回し、そして頬をくっつける。
エイは微笑みと共に、それを受け入れ静かに目を閉じた。
「……ああ、やっぱりセナノさんは温かいですね」
暫くの間、そうしていた二人だが、どちらともなく再び進むことにしたようだ。
セナノは先ほどよりも力強く車椅子を押す。
エイは静かに目を閉じて、相棒のもたらす車椅子の穏やかな揺れに身を任せていた。
「さようなら、廻縁都市」
言葉は蒸気の中に消えていく。
初めて足を踏み入れた時、監視と緊張であれだけ騒がしかった都市との別れは静かで暗いものだった。
【縁理庁・特別運用申請書】
文書番号:EN-AE1-YK-██
機密区分:極秘/災主級縁応管理対象
申請対象:A-E1
申請事由:夜神楽発生時におけるA-E1の限定使用について
■申請概要
「夜神楽」は、一定の条件下において多数の異縁存在が同時多発的に顕現する広域災害現象である。
通常の異縁存在災害とは異なり、個別存在の封縁・処理を前提とした現行の対処体系では対応が困難であり、顕現数が一定数を超過した場合、縁理庁単独での封縁能力を上回る可能性が高い。
現在、夜神楽に対する予定戦力の一部が欠損している。
これを受け、本申請では特殊縁者A-E1を、夜神楽発生時に限り限定運用することを申請する。
■使用条件
A-E1の使用は、以下の条件を三つ満たした場合に限定する。
1.夜神楽の発生が正式に確認された場合。
2.通常封縁班および代替戦力による初動対応では、広域封縁が困難と判断された場合。
3.夜神楽による異縁存在の顕現数が規定値を超過、または超過することが確実視された場合。
4.A-E1本人の生命維持状態が、医療班により最低限の運用可能状態にあると判断された場合。
■運用上の制限
A-E1を通常戦力として扱うことを禁止する。
A-E1による直接戦闘、単独封縁、長時間の異縁処理を原則として認めない。
使用目的はあくまで夜神楽そのものに対する縁的干渉とし、目的達成後は即時空澱大人との接続を解除する。
A-E1の生命兆候、封応値、縁波密度のいずれかに重大な異常が発生した場合、現場判断で即時中止できるものとする。
■想定される危険性
A-E1は現在、直近の災害対応による著しい消耗状態にある。
この状態で災主級への接続を行った場合に想定される事態は以下の通り。
・生命維持機能の急激な低下
・媒介構造の破綻
・空澱大人との接続異常
・A-E1自身の消失
特に最後の項目について、現在の縁理庁はA-E1の消失後に空澱大人側で何が発生するかを予測できていない。
また、A-E1の損失は人類への多大な損失である。
したがって、本申請は通常の縁者依頼申請ではなく、重大な生命危険および特殊異縁災害を伴う特例措置として扱う。
■最終判断要請
以上を踏まえ、夜神楽発生時におけるA-E1の限定使用について承認を求める。
なお、本申請の承認は「A-E1を戦闘員として復帰させる」ことを意味しない。
あくまで、縁理庁が通常戦力では夜神楽を抑止できない場合にのみ使用可能な、最終的な緊急手段として^^取り扱うものとする。
これは審縁導師を除く全ての連盟員の同意を得た上での要請である。
拙者、無垢な子が衰弱してもなお兵器として扱われるの大好き侍。
人の心は浜で死んだ。
いざ尋常に勝負。